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姫鬼  作者: 日向寺明徳
3/5

#3


 清流がさらさらと流れ、水面が夏の真っ直ぐな日差しを反射して美しく輝いている。

「いやっほーうっ!」

 白百合は昨晩の戦いの垢を流そうと、肌着一枚になって水の中へと飛び込んだ。大仰な水飛沫が上がり、焼き付いた岩肌に飛び散った水滴は色の薄い影を残すと、あっと言う間に蒸発して消えていく。

山奥の村を天然の要害足らしめる一角である、川の少し上流。信州の高い山々から流れ落ちる雪解け水は、透明に澄んでいてこの季節でさえひんやりと冷たい。白百合はその心地良い流れに身を任せながら、蒼天に浮かぶ入道雲のゆっくりとした動きをただぼうっと眺めていた。

「村には、ちゃんとしたお風呂が無いから・・」

「気にしなくていいのよ。案内、ありがとうね」

 白百合が行水を楽しむその傍らで、綾と愛が河原の木陰に並んで座っていた。

 村の側を流れる川は幅が広く、流れも速い為沐浴には適さない。上流はやや距離があったが、《マガツタマ》の出現頻度は低く比較的安全圏内と言えた。

 《マガツタマ》との戦いに身を捧げる彼女たち《歩き巫女》も、日常の中では年頃の娘だ。汗と泥で汚れた身体と衣服では、何をするにもやる気が削がれてしまうというものだ。村を救ってくれた英雄にささやかな礼を、と村人たちはこの場所を勧めたが、多くの人員は戦いの後処理と農作業で手が離せない。よって、綾が案内役として自ら名乗り出る形で白百合と愛をここへ連れて来たのであった。

「何か気になる事があったら教えて頂戴ね?」

「うん!姉っちゃたちには誰も近付けないよ。化け物も、助平な男も!」

 見張りとして鼻息を荒くする綾に、愛はあらあら、と微笑む。一応白百合と交代で水浴びをする事にしているが、恩人たちの役に立ちたいと息巻く小さな女の子の姿に、愛はいつにも増してその顔を綻ばせてしまう。

 四人の中で最年長である愛は、隊の指揮官であり参謀であり、そして姉だった。仲間の成長は頼もしく、そして喜ばしいものではあったが、どこか一抹の寂しさを感じてしまうものでもある。今目の前にいるこの綾という少女の子供らしい健気さは、愛にとってはどこまでも愛おしい輝きとして映る。心の底から、守れて良かったと思える瞬間だった。

「私も見たかったな・・姉っちゃたちがたくさんの化け物たちと戦ってるところ」

「だ~め。貴女はお母様を守ってあげなくちゃ。そうでしょう?」

 むぅ、と綾は唸り、愛はめんこいめんこい、とその頭に手を乗せる。

川魚の影と戯れる白百合の背中越しに、愛は昨夜の戦いを思い出していた。




 その夜は、村の生き残りを懸けた決戦だった。百を超える数の《マガツタマ》の襲撃に脅かされたその山麓の小村は、果たしてどれ程持ち堪える事が出来るのか。辺りが地獄の風景へと変貌するのは、時間の問題でしか無かったと言える。

 しかし、《鬼降ろし》という能力を用いて《マガツタマ》と戦う《歩き巫女》。

 そこには、彼女たちが居たのだ。


 白百合、茶々、愛、阿国の四人はそれぞれの《鬼》を呼び出し、怒涛の如く押し寄せる『豆笠』の大群に果敢に立ち向かっていく。錆び付いた鉈を手にした『豆笠』たちは少女たちの柔らかな肌を切り裂こうと、奇声を発しながらそれに飛び掛かった。

「貫け、『黒曜』!」

 白百合は背負った《鬼》の名を叫びながら右手の匕首を『豆笠』の集団に突き出す。その間合いはあまりにも遠く、匕首の切っ先は襲い掛かる『豆笠』たちには遥かに届かなかったが、しかし背中の《鬼》、『黒曜』は違った。

