40話 朽ち果てた地は揺れ動き
「はあはあはあっ!!」
「っは、はあはあ……っ!!」
「くっ、は……ふっ……!」
俺たちは倒壊していなかったビルの二階へ逃げ込んでいた。
鹿島が座り込み、瞳孔を開きながらも必死に呼吸を繰り返す。
歌恋は鹿島ほどじゃないが、壁に背中を預けて息を切らしていた。
俺は膝に手を突いて息を整えている。息切れはあまりしてないが、足や肺が痛くて仕方ない。
「どうするよ? とりあえずは撒けたが、百パーセント追いつかれるぞ。てか、そんなに時間もかからず見つかりそうだ」
装備とリンクのおかげで、俺たちは高い機動力で逃げることが出来た。かなりの距離を稼げたはずだ。
とはいえ、向こうは鼻も利くだろうし、すぐに発見されるのは目に見えている。
「……うん。追ってきてる。一直線にこっちへ。でもね、息を上げてまで追ってきてる気配はないよ?」
「チッ! くそったれが! 狩りでもしてるつもりかよ!? 鹿島のアーマメントはどうだ? 残りのディレイは?」
俺と歌恋は座り込む鹿島を見る。
息は整っていないようだが、構わずテレパシーが飛んできた。
『あと一分。ディレイ自体は五分間だけど、ここに入るまでの時間で結構削れたわ。距離関係なく火力が出せる切り札だからって、こんなデメリットなんか付けてんじゃないわよ! まったく……!』
どうやら悪態がつけるほどには元気らしい。
「とりあえず、今の戦いでわかったことを共有しようぜ。まずあいつ、外皮の硬さのせいで物理的な攻撃が効かない。効き辛いじゃなく、まったく効いてない感じだった」
『みたいね。ウチの稲光の投擲だけじゃなく、おそらくは刃で斬ったり突く形での攻撃もダメなはずよ』
けれども、雪壊掌とかの我禅流の技は効いていた。風牙爪なら皮膚を切れるのも実証済みだ。
そして、雷撃砲を撃たれたときに至っては、緊急の回避行動まで取るほどだった。
つまり――。
「だけど舌を切ることは出来たよ?」
「ああ。体内は皮膚ほど硬くないようだ。それに、お前らが装喚してる間にも俺が切り落とした」
「も、もう一度切ったってこと!? あの化け物の舌が再生したとでも言う訳!?」
息が整い始めた鹿島が、信じられないというように声を上げた。
「そうだ。あと、撤退時に風牙爪であいつの足を切れるのも確認した」
「っ!? 駿ちゃん、それってつまり……!」
「そういうこった。あいつは再生能力を持ってるみたいだが、魔力を用いた攻撃なら、皮膚の上からでもダメージを通せる。倒せる可能性はゼロじゃない」
RPGにもいる、物理無効で魔法のみが効く存在なのかもしれない。
「魔力……。本気で言ってんのそれ?」
鹿島が俺たちの方に怪訝な視線を寄越す。
「……うん。豪田くんとの戦いで鹿島さんが見た、あたしが駿ちゃんにやっていたこと……魔法による回復だったの。魔法は確かに存在するものなんだよ」
「あと、これも絶対に他言しないでほしいことなんだが……アームズスキルは、科学と魔法を融合させた存在だ。裏は取ってある」
「…………そっか。口外はしないから安心して。そもそも、その話やこの状況を話したところで、いったい誰が信じてくれるって言うのよっ?」
鹿島が苦悶の顔で目をつむり、首を振る。
だな。榊坂や高峰さん辺りなら、この状況の説明をしてもバカにせず聞いてくれそうではあるが。
「ってことは、守住くんたちの技も魔法だったって訳ね。どのみち、ウチでは雷撃砲以外の攻撃が通らないってことか。……しゃーない。覚悟決めるわ」
そう言うと、鹿島はパポスを操作しだした。
「覚悟って、どういうことだ?」
『ん? 持ってるポイントを全部突っ込んで、後衛用で使ってたリンクスを、前衛としても戦えるように強化してるのよ。あいつに効きそうな属性エンチャント系のスキルを取得。接近でやり合えるスピードも必要よね? それらを扱うには、ヘッジホッグでの戦い方じゃ無理。だから――』
操作していた手を止め、鹿島が立ち上がる。
「ヘッジホッグ、リターン。リンクス、アサルトスタイルでリコール」
発した言葉の通り、白柱に包まれた鹿島は新たにリンクスのエクステリアを見にまとっていた。
「装喚による、エクステリアと戦闘スタイルの入れ替えか……」
「まあ、別にバトル中って訳じゃないしね。試合でのルールなんて、この際守るもクソもないでしょ?」
「そりゃそうだ」
鹿島はそう告げつつ、俺たちに当たらないように槍を振り回す。
『OK。問題ないわ。二人はやっておく?』
『そうだな……』
時間はあまりないが、やれるだけやっておくか。
俺も出し惜しみはせず、優勝時のポイントにも手を付けてエクステリアとアーマメントを強化する。
現状で使えそうなアタックスキル。エクステリアの性能自体も底上げさせる。
あの銃があれば、もっとまともに戦えていたのかもしれない。あの連射力と火力は魅力的だった。
しっかし、こんなことになるんだったら、榊坂に会ったときに交換しておくべきだったな。いやいや無理だろ。この展開を予想なんかすんの……。
俺はパポスで各種強化を行いつつ歌恋を見る。
歌恋もパポスをいじっているから、同じように強化しているんだろう。
ついでに榊坂の番号を探して通話を飛ばす。
「…………ダメか。今榊坂に連絡してみたんだが、どうやら通じないみたいだ」
うーん……装喚や強化は出来るのに、通話は不可能なのはなんでだ?
