表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/170

31話 優勝に繋げる為、そして己に付けられた名の為に

 他のチームよりも一足早く出発出来た。

 だが、空気と背中の神経で気配を感じ取る。二人分の気配を。


『マップを見て確認したよ。先にバトンを受け取ったのは服部くんだったけど、そのあと高峰会長さんにすぐに抜かされちゃった』

『了解だ』


 なら俺の真後ろについたのは高峰さんか。

 にしても速度が半端ねえ。法定速度を守る原付相手なら、並走くらい訳なさそうだ。


 俺は走るスピードを保ちながら、後ろを見ることなく進み続ける。

 高峰さんは抜き去ることをせず、背後を取り続ける算段らしい。


 確か、駅伝でも十キロほどの距離で三十分くらいはかかるんだっけか? 今回はリンクで強化しているおかげで、半分ほどの時間にまで縮められそうか?

 そうなると、高峰さんはここぞというときのために体力の温存をする気だな。ラストスパート用に。


 出走前に確認した感じだと、アンカーが走るコースは街中のみ。

 山中や上り下りの坂なんかもない道順だから、そこまで苦にはならないはずだ。


 沿道に並んで旗を振ったりしている生徒や大人たちの声援を受けつつ、俺はスピードを緩めず進む。

 まだ息は切れてない。体に痛みもないから余裕は充分にある。問題はバトルの方に影響があるかだ。


 そんなとき俺の左側に人影が生まれ、並走する奴が現れた。


 お? 服部か。まだアタックを仕掛ける場面じゃないぞ? いや、高峰さんの進路をふさぐ目的でか?


「はっ……! はっ……!」


 小さく呼吸をしながら服部に視線を向ける。

 しかし目が合った服部は、ニヤリと笑うと、あごで後ろを指し示すような動作をした。

 どういう意味だ? と思考していたところに。


『駿ちゃん駿ちゃん!』


 歌恋からテレパシーが飛んできた。


『どうした?』

『残りの三組が猛追してくるよ! 長く続くかわからないけど、混戦しそーかも!』

『マジか!?』


 あーくそっ! 服部のこの態度はそういうことか!

 二校のチームの奴ら、さっきの挑発で焚きつけられたな!?


 そのせいで、三校のもう一つのチームもハナっから飛ばさざる負えない状況らしい。

 下手に打って出ると、逆に面倒事が起きそうな展開だ。背水の陣的な意味合いで。


 俺は独走する案をやめ、なんだかのトラブルも考慮して一度引くことにした。体力も無限じゃないしな。

 という訳で、ここは服部に先導させておくのがベターだ。あいつもそのつもりで並走したんだろう。


 俺は服部を風除けにするためにスピードを落として背後につく。続いて隣に並んでくる高峰さん。


「楽しくなってきたな守住? ふっ! やはり、こうでなくては!」

「はっ、はっ! ……っそうですね」


 走行中にしゃべるなんて、余裕なのかこの人?

 どこまで底があるのか、まるで見えてこない人だよ本当。


 もう結構の距離を進んだ。体中に浮かび、流れ落ちる汗がベタついてしょうがない。

 額の汗を拭い、髪をかきあげて息を整える。


 建物の影が何度も俺たちを日陰に誘い込む。

 その度に、曇天のわずかな隙間から覗いている日差しをさえぎった。

 気温自体、湿気も相まってかなり高く感じる。陽の光なんてものは後押しにすらならないんだろう。


 それでも、肌への熱射が減ることでメリハリが生まれ、淀む意識を刺激してくる。悪くない感覚だった。


『駿ちゃん、残り半分くらいだよ。このままのペースでいけば、三位以内はだいじょぶそーかも』

『了解! 時間はどれぐらい経った?』

『十分くらい!』


 歌恋に礼を言いつつ、俺は前方へと視線を集中させる。


 俺が先導していたときに比べれば、幾分かスピードは緩くなっていた。まあ。それでも速い部類には変わらないんだが。


 不意に観客の中にもチラホラ知り合いの顔が見え始めたのも実感する。

 気配を探るように三百六十度へと意識を向け、背後の状況も確認。

 後続にいたアンカーたちも、少し離れた位置からだが追従出来ているようだ。


 歌恋の言う通り、このまま問題なくいければ――。


「きゃあああああッ!!」


 な――にっ!?

 嘘だろ……!? んな安易なフラグ回収なんてありかよ!?


