ウラアカ
少年山田はサッカーをこよなく愛す健全な少年。そう表向きは。
今日も今日とてツイッターで友好を深めてきたフォロワーと何気ない会話を楽しむ。
しかし、この少年、表向きでは健全で明朗な少年を装ってはいるが、その実裏ではその人格とは正反対のことを日々繰り返していたのだ。
裏アカウントというものを創り、見ず知らずのアカウントに対し攻撃的なコメントを繰り返す。
罵詈雑言、謂れ無き中傷、言葉を切り取っての揚げ足取り。思いつく限りの筆舌には語り尽くせぬ程の悪逆卑劣な行為を繰り返していたのだ。
界隈でも少年山田の噂はもちきりとなっており、しばしば炎上の対象となっていたのだが、当の本人は、それを面白がり、更に炎上となりそうなネタを投下するという日々を送っていた。
そんなある日の事、一通のDMが山田の元へと舞い落ちる。
『ゲームに登録されました』
この一文のみ。送信主は不明。誰かのイタズラかと思いDM欄を閉じようとしたところ、続けて更に投下されてきた。送られてきたのは結構な人数の参加者らしき名前。それもクラスの人間のものばかり。
訝しんでいると更にまた一通。その内容は、
『参加者の裏アカを確定させ追求してください。見事勝ち残ったら素敵な景品を差し上げます』
少年は、なるほどね、と一人頷いた。皆裏アカで自分と同じ行為を行っているのだと。
少年は、自分が見つかるはずがないと自負していた。投稿の際には特定されないように気をつけていたし、その証拠も残さないようにしていた。
とはいえ、警戒しておくことには越したことはないだろう、と少年は考え至り、アカウント名を変更することにした。
さて、どうしたものか?少年は逡巡する。
ここは、ワザとクラスメイトの誰かだと誤認するようなアカウント名にするか?だとしたら誰にする?
考えた結果、クラス内で信頼の厚いクラス委員長の坂根にすることにした。
坂根理依から
『天誅正義の味方 @sineyakora』
shiがsiで頭悪い感じにも思ったが、まあいいとしようと妥協し変更。名前も正義感強い彼女を揶揄してみた。
メガネ掛けた真面目女子が裏でこんなことをしていたと誤認して、驚き唖然とするクラスメイトの顔を思い浮かべつつ、山田は一人笑う。
変更後、彼の人気(悪い意味での)を裏付けるように、直ぐに反応が返ってくる。
@idle_love 正義の味方ってwwどの顔がwww
@k_michihata 愚かですねー。正義何て立場が変われば悪にもなるというのに。
@docca_ikitai 正義てか性技だろwww
@gachayameraren 頭ww悪すぎwww
@anime_saikoh お前が天誅されろw
などなど、グングンコメントがぶら下がっていく。
ニヤつきながら山田はその成り行きを見守っていく。
まあ、まだクラスメイトの誰かとは流石に気がつかないか、ちょっと拍子抜けをした気持ちを持ちつつ、PCを落とした。
翌日は土曜日で学校は休み。
クラス内の状況を知りたかったというのが山田の率直な感想だったのだが、こればかりは致し方ない。とはいいつつも、その後の反応も気になるところ。早る気持ちを抑えつつPCを立ち上げる。
あれからも順調にコメントがぶら下がっていた。
『お前ら他にやることないのかよ。底辺の暇人どもw』
新たな燃料投下。直ぐにコメントが付き始める。さて、どいつからからかってやろうか?と品定めを始める山田。
ふと、気になるコメントが目に飛び込む。
それは一言『クラスメイト』とだけ記されたリプ。
お、早速クラスメイトの誰かが引っかかったか。山田はこの相手に照準を定める。
『なんだ?意味不明なんですけどw』
『変なDM来ましたからねぇ』
『DMwなんだ出会い希望かよwwwそれ専用のサイト探せやwケダモノw』
『そういう趣味はないんで、悪しからず。あ、正義の味方様ですから、悪し、というのもおかしな話ですね』
『はw意味わかんねーんだけどw頭沸いてんのかw』
『湧いているのは、どちらかというと変なリプを送る方々ですよね。心中察します』
『アホかwてめーに心中察せられるほどおめでたくねーよ』
『そうですか。ではそろそろ本題に入りますが』
『本題だ?本読みたきゃ部屋の隅っこでで読んどけ。ヴォケ』
『坂根さんとは思えない言動ですね』
このリプに高揚する。引っかかった奴が来た。このリプに対して、その他大勢が一斉に群がり始める。
笑いを堪えつつリプを返す。
『誰だそれwお前が勝手にそう思い込んでるだけだろw乙w』
『ですよね。そんな事言うとは到底思えませんから』
『勘違い乙w傷ついたわー。まじ傷ついた。謝れこら』
『謝罪する要素は皆無です。寧ろ誤認されるようなIDを作るほうが悪いですよ』
『誤認て。アホかお前は。一回病院逝け。そしてそのままshine』
『shine?光が何か?光あるところに影ができるということですか?』
『あほwし・ねだよwし・ねw表さんだっけか?お前アホだろ?』
『ええ、そうです。私はあなたと違って、影でコソコソせず、正々堂々と噺してますから、まあアホなんでしょうね』
『キモw』
『健全な男子たるもの、外へ出たら如何でしょう』
『は?てめーになんでそんな指図をされにゃならんのだか。意味わかんねーーーーw』
『そうですか?野球とかサッカーとか興味ないんですか?』
『ボール蹴ったりとかキョーミねーし』
『投げたりもしますがね。ボールを』
『ばーか、知ったか乙。コインも試合前にやんだよw』
『そうでしたか、一つ参考になりました。お詳しいんですね』
『常識だよwじょ・う・し・き。あとあれか未だにサドンデスとか思っているクチかw』
『え?違うんですか・』
『ゴールデンゴールなwあとロスタイムもアディショナルタイムだからw』
『知りませんでした。サッカーされてるんですね。凄いです』
山田は気がついていない。この期も相手を馬鹿にしつつも知識を詳らかにしていく。
たまに山田を気遣うリプが来たりもしたが『そんなもんまったくこねーよ』とその度に返していた。
そして再び気遣うリプが相手から送られてくるがそれを同じく跳ね返し……。
『度々の気遣いすみませんね。それにしても、さすが山田君ですね。よくご存知ですこと』
一瞬にして目の前が真っ暗になる。何故?という疑問が頭をもたげる。
慌ててリプを確認していって愕然とする。見事に誘導されていたことに。
いや、否定すればいいだけだ、震える手で打ち込もうとする。
『あれ?どうなされました?リプが返ってこないんですが?』
相手からのリプ。そしてぶら下がっていく聴衆たちのリプ。
過去のリプを確認してしまった。それにより結構な時間が経過している。確認させる時間を掛けさせるためにワザと遠回りに返していたのか、という事実に気付く。
『便所行っていたんだよ』
震える手で何とか打ち込む。山田自身無駄な抵抗だと解っている。
『ついさっき言ったのにですか?』
なんて打てばいい?なんて返せばいい?頭の中が真っ白となって思考が纏まらない。
そこに一通のDMが届いたという通知。
恐る恐る通知欄を開き、その内容に山田は椅子から崩れ落ちた。
『ゲームオーバーです。あなたは社会的にこれから抹殺されるでしょう。ご冥福をお祈りします』
その後、彼はこの事実が明らかになったことで、めでたく退学処分。一家は離散し、悲嘆のうちに首を括ることになったのは言うまでもなかった。