表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/170

第14話 強者が抱える弱さ 弱者の抱える強さ

「あなたは……」


 廊下で佇む理事長は、困惑した声でさっきと同じことを呟く。


 こいつが六道院鈴音なのか? なんか思っていたのとイメージが違うな。

 口調も取って付けたような敬語。厳格な家柄の跡取り娘というには、あまりにも変だ。


「確か、我妻(あがつま)百合亜(ゆりあ)さんよね?」


 ……ん? 我妻? 六道院じゃないのか?


「ええ。覚えておいでで何より。私は、鈴音先輩のバディをしてる我妻百合亜で合ってますよ。で、先輩はこちらに……ほら」


 改めて名乗った女子は、廊下の角から現れたもう一人の女子生徒を親指で指し示す。


 その女子生徒は、凛とした雰囲気をまとっていた。中肉中背で、鹿島と同じくらいの身長だ。

 鋭く切れ長な目に、黒い長髪を右側でまとめたサイドテールをしている。歌恋と同じくらいは長そうだ。


 あ! 思い出したぞ。こいつも美鏡のサイトで見たことがある。

 あのとき、サムネで見かけた黒髪サイドテールの女子だ。確か、コールドベルとかいうニックネームだったか?


「お久し振りです学園長。先日は祖父がお世話になりました」

「ええ、お久し振りね。元気なようで何よりだわ六道院さん」


 俺たちの前まで歩いてきた六道院は、理事長に対して軽く頭を下げ、あいさつした。


「それで、そちらの三人は誰ですか?」

「今から紹介するわね。男の子の方が守住駿くん。こちらの金髪の女の子は竜胆歌恋さん。そして、この子はワタシの孫娘で桜花よ」

「守住に竜胆。お孫さんの桜花。……覚えた」


 六道院は指折りしながらそう呟いた。


 なんというか、凛とした感じの女版野々宮だな。あいつの仕事モードに近い雰囲気だ。


「初めまして。ボクの名前は六道院鈴音。第二校に所属する二年生。よろしく」

「……っ!」


 ボクっ娘……だと!? まさか、現実にも存在していたというのか!?

 り、リアルで遭遇するなんて初めてだ……! やばい、今すぐ輝美先生にこの事を報告してえ……!


「何? ボクの顔に何か付いてる?」


 俺が驚愕していると、六道院が怪訝そうな視線を向けてきた。


「い、いや……なんでもない」

「……キミ、変な奴だ」


 俺はなんとか表情に出ないようにし、それを誤魔化す。……誤魔化せたよな?


 しかし危ない危ない。リアルボクっ娘に興奮しているとか、本人に勘付かれたら大変だ。


 ふと横を見ると、六道院と同じ顔をしている鹿島。察しているようでむくれた歌恋がいた。

 好感度のパラメーターとか見えないんだが、なんかゲージが下がっているような気がしてならない。


「まあ、綺麗で華麗な先輩に見惚れるのは仕方ねえですよ。なんたって、鈴音先輩は容姿端麗かつ文武両道で有名。加えてランキング二桁台のバディ相手でも、ノーダメで勝つっていう偉業まで成しちまう、最強のブレイヴァーなんですから!」

「百合亜、余計なこと言わなくていい」


 無い胸を張る我妻だが、六道院が顔色一つ変えずに制止する。


 友明たちが言うには、こいつらは常勝無敗のバディだったな。その上、黒咲レベルのブレイヴァーにノーダメージで勝利か。


 俺の熱は一気に冷めた。ボクっ娘とか武士っ娘だとかに驚愕している場合じゃない。

 どう考えても豪田や高峰さんクラスの実力はある。浮ついた気持ちだと、こいつには絶対負ける……!


