第9話 続・秘密のティータイム
駿たちの役職を懸けたバトルが終わり、すでに三時間ほどが経っていた。
件の話は、翌日に回答を出すという形で締めくくられ、敗者である一も渋々といった様子で納得。昴に従い、彼と美雪は保健室へ向かった。
そして、バトルによって疲弊した歌恋のことを考慮し、駿たちも今日は解散するに至ったのである。
よって食べ歩きの話も白紙となり、彼女は一人寂しく、ラボの一室でデザートを頬張っていた。
「ああ、プディング! あなたはどうして、こんなにもわたくしの舌を唸らせるんですの!? まいうーですわああぁぁ……!」
彼女とは、もちろん榊坂カサルナのことである。
カサルナは恍惚とした表情をし、両頬を手で押さえて悦に浸っていた。
幸せそうな笑みをしたカサルナが食べているのはプリン。しかし、ただのプリンではない。いわゆるバケツプリンである。
その巨大な物体も、大半が彼女一人によって食べ尽くされて僅かしか残っていない。
頬を赤らめるカサルナが再びプリンを口に放り込んだところで、部屋の扉が静かにスライドした。
「お嬢様ー。少しばかりお時間よろしいですか?」
「ええ。問題ありませんわ有栖。何事かしら?」
凛とした声で答えるカサルナ。振り返った彼女の視界に入ったのは、拓哉の妹である有栖の姿だった。
「……ん? どうふぁしまして?」
「あの……大丈夫と言うのなら、口に突っ込んでるスプーンを出してくれると話しやすいんですが」
「む……で、わたくしに何用かしら? もぐもぐ」
「いやだから、問題ない状態になってから応対してくださいってばあっ!」
有栖は、カサルナが咀嚼しながら話を続けることにツッコミを入れた。
対するカサルナは澄ました顔で返事をする。
「わざとに決まっているではありませんか。しかし、最近のあなたはどこか小姑みたいですわね」
「アリスにそうさせているのはお嬢様じゃないですかー」
口を尖らせながら有栖が抗議する。その顔を見てクスッと笑うカサルナ。
「再三となりますが、あなたが訪ねてきた用件を聞きましょうか」
「おっとそうでした。では改めて、高峰様と菊理様があと二十分ほどで着くとの知らせが入りました」
「結構。ならば早いところ、これを片付けねばなりませんわね。よければ、あなたも食べます?」
カサルナは言いながらプリンを口に放り込んだ。
「いいんですか!?」
「ええ。構いませんわ。それを見越して用意したのでしょ?」
「くひひっ、バレてましたか」
独特な笑い方をする有栖は、プラスチック製のケースと魔法瓶をポシェットから取り出す。
おそらく、ケースにはスプーンやフォークなどが、魔法瓶には紅茶が入れられているのだろう。カサルナはそう推測した。
カサルナが座るように促し、有栖が礼を述べながらイスに着席する。
「それにしても、どうしてあの二人がここに? 今日のスケジュール帳には、そんな予定なんてありませんでしたし……」
紅茶を魔法瓶のフタに注ぐ有栖が尋ねた。
「おそらく、先日の財前帝に関する件でしょうね」
「んん? 嫡男の処遇や今後の方針については、すでに榊坂家と情報を共有していたはずじゃ……?」
「違いますわ。財前帝本人ではなく、その対戦者である駿と歌恋」
「先輩たちについて?」
言っている意味が分からないようで、有栖はプリンをすくいながら首を捻った。
「あなたも見たでしょう? 対戦中に歌恋が起こした異常な攻撃を」
「えっと……駿先輩が倒れたあと、激おこぷんぷん丸になった歌恋先輩が使ったあの技のことですか?」
「激おこぷん……? まあ、あなたの予想に違わない件ですわ。高峰さんとしては、その件に関心があって語り合いたいのでしょうね」
「なるほどなるほど。なら、駿先輩についてはどういった理由が?」
