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姫鬼  作者: 日向寺明徳
1/5

#1

こんにちは、無名の漫画原作者の日向寺と申します。

戦国時代にス〇ンド使いをぶち込んでみました。

こちらも企画出しの一環として書いたものですが、お楽しみ頂ければ幸いです。



それは、母から託された《呪い》だった。


 むせ返る程に濃い緑が支配する、奥深い山の中。夏の強い日差しは背の高い木々の枝葉に遮られ、辺りは薄暗く、そしてひんやりと冷たい。

 少女は息を切らしながら走っていた。草むらを掻き分け、巨石の上を飛び移り、露出した木の根に躓かないように注意しながら、獣道を風の様に疾走していく。

 恐らく十にも満たないであろう少女の格好は、お世辞にも綺麗だとは言い難かった。荒く編まれた木綿の服はつぎはぎだらけで、土と泥で茶色く汚れている。肩口に掛かる長さに切り揃えられた頭の上では、軽く結んだ髪が尻尾の様に揺れていた。

 少女の名は、綾。山の麓に暮らす農民の子供だった。

それは天真爛漫な遊び、野駆けをしているだけにも見えた。だが彼女の顔は恐怖で引き攣り、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 綾は何かから逃げているのだ。

 上空を旋回していたトンビはすぅっと何処かへ飛んで行き、周囲に獣の気配は無い。この季節にはうるさい程に鳴いているはずの蝉の声すら途切れ、山中は不気味な静寂に包まれていた。少女の首筋を伝う汗は、暑さによるものだけではない。

 地面の窪みに足を取られた綾は、あっ、と小さく悲鳴を上げて斜面をゴロゴロと転がっていく。少女の身体がようやく静止したのは、森の中に開けた広場の端だった。自生した撫子の花が一面に咲き誇り、その光景は幻想的で美しい。しかし彼女にそれを愛でる余裕は無く、綾は擦り傷だらけになった身体に鞭を打って起き上がろうとする。

 瞬間、辺りに地響きが鳴り渡った。木々がべきべきと音を立てながら折れ、そしてそれは、確実に彼女に向かって近付いている。再び逃走を図ろうとした綾であったが、足がもつれて尻餅をついてしまう。恐怖で震える両足は、もはや立ち上がる力さえ失っていた。


 綾の前に現れた追跡者。それは、熊の数倍も大きな異形の化け物だった。四足歩行するそれは、頭部に数多くの目玉をギョロリと覗かせ、大きく空いた口からは薄紫色の涎を垂らしている。肌は桃色で斑に産毛が生えており、手足の先には五本の指が備わっていた。所々に人間と似通った部分があることが、よりこの異形に対する生理的な嫌悪感を引き立てる。

 知恵があるかどうかもわからない瞳が一斉に彼女を捉え、化け物は臭気を放つ喉を震わせた。それすらも、牡牛の鳴き声と人間の悲鳴を混ぜ合わせた様な、何とも言えない不気味なもので、綾はより一層小さな身体を縮こませる。

 怯えた少女は後ずさり、歯をカチカチと鳴らせた。化け物は獲物に逃げる体力がもう無いことを悟ったのか、じりじりといたぶる様に、ゆっくりと彼女に歩み寄る。そして人ひとりを飲み込める程の大口を開き、その華奢な身体を噛み砕こうと綾に襲い掛かった。

 撫子の花びらと共に、血飛沫が夏の風に舞う。

 だがそれは、少女の命が儚く散ったことを意味してはいなかった。


 地を震わせる雄叫びを上げながら、化け物はのたうち回る。頭部にびっしりと埋まった目玉の中央のひとつが縦にぱっくりと裂かれ、辺りに大量の血液を撒き散らしていたのである。

 死への恐怖から固く瞑った目をゆっくりと開けた綾は、目の前に立っている人物の鮮やかな衣の裾を見た。自分より少し年上くらいの少女の背中がそこにはあり、その出で立ちは紅と白に彩られた巫女装束のようにも見える。肩甲骨の辺りまで伸びた銀髪は毛先がやや黄色掛かっており、頭の両側で結ばれたその一部がぴょんと跳ねていた。彼女の右手には化け物の血を垂らす小さな匕首が握られ、柄頭に結ばれた独特な彫刻が施された鈴が、リン、と澄んだ音を鳴らす。