「へぇ、切り替え早いんだ? 即座に心を律せられる精神力。見えてる部分でも分かる筋力。キミ、武術か何か(たしな)んでるでしょ?」

「ああ。そっちは観察眼が鋭いみたいだな。さすがは剣聖の孫娘だ」

「――っ! やめろ。あの人を通してボクを見るのはやめろ……!」


 次の瞬間、感じる温度が一気に下がっていた。極度の緊迫感がそう思わせたんだろう。

 全身がピリピリとし、手汗をかいているのを実感する。


 どうやら剣聖を引き合いに出されたことが、六道院の(しゃく)に触ったようだな。


「気に障ったようならすまなかった。お前のとこの事情を知らないとはいえ、軽々しく剣聖を引き合いに出すべきじゃなかったな」

「っ! ……こっちこそ、ごめん。取り乱すのは鍛錬が足りない証拠。まだまだ精神力を高める修行が必要だ……」


 意外というか、あっさりと謝罪された。身内へのコンプレックスのせいで、性格的にこじれているのかもと思っていたんだが……。

 やっぱり、曲がりなりにも剣術家ってことか。


 六道院に対して偏見を持ってしまっていたのは、素直に申し訳なかった。俺も修行が足りないようだ。


「話はついたかしら?」

「あ……」


 理事長の声で、俺たちは周囲の状況に気付いた。


 我妻は緊張した顔で頬から汗を流している。

 歌恋はムッとした顔で六道院を睨んでいた。そんな歌恋の両肩に手を置いて寄り添い、困惑した表情でこっちを見る鹿島。


 これはやっちまったな。

 経験的に、こういう空気に耐性のある歌恋とは違って、鹿島たちは萎縮(いしゅく)してしまっていた。


 歌恋が睨んでいるのは、なんか、俺に敵意を向けられたのが気に入らないらしい。

 俺への当たりの強い言動に対しては、昔から融通が利かないんだよなぁこいつ。


 理事長はこういう空気に慣れているようで、どうにも気後れとかはしていない。が、さすがに良い印象は与えていないだろう。


「ご……本当にごめんなさい。ボク、こういうときは謝ることくらいしか教えられていなくて……。とりあえず、おじいちゃ……祖父のことは話題に出さないで欲しい」

「鈴音先輩……」

「わかった。次からは気をつける」


 鹿島のときみたいに、身内との溝が出来ているって感じだな。

 まあ、こっちの場合は溝がもっと深そうだが。


「その話はここまでとしましょう。守住くんたちはもう満足出来たかしら? 予定していた六道院さんに会えたのだけど」

「え? あ、ええ。人となりもわかったんで、ここら辺でおいとましようと思います。どうもありがとうございました。歌恋も良いよな?」

「……ん。あたしも、だいじょぶです」


 いや大丈夫じゃない。問題だ。

 本当に大丈夫なら、そのふてくされた顔はやめなさい。子供かよお前は……。


「ったく」


 俺はなだめて諭す意味も込めて、歌恋の頭にポンポンと手を置く。

 それで俺の意図を察したらしく、歌恋は俺の手を両手で握り、頭を振って擦りつけてきた。

 本人としては、なでられることで落ち着きたいんだろう。むしろ、なでろと催促されているように見えてくる。


 まあ、お姫様の要望に答えてやるか。そんな気持ちで軽く頭をなでていると。


「……えと、六道院さん。ごめん、なさい」

「え? ……あ、うん。こっちこそ、ごめん」


 なんか勝手に和解していた。

 示し合わせたように頭を下げる二人。


 二人の髪はかなり長い。そのせいで頭を下げると、毛先が床スレスレにまで垂れた。

 見ているこっちが、床に触れてしまわないかと不安になってくる。


「なんか、あんたたちって似てるわよね。他人の顔色を伺ってるところがそっくり」


 未だに歌恋に密着したままの鹿島が、そんな悪態をついた。

 いやいや、せめて体を離してから言ってくれ鹿島。皮肉な感じが削がれてくるから。


「か、鹿島さん……あたしはそだけど、六道院さんは違うと思う。この人は強いんだし」

「ううん、違わないよ竜胆。自分でもそれは分かってる。常に祖父の顔色を伺って生きてきた。それが弱い存在であるボクの生き方だから……」


 弱い存在ね。比較対象が剣聖なら、自分を過小評価してしまうのも仕方ないか。

 ……にしても、重くなっちまったな空気。


 さて、どうするべきか……と思ったそのとき。


「先輩は弱くなんかねえですよ」

「百合亜?」

「私は、鈴音先輩のおかげで今の地位にいられるんです。先輩が声をかけてくれなきゃ、私は嫌われ者のまんまでしたんで」


 ん? なんだなんだ?

 六道院だけじゃなく、我妻の方も何か問題を抱えているのか?


 拳を握りしめる我妻を見て、俺は腕を組んで話に耳を傾けようとした。

 やっぱりこの学園、俺たちも含め、問題事を抱えている生徒が多過ぎだろ。


「ごめんなさいあなたたち」

「ん? 理事長?」

「各々言いたいことがあるのは理解出来るわ。でももう一度、今度はハッキリと言わさせてもらうわね。今から六道院さんと大事な話があるの。そろそろ、彼女と二人きりにさせてもらえないかしら?」

「あ……」


 空気が重い。非常に重たい。

 俺はそれを感じながら素直に頷いた。


 そうか。理事長はプレッシャーに強いとか云々じゃなく、プレッシャーを与える側の立場だもんな。

 ここは理事長の言葉に従っておくのが無難か。


 俺は、歌恋と鹿島を引き連れて踵を返す。


「そういえばお前ら、最近噂になってる一校の会長を追い出したバディなんですよね? 新人戦に出るらしいけど、優勝するのは私らアブソリュート・ゼロなんで。そんことこ、よ・ろ・し・く」


 我妻が嫌味ったらしく歯を見せて笑う。

 あからさまな挑発には乗らず、俺たちは無言でその場から離れた。




 廊下を歩き続け、理事長たちの姿も見えなくなった頃。目の前を歩いていた鹿島が唐突に振り返った。


「ムカつく。あの生意気な一年の態度、やっぱりムカついてきた!」

「鹿島さん?」

「あーもう! なんなのよあの態度!? あのイキッた感じの態度がすごく腹立つッ! 天才だかなんだか知らないけど、年上敬えってのよ!」

「お、落ち着いて鹿島さん!」

「落ち着いてるわよっ!」

「いや、今回はさすがに落ち着けてないからなお前」


 にしても天才? あの赤髪の後輩っぽい女子がか?


