第15話 守住ファミリー
「なるほどな。そんなことが体育祭の準備期間中にあったのか」
「あの宣誓をした子に勝つのも、一つの目的ってことね。がんばりなさいよ駿、歌恋ちゃん」
「おう」
「うん!」
今は開幕式も終わり、いくつかの競技がすでに始まっている時間帯。
俺たちにとっては、初戦が始まる前の移動時間でもあった。
んで俺と歌恋の二人は、中央のスタジアム付近で待機していたうちの両親と合流。島内を周る無人運転のバスに乗り込んだ。
その中で俺たちは、母さんたちに準備期間中に起きたことを話していた。
ちなみに、話した中には恋愛事に関するものは含まれていない。
理由は簡単。話すと俺の命が危険に晒されそうだからだ。
ぶっちゃけ、俺が歌恋を異性として意識しているのは親にバレてる。
その上で、他の子にも言い寄られて悩んでいるとか言ったら、間違いなく殺されかねない。
母さんも親父も「天国にいる玲奈さんと九郎さんになんて報告をすれば!? ここは暮石の前で駿に切腹させるべきか!?」とか素で言うだろう。多分。
まあ、それだけ歌恋のことを大切に思ってくれているってことであり、守住家と竜胆家の繋がりが強いってことでもある。
いや、うん。歌恋一筋なのは変わらないんだ。たださ、鹿島が傷つかないような円満な終わり方を考えてしまう俺がいるんだよ。
だってあいつ、間違いなくアウトプットが苦手なだけで良い奴だもん。
最近は態度も軟化してきて、ツンデレな反応にも愛嬌を感じられるようになってきた。
なんだかんだ言って、懸念していた歌恋との仲も良好だ。だからこそ突き放す気にはなれない。
「はあ……俺、ダメになってるなぁ」
優柔不断というか、恋愛面に寛大になってしまったというか。
なんだか情けなくなってきて、思わずため息が出てしまう。
「なんだなんだ? 乙女チックでセンチメンタルな涙は似合わないぞ、俺の愚息よ」
「やめろ。その言い方はマジでやめろ」
完全に下ネタにしか聞こえないから。あと泣いていないっつーの。
あー……ほら見ろ親父。乗り合わせている客の何人かがこっちを見てるぞ。
「なあ歌恋ちゃん。どうか俺の愚息を慰めてはくれない――おうふっ!?」
「いい加減にしなさいよあんた! ごめんなさいね歌恋ちゃん。うちの旦那がセクハラ発言して」
周りの視線を一切気にせずに続いた発言は、親父の隣りに座る母さんのチョップによって遮られた。因果応報ー。
「え? せ、セクハラされてたのあたし?」
「お前は気にすんな」
「歌恋ちゃんは純真よねー。まったく、こんな子にあんなこと言うとか、我が旦那ながら情けなくなってくるわ」
息子もそう思っております母上。
自分のこの性格は母親譲りなのだと、再認識してしまう俺がいる。
「でもこの島の情報規制の線引きって、どの辺まで良いのか分からないわよね。リンクやそのバトルについては良いけれど、使われている技術に関しては口外出来ない。って感じなのかしら? この車内の会話も録音されていたりするの?」
悶絶して押し黙った親父を他所に、母さんは俺たちの方を見て尋ねてきた。
「録音はしてるんだってよ。まあ無人運転だから、防犯用にカメラやマイクは最低限設置されてるらしい。前に調べたんだけど、生徒の身内なら大体の情報の開示は許可されてるって話だ。ただ、情報の漏洩が行われないように、離島後は監視が付けられるんだとさ」
一応着港したときに、漏洩禁止の規約書にサインをしているはずだ。俺も島に着いて船を降りたとき、十六夜学園長に待ってもらってサインを書いた。
「おー、いてぇ……母さんは容赦ないなあ。にしても息子よ。監視が付くっていうのは四六時中なのか?」
「そりゃそうだろ。あとウェブに通話、SNSのやり取りとかも監視の対象らしいぜ」
「なん……だと……? それでは気軽に、アダルティーなサイトへ繋ぐことも出来ないじゃあないかっ!」
再びかまされる脳天チョップ。母さんのチョップは良い音が鳴る。
そんな感想を抱いていたら「今のはセクハラ発言だってわかったよ!」なんて歌恋が報告してきた。いらない報告だった。
「効くねえ母さんの手刀は……いてて。しかし、すまなかったな歌恋ちゃん」
「え?」
お? やっとセクハラについて謝る気になったか?
「四月の半ば辺りだったかに駿から聞いた。リンクが使えないせいで、こいつが転校するまでは辛い日々を過ごしてたんだってな?」
「あ……えと……っ」
「規約上、身内じゃない俺たちには、歌恋ちゃんは自分自身に起きていたことを話せなかったんだろ? だとすれば、やっぱり入学前に、養子縁組を行っておくべきだったと思ってな。君を、我が家に養女として迎え入れるべきだったと……」
「親父……」
養子縁組。血縁関係じゃない人間も含め、養子として家族に迎え入れる制度のことだ。
玲奈さんと九郎さんが亡くなってから、親父たちの間では、その話を何度もしてきたらしい。
俺がそれを知ったのは、寮の電話を使って実家に連絡したときのことだった。
歌恋と家族になるかもしれない。正直俺にとって、現実味の湧かない話だったのは間違いない。
「まあ……そうなったらおじさんのこと、パパって気軽に呼んでもいいぞっ!」
「良い感じな雰囲気をぶち壊すなバカ親父!」
ウインクしながら親指を上げる親父に対し、呆れながらツッコミを入れた。
しかし、妹分のようだった歌恋が本当の妹になるのか……と俺も妄想へと浸る。
『あ、おかえりなさいお兄ちゃん! 今日はパパもママも帰らないって。だからね……歌恋、その……寂しいから、お兄ちゃんと一緒のお布団で寝たいなって、思ったり思わなかったりして……えへへ♪』
『か、歌恋……!』
俺は驚愕し、思わず口元を手で押さえていた。
なんだこれは? 歌恋が俺の妹になるってことは、こういうことなのか?
