第10話 寄り添う温もり
「えーと、その……ごめんなさいでした!」
まず愛奈の口から出たのは謝罪の言葉だった。
「もう……音信不通になるのはやめて欲しいな。本気で心配したんだからね」
「ほ、本当にごめんトモくん!」
再度、愛奈が頭を下げて謝る。
「頭を上げてよ愛ちゃん。心配はしたけど、怒ったりはしてないよ」
友明の言葉に愛奈が頭を上げるがその顔は憂いを帯びていた。
「本当に? 嫌いになったりしない?」
「本当に。嫌いになんてならないよ」
友明はそう言って頭を撫でる。撫でられたことで愛奈の表情が少し和らぐ。
「うぅ……心配かけちゃってごめんねトモくん」
「もういいよ。愛ちゃんが無事だったから本当によかった」
二人は再会出来たことで安堵していた。
その和やかな空気の中、友明が愛奈のネックレスについて尋ねる。
「そうだ。さっきから気になっていたんだけど、このネックレス綺麗だね」
「き、気付いてくれたんだっ? 褒めてくれてありがとうトモくんっ!」
「昨日まで付けていなかったけど、今日買ったものなの?」
「うん! そうなのだっ! 実は、午前中にカレンちゃんと一緒に買ったもので――」
笑顔で語る愛奈だったが言い切る前に硬直してしまった。
「あ、愛ちゃん?」
愛奈が笑顔のまま固まったことで、友明は何事かと困惑した顔になる。
「……忘れてた」
「え?」
「わ、忘れてたのだっ! 私がトイレに行きたくなっちゃって! それで、先に教室に行ってってカレンちゃんにっ!」
「え? じゃあ歌恋ちゃんは行き違いで教室に?」
友明の言葉に愛奈が「うんうん」と頷く。
「そっか。でも、そういうことなら大丈夫だよ」
「大丈夫?」
愛奈は言葉の意図が分からず首を傾げる。
「うん。実は昼前に連絡した件なんだけど、困っていた転校生を助けるためだったんだ。それで助けた彼と意気投合して、僕の代わりに教室で待ってもらっているんだよ」
「転校生に? あの人見知り気味のカレンちゃんが相手だよ? 得体の知れない転校生なんかに任せても大丈夫なの?」
愛奈は転校生に偏見を持っていた。そのせいで友明の言葉も信用出来ないようだ。
「大丈夫だよ。駿くんは人情味のある性格をしていたから。歌恋ちゃんが相手でも、きっと親身になって接してくれるよ」
「そ、そうなの? うーん……まあ、トモくんがそう言うのなら私も信じるけど……ってシュン?」
その名に聞き覚えがある愛奈が、怪訝な顔で口ずさむ。駿と言う名は、歌恋がよく口にしていた名ではないか。
「ねえトモくん。そのシュンって転校生。もしかして、カレンちゃんが話題に出してた幼馴染だったりしない?」
「えっ? えーと……歌恋ちゃんはどんな見た目って言っていたかなぁ……」
愛奈の問いかけを聞き、特徴を思い出そうとする友明。
「彼の特徴はね。黒髪の短髪なんだけど、モミアゲが少し長めなんだって。目はキリッとしてて……あ、そうそう! 瞳はこんな感じの色をしてるって、カレンちゃんが言ってたのだ!」
愛奈が首にかけたネックレスの宝石。歌恋はそれを駿の目と同じ色だと話していた。
それを思い出した愛奈は、友明に宝石を見せて確認させる。
「あー……当たりっぽいね」
駿の顔を思い浮かべた友明は、その特徴が合致したと判断したようだ。
「あれ? じゃあじゃあ、別の意味でやばいんじゃない!? カレンちゃんとそのシュンって人が一緒だとすると、ピンクな状況になってそうな予感っ!」
歌恋が駿のことを意識してるのを知っている愛奈。そんな彼女の思考は、乙女特有のものに切り替わっていた。
「と、ともかく! 早くカレンちゃんが向かった教室に行こうよトモくんっ!」
どうにも興奮している様子で先を急かす愛奈。
歌恋を心配しているというよりも、早く辿り着きたいという下心が見え見えである。
困った顔をする友明の手を引きながら、愛奈は意気揚々と教室へ向かった。
「おお? やっぱりピンクな現場なのだ。ねっ? 私が言った通りになってたでしょ?」
「いや、これはピンクとはほど遠い状況なんじゃないかな……?」
歌恋を抱きしめていると勢い良く扉が開けられた。
友明と……もう一人は誰だ? てか、ピンク云々ってなんの話だ?
