第2話 支え合う関係
長々と続いた会議は、放課後にまで及びながらも無事に終わった。
B組の面々が蜘蛛の子を散らすように教室をあとにする中、俺と歌恋はいつものメンバーとは別行動を取り、廊下をひたすら歩く。
周囲に気を配りながら、空き教室の一室へと入る俺たち。
外から聞こえてくる雨音を聞きながら、目の前に立つ歌恋を見つめる。
「そ、それじゃ……やるね?」
「ああ。こっちは大丈夫だ。臆せず来い」
あいつはゴクリとつばを飲み込むと――。
「り、リンクドライブッ!」
リンクを発動させる言葉を告げ、歌恋の体から緑の粒子が立ち昇った。
同時にこっちの足元に魔法陣が現れ、俺の体を下から上へと通過していく。
「うっし。問題なさそうだな」
「う、うん。あと少し……」
歌恋は蔑称として『欠陥品のリンクアウター』と呼ばれている。
それは、こいつがリンクを使っても断絶、途中で魔法陣が破壊されることで、リンクの接続に失敗するせいだった。
「ぐッ!?」
まともに使用出来ないせいで、歌恋は他の生徒たちから、見下されるようにして呼ばれていた。
けどもう、それはすでに過去の話……!
「うぅ……!」
『しゅ、駿ちゃん?』
『……あ、ああ。ちゃんと聞こえてる。今回も成功したみたいだ』
『あ……や、やった!』
歌恋は胸の前で握りこぶしを作り、嬉しそうな顔ではにかむ。
魔法陣は壊れることなく消えた。すなわち、俺へのリンクが繋がったということ。
その証拠として、リンクをしたことで行えるテレパシー能力での会話が可能になっている。
こいつのリンクが失敗する理由は、過去の事故が原因だった。
今から三年半ほど前。俺と歌恋、そして歌恋の両親を巻き込んだ事故が起きた。
その際に、歌恋は目の前で両親が死ぬ姿を目撃し、心に傷を負ってしまったんだ。
俺の方は心臓がダメになり、歌恋の母親である死亡した玲奈さんの心臓を移植することで、なんとか生きながらえるに至った。
更には『イースの大いなる種族』と呼ばれるアベルという存在が、心臓移植が終わるまでの生命を繋いでいたとかなんとか。
これは俺の深層心理にいる、偽アベルが言っていたことだ。
あいつの正体は知らん。知りたくても、あいつは教えてくれる気なんてサラサラないのだろうがな。
「でも、ホントに大丈夫……?」
「ん……なんとかな」
歌恋が、俺の顔を心配そうに見つめてくる。
見つめられつつ、俺は自分の額の汗を拭う。少しだけ息も上がっていた。
リンクの途絶。自分の内に秘めた記憶や事故の体験を他の人に知られたくない。
リンクアウトは、そんな歌恋の願いから起きていた現象だった。
事故によって、五感全てに刻まれてしまった忘れられない記憶。それが他の人たちに伝わってしまうかもしれない。
例え幼馴染で、同じ事故を経験した俺でさえも、歌恋は無意識の内に拒絶していたんだ。
けれども先日、無事にこいつの過去を受け止められた俺は、歌恋の方から繋ぐリンクを成功させた。のだが……。
「……ふぅ」
全てが丸く収まった訳じゃなかった。
リンクが繋がる代償として、事故の感覚を引き継がなければいけなかったんだ。
歌恋の両親が死ぬ映像。死に際の断末魔。血や焦げ臭い煙の匂い。嘔吐物の味。
そして身体中が思い出す、神経が逆撫でされるような感覚。
要するに、俺はリンクをされる度、軽いスリップダメージを受けないといけない状態だった。
「ご、ごめんね。ホントなら、伝わらないようにあたしが制御出来なきゃダメなのに……。コツが掴めないせいで駿ちゃんに負担を……」
「良いっての、気にすんな。今はちゃんと繋がるのがわかるだけで充分だ。数をこなせばコツも掴めるだろうし、俺だってその内慣れてくるはずだしな」
俺は憂鬱な顔をする歌恋の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。
「しゅ、駿ちゃん……! あたしもう子供じゃないから、なでなくてもいいよぉ……!」
「っと、すまんすまん。そういう訳だから、んな暗い顔をすんなっての」
歌恋は髪の毛を整えながらも、申し訳なさそうに頷いた。
ついに歌恋にも反抗期って奴が来たか。
俺としては、妹分が兄離れしたみたいに思えてしまう。兄ちゃん、ちょっと寂しいぞ。