 鉄の塊の様な全身甲冑の《鬼》は右腕の装置を作動させ、巨大な杭を『豆笠』たちに向かって放つ。音速を超えた刺突は正面の『豆笠』の上半身をまるで消滅させたかの様に貫き、更にその後方に控えていた二匹にも同様の運命を辿らせる。杭の直撃を免れた周辺の『豆笠』たちは、少し遅れて発生した衝撃波によってズタズタに引き裂かれ、そして細切れになった。赤黒い雨が周囲に降り注ぎ、白百合はすぐさま次の獲物を求めて瞳を輝かせる。

「存分に舞い給え、『雲薙(クモナギ)』」

 阿国は鉄扇を両手に持ち、まるで踊る様にして『豆笠』たちの間をすり抜けていく。その背中の《鬼》、『雲薙』はやはり白百合のそれと同じく全身が鈍色の鉄で覆われており、しかし両腕に構えた武器は幾重にも重なった鋸の如きものであった。

 鋸は阿国の武器である鉄扇、あるいは鳥の翼の様に広がり、その小さな刃ひとつひとつを高速で回転させている。青白い炎を帯びながら唸りを上げる機関部と、そこから得られた動力を余すことなく受け取った無数の切っ先は『豆笠』の小さな体躯をいとも簡単に両断。だがそれは『切断』などと言う生易しいものではなく、その肉を少しずつ、食い破る様に千切り取っていった。鋸の一枚一枚に千匹の狼が宿り、それがひっきり無しに獰猛な牙を突き立てていく。それは犠牲者が化け物であってさえ、余りにも無残な光景であった。

「光を、『夏雪(ナツユキ)』」

 白百合と阿国の後方に位置した愛であったが、無数の『豆笠』は彼女の元にも殺到する。愛は比較的細身である《鬼》『夏雪』に呼び掛け、『夏雪』はそれに応える様に周囲に子機を展開。クラゲに似た形のそれら子機は全方位から迫り来る『豆笠』たちを捉えると、膨大な熱量の光線を発射。光に包まれた『豆笠』たちの身体は瞬時に蒸発し、炭化した小さな肉片だけがボトボトと草の上に落ちた。

「蹂躙なさい、『火冠(カカン)』」

 茶々の背中の《鬼》『火冠』は種子島の銃身を束にした巨大な筒を構え、規格外の連射速度で紅蓮の弾丸を発射、周囲を火の海に変える。弾丸の直撃を受けた『豆笠』は内側から破裂、破片は溶岩となって辺り一面へと飛び散り、付近の数匹がそれに飲まれて炎に焼かれた。

 化け物たちの前に現れた、より強力な『化け物たち』。

 炎に照らされながら暗闇に浮かぶ狩人の瞳。それを有しているのは、既に《マガツタマ》の側ではなくなっていた。

 だがそれでも尚、『豆笠』たちは食らいつく。本来弱者であった人間たちが抵抗した様に。数を頼みとした戦術はジリジリと少女たちの体力と精神力を削り、掠り傷であってもそれが積み重なればいずれは支障をきたす。背中の《鬼》を駆使し、自身の武器を繰り出しながらも、四人の少女たちは機械的な手順と熱病の様な心持ちの中で《マガツタマ》を次々と駆逐していった。


 少女たちの戦いを眺めていた村の男たちは、ただ愕然としていた。彼女たちの強さ、苛烈さと残酷さは尋常ではない。まさしく鬼だ。

可憐な乙女たちが狂戦士の如く化け物共を屠っていくその姿は、衝撃的でありながらもどこか美しい。頼もしくもあると同時に、言い様の無い恐怖が背筋を駆け上がっていく。もし、あの力が自分たちに向けられたとしたら、と思わないでもなかった。

 そんな男たちの逡巡も束の間、少女たちの猛攻を掻い潜ってこちらに向かって来る数匹の『豆笠』の姿を彼らは捉えた。すぐさま村人たちは迎撃態勢に入り、柵の内側は緊張感に包まれる。