何か理由でもあるのか?
「圏外なわけ……ないよね?」
「むしろ、島の基地局が破壊されたって考えるべきでしょ」
なるほど。その可能性があるか。
強化はパポス内で行えるし、装喚は転送システムが別途用意されているのなら問題ないんだろう。
ってことは、そのシステムはまだ無事だってことだな。さて……。
俺は窓際まで歩き、少しだけ顔を出して外の様子を伺う。
景観すら思い出せないほど荒れ果てた街並み。見知らぬ看板や初めて見る形の建物なんかも、遠目から確認出来た。
その光景のせいか、異界にでも来たような錯覚に襲われてくる始末だ。
街がこんな状態なんだから、基地局が破壊されたという鹿島の意見にも頷ける。
まあ、そう思いたくないという気持ちのせいで、否定したくはなってくるがな……。
そもそもの話、ここまで来る間に人一人すら見つけられなかった。
遺体なんかが転がっていないから、みんな退避したとは思いたいが、時間的にそれは可能なんだろうか?
俺たちが路地に入っていた数分の間に、島で何が起こったって言うんだ……?
頭痛がしてきたので、俺は眉間を指でマッサージする。
今日一日でリンクを使い過ぎたせいかもしれない。重ねがけまでした弊害もありそうだ。
うっし。頭痛が引いてきた。
まずはティンダロスを殺す。それで安全を確保出来たら周囲の調査。同時に他の奴らに連絡を取るための手段を確立させる。
転送システムを所有する施設があって稼働しているままなら、おそらくは誰かしらがそこにいる可能性が高い。
とはいえ、ティンダロスを殺すことですら億劫だ。その上で、この状況を打破する方法を探るのか……。
憂鬱な気分になりながらも壁に背を預け、歌恋や鹿島のこと見つめる。
二人から疲れは見て取れるが、憔悴していたり、取り乱すような様子はない。
「対ティンダロス用の作戦会議をしたいんだが、お前らはもう大丈夫そうか?」
「ティンダ? それって化け物の名前な訳?」
「ああ。予測に過ぎないが、あいつはクトゥルフ神話に出てくるバケモノなのかもしれない」
「ぁぅ……神話の生き物……?」
「守住くん……頭おかしくなっちゃった?」
鹿島が可哀想な人でも見る目をしてきたから、俺は即座に否定しておく。
「俺はまだまともだっつーの。まあ、前に調べ物があったときに、アレに似た画像を見つけてな。だから、仮称としてティンダロスって呼んでるんだ」
「ふーん? まっ、名前なんてなんでもいっか。作戦会議ってことは、連携の方法とか倒し方でも話し合うの?」
俺は頷く。連携による倒し方、俺が話したいのはそのことだ。
「で、具体的な案は?」
「まず、魔法が効くとは言っても、打撃系統の攻撃の通りが悪いのは確かだ。雪壊掌……掌底による打撃技でも吹き飛ばしが出来るだけで、致命傷は与えられていない」
「うん。我禅流の技は効くけど、ティンダロスぅ? を倒すにはいたらないもんね」
これまでは致命傷を与えないで戦うリンクバトルだったから良かったが、ティンダロス相手には、むしろ悪手となっている。
「歌恋が独自に編み出した魔力の斬撃を放つ技が、上手く当てることで、足の一本くらいは切り落とせる」
「でも、結局のところは当てられなきゃダメってことでしょ?」
「そうだ。あいつは賢しく避けてくる。だから三人での連携で攻めて動きを封じ、切り札で仕留める」
作戦はこうだ。
ティンダロスで厄介なのはあの足。それを、俺は風牙爪やアーマメントの刃で切り落としにかかる。
鹿島は電気属性をエンチャントしてでの突きや斬りで同様に攻めを。歌恋は風牙爪で狙いつつ、魔力込みの接近打撃で俺たちが攻める隙を作る。
