第25話 偽りの魔弾
「なんだなんだー!? いったいどういうトリックを野々宮選手は使ったんスかあっ!?」
「チィッ!」
俺は銃撃をくらいながらも飛び退いた。
体のいたるところで痛みを感じるものの、それを歯を食いしばって耐える。
そして着地後、俺は即座に風盾を展開させ、途切れない連射をなんとか防ぐ。
『くっそおッ!! 何が起きたっていうんだ!? どうして野々宮にバックを取られた!?』
『……う、あ……』
『歌恋ッ!』
『あ! ……ご、ごめっ! あ、あたしもまだ混乱してて……! っ対処しながら聞いてほしいの!』
『わかった!』
歌恋の隠さない戸惑いが伝わってきた。
あいつはこの状況がどうやって起きたのかを知っているらしい。
歌恋自身が混乱していたとはいえ、こういう場面だからこそ、バディという存在にすがれるのはありがたいもんだ。
だが、歌恋の説明よりも先に野々宮が動いた。
野々宮は弾丸を撃つのを止めると「オプティカルブレード形成……」と言って銃を振りかぶる。
すると、また魔法で出来た刃が銃に生えてくるのを確認。
合わせて俺も風盾を解除し、体勢を整えながら構えた。
『の、野々宮くんはね、駿ちゃんが避けたブレードだったの』
『……は? すまん。意味がわからん』
本当に意味がわからない。
ブレード? 避けたってことは、あいつがブーメランみたいにして飛ばしてきた攻撃のことか?
俺たちのテレパシーでの会話中に、野々宮は斜め前へと走り出す。
動き的に、おそらく俺を中心にして旋回し、様子を伺いつつ仕掛けてくる気なんだろう。
『うん。気持ちはわかるよ。でも本当なの! 避けたあと、駿ちゃんが野々宮くんがいたところを見ている間に、ブレードが野々宮くんの姿に見えるようになってきて! そしたら駿ちゃんに銃で攻撃を!』
ダメだ。さっぱり理解が出来ないぞ。と野々宮の姿を目で追いながら考える。
ブレードが野々宮に変化したとでも? なんだよそのマジックは?
大体、野々宮が立ち尽くしている場面を俺は見ていたんだぞ。
「謎だねぇ。わたしには飛翔していた刃が野々宮くんに変わったように見えたんだけど……」
「あたしもそうッス。だと言うのに、守住選手は野々宮選手がいた場所を見続けたまま、ずっと立ち尽くしていたよう見えたッスね」
何? あの二人にもそう見えていたのか?
っと、野々宮が旋回を止めて、一気にこっちへ突っ込んできやがった。
俺は、接近戦を仕掛けてくる野々宮へ拳を振って対処をしつつも、理解しようと思考を巡らせる。
とりあえず、一回落ち着いて考えるしかない。
歌恋や伊勢たちは、俺が野々宮を見ている間にあいつの位置が変わっていたのを把握している。
けど俺は、野々宮が動きを止めたのを確かに見ていた。そこから動いたのを知らない。
おそらく俺以外の全員が、攻撃したあとの野々宮を一度は見失っているのは確かなんだ。
なら俺と他の奴とで、わずかな認識の誤差が生まれているのか? どうしてだ!?
「なろおッ!」
思考に没頭しながらも隙を突いて拳を放つ。
「くっ!? それなら……ふっ!」
ワンテンポ遅れた野々宮だったが、背中を丸めて屈み、ギリギリで拳をかわした。
そこから、刃を当てるために銃を俺の胸へ突き立ててくる。が、身を引いていた俺には僅かに届かない。
「……っ!」
ん? 銃口に魔力が集まって?