「あ・・の・・っ」

 動揺からうまく出せないままの掠れた声で綾が言うと、巫女装束の少女は振り返り、ただニカッと太陽のような笑顔を向ける。そして匕首を構え直すと一閃、烈風の如き速さで化け物に立ち向かっていった。

 目玉を斬られた痛みに耐え体勢を立て直した化け物は、巫女装束の少女を正面に捉えると、大木のような太い前足を振りかぶり彼女を迎え撃つ。振り下ろされた腕を横っ飛びで躱した少女は、地を蹴って一直線に化け物の頭部へと突撃。猛将の放った弓矢と見紛う勢いで化け物の腕の下を掻い潜ると、両者が交差した瞬間、化け物の目玉がまたひとつ赤黒い血飛沫を吹き上げていた。

 怒り狂った化け物は滅茶苦茶に両前足を振り回し、少女はそのいずれも一撃必殺の猛攻を的確に捌いていく。木々が押し倒され、地面は抉られ、撫子の花がひらひらと散った。

 少女は化け物の攻撃を受け流せてはいたものの、彼女もまた決定的な一撃を放てずにいる。戦いは流動的で激しかったが、状況は膠着状態に陥っていた。


 やがて少女は戦局の打開を図る為賭けに出る。横薙ぎに放たれた化け物の前足を、上体を反らせて鼻先スレスレで回避。その勢いのまま化け物の懐に滑り込み、腰の回転を加えた強烈な刺突をそのガラ空きになった腹部へ叩きつけようと匕首を引いた。

 しかし少女の思惑を悟ったのか、あるいは驚異的な野生の勘か、化け物は残った三本の足で力強く大地を蹴って飛び退る。空中へと躍り出た化け物は身を捻ると、攻撃を空振りさせた少女の脇腹に後ろ足による音速の廻し蹴りを食らわせた。

 空気が震える程の打撃音。真横へと吹き飛ばされた少女は木の幹に背中から叩きつけられ、押し潰された肺からひゅうっと空気が漏れる。液体混じりの生々しい咳をした後、少女は力無くその場に崩れ落ちた。

 満身創痍となった少女は、だが、それでも尚立ち上がる。膝はガクガクと震え、木の幹を支えにして起き上がるのがやっとの状態であったが、彼女の双眸はむしろ爛々と輝きを増していた。身のこなしもさる事ながら、頑丈な身体とその精神性はもはや人間離れしている。

 化け物は止めを刺そうと、少女めがけて突進する。埒外の戦いをただぼうっと見つめていただけだった綾は、命の恩人の危機に小さく悲鳴を上げた。


突風が吹いた。二条の光線が撫子の花を巻き上げながら綾のすぐ近くを横切り、今まさに少女を屠らんとしていた化け物の肩口を貫く。化け物は痛みから雄叫びを上げ、その上体を大きく持ち上げた。

綾は後ろから近付いてきた気配に慌てて振り返る。果たしてそこに駆け寄って来たのは、化け物と戦っている少女と同じく巫女装束に身を包んだ、三人の少女たちだった。

 ひとりは弓を構え、ひとりは種子島を手にしている。化け物に傷を負わせた光はこの二人が放ったものだ。残るひとりは両手に鉄扇を持ち、やはり驚異的な速度で化け物に肉薄。刃物の如く鋭く磨かれた扇をひらりと舞わせ、まるで踊る様にして後ろ足で立ち上がった化け物の膝を切り裂いた。

「白百合っ!」

 種子島の少女が叫ぶ。綾の危機に最初に駆け付け、化け物と戦っていたその白百合と呼ばれた少女は、仲間の救援に益々闘志を奮い立たせる。両足で地面をしっかりと踏みしめ軽く息を整えると、彼女は手にしていた匕首を高く掲げ天を仰ぎながら語り出した。

「畏み畏み、申し奉る」

匕首の柄に結ばれた鈴がチリチリと鳴動する。

「穢し給え、蝕み給え」

白百合の右手に宿っていた光はより強い輝きを放ち始め、そしてそれは彼女の全身を包み込んでいった。白百合は目をカッと見開くと、勢い良く匕首を振り下ろし力強く言う。


「《鬼降ろし》っ!」


 白百合の叫びと共に辺りは強烈な光に包まれる。呆然と状況を見ていた綾はその眩さに思わず目を瞑り、そして再び目を開くと白百合の変化に驚愕した。

 彼女の背中からは、《鬼》の上半身が生えていたのだ。

 《鬼》は全身を甲冑の様な鉄の塊で隈なく覆われ、怪しく光る双眸はどこか無機質で冷たい。上半身だけで白百合の身長をも優に超える巨大なそれは、彼女の動きに合わせて身を捻ると、のたうち回る化け物を鋭利な眼差しで静かに見据えた。