そしてティンダロスが動けなくなったところで、鹿島がトドメの雷撃砲でのフィニッシュ。
それでも倒しきれなかった場合。そのときは、打てる技やスキルを全部叩き込んででも殺すつもりだ。
「要はダルマ状態にしてからゼロ距離ブッパしろってこと? 動物愛護団体が知ったら卒倒ものよ?」
「アレ相手にもそんなことぬかすようなら、俺はそいつらの感性を全否定した上でぶん殴ってやる」
こちとら命懸ってるんだからな。同じ状況になっても言えるのならほざいてみろって話だ。
「とにかく、リンクで連携して今の策を――っ!?」
建物がグラグラと揺れた。地震か?
「何!? 地震!?」
「…………お、収まったかな?」
「だな。加えて、ティンダロスの奴は臨戦態勢に入ってるみたいだぜ」
「み、見つかったって訳……!?」
「ああ。俺たちのことを待ってやがる」
建物の外を見ると、奴は座ったままこっちを見つめていた。
『俺が先行する。鹿島はエンチャントを付けながら俺と連携だ。歌恋は遠距離支援。様子を見てティンダロスの足を切れる隙を作ってくれ』
『了解よ!』
『うん! 二人の攻撃が当たるように誘導させてみるね!』
俺は外に飛び出すために窓枠に足をかけ――。
「っ!? また揺れか!?」
「今度のはおっきいよ!」
「これ、この建物崩れるんじゃない!?」
「くっ……全員退避だ!」
そのまま飛び出し、俺は風牙爪でティンダロスに牽制を入れる。それを避けながら後退する姿を見つつ、俺は荒廃した市街に降りた。
続けて、背後からは二人が着地する音が聞こえてくる。
『駿ちゃんもっと離れないと危ないよ!』
歌恋が更に風牙爪を連続で放ってティンダロスを後退させる。
それにならって、俺たちは倒壊する建物から離れた位置まで移動し、ティンダロスと向き合った。
『やるぞ二人とも』
「エンチャント、電雷槍」
鹿島が武器に属性スキルを付加。矛の部分が帯電するのを確認し。
「風牙爪!」
歌恋の放つ技に合わせ、俺はティンダロスへと駆ける。アーマメントの剣を展開。
「はっ! ふっ! くっ! チッ、風牙爪!!」
歌恋の牽制を避け、俺の振る小手の斬りもわずかに届かない。追い討ちに使った風牙爪だが、飛び退くことで避けられる。
「もらったあ!!」
だがティンダロスが飛び退いた先には、鹿島が先回りをしていた。
「ガァッ!?」
「よし! はああああっ!!」
槍の先端が背に突き刺さり、鹿島はそのまま地面へと叩きつける。
『守住くん今よ!』
鹿島が俺に攻撃するよう促す。が――。
『ダメだ! 槍を抜け鹿島!』
『へ?』
「くそっ!!」
俺は鹿島を抱え、鳴神を使って飛び退く。
さっきまでいた位置には、ティンダロスの背中にある触手のようなトゲが突き刺さっていた。
「ぐっ!? あっが……!!」
足の骨が軋む。痛くて脳が焼けそうになり、俺はアスファルトに膝を突く。
「も、守住くん!?」
「だ、大丈夫だ……!」
ティンダロスが背中に槍が突き刺さったまま起き上がる。
『鹿島さん牽制役交代して! あたしが駿ちゃんを治すから!』
『わ、分かったわ!』
鹿島が数歩前に出て、手元に戻した槍を構える。そこへ歌恋が駆けつけた。
「あまねく風と流転する水のマナよ! 彼かの者の傷を癒し、ふさげ! クーラティオ・ウェントスッ!」
足の痛みが徐々に引いていく。
『だいじょぶ駿ちゃん?』
『ああ。すまん』
『い、今の呪文みたいなのも魔法?』
鹿島が触手のトゲを槍で捌きながら聞いてくる。
見た感じ、問題なく応戦出来ているみたいだ。
『うん。駿ちゃんの痛みを取り除いてるところ』
『ったく、ウチの常識がガラガラ崩れていくじゃないのよ……!』
安心しろ鹿島。俺もすでに通った道だ。
