第14話 強者が抱える弱さ 弱者の抱える強さ
「あなたは……」
廊下で佇む理事長は、困惑した声でさっきと同じことを呟く。
こいつが六道院鈴音なのか? なんか思っていたのとイメージが違うな。
口調も取って付けたような敬語。厳格な家柄の跡取り娘というには、あまりにも変だ。
「確か、我妻百合亜さんよね?」
……ん? 我妻? 六道院じゃないのか?
「ええ。覚えておいでで何より。私は、鈴音先輩のバディをしてる我妻百合亜で合ってますよ。で、先輩はこちらに……ほら」
改めて名乗った女子は、廊下の角から現れたもう一人の女子生徒を親指で指し示す。
その女子生徒は、凛とした雰囲気をまとっていた。中肉中背で、鹿島と同じくらいの身長だ。
鋭く切れ長な目に、黒い長髪を右側でまとめたサイドテールをしている。歌恋と同じくらいは長そうだ。
あ! 思い出したぞ。こいつも美鏡のサイトで見たことがある。
あのとき、サムネで見かけた黒髪サイドテールの女子だ。確か、コールドベルとかいうニックネームだったか?
「お久し振りです学園長。先日は祖父がお世話になりました」
「ええ、お久し振りね。元気なようで何よりだわ六道院さん」
俺たちの前まで歩いてきた六道院は、理事長に対して軽く頭を下げ、あいさつした。
「それで、そちらの三人は誰ですか?」
「今から紹介するわね。男の子の方が守住駿くん。こちらの金髪の女の子は竜胆歌恋さん。そして、この子はワタシの孫娘で桜花よ」
「守住に竜胆。お孫さんの桜花。……覚えた」
六道院は指折りしながらそう呟いた。
なんというか、凛とした感じの女版野々宮だな。あいつの仕事モードに近い雰囲気だ。
「初めまして。ボクの名前は六道院鈴音。第二校に所属する二年生。よろしく」
「……っ!」
ボクっ娘……だと!? まさか、現実にも存在していたというのか!?
り、リアルで遭遇するなんて初めてだ……! やばい、今すぐ輝美先生にこの事を報告してえ……!
「何? ボクの顔に何か付いてる?」
俺が驚愕していると、六道院が怪訝そうな視線を向けてきた。
「い、いや……なんでもない」
「……キミ、変な奴だ」
俺はなんとか表情に出ないようにし、それを誤魔化す。……誤魔化せたよな?
しかし危ない危ない。リアルボクっ娘に興奮しているとか、本人に勘付かれたら大変だ。
ふと横を見ると、六道院と同じ顔をしている鹿島。察しているようでむくれた歌恋がいた。
好感度のパラメーターとか見えないんだが、なんかゲージが下がっているような気がしてならない。
「まあ、綺麗で華麗な先輩に見惚れるのは仕方ねえですよ。なんたって、鈴音先輩は容姿端麗かつ文武両道で有名。加えてランキング二桁台のバディ相手でも、ノーダメで勝つっていう偉業まで成しちまう、最強のブレイヴァーなんですから!」
「百合亜、余計なこと言わなくていい」
無い胸を張る我妻だが、六道院が顔色一つ変えずに制止する。
友明たちが言うには、こいつらは常勝無敗のバディだったな。その上、黒咲レベルのブレイヴァーにノーダメージで勝利か。
俺の熱は一気に冷めた。ボクっ娘とか武士っ娘だとかに驚愕している場合じゃない。
どう考えても豪田や高峰さんクラスの実力はある。浮ついた気持ちだと、こいつには絶対負ける……!