 投石部隊が柵の向こう側に石を投げ、迫る『豆笠』たちを牽制。漬物石大のそれらを力自慢の者たちが思いっきり放り投げ、頭部に直撃を受けた一匹がそのまま潰されて崩れ落ちた。だが残った『豆笠』たちはいつにも増して高い膂力で柵に駆け上り、柵を構成する先を尖らせた丸太に何匹かが串刺しになりながらも、それら仲間の死体を踏み台にしてその内側へと侵入を果たす。

 彼らとて必死なのだ。『豆笠』たちは少女たち、もとい《鬼》から逃げ出し、その進路上に襲うはずだった村があったに過ぎない。化け物にも火事場の馬鹿力は働くのか、過去と比較して易々と、村は《マガツタマ》の侵入を許してしまっていた。

 だが、男たちも果敢だった。一匹の『豆笠』に竹槍を持った五人が襲い掛かり、鉈の間合いの外から突き刺し動きを止める。鍬や鋤、鎌を持った者たちが手足を切り落とし、頭や胴を執拗に攻撃して命を奪う。

 良心が痛むか?とんでもない。相手は化け物だ。こうでもしないと、殺されるのはこちら側である。これは、無慈悲な生存競争なのだから。

「まだ来るよっ!」

 ひとりの男が叫ぶ。如何に強い力を持っているとは言え、少女たちが一度に相手に出来る《マガツタマ》の数は限られている。化け物の数は飽和しており、器から溢れた水はこちらで処理する必要があった。彼女たちだけではない。我々も我々自身の手で戦い、村を守らなくてはならないのだ。

 戦いの興奮は柵を通り越して少女たちから村人たちへと伝播し、熱狂は渦となって村の周辺一帯を支配していく。

果たして、地獄を創り出していたのは誰だったのか。

 少女たちの背中の《鬼》たちは、うっすらとその目を細めるのであった。




 決着は朝に着いた。薄紫にたなびく朝焼けの中で辺りは静寂を取り戻し、どこかで野鳩が鳴き出している。動物たちの鳴き声は、邪悪な者が去った事を意味していた。

 汗と、泥と、返り血と。その場に居た全ての人間が、余す事無くボロボロだった。邑長でさえ例外ではない。驚くべき事に彼は、老骨でありながら一匹の『豆笠』の喉を杖で貫く戦い振りを示していたのである。

怪我をした者はいたが、幸運な事に死人はいない。しかし皆一様に感情の無い顔で、自らが直面していた強大な危機と、そしてそれを乗り越えた達成感と虚脱感をおびただしい数の化け物たちの死体の横で噛み締めていた。衝撃的な出来事とは、時に人の心を麻痺させてしまうもののようだ。

男たち以上に汚れた、だが戦いを始める前と変わらぬ笑顔を振り撒く四人の少女の影が朝焼けを背に歩み寄る。白百合は疲れた表情でただ呆然と彼女たちを出迎える村人たちの顔を一通り見回した。極限の疲労と《マガツタマ》への恐怖、そして自分たちへの複雑な感情がその瞳からは透けて見える。幾度となく向けられてきた視線だった。

しかし彼女はニカッと笑い、そして右の拳を高く掲げた。

「えい、えい、おーうっ」

 その余りにも呑気な勝鬨の声に村人たちはあんぐりと口を開け、だが徐々にその顔に生気を取り戻し始める。

「誰も、死んでませんよね?」

「・・何をしている。我々は勝ったんだぞ」

「ほらほら、皆さん?」

 少女たちの屈託の無い催促を受けて、村人たちはやがて笑顔を浮かべ、大粒の涙を流し、奇跡的な現実に抑えきれない歓喜の声を上げた。家に閉じ篭っていた女性や子供たちがそれを聞き、男たちの元へ駆け寄る。眠れぬ夜を過ごした彼ら彼女らは互いの無事を喜び、人目を憚る事無くその感情を爆発させた。