『ありがとうな。もう大丈夫だ』
俺はすぐに立ち上がる。
やっぱり体に負荷をかける技は負担が大きいか。疲労感まで魔法で取り除けないのはキツい。
『すまん鹿島、俺も続く。歌恋もオフェンスに参加してくれ。三人でとにかく動きを止めるぞ』
鹿島が槍で応戦する中、俺も加勢する。
アーマメントの剣劇に接近戦用の打撃技での攻撃を行う。
『新しいスキルで!!』
歌恋が駆けてくると、宣言通り、新たなスキルを使っていく。
「プロミネンス・スマッシュ!!」
火属性の魔法をまとわせた蹴りのスキルを腹に当てて蹴り飛ばす。続けざま、俺は風牙爪で追撃。
「ならこっちも、螺旋式穿突槍ッ!!」
更には鹿島が投擲した槍が、風らしき魔力の渦と共にティンダロスに迫る。
そして、強力な一撃がティンダロスの腹を穿ち、建物の壁をぶち破っても突き進む。
しっかしすげえな。反衝撃のシステムがないと、本来のスキルはあれぐらいの威力になるのか。
俺たちはあとを追って建物の中に入る。
壁を二枚突き破った先、ティンダロスは槍によって壁へと縫い付けられていた。
腹には槍が突き刺さっている以外にも、斬撃による傷や火傷も見えた。だが、それも修復する形で消えていく。
「やったわね。これなら動けないわよ」
「油断するな鹿島。背中のトゲや――くっ! この舌だってあるんだからな……!」
俺の顔に向けて伸びてきた舌を、とっさに左手で掴んで止める。
「そ、そうみたいね……」
鹿島がゾッとした顔をする。
『でもどうしよ? このままじゃダメだよね?』
『そりゃあ、仕留めるべきだろ。鹿島の雷撃砲は、火力も底上げしたのか?』
『ええ。この状態なら確実に仕留められるわ』
この状況ねぇ……。
『抜かないと、さすがにブッパ出来ないだろ?』
『あ……!』
鹿島は、今度は引きつった顔になった。
槍の先端から砲撃を発射する以上、貫いてる状態だと壁の向こう側を撃つことになる。
『仕方ねえ。俺が動きを止めておくから、その間に決めてくれ』
『止めるって、どうするのよ?』
「俺も新スキルでいく。ブーステッドナックル! ターゲットロック!」
マグナ・ガントレットの右腕部分にある噴射口から火が吹き、俺はそれを飛ばすために構える。
「いっけええええッ!!」
右腕を振り抜くと、小手型のアーマメントがティンダロスに向かって飛んでいく。
手の平を広げた状態からティンダロスの顔面へ思いっきり衝突。そして、押さえつけるようにブースターが噴射し続ける。
『そんなスキルもあるんだ!? なんかロボットみたいでカッコいいね!』
『だろ? 手元返しを取ってないのが難点だが』
『そう? ウチはなんにも魅力感じないけど。てか、なんで取得してないのよ……。まあ、今のうちにありがたく槍を回収させてもらうわ』
感動している歌恋とは対照的に、鹿島は涼しい顔で「手元返し」と言って槍を回収する。
ティンダロスの傷口がふさがっていく中、鹿島は槍を脇に抱える形で構えた。
「やるわよ。雷撃砲スタンバイ! ……ファイ――」
その瞬間、また地震が起きた。
「ア!! え、嘘!?」
鹿島最大の攻撃が、足場が揺れたせいでわずかに外れてしまった。
スキルが当たった衝撃で、ティンダロスの首から下の左半身が消し飛び、壁が崩壊する。
「まずい! また崩れるぞ! 全員出ろ!!」
俺は二人をせかして建物から飛び出す。
崩れた壁の向こうに見えたのは、床に転がるティンダロスが天井に押し潰される姿だった。
そのまま五階建ての建物は崩れ落ちてしまう。
あれならもう、例え回復出来るティンダロスでも無事では済まないはずだ。
やったのか。やっと……倒せたんだな。
俺は安堵して小さく息を吐いた。




