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5話 リドル・ディザスターの真相

 俺の視界に入ったのは、星燐学園を取り仕切る学園長だった。


 十六夜(なぎ)。それが学園長の名前だ。

 朗らかで、ときに聡明なオーラをまとう人。俺に一目置いているようだが、どこか油断出来ない人でもある。


「説明が終わりましたら、きちんとお呼びすると言ったではありませんか」

「いやなに、守住君が起きたと聞いて、いてもたってもいられなくてね」


 そう榊坂と会話を交わす十六夜学園長は、榊坂の隣にあるソファーへと腰かけた。

 慌てたようにティーカップを用意する有栖の様子を見るに、どうやら想定外の訪問者だったようだ。


「それで? どこまで話は終わっているのかな?」

「とりあえずの事情と顛末は伝えましたわ。それと彼からの協力も得られました」


 十六夜学園長は「なるほど」と反応しながら、有栖からティーカップを受け取る。

 一度口をつけ、テーブルにカップを置くと。


「それでは、私も自己紹介といこうか」


 ……おいおい、まさかこの人まで神様なんて言わねえよな!?


「私の名は十六夜凪。まあ、今更言うまでもないが、君が通う学舎の学園長をしている。そして彼女の協力者だ。ふっ、安心し(たま)え。私はただの人間さ」


 どこか楽しそうに微笑む十六夜学園長。それは近所のおじさんがするような、朗らかなものだった。


「っどうして学園長が協力を?」

「初めて素性を告げたときと同じだな。緊張しなくてもいい。別に取って食おうって訳じゃない。私が協力しているのは、彼女とは少なからずとも因縁があるから……かね」


 そう話し、十六夜学園長は榊坂へと視線を送る。

 対する榊坂は、どこか申し訳なさそう表情で目をつむった。


「因縁、とはなんなんですか?」

「ふむ……その辺りの出来事はまだ聞かされていなかったか。では、私の方から語らせてもらおう。カサルナ君、それで構わないかい?」

「わたくしは構いませんわ。駿もすでに授業で習っている内容でしてよ」


 授業で習ったってなんのことだ?


「私が語るのはリドル・ディザスターについてさ」

「リドル……ディザスター……!?」


 確かに世界史で習った内容だ。

 今から十八年ほど前に起きた、大量の生命が一斉に不可解な死を遂げた謎の事件。

 俺の武の師である我禅(がぜん)龍堂(りゅうどう)師匠が、かつて探っていた事件でもある。


 だが、なんで十六夜学園長がその事件を語ろうとする?


「君も学んだ通り、不可解な大量死が起きた事件。しかし、そのほとんどが判明したにも関わらず、一部は世に出ず葬られた」

「葬られた?」

「なに、別に揉み消されたからではない。その被害者として処理されずに幕を閉じただけなのさ。例えば、バスの転落事故として処理されたりね」


 十六夜学園長はカップを手に取り、中身を飲み干して机に置く。


「まるで、自分が関係しているかのように語るんですね?」

「その通りさ。私はあの日、妻と息子を失った。リドル・ディザスターによって、バスの運転手が転落事故を起こしたことでね」

「っ!?」


 バスの転落事故ってそういうことか……!


「そもそも、本当にバスの運転手は突然死したんですか? たまたま偶然が重なったとか、勘違いだったとかは?」

「私もバスに同乗していた。確かに、たまたまその直前に私は時刻を確認したよ。リドル・ディザスターが発生したその時刻をね。そして運転手は、運転中にも関わらず突然座席から転げ落ちた。苦しむこともなく床へと倒れ、制御を失ったバスはカーブを曲がり切れずに坂を転がり、崖の下へと転落した」


 十六夜学園長は淡々と語っていた。その心境に怒りがこもっているのかも、悲しみがあふれているかもわからない。

 ただ、当時のことを思い出しているかのように、瞳がわずかに揺れていた。


「息子にせがまれてね。医者をしていた妻が休みを取れたことで、私たち家族はイタリアに旅行へ出かけていた。そこで私たちは巻き込まれたのさ」


 この部屋そのものが重たい空気に包まれているのを感じ取れる。感じ取れてしまう。

 十六夜学園長が語る話は、それだけ場の空気を支配していた。


「妻は死亡し、息子は行方不明に。未だに見つかったという報告もなく、すでに死亡届けも受理されてしまった。私自身、もう死んだものだと思っている。そして、私は命を取り留めたものの、しばらくは生きた屍のようになっていたよ」


 まるで歌恋のようだと俺は思った。突然大切な人を失った人は、やっぱり魂が抜けたように、そうなってしまうんだろう。


「妻の両親の助けもあり、私はなんとか日常生活に戻ることが出来た。けれども私が退院後にしたことは、職場への復帰ではなく調査だった。リドル・ディザスターの真相を確かめようとしたのさ。何年も調べ、やがて行き着いたのがリンク。あの事件が起きる前後から日本で発現し始めた異能の力だ。関係性があるかは分からなかったが、当時は(わら)にもすがる思いでね」


 なるほど。榊坂は二千年代になってからリンクを人類に渡し始めたと言っていた。

 時期的に重なる出来事なのは間違いない。


「それを調べ始めたんですか?」

「ああ。意を決した私は、まだ出来立てのリンクの研究所に勤続し、リドル・ディザスターとの関わりがあるかを調べた。そこで出会ったのがカサルナ君だ」


 名前が挙がった榊坂が口を開く。


「まだ十歳にも満たなかった頃ですわ。転生後、わたくしはニャルラトホテプとしての記憶を失っていた。クトゥルフ関連の書籍を目にしたことで記憶を取り戻したわたくしは、すぐに両親へ事の説明をし、榊坂家の財力でリンクの研究を始めたのですわ」

