第4話 強化不能のペナルティデイズ
俺は寮へと戻り、ルームメイトの友明と野々宮の三人で食堂に来ていた。
それぞれが好きなメニューを皿に乗せ、着席してから十分。箸を持つ俺の手はあまり動いていない。
「うーん、何かあったの駿くん?」
案の定、面倒見の良い友明が声をかけてきた。
「いや、気を遣わせてすまん。今回に関しては、ちっとばっかし気が滅入っててな。俺も気分をコントロール出来ていない状態なんだ」
「……もりずみ君がそんな弱音吐くの、珍しい……。少し興味ある……」
「悩み事なら聞くよ。僕たちでもいいのなら、その相談に乗らせてよ」
二人とも気になるらしく、食べる手を止めてまで俺の返事を待っている。
俺自身、誰かに話すことで楽になりたい気持ちが強かった。
まあ、話すだけならタダだ。今回は甘えさせてもらおう。
「実は寮に戻る前、フルリンクアウトの件で理事長から連絡が来てな」
「フルリンクアウトって、財前元会長と戦ったときに使ったっていうアレ?」
友明の問いに俺は頷いた。
「強制的に引き分けへ出来るから、ランクマッチで使わないようにって注意喚起をされたんだ」
「あー……僕は直接見てないからあれだけど、実際にそれが可能なら、理事会としては看過出来ない問題だもんね」
「そうなんだよ。だから、わざわざ連絡をくれたらしいんだが」
「質問……なんでもりずみ君がそこまで滅入るのか分からない件……。なんの落ち度も見当たらない……」
気怠そうに小さく手を挙げた野々宮が聞いてくる。
「いや、まだ気が滅入る段階じゃないんだわ。別に悪用してないから、怒られたって訳でもないしな」
「……? じゃあ、もっと面倒なことが発覚したってこと……?」
怪訝な顔をする野々宮。なんだかんだで、やっぱり鋭いんだよなこいつ。
「野々宮の予想通りだ。友明は実際に見てるし、どうせ野々宮の方も情報が回ってると思うが、先日、歌恋から俺へのリンクが可能になった」
「うん。豪田くんとの一件でだね」
「おれも知ってる……すでに仕入れてる情報……」
野々宮の言葉に、だよな。と思いつつ続きを話す。
「そうなったからには、もう俺と歌恋の間で断線が起こることはなくなった訳だ」
「だね。あはは、改めておめでとう駿くん」
「ありがとうな。んで、それを踏まえて、さっき言ったリンクアウトがどうなるのかって話よ」
二人はそれぞれ考え始める。
そして、ものの数秒で口を開いたのは野々宮の方だった。
「あぁ……そういうこと……それは確かに、面倒な状況……。気が滅入る気持ち、すごく分かる……」
「え!? 野々宮くんもう分かったの?」
「簡単なこと……。もりずみ君たち、引き分けなんかじゃなく、勝てるようになってしまった……」
「か、勝てるように?」
ピンと来ない様子の友明に対し、俺は説明をする。
「まあ要するにだ。前回の場合は、全方位に対して断線していた。だが、もう俺と歌恋の断線は起きなくなってしまった。もし同じことをすれば、今度は歌恋と相手のリンク。そして、相手バディのリンクだけが断線されちまうんだ」
「それって、残るのは駿くんと歌恋ちゃんのリンクだけってこと? ……つまり、成功すれば二人の勝利が確定してしまう?」
顔を青ざめさせる友明。俺はそれに対し、目をつむって頷いた。
どんなに拮抗した勝負でも、例え不利な状況だろうと、歌恋が相手にリンクを繋ぐ時間さえ確保出来てしまえば、俺たちは勝つことが出来てしまう。
こんなもの、俺たちだけが使える卑怯な裏技。俗に言う『チート』そのものに違いない。
野放しにされるような代物じゃないのは明らかだ。
だからこそ理事長は、即座に俺たちのランクマッチへの参加権限を剥奪したんだろう。
「そんなものがまかり通ったら、試合なんてものが成立しなくなる。だから俺たちは今、ランクマッチをすること自体が禁止されているんだ」
「……なるほどね。確かに深刻な問題だ。というか、駿くんにとってそれって、かなりマズいんじゃ?」
「ああ、正直言って最悪だ。理事会から送られてくる誓約書を書いて返送し、受理されるまでの間、俺たちにはランクポイントを手に入れる方法がない」
「だから……もりずみ君たちはエクステリアやアーマメント、スキルの強化が不可能……」
絶対に利用しないという旨の誓約書を、俺たちは書かなければいけなかった。
口頭でしないと言ったところで意味がない。理事長が話してくれた、謝って済む問題じゃないのと同じ理屈だ。
赤の他人の訴え。それを無償で信じきれる人間が、いったい世の中にどれだけいる?