……悪くない。むしろ良い!
そもそも兄妹になったとしても、あくまで義理の関係。血の繋がりなんて一切ない。
なら臆する必要がどこにあるよ? いや、英雄色を好むだ! 据え膳食わねば男の恥だろ!
さあ歌恋! 兄ちゃんと一緒に、幸せな朝を迎えようじゃないかっ!
「駿ちゃん?」
「はっ!? お、俺はいったい何を……?」
俺は歌恋の言葉に反応し、なんか良くわからない妄想から現実へと引き戻された。
今のはマズい。あれは踏み込んでしまったら最後、もう戻れない修羅の世界だ。
「なんだマイサン? 歌恋ちゃんと兄妹水入らずで風呂に入る妄想でもしてたかっ?」
「ふぇ!?」
「ば、バカ言うな! 親父じゃねえんだから、そんな妄想する訳ねえだろ!」
俺は反論しながら太ももにひじを突き、その手の平にあごを乗せる。
そこから外の景色に視線を移すと、窓に映る、頬を赤く染めた自分の顔が見えてしまう。
にしても兄妹風呂。そういうのもあるのか。
……じゃねえっつーの! 例え兄妹でもダメな領域があるだろ俺!
自分のこの性格は父親譲りなのだと、再認識してしまう俺がいる。ああ、自己嫌悪が半端ない。
「あんなバカな男どもは放っておきましょうね歌恋ちゃん。バカが移っちゃうから」
「あ、えっと……うん」
なんて、他の乗客に迷惑をかけまくりな守住家の会話は、ほどなくして終了した。
目的地にバスが到着。バスを降り、俺たちが戦うBブロックの会場を目指す。
移動は、オートウォークと呼ばれる自動稼働式の歩道を使用。要するに平面型のエスカレーターだ。
「それにしても便利ね、このパポスって腕時計型の電話。運賃の支払いもそうだけど、各種目のライブ中継まで見られるなんて」
「確かにな。これ一個で至れり尽くせりってこった。街並みもうちの地元とは雲泥の差だ。俺たちも、ここに引っ越してきて暮らしたいものだな母さんよ」
島に初めて来た母さんたちは、まさに観光客の如く周囲を見回していた。
その姿を見ていると、転校して一週間くらいの俺もこんな感じだったんだろうな、と感慨深くなる。
「それで駿。初戦の相手はどんな子たちなの?」
「ん? ええっと……ハレムオムニバスって名前のバディだな。全員が第三校舎の人間らしい」
全員っていうのは、そのバディが複数人で構成されているからだ。
チームのリーダーとなるのは左近山大将という名前の男子。何人もの女子が、そいつとリンカーとしての契約を結んでいるらしい。
ちなみにこの左近山が、鹿島と契約する際に、美鏡が例として名前を挙げていた三校の生徒だ。
俗に言うハーレム系のバディチームを作って、悦に浸ってるって奴なのかもしれない。
「まあ、あんたらは小さい頃から我禅さんのところで習っていたもんね。そんじょそこらの相手なら勝てるでしょうよ」
「それはどうかな母さん? 井の中の蛙という言葉もある。駿たちよりも強い奴らが、この島にはウジャウジャいるかもしれないぞ」
親父の言う通りだ。豪田や高峰さん、おそらく六道院なんかも俺より強いだろう。
だが、そいつらを倒すからこそ、学園最強という称号を手に入れる価値があるんだ。
まだ俺が知らないだけで、他にも強いバディはいくらでもいるはず。そう思うと、武者震いが起きて仕方ない。
「だったら、まだ見ぬ大海とやらに挑んでやるさ」
俺は拳をもう片方の手の平に叩きつける。
「そのためにも、こんなところで足踏みしてる暇はないよな。まずは初戦を制すぞ歌恋。この新人戦で優勝して、遥か高みの頂にまで上り詰めるんだ!」
「うん! たくさんの人たちが力を貸してくれたんだもん! 絶対に優勝しようね駿ちゃん!」
俺が歌恋の顔の近くに手を挙げると、歌恋は振り向き、その手にハイタッチをした。
ほどなくしてオートウォークが途切れ、俺たちが戦う会場の前へと辿り着く。
かなり大きめな武道館のような建物だ。中にはいくつものリングが設置されているらしく、開始時間に合わせ、同時に複数のバディが戦うことになっている。
「うっし、頑張りなさいよあんたたち。私達は客席から応援してるからね」
「実力を遺憾なく発揮するんだ。お前たちの戦い方って奴を、観客たちに知らしめてやれ」
「わーってるよ!」
「いってきます! おじ様おば様!」
俺たちは二人に向かって手を振り、入り口を潜った先にある受付へと向かう。
開始まであと十五分。俺の手は緊張と興奮によって湿り、わずかに震えていた。
それを噛み締めるように力強く、思いっきり拳を握りしめる。
「さあ、やってやろうじゃねえか!」