「へぇ、切り替え早いんだ? 即座に心を律せられる精神力。見えてる部分でも分かる筋力。キミ、武術か何か嗜んでるでしょ?」
「ああ。そっちは観察眼が鋭いみたいだな。さすがは剣聖の孫娘だ」
「――っ! やめろ。あの人を通してボクを見るのはやめろ……!」
次の瞬間、感じる温度が一気に下がっていた。極度の緊迫感がそう思わせたんだろう。
全身がピリピリとし、手汗をかいているのを実感する。
どうやら剣聖を引き合いに出されたことが、六道院の癪に触ったようだな。
「気に障ったようならすまなかった。お前のとこの事情を知らないとはいえ、軽々しく剣聖を引き合いに出すべきじゃなかったな」
「っ! ……こっちこそ、ごめん。取り乱すのは鍛錬が足りない証拠。まだまだ精神力を高める修行が必要だ……」
意外というか、あっさりと謝罪された。身内へのコンプレックスのせいで、性格的にこじれているのかもと思っていたんだが……。
やっぱり、曲がりなりにも剣術家ってことか。
六道院に対して偏見を持ってしまっていたのは、素直に申し訳なかった。俺も修行が足りないようだ。
「話はついたかしら?」
「あ……」
理事長の声で、俺たちは周囲の状況に気付いた。
我妻は緊張した顔で頬から汗を流している。
歌恋はムッとした顔で六道院を睨んでいた。そんな歌恋の両肩に手を置いて寄り添い、困惑した表情でこっちを見る鹿島。
これはやっちまったな。
経験的に、こういう空気に耐性のある歌恋とは違って、鹿島たちは萎縮してしまっていた。
歌恋が睨んでいるのは、なんか、俺に敵意を向けられたのが気に入らないらしい。
俺への当たりの強い言動に対しては、昔から融通が利かないんだよなぁこいつ。
理事長はこういう空気に慣れているようで、どうにも気後れとかはしていない。が、さすがに良い印象は与えていないだろう。
「ご……本当にごめんなさい。ボク、こういうときは謝ることくらいしか教えられていなくて……。とりあえず、おじいちゃ……祖父のことは話題に出さないで欲しい」
「鈴音先輩……」
「わかった。次からは気をつける」
鹿島のときみたいに、身内との溝が出来ているって感じだな。
まあ、こっちの場合は溝がもっと深そうだが。
「その話はここまでとしましょう。守住くんたちはもう満足出来たかしら? 予定していた六道院さんに会えたのだけど」
「え? あ、ええ。人となりもわかったんで、ここら辺でおいとましようと思います。どうもありがとうございました。歌恋も良いよな?」
「……ん。あたしも、だいじょぶです」
いや大丈夫じゃない。問題だ。
本当に大丈夫なら、そのふてくされた顔はやめなさい。子供かよお前は……。
「ったく」
俺はなだめて諭す意味も込めて、歌恋の頭にポンポンと手を置く。
それで俺の意図を察したらしく、歌恋は俺の手を両手で握り、頭を振って擦りつけてきた。
本人としては、なでられることで落ち着きたいんだろう。むしろ、なでろと催促されているように見えてくる。
まあ、お姫様の要望に答えてやるか。そんな気持ちで軽く頭をなでていると。
「……えと、六道院さん。ごめん、なさい」
「え? ……あ、うん。こっちこそ、ごめん」
なんか勝手に和解していた。
示し合わせたように頭を下げる二人。
二人の髪はかなり長い。そのせいで頭を下げると、毛先が床スレスレにまで垂れた。
見ているこっちが、床に触れてしまわないかと不安になってくる。
「なんか、あんたたちって似てるわよね。他人の顔色を伺ってるところがそっくり」
未だに歌恋に密着したままの鹿島が、そんな悪態をついた。
いやいや、せめて体を離してから言ってくれ鹿島。皮肉な感じが削がれてくるから。
「か、鹿島さん……あたしはそだけど、六道院さんは違うと思う。この人は強いんだし」
「ううん、違わないよ竜胆。自分でもそれは分かってる。常に祖父の顔色を伺って生きてきた。それが弱い存在であるボクの生き方だから……」
弱い存在ね。比較対象が剣聖なら、自分を過小評価してしまうのも仕方ないか。
……にしても、重くなっちまったな空気。
さて、どうするべきか……と思ったそのとき。
「先輩は弱くなんかねえですよ」
「百合亜?」
「私は、鈴音先輩のおかげで今の地位にいられるんです。先輩が声をかけてくれなきゃ、私は嫌われ者のまんまでしたんで」
ん? なんだなんだ?
六道院だけじゃなく、我妻の方も何か問題を抱えているのか?
拳を握りしめる我妻を見て、俺は腕を組んで話に耳を傾けようとした。
やっぱりこの学園、俺たちも含め、問題事を抱えている生徒が多過ぎだろ。
「ごめんなさいあなたたち」
「ん? 理事長?」
「各々言いたいことがあるのは理解出来るわ。でももう一度、今度はハッキリと言わさせてもらうわね。今から六道院さんと大事な話があるの。そろそろ、彼女と二人きりにさせてもらえないかしら?」
「あ……」
空気が重い。非常に重たい。
俺はそれを感じながら素直に頷いた。
そうか。理事長はプレッシャーに強いとか云々じゃなく、プレッシャーを与える側の立場だもんな。
ここは理事長の言葉に従っておくのが無難か。
俺は、歌恋と鹿島を引き連れて踵を返す。
「そういえばお前ら、最近噂になってる一校の会長を追い出したバディなんですよね? 新人戦に出るらしいけど、優勝するのは私らアブソリュート・ゼロなんで。そんことこ、よ・ろ・し・く」
我妻が嫌味ったらしく歯を見せて笑う。
あからさまな挑発には乗らず、俺たちは無言でその場から離れた。
廊下を歩き続け、理事長たちの姿も見えなくなった頃。目の前を歩いていた鹿島が唐突に振り返った。
「ムカつく。あの生意気な一年の態度、やっぱりムカついてきた!」
「鹿島さん?」
「あーもう! なんなのよあの態度!? あのイキッた感じの態度がすごく腹立つッ! 天才だかなんだか知らないけど、年上敬えってのよ!」
「お、落ち着いて鹿島さん!」
「落ち着いてるわよっ!」
「いや、今回はさすがに落ち着けてないからなお前」
にしても天才? あの赤髪の後輩っぽい女子がか?