口約束なんてものにどれほどの信憑性があると?
確約出来ない以上、書類での取り決めが必要になってくる。
誓約を提示され、俺たちが従った事実を目に見える形で残すこと。それがあることで納得する人は、決して少なくないのだから……。
とはいえ、体育祭まであと二週間ほどしかない中、ただでさえ他のバディより出遅れているのに追いつけない。
縛りプレイにしても限度ってものがある。唯一の救いは、俺や歌恋が我禅流の技を使えることか。
「誓約書ってどれくらいで受理されるのかな?」
「……多分、最低でも一週間はかかると思う……」
一週間か……長いな。と俺はスープを口に含みながら憂鬱な気分に浸る。
「じゃあさ、ポイントは得られないけど、フリーバトルをしてみようよ。体を動かせば暗い気分も晴れると思うし、エクステリアやアーマメントの扱いにだって慣れないといけないもの」
「そう、だよな。このままくすぶってるくらいなら、実戦経験を積んで慣れるべきか。すまん友明。ちょくちょく練習相手になってくれないか?」
「うん。僕は大丈夫だよ。それなら早速、愛ちゃんにも連絡してみるね」
友明はパポスを起動して愛奈にメッセを送っているようだ。
「野々宮もどうだ?」
「……おれはパス。そもそも、お嬢様の気が乗らないと思う……。互いに手の内を見せていると、盤外からのメタゲームになるし……」
「対策のし過ぎでつまらない試合にしたくないってことか。榊坂も今回ばかりはマジっぽい感じだな」
俺や歌恋が習う我禅流武術とは、気を用いた武術。もとい、魔力を技へと組み込んだ魔法武術だ。
俺はずっと気功のような中国武術系の派生だと思っていた。
だが思いもよらない形で、歌恋や二、三校の生徒会長たちから魔法の存在を明かされてしまった。
今まで我禅流についての事実を隠されていたこと。魔法なんてファンタジーな要素を知らされ、色々と思うところはある。
それでも、上に行くためには必要不可欠な力なのだと、俺は割り切って前に進むことにした。
結果、俺はリンクバトルで使えるスキルが魔法に近いことに気付き、榊坂へ問い詰めたのが先日。
いつものようにはぐらかす榊坂は、新人戦で自分たちに勝てれば話す。と俺に約束を交わした。
きっとあいつは、俺たちの知らない重要な秘密を知っているはずだ。
問いただすためにも絶対に勝たないといけない。
「愛ちゃんは大丈夫だってさ。明日の放課後にでも合流してバトルしようって言ってるよ」
「わかった。俺の方も問題ない。歌恋も愛奈と一緒に行動してるようなら、ついでに聞いてもらっても良いか?」
「うん。いいよ」
「すまんな」
友明は嫌な顔せずに頷いて、再びパポスを操作し始める。
すぐに返事が来たようで、友明はオッケーだと指で表した。
「他にもフリーで戦ってくれる奴がいると良いんだがなあ……豪田ら辺でも誘ってみるか」
「豪田くんかぁ……了承してくれるかな?」
「わからん。正直、あいつとは別段仲が良い訳じゃないしな。けどまあ、似た者同士だってことなら可能性はある」
あいつは『俺もお前もバトルジャンキーだ』と言っていた。強者と戦うのを至高とするタイプ。
なら戦いに関する約束事には乗ってくるはずだ。
とりあえずの方針は決まった。武器とかの強化は出来ないが、実戦そのものはこなせる。
バトル自体、豪田の奴と戦って以来してないから、その辺りの感覚を今の内に掴まないといけない。
俺は早朝トレーニングのことも考え、今日は二人よりも早めに寝ることにした。
まずは出来ることからやろう。結果は自ずと付いてくるさ。