 何があったんだ? と声のした方へと自然に目が向く。十メートル以上前方の観客がいる辺りだ。

 たった数秒の間にそこに辿り着き、横目で流しながら確認し――。


 俺は、一人の人間が走り去るのを目にして急ブレーキをかけた。

 途端、服部の怒号が耳に届く。


「何やっとんのや守住ッ!?」


 走る最中での「か、カバンが盗まれ……!」という女性の悲痛な声。

 止まったのは、それが聞こえ、女性が歩道に座り込む姿を見てしまったからだ。


 どうする? ……いや、どうするって何をだ?

 警備員に任せろよ。俺はアンカーで、一校の優勝を懸けて参加しているんだぞ……!


 視界の端で、服部や高峰さんが足を止めているのが見えた。

 しかし高峰さんは、俺が見ていた方角を鋭い目で見つめている。


「……奴か? 犯人は?」

「ええ、おそらく」


 俺たちの短い会話に「なんの話や?」と服部が怪訝な顔をして尋ねてくる。


「よかろう。俺が追おう」


 言うが早いか、高峰さんは走り出してコースを外れる。


 そうか。高峰さんに任せれば良い。

 この人なら必ず犯人を捕まえ、取り返してくれるはず……。それで良いのか?


 だったら俺はどうする? 任せるのか? 高峰さんを置き去りにして走る? むしろ待つ?

 ダメだ。頭の中の整理が追いつかない……!


 そうこうしている内に、後続の奴らが向かってくるのが目に入った。


「よう分からんが、わいは行くぞ! 事情を飲み込む気はあらへんし、薄情でも勝たせてもらうで!」


 髪を掻き上げた服部は、宣言通りに走り出す。


 服部の反応は当たり前のことだ。薄情だろうが、このリレーの勝利には、一校が優勝出来る可能性が懸かってるんだぞ。


 そう自分に言い聞かせ、俺もコースの前方を向く。




「へー!? 俺の名前にも意味があんのか!?」

「そうだぞ駿。名前っていうのはな、いろんな意味が込められて付けられてるもんなんだぜ」


 まだ小さい頃だったか。自分の名前の由来を、縁側で親父から聞かされたことがあった。


 そのときはあぐらをかいた親父が、股の間に座る俺の頭を撫でて話していた覚えがある。


「守住っつーのは、住む場所を守るって書くんだ。なんかカッチョイーだろ?」

「うん! カッチョイー! なんか変身ヒーローみてえだ! ヒーロー!」

「だろだろ? んでな、駿っつー名前は『優れてる』って意味があるんだぞ」


 なんか親父がドヤ顔で語っていたっけ。


「すぐれてる? ってなんだ?」

「まっ、とにかくすごいってこった。あと足が速いとかな。速い馬を駿馬(しゅんめ)とか呼ぶんだぞ」

「マジか!? すっげー! 俺の名前って、すっげーヒーローのことだったんだ!?」


 子供ながらに単純細胞だった俺。自分の名前の由来を知ってから、しばらくの間、仲の良い友達に言いふらしたもんだ。

 でも親父たちも、そんな存在になってほしいって意味を込めて名前を付けたんだと、今ではなんとなくだがわかってしまう。




「なんでこんな土壇場で、んなことを思い出してんだろうな……」


 俺は頭の中に浮かんだ情景を思い出し、気恥ずかしくなって頭を掻く。


『駿ちゃん何かあったの!? いきなり走るのを止めちゃうなんて!?』

『すまん。ちょっとしたトラブルだ。そして』


 歌恋に今起きたことを共有の力で伝える。


『俺は高峰さんを手伝うと決めた』

『……け、経緯はわかったけど……でも!』

『この場を任せて先に行くなんて……』


 後続が横をすり抜けていく中、俺は高峰さんが進んだ方へと向き直ると。


『やっぱ出来そうにねえわ!』


 歯を見せて笑い、迷わず走り出した。


 すっげーヒーローなら、困った人を助けた上で勝つもんだろ? 少なくとも、俺が見てきたテレビのヒーローはそうだった。


 歌恋を救ったときだって、ヒーローはみんなを笑顔にする存在だと頭にあったからだ。

 だからこそ、俺自身が歌恋のことを諦め、手放すなんて選択をしたくなかったのもある。


 ああ、メサイアコンプレックスなんてカテゴライズをされても構わない。

 自己満足な正義感でも、それを成せば、みんなに認められるヒーローで終われる。――なら!


