第13話 高峰流抜刀閃術
「ふっ、やるな守住。武器の耐久性ではなく、俺自身の握力の方に目を付けたか」
高峰さんは距離を空けながら嬉しそうに笑う。
「……ええ。片手持ちしか出来ないのなら、その方が確実に勝機を呼び込めるかと思って」
「良いな。実に良い着眼点だ。どうやら俺は、図らずもお前のことを見くびっていたようだな。すまなかった」
俺は「いえ、お気になさらず」と返しながら、離れた床に転がった氷剣に視線を向ける。
距離は遠い。鹿島が使った『手元帰り』みたいな魔法がなければ良いんだが……。
「アレではお前を相手にするには不足と分かった。今回の戦いではもう使うことはない」
俺の視線に気付いたようで、高峰さんはそう言いつつ右手をかざした。
「ここからは俺が得意とする獲物でいくとしよう。生成、禍津神威レプリカ」
手の平に収まるようにして現れたのは氷で出来た刀だ。高峰さんはその刀を鞘から抜くと、何度か振って感触を確かめる。
レプリカってことは、実際にある刀を氷で象ったもの? 器用に刀と鞘が分離してるのはすごいな。
てか、手で触れて冷たくないのか? ……いやまあ、十中八九魔法でどうにかしてるんだろうけどさ。
俺はそんな湧き上がった疑問のいくつかを打ち消し、高峰さんに気になったことを聞いてみた。
「それには詠唱は必要ないんですか?」
「ああ。この程度の初級クラスに価する魔法なら、ショートカットとして登録してあるだけで使用出来るからな。イメージし、名を告げるだけで生成が可能になっている」
高峰さんは続けて「あのペンは一種の魔導具でな、念じることでペン先から魔力を放出するものだ」とも話す。
てか、イメージして名前を告げるだけ? それって俺や歌恋が使う我禅流の技と一緒の定義じゃ……。
ん? ってことは、我禅流って初級魔法を組み込んだ武術ってことなのか?
なんだか途端にショボく思えてしまう我が流派。
よし。勝負が終わったら歌恋に聞くのは確定だが、地元に帰ったら師匠の道場に怒鳴り込もう。
その辺のこと、我禅師匠の口から洗いざらい全部吐かせるのが俺の中で決定した。
「武器はこさえた。戦闘再開とするか」
高峰さんは刀を鞘に納めて腰の右側で携える。柄に手を添え、腰を僅かに落とした。
「……っ! 居合ですか……」
「これが俺の最も得意とする戦い方だ。さあ、どう応戦する? …………そちらから来ないのなら、こちらからいくぞ!」
戸惑う俺を他所に高峰さんが先制を告げる。
後手に回るタイプの居合で打って出るのか?
「触れらば切れん。さすれば触れるな。高峰流抜刀閃術、ホウセンカ!」
勢い良く俺に向かって刀が振り抜かれた。
「――え?」
音すら取り残される中、気付いたときには俺の左腕から血が舞っていた。
遅れて風を切るような感覚が肌に届き、後方で壁に何かが当たった音が響く。
「ぐあぁああっ!?」
「駿ちゃんっ!?」
ウソだろ!? 剣筋が見えた瞬間には切られていた!?
くっ……傷は!? 骨に届くほど深くはなさそうだが、初撃でこれはまずい……!
俺は急いで切られた二の腕を押さえる。早く止血しないと。
「――っあまねく風と流転する水のマナよ! 彼の者の傷を癒し、ふさげ! クーラティオ・ウェントスッ!」
「歌、恋……!?」
見ると、詠唱らしきものを唱える歌恋が、俺に向けて手をかざしていた。
間を空けず、切り傷の出来た俺の二の腕が淡い緑の光に包まれる。
暖かい? 痛みが段々引いていく?
数秒ほど包んでいた光が消えると、切られたはずの腕は傷一つない元の状態に戻っていた。
「はあ……はあ……!」
「マジかよ……傷が治ってる……」
「へー、竜胆ちゃんはラテンの術式を使うんだ。まあ、息を荒くしてるのを見るに、そこまで魔法使いとしての力は高くなさそうだけど」
それを見た菊理さんがニヤニヤと口元に笑みを浮かべた。
今のが回復魔法……?