しかし、どうにも歌恋の遠慮というか、下手に出る癖が直らない。
リンクが繋がるようになったとはいえ、精神的な面で持ち直せた訳じゃないからか。
俺はどうしたものかと自分の頭を掻く。
歌恋に自信をつけさせる方法。何かないものか。
「駿ちゃん!」
「ん? どうかしたか?」
「えっと、その……ありがと駿ちゃん」
「なんだよ突然? 気にすんなって言ったことに対してか?」
「ううん、違うの。リンクが使えるまで、あたしのことを見捨てたりしなかったから」
「歌恋……」
そう言って胸の前で手を組む歌恋。
「ずっと誰かの負担になるのが嫌だった。それは駿ちゃん相手でも同じ。けど、駿ちゃんなら心を預けれるっていうか、甘えてもいいかなっていうか……あたしのことを支えてくれるの知ってるし……」
言いたいことがまとまっていないようで、歌恋の話は要領を得ていない。
だけど、こいつなりに感謝の気持ちを伝えたいのは痛いほどわかった。
「だ、だからね! こんなあたしのバディで居続けてくれて、ホントにありがと!」
そう言って歌恋は頭を下げた。
ったく、気にすんなってのには、そういう部分も含んでいるつもりだったんだがな。
俺はもう一度自分の頭を掻き、歌恋に思念を飛ばした。
『人って漢字は、二人の人間が支え合っている姿から出来ている……なんて例えは有名だよな。俺がお前を支えていたのが、今までの俺たち。けど、それだと人という漢字としては不完全なままだ。だからこれからは、お前もそんな俺のことを支えてくれ。二人で一人前って奴だ。頼りにさせてもらうからな相棒』
ゆっくりと顔を上げる歌恋。口元が少しだけ動き、無一文字に閉じると。
「えへへ、ありがと駿ちゃん。あたし、駿ちゃんの隣で支えられることを誇れるようにがんばるよ! 絶対に!」
今度はやる気の満ちた顔で握りこぶしを作った。
「まったく、この手のやり取り何度目だよ。今度から落ち込んだり情けない顔するの禁止な。する度に、お前の買ってる豆乳ジュースを一本没収するから」
「ふぇ? えええええっ!? そ、それはあんまりだよ駿ちゃん! 鬼畜! 鬼! 悪魔っ!」
歌恋が涙目になって抗議してくる。
俺が「そんなに嫌なのかよ……」と苦笑いしながらなだめていたら、パポスから通知音が鳴った。
「ん? メッセ……じゃなく着信?」
トーク系アプリのルネじゃない。誰のかはわからないが、見覚えのない電話番号だけが画面に表示されている。
俺は怪訝に思いながらも、端末を操作して通話を開始した。
ってビデオ通話なのか? なんて、唐突に電子パネルが出現したことで俺が困惑していると。
「久し振りね。元気にしていたかしら?」
「……え? ええっ!?」
俺は画面に映る見知った顔を見て、思わず声を上げてしまった。
『駿ちゃん、誰が相手なの?』
パポスは骨伝導式の通話方法なので、画面を見ていない歌恋にはわからないようだ。
なので、俺も歌恋同様にテレパシーを飛ばして伝える。
『理事長だ。退学の件で一度顔を合わせた鹿島朱鷺子さん』
「理事長って、鹿島さんのおばあちゃん!?」
「あらあら、その声は竜胆さんかしら? 他にも誰かいるの?」
「あ、いえ。ここにいるのは俺と歌恋だけです」
「そう。なら都合が良いわね」
都合が良い? なんの話をするつもりで通話なんてしてきたんだ?
『あ、そうだ歌恋。手を握るぞ?』
「ふぇ?」
俺は有無を言わさず歌恋の手を握った。
通話は骨伝導式なので、体が触れ合っている相手にも、これで聞こえるようになったはずだ。
『これならお前にも聞こえるだろ?』
『そ、それはそうだけど! うぅ……』
歌恋は顔を赤くしながらも、なんとも言えないような顔をする。
そんな歌恋はさておき、俺は理事長との会話を進めた。
「で、いきなり連絡をしてくるなんて、何か緊急の用件なんですか?」
「いえ、そこまで緊急を要してはいないわ。ただ、二つほど話したいことがあったから、野暮だけど、あなたの番号に直接繋げさせてもらったの。それにしてもあなたたち、相変わらず仲が良いのね」
理事長は意味ありげな顔で微笑む。
言いたいことはあるが、今は反論せずに用件を聞くとしよう。
「そ、それで話したいこととは?」
「あら、ごめんなさい。ではまず一点目、先月の頭にあった財前君の件よ」