「くそッ! 鹿島と同じ攻め方かッ!?」
気付くと同時にエネルギー弾が打たれていた。
俺はそれをとっさに体を捻って避け、更に距離を空けるために飛び退く。
「はあ、はあ……ふう」
小休憩しつつ、ここで再考だ。
まず始めに、魔力や魔法の類がエクステリアやアーマメントに取り入れられていると仮定しよう。
そうなると、姿を眩ます魔法や誤認させる魔法を、会場の人間にかけていた可能性が出てくる。
これは仮に、榊坂が魔法を認知しているのを前提にして、機械に組み込んでいればの話だ。
んで電子まで欺けたのは、野々宮が顔無き探索者とか呼ばれるほど、電子の扱いに長けているから。
それなら、運営側という立場を利用して予め仕掛けられていたのだと、一応の納得は出来る。
少なくとも野々宮は、あの美鏡が一目置く存在なんだ。
榊坂家が立案したイベントだってことなら、事前に仕込んでいたとしてもおかしくない。
更に、エクステリアがそれらの力を利用したり、増幅させるようなスキルを持っているのなら、これだけいる人間の認識を狂わせられる可能性は、充分にありえる話のはずだ。
そんな考察の最中でも、野々宮は接近して斬撃を繰り出してきた。
「んなろお! 動きが正確過ぎんだよ!」
俺は腕を振るうことで攻撃を切り払い、時には手の甲で防いで捌いた。
斬撃や蹴りなどの接近戦を互いに仕掛け、アーマーに傷が増えていく。だが、どっちも一歩も引かないまま攻防はなおも続いた。
しかし、そこから数手後、野々宮は攻め切ることが無理と判断したらしい。
残像を残すように体がぶれ、何度も後方へと瞬間移動する。
最終的に三、四十メートルほど離れた位置で、あいつは静止した。
ったく、なんなんだよその超なんとか人みたいな動きは……。
度重なる攻防のせいで、俺の腕もかなり疲れが見えていた。その疲れを取ろうと軽く腕を振っておく。
だがまあ、野々宮にまで休む猶予を与えるつもりなんて毛頭ない。
「いくぞ!」
間も空けず、俺は野々宮目掛けて突っ込んだ。
「……っ!」
対する野々宮は、すかさず銃を構える。右手に持つ白色の銃だ。
試合開始時からずっと撃ってきた右手の銃は、特に注意すべきもの。
だってあれが撃つスキルは、とても強力な――。
『強力な……追ってくるレーザーだしな! だからこそ、ダメージ量が少ないのを理由に油断なんかしねえぞ!』
『そだよ。だからね、だから……あれ? ……避けないといけない気がする』
避ける? いやいや、追ってくるんだからここは現陽炎で迎撃だろ?
何を言ってるんだ歌恋は? と思っていると、銃口の前に魔法陣が展開された。
そうそう。あの魔法陣に弾が触れるとホーミングする効果が付与されるんだろ? ならやっぱり。
俺は手の平に魔力を集中させて風盾を――。
いや待て、おかしい。魔法陣? 何かが引っかかってしょうがない。
何が違う? なんだ? 俺の読み通りなら、あいつらは認識をどうこうさせつつ攻撃を……まさか!?
俺は急ブレーキをかけ、急いで歌恋に告げる。
『――ッ歌恋! 記憶の共有だ! ここ数分の視覚映像を見せてくれッ!』
『え!? えと、わかった!』
トリガーが引かれるよりも前に、歌恋が見てきた記憶をさかのぼる。
そうして気付けた。構える直前に右手の黒い銃と左手の白い銃の位置が、一瞬にして入れ替わっていた事実に。
野々宮が銃を持ち替えたんじゃない。歌恋自身が視認していた物が、ほんの一瞬で切り替わったんだ。
それはつまり、また認識を誤魔化され、見間違いを引き起こさせられたということ。
なら野々宮が撃ってくるのは――高火力タイプの黒い銃の方……!
まずい! ここで防御なんかに回ったら、間違いなく盾の上から叩き込まれてやられる!
「くっ!」
即座に判断して行動。俺は魔力を全体に巡らせ、何度目にもなる緊急回避を行うプロセスを構築する。
「いけるか!?」
すかさず、俺は身体能力を技で補強し、思いっきり後ろに飛び退く。
一瞬で距離を離しながら、更に両手へ魔力を集中させる。
「シュート……!」
「風盾展開ッ!」
練り上げた盾を、空中に浮いた体勢で前方に押し出す。迎撃と技の反動による後方への回避。
とっさの魔力の練り上げで防ぎ切るのは無理だ。
なら、着弾するまでの時間と距離を稼ぐまでよ!
「破軍雪壊掌ッ!!」
打ち出した風圧が、野々宮の放った細いレーザータイプの銃撃に向かって走る。
レーザーは……曲がらない!
激突するのが予測可能な軌道なのに、あいつは曲げてこない。なら十中八九確定だろ!