ゲームやアニメみたいな奇跡が起き、俺は訳もわからずに呆然としていた。
少なくとも、自分の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていくのが実感出来てしまう。
「だ、大丈夫駿ちゃん?」
「あ、ああ! 助かったぜ歌恋」
俺は戸惑いながらも歌恋に礼を言った。
しかし高峰さんの攻撃が止まったのは、歌恋とのやり方をしていたその間まで。
再び刀を鞘に納めて構えたのが視界に映る。
「触れらば切れん。さすれば触れるな」
くそっ! 同じ手を食らう訳には……!
俺は詠唱に合わせ、右手の指先に魔力を収束させる。
歌恋が使った風牙爪。まだ試してないが、一か八かで決めるしかねえ!
「高峰流抜刀閃術、ホウセンカ!」
「我禅流派生闘技、風牙爪っ!!」
刀が振り抜かれるのに合わせて技を放つ。
互いの斬撃が何もない空間で衝突。そこから鍔迫り合いのように、斬撃同士が拮抗している状態が続く。
だがそれも――。
「くっ! 押されてるか……!」
俺の技が徐々に押し戻される形で崩れ始めた。
さすがに初めて使った技じゃ練度が低いか。いや、このまま見守ってる場合じゃないな。
奥にいる高峰さんが動いたのが見えた。新たな魔法による技を行うのは明白だ。
「可憐なる蝶よ――」
歌恋!? じゃなくて、ひょっとしなくても可憐?
あーもう! あいつの名前と混じって言葉がややこしい!
「共に優雅に踊れ。高峰流抜刀閃術、オンシジウム!」
刀を鞘に納めた体勢から連続で繰り出される斬撃。抜刀と納刀が目にも止まらぬ速さで行われた。
おそらくだが、詠唱自体に動作の補助も兼ね備えているんだろう。じゃなきゃ説明がつかない。
「我禅流闘技、風盾!」
とっさに両手を前方へ伸ばす。俺は回避を捨てて防御を選んだ。
さっきよりも攻撃のスピードは遅いが、いくつもの斬撃を何度も避けれるほど俺は器用じゃない。
歌恋のような小柄な体も素早い身のこなしも持ち合わせていないからな。
放たれた五つの斬撃が空気の壁に当たる。
防壁は貫通されない。今の攻撃には、例の魔除けの付与を施していないからだろう。
うっし、これならいける!
俺は風盾を解除して一直線に駆ける。合わせて水夜蛟を使って集中力を研ぎ澄ませた。
「うおおぉおおお! 風牙爪っ!!」
魔力を指先に集め、俺はもう一度風牙爪を放つ。
「可憐なる蝶よ共に優雅に踊れ。高峰流抜刀閃術、オンシジウム!」
高峰さんも同様に魔法の剣技を使う。
ここで改めて使ったってことは、一度の詠唱で打てるのは斬撃五本分までか。それがわかっただけでも上出来だ。
互いの攻撃が再度衝突する中、最初の斬撃同士の衝突が終わった。もちろんこちら側の負けで。
俺はそれに構わず、進行ルートを変えて更に走る。
詠唱を行わないといけないぶん、技の初動はこっちの方が早い。
なら俺が勝つための方法は、詠唱させるヒマなく攻撃を行うこと。拳の届く範囲に入れさえすれば、勝機は俺にも巡ってくる。
「我禅流闘技、現陽炎!」
「――っ!? ほう……!」
続けて使ったのは、自身の内にある熱を発散させることで幻影を生み出す我禅流の技。歌恋が鹿島と戦った終盤で使ったものだ。
これも教えられた通りなら、体内にあるオドを周囲のマナと化合させて発動する魔法に違いない。
体内の力を取り出して利用するんだから、力を消費して疲れてしまっていた理屈も通る。
原理さえわかれば、補い方や対処法を取ることだって出来るのはありがたかった。
「なるほど。魔力による分身か。その上、実体の方は霧散させたオドとマナの空気に隠されていると。……ふむ、これは相手にするには少し厄介だな」
高峰さんは納刀した刀に手を触れたまま口を開く。
分身だとバレてる? くっ、あの口振りはブラフか、それとも真実か……?