紅茶で口を潤すカサルナ。再度告げられた疑問の言葉に、そっとカップを置いて答えた。
「そちらは、ただ単純に彼の実力を知りたいから。柔軟な発想に背水からの閃き。そして我禅流を含めた戦闘技術に興味がおありだから、ですわね」
表立っての戦闘はあまり行っていない駿。
だがそれを抜きにしても、高峰皇次は駿の策や発想力に一目を置いているのだろう。
カサルナの思惑も似たようなものだ。
駿が特別なリンクを所有しているのに加え、その性格や考え方に当初から興味が湧いていた。
接触して戦ったあとも、駿たちのことを気に入ったカサルナは、二人に対して助言や力添えをしてきたのだ。
守住駿には、どこか人を惹きつける魅力がある。それはカサルナも感じていたこと。
小動物のようで、ついつい構いたくなってしまう歌恋とは別の魅力。
彼の、己の主張を押し通そうとする真っ直ぐな行動力や考え方を、カサルナはどこかで羨ましく思いつつも惹かれていたのである。
自分と似てるようで、根本から違う守住駿という存在自体を――。
「お嬢様。頬が緩んでおりますが、お嬢様も駿先輩にご熱心であられるようですね。歌恋先輩から略奪するおつもりで?」
「あら? わたくしは歌恋も大好きなので、そのような無粋な真似は致しませんわ。そもそもあなたの方こそ、駿に対して求婚していたと聞き及んでますわよ」
カサルナの言葉を聞き「どこからその話を!?」と
有栖が驚く。
「もちろん拓哉からですわ」
「おにぃめ……! 妹の恋模様を主人に告げ口するとは、なんたる愚兄……ッ!」
「ふふっ、兄だからこそではありませんの。気にかけてくれることに感謝しなくては」
「いらぬお節介です!」
言いながら有栖が立ち上がる。プリンも完食したので食器を片付けるつもりなのだろう。
「あらあら、自分のことを棚に上げてよく言いますわね有栖」
「棚にって……なんのことですか?」
食器を手に取りながら怪訝な顔をする有栖。しかし、その頬には一筋の汗が流れていた。
「だってあなた、歌恋を焚きつけるためにわざと求婚なんて真似をしたのでしょ? 大方、歌恋と駿に結ばれて欲しかったから、という理由で」
「――ッ!」
「同室になったあなたは、入寮してから歌恋の変化を見続けてきた。駿と再会してから日に日に表情を明るくする歌恋を見て、あなたはあの子に幸せになって欲しいと考えたのですわ。だからこそ、あの二人を焚きつけるような真似をした」
カサルナの話を聞いて有栖の顔が強張らせる。
「憶測にすぎませんね。アリスは本当に駿先輩を狙ってるかもしれませんよ?」
「その言い方が、すでに墓穴を掘っていると言いますのよ。そもそもの話、あなたの本命は――」
「ッ! 高峰様たちが来る時間なのでアリスは失礼させていただきます! お嬢様のそれも、いらぬお節介です……!」
苦虫を噛み潰したような表情で部屋から出て行く有栖。
残されたカサルナは綺麗に片付いたテーブルへ肘を突き、手の平に顔を乗せた。
(少しばかり焚きつけが過ぎましたわね。……禁断の愛。わたくしには、その禁忌の重さがいまいち理解出来ませんわ。まあわたくしの場合、周りの関係性がアレだったのもありますが)
そんな思考を浮かべて数分後。彼女の元に二人の生徒会長が現れた。
「失礼する」
「ハロー榊坂ちゃん! 元気してたー?」
「お久し振りですわ高峰さんに菊理さん。わたくしの方は問題ありません。そちらは、共に元気そうでなによりですわ」
カサルナが立ち上がって出迎える。菊理真姫が差し出した手を繋ぎり、カサルナは握手を交わした。
「突然の訪問ですまないな。少しばかり事情があって来させてもらった」
「いえいえ構いませんわ。どの道、このあとの予定は何もありませんので。それで用件とは?」