「ん? なんでカレンちゃんが抱きしめられて泣いてるのさっ!? ど、どういうことなのシュ、シュンくんっ? でいいんだよね!?」
「え!? あ、いや……確かに俺は駿で合ってるんだが、そういうお前は誰なんだよ!?」
いきなり問われてハッとした俺は、抱きしめていた手を離す。
もしかして、あいつが友明が探してたもう一人なのか?
「私? 私はカレンちゃんの大親友で心音愛奈なのだよっ!」
そう答えた心音という女子が、両手を腰に当てながら胸を反らして宣言した。
『大親友だあ?』
自分を大親友なんて単語で表す相手を、簡単に信じれるほど俺も単細胞じゃない。
『間違ってないよ駿ちゃん。愛奈ちゃんはね、星燐学園で一番の友達なの』
「え? 一番の友達ってマジかよ?」
目元を袖口で拭う歌恋がテレパシーで伝えてきた。
歌恋がそう言うってことは本当なのか。
見ると、心音が赤くし「い、一番の友達……!」とむず痒そうな顔で照れていた。
似たようなこと言っておいて照れるのかよ。
「えっと、疑ってすまなかった。心音愛奈か……そんな名前を歌恋から聞いていたような気がする。改めてよろしくな心音。俺の名前は守住駿だ」
「私もカレンちゃんからよく聞いているのだ。よっろしくねーっ! てか、もしかして二人はリンク繋いでる感じ? さっきの反応を見るにさ」
「うん、繋いでるよ」
愛奈の疑問に歌恋が肯定する。
すげえな。経験者だとあの会話の流れでわかるのか。
「そういえば、このリンクってのはどうやって終わらせるんだ?」
「繋がっている糸を切るイメージで『リンクオフ』って言うんだ。そうすれば、繋がっている感覚がなくなるはずだよ」
今度は俺の疑問に、友明が自分の顔の前で手刀を下ろす動作をしながら答えた。
「なるほどな。リンクオフ!」
言うと同時に、自分と歌恋の繋がりが消えたのがわかった。
接続が切れたことでションボリとした顔になる歌恋。そんな顔すんなよ……。
俺は歌恋の頭を撫で「このままだと話がしにくそうだったからさ。ごめんな」と言いながら友明たちに向き直る。
「えっと、心音に友明。こうなった状況だが、色々とあって。説明する時間が欲しいんだが……良いか?」
歌恋の知り合いだという二人に同意を求めた。
「うん。僕は構わないよ」
「私もいいのだ。幼馴染のあなたが、どうして泣いてるカレンちゃんを抱き締めてたのか聞きたいからね」
心音の恋愛事に対する期待度がわかる。が、あえて放置した。触らぬ神になんとやらだ。
俺たちは教室内の席に着く。そこから、今回の経緯について話した。
「……そっか。歌恋ちゃんがどんな扱いを受けていたのか、キミは知ってしまったんだね。ごめんね。まさか、キミが歌恋ちゃんの知り合いだとは思わなくて、話してあげられなかった……」
「それはお互い様だろ? 気に病まなくて良いさ」
俺は首を横に振る。むしろ、友明が気を遣ってくれたことが素直に嬉しかった。
「まあそんな訳で、俺は歌恋のバディになるって決めたんだ。俺だけが扱えるマルチリンクが、こいつを助けるためにどれだけ役立つかはわからない。けど、それでも歌恋を支えるために、こいつの隣で頑張りたいんだ」
「駿ちゃん……」
歌恋の目元にまた涙が溜まり始める。
それを見た心音が側まで寄り、歌恋の前でしゃがむと、持っていたハンカチで涙を拭った。
「シュンくん……でいいかな? 呼び方は」
「ああ、良いぜ」
「了解。私のことも下の名前である愛奈って呼んで」
そこで愛奈が立ち上がって話を続けた。
「……私ね。あなたのことを、ううん。転校生をお調子者だって決めつけてた。きっと強い力を手に入れたことで、天狗みたいに鼻高々で誇ってるのだろうなぁって」
「お、俺はそういうタイプじゃないぞ!」
さすがにそんな気分になっていない。むしろ、島に来て困惑してばっかだし。
「ふふっ、みたいだね。今の短い会話だけでも理解出来たのだ。カレンちゃんがよく話題にしていたあなたが、思ってた通りの人なのだって。この子のことを大切にしてるのだってさ」
そう言うと、愛奈が座っている歌恋の頭を撫でた。
「あ、愛奈ちゃん……!」