「姉っちゃたち!」

 その微笑ましい光景の中で誰よりも先に少女たちに声を掛けたのは、綾だった。母親のお絹も少し遅れて四人の元へ寄って来る。綾の父、お絹の旦那は既に亡く、また彼女たちは《鬼降ろし》の能力を見てはいない。だからこそ自分たちの所へというのは邪推だろうが、少女たちは純粋に母娘の心遣いと祝福を受け取った。

 綾とお絹が万感の思いで少女たちへ感謝の気持ちを伝える中、突然白百合が崩れ落ち、辺りは一瞬静寂に包まれる。気を失う程の痛手を負ったのか。はたまた、能力の使い過ぎで消耗してしまったのか?状況が状況だっただけに、茶々、愛、阿国の顔からも血の気が引く。

 誰もが心配そうに白百合の顔を覗き込んだ。しかして、聞こえてきたのは安らかな寝息。

「もうっ、またぁっ?!」

 綾の呆れた声を皮切りに、朝焼けの村には大きな笑い声が響き渡っていた。




 夏の日差しが容赦無く降り注ぐ中、村人たちは額から玉の汗を流しながら、それでも晴れやかな表情で農作業に勤しんでいた。ひとりが自然と口ずさんだ歌に皆が同調し、鍬が土に刺さる音が軽やかに拍子を刻む。鮮やかな色の夏野菜と青々と茂った草花たちが、湿った空気に濃い緑の匂いを乗せて茶々の鼻腔をくすぐった。

 愛が邑長に申し出た通り、茶々と阿国は《マガツタマ》から村人たちを護衛する為に彼らの畑仕事に同行していた。昨晩かなりの数の『豆笠』を駆逐出来たとは言え、《マガツタマ》を出現させる冥界の門《黄泉比良坂》が付近に存在している以上油断は禁物だ。まずは白百合と愛が英気を養い、二人の水浴びはもう少しだけおあずけだった。

 しかしただ見張りに立っているだけというのも退屈なもので、《マガツタマ》の気配も無い事から茶々は進んで農作業を手伝っていた。かつては自分の足で土の上に立つ事すら珍しかった姫君が、今や着物の袖を襷で纏め、泥に汚れた頬を輝かせている。人一倍死の恐怖に敏感な彼女にとって、生命を育む行為はとても眩しいものに感じられたのであった。

 一方で阿国は、夏の暑さから木陰で溶けている。時折低い唸り声を上げながら、太陽の傾きに伴う影の移動に合わせてコロコロと草の上を転がっていた。

 その傍らに、ひとりの女性がふぅ、と息を吐きながら座り込む。綾の母、お絹だ。

「・・やぁ、お絹殿。涼みに来たのか」

「おら、あんまり身体が丈夫でねぇで。休み休みでねぇと保たねぇだよ」

 他の村人たちと同じく仕事に精を出していた痩身の彼女は、頭の手拭いを取りながらそう言って阿国に微笑む。娘の綾の事を思えば、彼女の顔は年齢の割に老け込んでいる。ただでさえ病弱な上に《マガツタマ》によって夫を失い、女手ひとつで子供を育ててきたのだ。村人たちの助力もあったであろうが、やはり随分と苦労してきた事が伺えた。

「男衆に聞いただよ。神様さ従えて、えれぇ強かっただと」

「・・あれは、そんな良いものではないさ」

 二人の間を夏の風が通り過ぎて行き、広葉樹の葉がひらひらと舞った。幾ばくかの沈黙の後、お絹は意を決した様に語り始める。

「母親に託された呪い・・それが、その力だか?」

 お絹の質問に対し、ああ、白百合が言った言葉か、と阿国は思った。成程仕組みを知っていれば言い得て妙な表現だ。そんなところだ、と阿国はぶっきらぼうに答える。

「まるで意味がわかんねぇだよ。なして、母が子を呪うだ。なして・・?」

「・・お絹殿」

 阿国は上体を起こし、真っ直ぐにお絹の目を見据えて彼女の話を遮った。

お絹の疑問は当然だ。母娘の関係は様々であろうが、自らのお腹を痛めてまで産んだ娘を呪うというのは、おおよそ尋常ではない。娘の側もそれを『託された』と感じている。何より何故それが《鬼降ろし》という能力として発現するのか。事情を知らない外野にとっては、確かに不可解な事ばかりなのだろう。しかし、説明する訳にもいかなかった。