ある程度の予測はついているカサルナだが、念のために尋ねる。
「竜胆歌恋についてだ」
ビンゴ、とカサルナは心の中で呟く。
「あら? わたくしの友人についてですの?」
「ああ。その女子生徒に関する情報が欲しい。あいつが何故、魔法を行使することが可能なのかを知りたい」
スキルではなく魔法。確かに皇次はそう言った。
「教えられる情報はいくつかありますが、素性に関しては把握しておりませんの。少なくとも現住所に越してくるより前、つまり十年以上前に関する情報のほとんどは、本物と断定しきれる確証を得られていない状態ですわ」
「なによそれ? 榊坂家の情報網でも分からない過去って、ちょっとおかしいんじゃない?」
「正確に言えば、探ること自体は出来ていますわ。ですが、フェイクが多過ぎますのよね。どの情報も信憑性があってないような眉唾物ばかり。いったい、どのようなツテがあればここまで情報を撹乱出来るのかしら」
カサルナは手を頬に当てて困り果てた顔をする。
彼女の言っていることは事実だ。戸籍から何まで全て本物。だというのに、歌恋が駿と知り合う前までの情報がどれもあやふやなのだ。
「ふむ。確かにおかしなことだ。ならば、アポを取って両親に問いただすしかあるまい」
「それは出来ない相談ですわ。あの子の両親はすでに他界しておりますもの」
カサルナの言葉を聞いて皇次が押し黙った。
代わりに口を開いたのは、二校の生徒会長である真姫だ。
「魔法が使えるってゆうのなら、本部であるロンドンにでも問い合わせたら? まあ、野良の魔法使いかもしれないけど」
「それも出来ない相談ですわね」
「……なんでか聞きたいんですけど」
「これは予測の範囲を超えない自論ですが、歌恋も魔法以外の能力を持っているかもしれません。最悪、異名の一つを宿してる可能性も」
今度は真姫も口を閉じた。眉間にしわを寄せてるところを見るに、彼女の内心は良くないものだと言えよう。
「本部の魔法協会が調べた結果、歌恋の素性だけでなく、異名の力さえ知られてしまうのは得策ではありませんわ。邪神たちがいつ現れるか確約出来ない以上、それらの情報が外部に漏れるのは極力避けたい ……」
カサルナとしてはこの日本、いや島内だけで解決したい話だった。
「では、日を改めて竜胆本人を訪ねるとしよう。それで構わないな?」
「もちろん。駿の方はいいんですの?」
「守住にも興味はある。訪ねたときに同行しているようなら接触させてもらう」
皇次の言葉を聞き、カサルナは嬉しそうに頷いた。
「しかし、駿はモテモテですわね。三校全ての会長から興味を持たれるなんて」
「あたしは持ってないんですけど」
「ん? 小野も守住に関わっているのか?」
「ええ。駿を副会長の座に着かせる気ですわ。その思惑までは、わたくしもまだ把握していません」
関心を示すように「ほう……」と感嘆の声を漏らす皇次。
「とにかく、事を荒げないようにお願いしますわ。必要とあらば、このラボの施設を使ってもらっても構いません」
「了解だ。真姫も手伝ってくれ。頼む」
「はあ? あんたに頼られても全然嬉しくないんですけど」
「菊理さんのそれ。最近知ったのですが、旧ツンデレと呼ばれるものらしいですわね。例え恋仲であっても、二人っきりでないとデレられないという――」
「榊坂ちゃんッ!!」
顔を真っ赤にした真姫を手で制止する皇次。そのやり取りを見て静かにカサルナが笑う。
(さて、高峰さん用に段取りを組むとしましょうか。駿にもそろそろ敗北を味わってもらいたいところですし。……それと歌恋。これからの駿のためにも、あなたにはそろそろ退いていただきますわ)
そんなカサルナの笑みが不敵なものへと変わった。