「……え?」


 しかし、人混みを搔きわけて進む途中でパンッと乾いた音が鳴った。

 音の方を向いた人たちから騒めきが聞こえてくる。


 この音……まさか拳銃なのか!?


 慌てて、騒めく人の群れを縫って走る。

 駆け抜けて高峰さんの気を探ると、路地の曲がり角の先で立ち止まっていた。


 気を探った感じで犯人と対峙してると仮定する。

 なので俺は着くと同時に、少しだけ顔を曲がり角から出して覗き込む。


 覗き込んで把握する。パーカーで顔を隠して銃を持つ人物と、高峰さんが向き合っている状況だと。


 上を向いた銃の口から、ゆらゆらと白煙が揺らめいていた。反対の手にはカバンを持っている。


 なるほど。さっきの銃声は、あくまで上空に向けての威嚇(いかく)射撃だったらしい。


「ふう……」


 そのことに安堵の息がもれる。

 俺は音を立てずに覗くのを止め、思考をフルスロットルで回し出す。


 高峰さん一人でもなんとかなる状況……のはずだ。魔法さえ使えるのならば。


 いくら高峰さんがすごくても、銃相手に丸腰では厳しい。リンクを繋いでいても、バトルほどの超速度での接近はまず不可能だ。

 二人の間の距離は十メートルはあった。その距離なら、間違いなく詰めるより前に撃たれる。


 だが略式で使える氷の魔法を使えれば、素早く倒せるはずだ。

 そうしていないのはおそらく、人前で魔法を行使しないという制約のせい。


 最悪、やむなく魔法を使うことはあるんだろう。

 とはいえ、その案を高峰さんに取らせないための解決策を、俺自身で作り出せるのがベストアンサーだ。


 問題は、どうやってその策を考え、なおかつ高峰さんとの疎通を図れるか。


 見回す。ビルに囲まれた、なんの変哲もない路地裏だ。

 裏から回り込むにしても、この辺りの土地勘のない俺では厳しい。

 それなら正面切って俺が囮役を買う手も……。

 ダメだ! リンクバトルとは勝手が違うんだぞ俺!


 撃たれれば最悪死ぬ。いや、防ぐ手はある。風盾を使って弾を止めれば良いだけだ。

 だが……確実に成功する保証がない。反衝撃のシステムサポートもなければ、野々宮が撃ったような傷を負わない魔弾でもないんだ。


 もし、もし仮に失敗してしまったら……?


 怖い。現に俺の足は震えていた。

 実弾の一発で死ぬかもしれない恐怖で。実際の銃口を向けられるという恐怖に。


「……くっ」


 ヒーローっていうのは誰かを守る存在だ。

 そのヒーローが恐怖で足をすくませるなんてダメだろ。


 何のためにここまで来たんだ守住駿!?

 助けるんだ高嶺さんを! 取り返すんだカバンを!


『駿ちゃんだいじょぶ?』

『――っ歌恋?』


 突然のテレパシーが届き、俺は動揺する。


『だいじょぶ?』


 そう、もう一度尋ねる声が聞こえた。

 俺は取り繕いながら歌恋の問いに答える。


『あ、ああ。大丈夫だ。犯人を見つけた。高峰さんが対峙してる状況だ』

『そっか。マップを見る限り、ビルの間の路地にいるんだよね? 路地……か』

『ん? どうした?』

『あ、えと……我禅師匠に助けてもらったときのことを思い出して』


 師匠に助けられたとき?

 ……そうか。過去に誘拐されそうになったときも、こんな路地だったな。


 俺は改めて周囲を見渡す。

 コンクリート製の壁に囲まれた路地。壁に窓などはなく、上空には曇天が見える。


『なんとかなりそー?』

『少し厳しいな。相手は武器も持ってる』


 師匠ってやっぱすげえな。こんな狭い空間で、武器を持った五人を相手にして勝つんだからさ。

 あまつさえ壁走りまでやって……壁?


 ははっ……なるほど。いやまあ、その案なら裏はかけそうだが。


 俺は顔を上げた。薄汚れた壁を上へと辿り、更には空の方にまで。

 どうやら、腹を括ってやるしかなさそうだ。


 覚悟を決め、恐怖も何もかも飲み込むように、俺はつばで喉を鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