「・・こういった話題は《鬼》を呼び寄せる。貴女たちに災いが降り掛かってしまう」

申し訳ないがと阿国が言うと、お絹は少しの間閉口した後微笑みながら頷いた。《マガツタマ》と戦う力を望んだ綾が白百合の叱責にすぐに引っ込んだように、こちらの言わんとしている事を瞬時に悟ってくれる。聡い母娘だ、と阿国は少しだけ口角を上げた。

「いつまで、おらたちの村に居てくれるだか?」

「・・今すぐ《比良坂》が見付かったとして、残党を狩る必要もある」

阿国が畑を指差し、お絹は自然とその先に目を向ける。爽やかな労働の汗を流す茶々の横顔がそこにはあり、その視線に気付いた茶々は何を思ったのか顔を赤らめた。

「・・あれに稲刈りを手伝わせる程度には、厄介になるだろうな」

 ふふ、と小さく笑ったお絹は立ち上がり、手拭いを頭に巻きながら阿国を見下ろす。その眼差しにむず痒さを感じた阿国は、どうした?と彼女の顔に問い掛けた。

「んだば、それまではおらがお前ぇさんたちの母っちゃだ。寂しくなったら来なっせ」

 お絹はそう言って農作業に戻って行き、予想外の言葉に阿国は目を丸くしたまま呆然とその後ろ姿を見送った。

 確かに、彼女たちには決して幸せとは言えない母娘の記憶がある。ありふれた暖かさを羨ましく思った事もあるし、心細さから泣いた夜だってあった。

 しかし、お絹という女性はそんな少女たちの背後にあったものを僅かな材料から見抜いたとでも言うのか。聡いを通り越して最早超能力だな、と阿国は頭を掻く。正直、それなりの年齢になった彼女たちにとってお絹の心遣いはお節介だ。子供扱いも甚だしい。

だが、沸き上がってくる甘い匂いの感情に、阿国は思わず頬を緩ませてしまっていた。

「・・面倒な娘ばかりだぞ、母上殿?」

いつもは斜に構えた笑みを見せる彼女が、この時だけは素直に笑ったのであった。




 その日の夕食は、お絹と綾の家で馳走になった。行水がてら白百合が獲った川魚をお絹と愛が竈の前に並んで捌く。魚が相手であってもその死に目を見たくないと涙目になった茶々を白百合と綾が囃し、いつの間に調達してきたのか阿国は早くも一献を傾けていた。

 村を救った礼か、はたまた下心か。若い男たちが食材を手にひっきり無しに彼女たちの元へ訪れては、お陰で食卓は豪勢なものとなって少女たちは旬の料理を心ゆくまで堪能した。

 お絹が少女たちのほつれた巫女装束を繕う横で、娘らは他愛の無い会話に花を咲かせる。

 邑長は自らの屋敷の一角を四人に提供していたが、それからと言うもの彼女たちは自然と母娘の小さな家で寝食を過ごすようになっていった。

 《黄泉比良坂》探索の傍ら、少女たちは疎らに出現する《マガツタマ》を掃討。農作業を行う村人たちを護衛、時にそれを手伝い、夜は交代で男たちと共に見張りに就いた。

 最年少でお転婆な白百合は綾を含めた村の子供たちの良い遊び相手となり、茶々は相変わらず若い男たちの耳目を集め続けている。愛は女房衆と共にテキパキと家事に精を出し、阿国は老人たちの飲み仲間になっていった。

 四人は段々と村の一員として溶け込んでいき、そして季節は巡っていく。吹く風が少しだけ温度を下げ、青々とした稲穂が黄金色に染まり始めたそんな頃、それはようやく彼女たちの前に姿を現したのだった。