 その《鬼》が放つ圧倒的な存在感に気圧されたのか、化け物はブルリと身震いすると同時に白百合へと襲い掛かる。この化け物に恐怖という感情があるのかは定かではないが、それは窮鼠が見せる死に物狂いの特攻と言えた。

 少女たちによって付けられた傷口から赤黒い血液を撒き散らし、化け物は白百合に迫る。白百合とその背中の《鬼》は右腕を後ろに構え、そしてその右腕は青白い炎を吹き上げながら暴れる様に振動していた。右腕側面に装着されている何かしらの装置が変形し、人間の胴体よりも太いであろう先の尖った鉄柱が姿を現す。それはあまりにも巨大な杭だった。

 化け物の大きく開かれた口が白百合の眼前にまで迫ったその瞬間、彼女は叫ぶ。


「貫け!『黒曜(コクヨウ)』っ!!」


 白百合と《鬼》が同じ動きで振りかぶった右腕を化け物に突き出すと、巨大な杭は音速にも勝る速度で射出され化け物の喉を貫いた。衝撃波が周囲の草木を揺さぶり、それを体内からまともに食らった化け物は内部からズタズタに引き裂かれる。化け物の身体は臨界を超え破裂。飛び散った肉片と血液が辺り一面にばらまかれ、撫子の花たちは禍々しく赤に染まった。

 《鬼》は化け物の肉が付着したままの杭を装置に戻し、自分の役目は果たしたと言わんばかりに光の粒となって消えていく。この《鬼降ろし》という能力は余程消耗するものなのか、白百合ははぁっと息を吐くと、そのまま大の字になって地面の上に倒れ込んだ。彼女は抜き身の匕首を鞘に戻し、柄の鈴を指で弾く。

「・・お疲れ、『黒曜』」

そして、そのまま深い眠りに就いてしまったのだった。


「まったく、ひとりで行っちゃ駄目って言ってるのに・・」

 弓矢の少女がいびきをかいて眠る白百合の横に跪き、手拭いで彼女の汚れた頬を優しく撫でる。やや垂れ気味の目で慈しむ様に白百合の寝顔を見ると、彼女はへたり込んでいた綾へと視線を向けた。

「けど、間に合って良かったわ」

「・・立てるか?」

 きょとんとしていた綾に差し出されたのは、鉄扇を操っていた少女のものだった。綾は戸惑いながらも頷き、その手を取って立ち上がる。鉄扇の少女は綾とそう変わらない程に小柄で、しかし仙人の様な達観した瞳を携えた不思議な雰囲気を纏っていた。

「馬鹿白百合、いっつも勝手して!」

 種子島を背負った少女は比較的長身で、やや性格のキツそうな面持ちだが絶世の美女だった。白百合を呆れた表情で見下ろす天女の如き彼女の横顔に、綾は自然と見とれてしまう。

「死んじゃったら、どうす・・っ」

途端、種子島の少女は涙ぐむと、まるで堰を切ったかの様に大粒の涙を流し始めた。膝から崩れ落ちた彼女は、まるで子供の様に泣きじゃくる。綾は初めて鼻水を垂らす天女を見た。

「よしよし、めんこいめんこい」

弓矢の少女がその頭を撫でて彼女をあやす。鉄扇の少女はやれやれと溜息を吐いた。

「・・毎度毎度、小さな事でよくも泣く」

「うっ、うるさい・・っ!」

「うへっ、へへへ・・」

 少女たちのやり取りの中に白百合の寝言までもが混じり、綾は思わず吹き出してしまう。化け物を相手にまさしく鬼神の如き戦いを見せた少女たちの、どこか間抜けな会話。命拾いした安心感も相まって、綾は笑いを抑える事が出来なかった。お腹を抱えて涙を流し笑い転げる綾の姿に、少女たちもまた、改めて笑顔を交わし合う。