鹿島が言うには、今年の受験をトップの成績で通過した生徒だって話だ。
他校のバディだから詳しくは知らないらしいが、前衛の六道院の機動力に加え、後衛の我妻が相手の戦術を暴いて読み勝つ。というのが、アブソリュート・ゼロの戦い方だと鹿島は教えてくれた。
言動とかに色々問題があるみたいだが、六道院のバディを務められるだけの地力はあるらしい。
榊坂たちだけでも厄介なのに、それよりもやばそうなバディとも戦う可能性が高いってか。
本当にお前らと戦えるんだろうな? と俺は脳内の榊坂に問いただす。
脳内榊坂が「ふふっ、それはあなた次第ですわ♪」なんて無責任なことをぬかしてきたので、チョップをかましておいた。
って、俺は何をやっているんだ……?
「ともかく、あの一年ムカつくから、全力で二人に力添えしてあげるわ。残り数日で武器や防具のランクアップ目指すんだから、弱音吐かずにポイントを稼ぐわよっ!」
「ありがとうな鹿島。……なあ、豪田のときのアレは聞かないのか?」
「アレって、竜胆が守住くんの体を治していたみたいなやつ?」
「ああ」
魔法での治療。結局、俺たちはまだ鹿島に話していなかった。
「別に。二人が話したくなさそうだったし、ウチが無理矢理聞くのはなんか違うでしょ。それに、あくまでウチは臨時のバディなわけだから」
無関係だ。そんな風に寂しげな顔で話す鹿島。
夕焼けに染まり始めた空も合わさり、哀愁を感じさせた。
「確かにお前とは臨時の関係かもしれない。でも俺や歌恋は、お前のことを大事なバディだと思ってる。話せないのは……本当に申し訳ない。けど、決して除け者にするつもりで言わないんじゃねえんだ。それはわかってくれ」
俺は自分なりに言葉を選びながら告げた。
聞いていた鹿島は少しずつ目を見開いていき、優しげな顔で微笑む。
「……ありがとう。二人がそういう考え方をしないのは、ここ最近の付き合いで分かってるつもり。ちょっとからかっただけよ」
今度は悪戯っ子ぽく舌を出して笑う。
「ねえ竜胆」
「何? 鹿島さん?」
「ふふっ……やっぱウチ、あんたのこと大っ嫌い」
「ふぇ? な、なんで!?」
「決まってるでしょ。ウチが守住くんのこと好きだからよ」
その発言で、俺と歌恋の動きが止まった。
「竜胆には負けない。あんたがボヤボヤしてるようなら、その居場所を奪い取ってやるから。覚悟しときなさいよ」
一方的に宣言した鹿島は、満足したのか再び歩き出す。
歌恋を見ると、あいつは顔を赤くしながらも意を決したように口を開いた。
「あたしも負けないから! 駿ちゃんは鹿島さんには渡さないもん!」
そう宣言した歌恋もまた、どこか満足したように頬を緩ませて鹿島のあとを追う。
ああ、なんていうか青春って感じだな。これが俺のことじゃないのなら暖かな目で見守るんだが。
「てかお前ら、そういうのは水面下で本人がいないとこでやってくれ。いやマジで」
俺のなんとも言えないぼやきの声。それが聞こえているはずなんだが、二人は構わず歩を進めていた。
頼むから俺の意見を尊重してくれないか? 言ったそばから除け者にされるとか、俺は心の中で泣いちまうぞ。ちくせう。
しかし、いつの間にか完全な三角関係だな。歌恋は言わずもがなだが、あそこまで言ってくる鹿島の想いを無下にするのもなんかこう……。
てか、俺の理念が崩れていってるぞ。転校当初は歌恋一筋だったはずなのに。
おう、笑ってくれて良いぜハーレム否定していたあの頃の俺よ。
「てか、どうしてこうなったんだ? 常に歌恋のことを優先して動いていたはずなのに。あーもう! これからどうすりゃ良いんだよ!?」
で、あれから数日経った。特に恋愛的進展なんかもなく体育祭を迎える俺。
そして俺のパポスにあるプリセットの装備には、新たなエクステリアとアーマメントのデータが登録されていた。
もちろん、三人の力で得たポイントのおかげでだ。