 徐々に探索範囲を広げてはいたが、《マガツタマ》の本丸である《黄泉比良坂》の位置は未だにわからなかった。あの夜の規模には遠く及ばないものの《マガツタマ》による村への襲撃は再び頻発し始め、彼らは順調にその勢力を回復しつつある。村での暮らしは心地良いものではあったが、だからと言って悠長に構えている事は少女たちには出来なかった。


 阿国が盃の酒の上に鈴を浮かべる。《比良坂》の方角を確認する為の儀式を行った少女たちは、その結果に愕然とした。

「・・馬鹿な。方角は丑寅だったはずだ・・!」

 水滴の跳ねた先は辰の方向を指し示しており、揺れる波紋は以前よりも大きい。

 彼女たちとて《比良坂》の封印を行うのは初めてではない。それは概念的なものではあったが、大抵の場合深い谷底や洞穴、およそ人足の及ばない領域に存在するのが常であった。その名称から《比良坂》の位置は不変のものであると思われていたが、どうやら『豆笠』の軍勢の出現に続き、またしても相当稀な状況を引き当ててしまったようだ。

「動いているとでも言うのかしら?」

 野生の動物、又は《マガツタマ》自体の内側に《比良坂》があるのか。なかなか見付からなかったのも無理はないわね、と愛は息を吐く。そして阿国と共に偵察に赴く旨を白百合と茶々に伝え、二人には村の留守を命じた。


 愛と阿国が出て行った村の入口の柵の前で、白百合と茶々が並んで立っている。二人が出立してからはかなりの時間が経過しており、既に日は傾き始めていた。

 過剰な程身近な人間の死に敏感な茶々は悲しげな表情を夕日に赤く染め、白百合はそんな彼女の手を力強く握る。

「信じよう」

上空を首の長い水鳥たちが列を成して横切り、そしてその影は山裾へと消えていった。


「・・参ったね、これは」

 背の高い枝の上で阿国は口角を釣り上げる。しかしその顔には、じんわりと冷や汗が滲んでいた。木の幹を挟んで反対側の枝に立つ愛は、何も言わずにその目を細める。彼女たちの視線の先、おおよそ半里向こうの森では巨大な影がゆっくりと歩みを進めていた。

 影が歩いた足跡からは黒い靄の様なものが立ち上がり、『豆笠』や『百目』といった《マガツタマ》たちがそこから這い出す様に生まれ出る。《マガツタマ》を現世に呼び出す冥界の門《黄泉比良坂》が、既に現界した《マガツタマ》自身に宿っているという愛の予想は的中していた。

その巨大な《マガツタマ》を打ち倒せれば、《比良坂》は閉じられ新たな化け物を生み出す事はなくなる。村の周辺一帯は《マガツタマ》の脅威から解放され、次第に平穏を取り戻していく事だろう。だが・・。

 突然巨大な影が歩みを止め、頭部と思しき部分が二人を睨み付ける。

 見付かった、と愛が言うのが早いか、影はその巨体を飛び上がらせて橙色の空に舞う。峠をひとつ飛び越える程の跳躍で空気を切り裂き、二人が立っていた巨木を着地と同時に押し倒した。

 葉や草、土埃が影の着地と倒木の衝撃で一面に舞い上がり、すんでで回避した愛と阿国は煙の向こうで佇むその巨体を見上げる。

 人の三倍以上はあろうかという巨大な影。《黄泉比良坂》をその身に宿した《マガツタマ》は、やがて鈍色に輝く甲冑、鉄の塊で出来た様な全身を露わにする。それは多少色や形こそ違えど、少女たちがその背中に飼っているまさしくそのものだった。愛は憎々しげに呟く。

「・・・《鬼》・・っ」

 《マガツタマ》であり《黄泉比良坂》であるその《鬼》は、無感情でありながら明確な殺意で双眸を赤く灯し、眼下の愛と阿国を見下ろした。


 時は戦国末期。少女たちは、異形の者たちとの戦いにその身を捧げていた。


多分信州の人達はこんななまり方してない。

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