 夏の山中。気付けば蝉たちがけたたましく鳴き始めていた。


 一行は山を下り、綾の家がある麓の村へとやって来た。辺りは既に夕暮れに染まり、聞こえる蝉の声もヒグラシのものへと変わっている。

白百合は未だ、泣き虫な天女の背中で寝息を立てていた。

 村の入口には悲壮な表情をした女性が立っており、彼女は綾の姿を見た瞬間、草鞋が脱げるのも構わず駆け寄ってきては綾の身体を力いっぱい抱き締める。良かった、と呟きながら。

「山には行ぐなって、化け物さおるって・・っ」

「ごめんなさい、母っちゃ。これ、探しに・・」

綾は懐から薬草を取り出す。それが少しやつれ気味の母親の為であろう事は、誰の目にも明らかだった。母親は再び娘の背中をぎゅうっと抱き締め、少女たちはそんな母娘の温かな抱擁を優しく見守る。だがその眼差しはどこか、寂しげな感情を纏っていた。

「この人たちが守ってくれたの!凄いんだ、化け物やっつけたんだよ!」

 綾の言葉に驚いた母親は、訝しげな視線を少女たちに向ける。一端の武士ですら討伐には手こずる化け物を、華奢な少女たちが退けたなどと信じられないのも無理はない。それでも娘を救ってくれた恩からか、女性は静々と頭を下げた。

「私も強くなりたい。私も、化け物をやっつけられるような・・っ」

「やめた方がいいよ」

 キラキラした目で少女たちを見上げる綾に水を差す様に、種子島の少女の背中からの声がそれを遮った。眠りから覚めた白百合は大きく欠伸をすると、目を擦りながら地面に下り立つ。

「・・でもっ、父っちゃは化け物に!他にも、村の人がたくさん・・っ!」

「母上様まで失いたいの?」

えっ、と目を見開く綾の視線の先には、どこか冷めた表情の白百合の顔があった。他の少女たちもまた厳しい顔つきをしている。綾は理屈こそわからなかったものの、それがいけない事なのだろうと瞬時に理解した。綾は俯き、こくりと小さく頷く。

 白百合は一転、綾を助けた時に見せた太陽の様な笑顔を向けると、彼女の肩に手を置いた。

「これは、母親から託された《呪い》だから」


 おおい、と声が掛けられ、村の中央からはぞろぞろと村人がやって来る。鍬や鋤を肩に担いだ男たちは綾の無事な姿を見ると、見付かったか、えがったなぁ、と安堵の表情を見せた。

 山狩りをしようとしていたのだろう。化け物が出る可能性を思えばそれは命懸けだ。勿論綾の身を案じてはいただろうが、虎穴の前に躍り出る様な真似をせずに済んだ事は、彼らにとっては何よりの幸運だった。

「そんで、そこの娘さん方は?」

 村人のひとりが言うと、皆の視線が一斉に少女たちに注がれた。紅白に彩られた巫女装束に身を包み、旅の道具と武器を携えている。化け物で溢れかえる山道を抜けて来たと言うのだから、彼女たちの存在は村人にとって何もかもが奇特なものと映った。

「この集落の代表の方は?是非、お話したい事が」

 弓矢の少女が一歩前に出て村人たちに尋ねる。邑長なら奥の屋敷さいるだが、と声が上がると少女はにっこりと微笑んで礼を言った。

「私たちは、あの《マガツタマ》・・化け物を退治する為にやって来ました」

 一瞬の静寂の後、村人たちは驚きの声を上げる。中には腰を抜かした者、冗談だと笑う者もいたが、彼女たちの戦い振りを知る綾だけは、再びその顔をキラキラと輝かせた。

「お前さん方、いってぇなにもんだ・・?」

 村人たちのざわめきに、屈託の無い笑顔を浮かべた白百合が胸を張って言い放つ。

「《歩き巫女》。ただの、旅する祈祷師さ」


 時は戦国末期。男たちが天下の覇権を懸けて武を競い合っていたこの時代。

一方で不思議な力を持った少女たちは、異形の化け物《マガツタマ》の襲撃から人々を守っていた。

これは、歴史の僅かな隙間に埋もれた、少女たちの戦いの物語――。


パイルバンカーはロマンですね。

某ロボゲーでは僕の腕ではまともに扱えませんが。

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