日本代表の魔法使いとなれば、俺程度が使う技は見抜かれていてもおかしくない。
けど、あの人がウソを口にしないタイプなのはなんとなく理解出来る。言っちゃなんだが、俺は馬鹿正直な人柄なんだと思っていた。
ならどうする? 今回は俺自身の直感を信じてみるか? ……よし決めた。
あの人はウソをついてない。奇襲を仕掛けるのならここだと信じ、俺は死角である背後から技を打つ。
「食らえ! 灼炎拳っ!」
俺が右手に火属性のマナをまとわせると同時に、高峰さんがすぐさま振り向き刀が横一線に薙ぐ。
対応が速い。だが俺だって水夜蛟を使って反応速度を上げているんだ。
振り抜かれた一太刀を、俺は一歩引くことで回避。拳に力を込め踏み出し、一気に振り抜く。
「ふっ!」
その間際で高峰さんが取った行動は、鞘を俺に向けて放り投げること。
盾。もしくは砕かれた瞬間に氷が飛び散ることで、俺への目くらましにでもしようとか?
だとすれば、炎拳で消し溶かして殴り通してみせる。
「もらったあっ!!」
「略式、高峰流花言術ヒイラギ!」
「――な、に!?」
詠唱の省略……だと!?
放った鞘の形が変わる。増大し、柊のようなトゲが鞘に生えていた。
「ぐうぅぅっ!!」
「惜しかったな」
また止められた。魔法と物理の耐性を与える詠唱で。
俺の拳は対象を捉えたものの、鞘の裏に添えられた高峰さんの腕によって押し留められる。
砕くことも溶かすことも叶わず、俺の攻撃は今度も防がれた。
「ふふっ、魔法術式却下。本当に惜しい。お前の速度や反応が、俺の予測を上回っていたらやられていただろう」
高峰さんは涼しげな顔で距離を取りながら何かを告げた。すると、氷で出来た鞘と刀が目の前から消えてしまう。
「ふう……ふう……くっ!」
俺の方は肩で息をするレベル。単純な疲労に加え、魔力を使い過ぎてるのかもしれない。
しかし、速度が上回っていたらか……。疲労感も増す中で、これ以上速度を上げれるかよって話だ。
「……そうか」
あった。まだ切り札がある。速度だって威力だって底上げ出来るじゃないか!
「そういえば、最初に全力でって言いましたっけ。なら俺の全力を引き出します。……リンクドライブッ!」
俺は自分自身にリンクを繋いだ。
実力も経験も劣るのなら、俺だけが使えるチート級な能力で対抗してやる。
体を通過するように魔法陣が通過していく。
イースの存在に続いて魔法の実在か。本当、この魔法陣といい、リンクってのはなんなんだろうな。
「そだよ! 駿ちゃんなら自分にリンク繋ぐことが出来る! これなら!」
「なるほどな。確かにそれならば俺の動きを越えられるだろう。生成、禍津神威レプリカ」
言いながら再度氷刀を作り出す高峰さん。しかし、攻撃をする素振りはない。
そして――俺のリンクが何事もなく繋ぎ終わった。
「もう怖気付いても遅いですよ?」
「怖気付く? ふっ、なんの冗談だ?」
高峰さんは、まっすぐに俺の目を見つめたまま微笑む。
「是非もない。お前が切り札を使うと言うのなら、こちらも切り札を見せるだけだ」
「……高峰さんの切り札?」
「ああ。それでは、お前の言葉を借りるとしよう」
なんだ……? なんだこの悪寒は……?
俺は、体中が言い様のない寒気に襲われるのを感じた。
「お前の全力、俺の全力を持って推し量る……!」