 鹿島が言うには、今年の受験をトップの成績で通過した生徒だって話だ。

 他校のバディだから詳しくは知らないらしいが、前衛の六道院の機動力に加え、後衛の我妻が相手の戦術を暴いて読み勝つ。というのが、アブソリュート・ゼロの戦い方だと鹿島は教えてくれた。


 言動とかに色々問題があるみたいだが、六道院のバディを務められるだけの地力はあるらしい。

 榊坂たちだけでも厄介なのに、それよりもやばそうなバディとも戦う可能性が高いってか。


 本当にお前らと戦えるんだろうな? と俺は脳内の榊坂に問いただす。

 脳内榊坂が「ふふっ、それはあなた次第ですわ♪」なんて無責任なことをぬかしてきたので、チョップをかましておいた。


 って、俺は何をやっているんだ……?


「ともかく、あの一年ムカつくから、全力で二人に力添えしてあげるわ。残り数日で武器や防具のランクアップ目指すんだから、弱音吐かずにポイントを稼ぐわよっ!」

「ありがとうな鹿島。……なあ、豪田のときの()()は聞かないのか?」

「アレって、竜胆が守住くんの体を治していたみたいなやつ?」

「ああ」


 魔法での治療。結局、俺たちはまだ鹿島に話していなかった。


「別に。二人が話したくなさそうだったし、ウチが無理矢理聞くのはなんか違うでしょ。それに、あくまでウチは臨時のバディなわけだから」


 無関係だ。そんな風に寂しげな顔で話す鹿島。

 夕焼けに染まり始めた空も合わさり、哀愁を感じさせた。


「確かにお前とは臨時の関係かもしれない。でも俺や歌恋は、お前のことを大事なバディだと思ってる。話せないのは……本当に申し訳ない。けど、決して除け者にするつもりで言わないんじゃねえんだ。それはわかってくれ」


 俺は自分なりに言葉を選びながら告げた。

 聞いていた鹿島は少しずつ目を見開いていき、優しげな顔で微笑む。


「……ありがとう。二人がそういう考え方をしないのは、ここ最近の付き合いで分かってるつもり。ちょっとからかっただけよ」


 今度は悪戯っ子ぽく舌を出して笑う。


「ねえ竜胆」

「何? 鹿島さん?」

「ふふっ……やっぱウチ、あんたのこと大っ嫌い」

「ふぇ? な、なんで!?」

「決まってるでしょ。ウチが守住くんのこと好きだからよ」


 その発言で、俺と歌恋の動きが止まった。


「竜胆には負けない。あんたがボヤボヤしてるようなら、その居場所を奪い取ってやるから。覚悟しときなさいよ」


 一方的に宣言した鹿島は、満足したのか再び歩き出す。

 歌恋を見ると、あいつは顔を赤くしながらも意を決したように口を開いた。


「あたしも負けないから! 駿ちゃんは鹿島さんには渡さないもん!」


 そう宣言した歌恋もまた、どこか満足したように頬を緩ませて鹿島のあとを追う。


 ああ、なんていうか青春って感じだな。これが俺のことじゃないのなら暖かな目で見守るんだが。


「てかお前ら、そういうのは水面下で本人がいないとこでやってくれ。いやマジで」


 俺のなんとも言えないぼやきの声。それが聞こえているはずなんだが、二人は構わず歩を進めていた。


 頼むから俺の意見を尊重してくれないか? 言ったそばから除け者にされるとか、俺は心の中で泣いちまうぞ。ちくせう。


 しかし、いつの間にか完全な三角関係だな。歌恋は言わずもがなだが、あそこまで言ってくる鹿島の想いを無下にするのもなんかこう……。


 てか、俺の理念が崩れていってるぞ。転校当初は歌恋一筋だったはずなのに。

 おう、笑ってくれて良いぜハーレム否定していたあの頃の俺よ。


「てか、どうしてこうなったんだ? 常に歌恋のことを優先して動いていたはずなのに。あーもう! これからどうすりゃ良いんだよ!?」




 で、あれから数日経った。特に恋愛的進展なんかもなく体育祭を迎える俺。


 そして俺のパポスにあるプリセットの装備には、新たなエクステリアとアーマメントのデータが登録されていた。

 もちろん、三人の力で得たポイントのおかげでだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