歌恋が照れて顔を赤くする。
そんな態度を見て満足したのか、愛奈はイスに着席した。
「本人から聞いたなら知ってると思うけど、カレンちゃんはリンクを繋ぐことが出来なかった。それを知った他の生徒たちから噂されて、後ろ指を差されたりもした。噂に尾ひれが付く陰口を言われてる現場も、私は見たことがある……」
「……そうか」
その予想は俺もしていた。それでも、実際にいじめのようなことがあったと聞かされて、思うところはある。
「でも私はね。あなたがカレンちゃんの側にいてくれるなら、きっと大丈夫だろうなって思ってた。実際にあなたの顔を見たら余計にそう実感出来た。きっと、あなたがこの学園に来てくれたおかげで、カレンちゃんは変われる気がするのだ」
愛奈が俺の目を真剣に見つめる。その目が、得体の知れない強さ秘めてるように感じた。
「愛ちゃんは先入観が強いんだけど、人を見る目はあるんだよ」
ニコニコと笑みを浮かべた友明が、隣に座る愛奈のほっぺたをつついた。
「ちょっ、ちょっと! 私は真剣な話をしてるのだってば、トモくん!」
「あはは! 愛ちゃんが可愛かったからつい」
「そそそ、そんなこと言っても許さないよっ!」
「ははっ、仲が良いんだな。お前ら二人は」
二人のやり取りに思わず微笑んでしまう。
なんていうか、微笑ましい光景だ。
「ふっふーん! なんたって、トモくんは私にとって世界一の旦那様だからねっ!」
「旦那様って、お前ら結婚でもしてんのかよ?」
「……さすがに二人とも二年生だから……結婚は出来ないよ……」
「歌恋ちゃんの言う通り。僕たちはそこまで進んでないよ」
苦笑している友明が歌恋に続いて答えた。
「まあ、そりゃそうだよな。年齢的にも無理だし、付き合ってるのが関の山か。お前らって、もしかしなくても付き合ってるのか?」
「うん。そうだよ」
「えっへっへー! 彼は未来の旦那様(仮)で、恋人のトモくんなのであったー!」
彼女の方のテンションが上がっ当の彼氏に抱きついた。
おうリア充カップル共イチャつくのやめろ。うらやま、けしからん。
「なあ友明よ」
「ん?」
「実はな、お前に質問しようと思ってた中に『彼女っているのか?』っていうのがあったんだが……もう聞くこと全部なくなったわ」
「あららー、それはご愁傷様だったね。……って、もう他に聞くことないの!?」
聞き流しそうになった最後の言葉を友明が拾う。そのツッコミで俺は、堪え切れずに吹き出した。
「なんか、トモくんとシュンくんって昔からの知り合いみたいに息が合うねっ」
愛奈が俺らの会話を聞いてそんな感想を言う。
「ねっ? カレンちゃんもそう思わない?」
「うん。思う……」
愛奈からの問いに答える歌恋だが、どうにも返事に覇気がないな。
「……カレンちゃん?」
俺たちは揃って歌恋を見る。そんな歌恋はうつらうつらと船を漕いでいた。
「眠たいのか歌恋?」
俺は肩を軽く揺すって起こしてみた。
「んん? 何?」
「歌恋ちゃん。もう眠いのなら寮の部屋に戻る?」
今度は、様子を見ていた友明が聞く。けど、歌恋は緩やかな口調でそれを否定した。
「んー……まだ寝ないよぉ……」
「本当に大丈夫か歌恋?」
「うんー……」
間延びした歌恋の声には説得力が感じられない。ああ、これは本気で眠いときの反応だな。
「そういえば、お昼ご飯食べたあとに眠たそうに欠伸をしてたっけ。それから色々あったみたいだから、疲れてるのかもしれないのだ」
「そうだな。さっきまでわんわん泣いていたから余計にな」
眠そうな顔で必死に起き続けようとする歌恋。
なんか、小さな子供が眠らないように必死に堪えてるみたいだ。
「無理しなくて良いからな?」
眠そうにしている歌恋の頭を優しく撫でた。
なんだかんだで、こいつはすぐ無理しようとする癖がある。
「んぅー……駿ちゃんの手……温かぃ……ね……」
手の温もりを感じたせいか、歌恋の体から力が抜けていく。その後、ものの三十秒と経たずに寝てしまった。
「すー……んぅー……」
なんて静かに寝息を立てる歌恋。
俺に寄りかかる形で眠る顔は、とても安らかで幸せそうなものだった。