まさに予想通りだった。
例の攻撃は軌道を変えることなく、俺の打ち出した技と衝突。しかもレーザーを食らった風の層は、大きな何かに貫かれるように千切れ飛んだんだ。
「……うっし!」
着地後、即座に軌道から逸れた位置へと離脱した俺は、思わず小さくガッツポーズを決めた。
風盾は破られた衝撃で暴風となって吹き荒れ、それを貫通した細いはずのレーザーが山の一つを大きく削り取っている。
その結果こそ、俺の読みが見事に当たったことの裏付けだった。
捲き上る砂や石から顔を守りつつ、野々宮の顔色を伺う。あいつは口を小さく開け、明らかに驚いているようだった。
『あの様子、今度はこっちが一本取れたみたいだな』
『すごいよ駿ちゃん! 野々宮くんたちの策を暴いちゃうなんて!』
『けど、ギリギリでなんとかなっただけだ。読み勝てただけで、実際には、勝敗に関係する痛手を何一つ与えられちゃいねえ』
『う、うん。どうすれば、どうすれば野々宮くんを倒す攻撃を決められるか考えないと……!』
銃での遠距離戦に接近戦。認識を狂わされた上での攻撃の数々。
遠距離は言わずもがな。だが、俺が得意な接近戦ですら、野々宮と五分五分だ。これが悔しい。
おそらく、こっちの技は分析されているはず。
野々宮が言っていた盤外からのメタ合戦の意図は、俺たちの新たな技なんかを事前に把握しないためのものだ。
けど俺たちは、豪田との激闘後も新技は開発せず、スキルの習得に取り組んでいた。
そのスキルも、俺たちがどんなものを取得したのかを、あいつらは装備からある程度の予測が出来ているんだろう。
八方塞がりとは言わねえが、あまりにも分が悪い。
野々宮を倒す方法。この試合にケリをつけられる大技を、ここで決めておかねえと。
『あ……ここ数分の攻防でわかったことがあるよ』
『ん? わかったことってなんだ?』
『えっとね、駿ちゃんの攻撃が一度もうまくいってないの』
『……ああ、知ってる。知ってるつーの』
んなこと言われなくてもわかってる。
野々宮が前衛だと判明してから、一切ダメージを与えられていない。情けない話だが。
『べ、別に駿ちゃんのことを責めてるとかじゃなくてね……! そ、その、野々宮くんのカウンターが変なの。豪田くんみたいな絶妙な感じじゃなく、あえて誘われている感じがして』
『俺の攻撃が誘導されてるって言いたいのか? あいつが対処しやすい形で』
『うん。接近戦だと間違いなく』
……そういうことかよ。得意な接近戦ですら五分五分だと感じたのは、俺が野々宮の良いように動かされていたからってことか。
こっちの行動を読む。それは行動パターンを想定しての確率論に過ぎない。
だが、ある程度の行動に絞られるように誘導されていたとなれば別だ。
すなわち確率が操作されていたことと同義。そんな勝ち目の薄い台に座らされていたとは、ペテン師らしからぬミスだったな。
下手すると、それすらも認識を操作する力の一端なのかもしれない。こっちの行動思想すらも操れるという規格外の能力……。
ったく、チート能力も大概にしやがれよ。
こちとら複数にリンクしてマルチリンクをコピれるだけだぞ。……いや、俺のも相当アレだが。
『問題は、どこまで俺の考えを読まれ、誘導されているかだ。最悪、この睨み合いですら野々宮の思惑通りなのかもしれねえ、か』
未だに動かない野々宮を見つつも、体力の回復に努める俺。
『ちょっと疑心暗鬼になってきちゃうね。あのときとは立場が逆だ』
『あのとき?』
『うん。カサルナちゃんと初めて戦ったときのことだよ。駿ちゃんが二人を疑心暗鬼にさせて、作戦を考える時間を作ったときに、なんか状況が似てるから』
『あー、言われてみれば確かにな』
そういえばそうだ。
結局、良い案が浮かばず、あいつらの体力を回復させちまったんだよな。
懐かしさを感じながら思い起こす。
歌恋が言った通り、まるであのときのような状況に思えてならない。
だとすれば、野々宮は俺たちが動かなくなるのを読んで膠着を?
なら、それ込みで銃を撃つための力を野々宮が回復している可能性も――。
どうする? 仕掛けるのが正解か、この思考さえも誘導されていると疑うべきか?
……くそっ、ダメだ。考えれば考えるほど、どんどん深みにハマっていくような感じに……!
――相手を敬い、己を律せよ。さすれば道は開かれん。
「あ……」
不意に浮かんだ師匠の言葉。
かつて、墓参りの翌日に自分が道場を訪れたとき、師匠がかけてくれた言葉だ。
相手を敬う。それは相手に敬意を払うと共に、その人柄を見習うこと。
己を律する。それは培った心技体を把握して、己の手足の如く使いこなすこと。
その言葉を踏まえ、俺に出来る戦い方は――。
「……ははっ、なるほどな。見つけたぜ。勝利の方程式を」