「両親を説得したのか!?」

「ええ。もちろんですが、始めは信じてもらえませんでしたわ。それをなんとか。そうして建設した研究所に、学園長が勤め始めたのですわ」


 どういう説明したら親を懐柔出来たのかも気になるが、今回は十六夜学園長の話が先だな。


「リンクの解明に勤しんでいた私は、どうやら彼女のお眼鏡に(かな)ったようでね、特別顧問になれた。その役職になったことで、クトゥルフ神話について聞かされた。が、そこにこそリドル・ディザスターの真相があったのさ」

「ど、どういうことですかっ?」


 意味がわからず、俺は食い気味に質問をぶつける。


「カサルナ君だったのだよ」

「え?」

「彼女が、ニャルラトホテプの死こそが、リドル・ディザスターを引き起こしたのだ! あの日突然死したのは! 彼女の顕現たる生命たちだったのさ!」


 俺は言葉を失った。息をすることすら忘れて。


 ニャルラトホテプが死んだことで、分身である顕現たちも死んだのか? そのせいで大量の生物が、突然死なんてものに襲われた?

 いやそれだけじゃない。バス事故のような、無関係な人たちまで巻き込まれて……。


「じゃあ、十六夜学園長は……」

「そうさ。殺そうかと思ったよ、幼い彼女をね。実質的な仇だったのだから」


 俺は榊坂を見る。瞑想(めいそう)しているかのように目を閉じていた。


 目をつむる榊坂は、今この瞬間、何を思っているんだろうか?


「私は、それから何年も殺す機会を伺っていた」

「何年も? すぐに行動に移らなかったんですか?」

「いやなに、したくても出来なかった。が正しい」

「お嬢様の記憶の覚醒時には、すでにわたくしめが側にて仕えておりました。主君の殺害を許すほど、わたくしめも甘くはありません」


 そういうことか。確かにこの人が側に付き添っていたのなら無理そうだ。


「瀬馬君のこともあり、私はついには殺害を踏みとどまってしまった。まあ、正確には菊理君のおかげでもあるがね」

「それは、どういうことなんですか?」

「彼女の力によって、私は復讐なんてものに手を染めることを諦めたのさ」

「てか菊理って、生徒会長であるあの?」

「うむ。第二校舎の生徒会長を務める菊理真姫君だ。菊理君はイタコの家系でね。彼女が与えられた異名も『繋げる』ことに特化していた。まさに、この世とあの世を繋げられるシャーマンと呼べるほどにね」


 菊理さんも異名者なのか!?

 となると、異名のことを口にしていた高峰さんも、やっぱりそうなってくるよな……。


「彼女の計らいにより、私はあの世にいる妻、波恵(なみえ)とコンタクトを取ることが出来たのさ。妻は、私に復讐なんてものを望んではいなかった。そんな波恵によって諭された私は、愛する家族がいたこの世界を守る為に、カサルナ君に協力する道を選んだのさ」

「十六夜学園長……」


 立派な人だと思えた。一度は踏み外しそうになったにも関わらず、最後は正しいことに力を尽くそうとするその姿勢が。

 もし俺が同じ立場だったら、果たして許すことが出来ただろうか?


「息子の魂は、あの世には見当たらなかったよ。未だに生きているのか、それとも輪廻転生によって再び生を得たのかは不明だが。もしかしたらどこかで会えるかもと、私は数奇な運命をなんとなしに信じているのさ」


 十六夜学園長は、どこか晴れやかな顔付きで目を閉じた。


 ああ、ダメだ。涙腺が緩んでくる。泣きそうになってきちまった。


「以上が私の半生だ。すでに彼女とのわだかまりはなくなっている。そもそもの話、クトゥグアという邪神が戦いを挑んだせいなのだから、カサルナ君を恨むのはお門違いだしな」


 笑みを浮かべながら、十六夜学園長は口髭をいじった。


「さて、カサルナ君と私との因縁。リドル・ディザスターについては理解出来たかな?」

「は、はい! お、俺……実は、十六夜学園長は何か企んでる危険な人なんじゃないかって疑ってて……。でも本当に良い人だったんですね!」

「う、うむ……誤解が解けたようでなによりだ。はははっ……」


 十六夜学園長が苦笑いをした。

 引きつった表情から、俺に言いたいことがあるのはわかる。なんかすみません。


「実は、学園長に対して駿の警戒心を芽生えさせるよう指示させたのは、このわたくしなのですわ。見事に裏のある人物を演じて下さり、誠にありがとうございました」

「へ?」

「いやなに、あれくらいのことは造作もないさ。とはいえ、財前(ざいぜん)君や教頭の件で、君や君たちの友人を危険に晒してしまったことは、今も申し訳ないと思っている。あの強行はさすがの私も看破出来なくてね。守住君たちには悪いことをしてしまったな」


 え? 何? そんな裏があったのかよ?

 ちくせう。俺の申し訳なさを少しでも返してほしいんだが……。


 とにもかくにも、十六夜学園長の気持ちやリドル・ディザスター事件の裏側を知ることが出来た。

 それにしても、色々なことが点と点で繋がっていくようだ。まるでリンクのような特殊な繋がりを、俺は感じずにはいられなかった。


 ……ってあれ? 大円満な感じだけど、元々の鹿島を引き込んだ理由聞けてなくね?

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