裏社会でしか生きられない男達の物語
(2)
1999年 9月 秋
「おう、お前から話があるってなんや?。 つまらん話やったらうったたくぞ、おぅ。」
いつものように 影山は不機嫌な顔でソファーにふんぞり返っている。 次郎に対してはいつも上からだ。
「まぁ兄貴、取りあえずこれ 受け取って下さい。」
次郎は封筒を影山に渡した。
「なんやこれ。」
「プレゼントですよ、俺からの。」
「・・・・。」
「300あります。」
「へっ?。」
「まぁ、驚かんで下さい。 ちょっとした金脈を当てましてね。」
影山がキョトンとした顔でこっちを見ている。 まるで鳩が豆鉄砲を食らったようだ。
「これからは、毎日届けますよ。 まぁ、カスリってやつです。」
「へっ、ま、毎日?。」
「そうです、毎日です。 50の時もあれば、今みたいに300の時もあります。 ですが、毎日こうやって 銭持ってきますよ。」
「ま、マジで。」
「マジもマジ、大真面目ですよ。 迷惑ですか?。」
「ととと、とんでもない。 だ、大歓迎ですよ。」
いつの間にか影山は言葉づかいが敬語に代わっている。
「ところで次郎くん、そ、その金脈とは?。」
「それはまぁ聞かんで下さい。 ダメですか?。」
「いや、いいよ、全然いいよ。 答えにくい質問してしまったね。 気を悪くしないで。」
「まぁ、中国人とだけ言っときましょうか。」
「は?中国人?。」
「はい、中国人です。 中国人達とのシノギです。」
中国人と聞いて影山の顔が少し曇ってきた。
「ダメならダメと言って下さい。 これは俺が勝手にすることで、兄貴に迷惑はかけませんから。 そして毎日こうして銭持ってきますよ。 これは俺のただの気持ちですから。」
影山は頭の中で計算しているのだろう、目を閉じて何やら考えている様子だ。 ここで一気に追い込みをかけることにする。
「そうですか、ダメですか・・・。 分かりました、辞めときます。 プレゼントも今回限りということで。 じゃあ失礼します。」
次郎はそう言って席を立とうとする。
「ちょっと待ってよ、誰がダメだって言ったの?。 俺一言も言って無いから・・・。 早合点 しないでちょうだい。」
影山の言葉遣いがいつの間にか オネエみたいになっている。
「じゃあ、いいんですね。」
「それ絶対 俺に 迷惑かからないって約束してちょうだい。」
「それは約束しますよ。 自分が勝手にやっていることで、兄貴は何にも知らないことですから。」
「そうよ、俺は何にも知らないからね。」
「でも、ちゃんとプレゼントは持ってきますから。 何か困ったことがあった時はお願いしときますよ。」
「もちろんよ、俺に出来る範囲になるけどね。」
「それは分かってます、じゃあ良いんですね。」
「良いとも、良いともさぁ。」
九州最大指定暴力団K会に所属する足立組内影山組。 現 K会専務理事の影山は上部団体であるK会内の若手の中でも かなりのやり手で、あと数年で直参入りは確実だとされている。 本人自身も直参入りを意識していて 上部団体であるK会にかなりの金額を上納している。 しかし、渡世の上では足立が親であり 影山は足立組の中では本部長である。 その親である足立をないがしろにしていて 足立組の中ではかなり浮いた存在であった。 足立組の若頭である香椎とは、事あるごとにぶつかっていた。 影山は早く直参に上がって足立から離れたいと思っていた。 そうするには もっと金がいる。 影山は焦っていたのだ。
「兄貴、せっかく儲けた金 何もしてない影山さんに持ってくんすか?。」
淳が聞いてきた。
「おう、持ってくぞ。 半分や。」
「え?、は、半分も持っていくんですか。」
「おぉ、それくらい持っていかないかんやろ。」
「え~、なんでですか?。 なんもしとらんのに・・・。」
「バカやのぉ、お前は。 保険やないか保険。」
「ほけん?。」
「そうや、保険や。 この美味いシノギ誰にも邪魔されんようにと、あと しょ~もない用事で呼ばれんですむやろ。」
「はぁ。」
「内容は言われんが、もし なんかあった時には一応上に通しとる言う言いが方出来るやろが。」
「でも、御法度なんでしょ?。」
「だけん、内容は言われん言うとるやろ。 そんなもん暗黙の了解にきまっとるやろ。」
「え、なんでですか?。」
「お前は面倒くさいやっちゃのう。 だけ金持っていくんやないか。」
「はぁ、なるほど。 兄貴頭いいっすね。」
「お前がバカなんじゃい。」
次の日から 次郎は約束通り 影山に上納金、いわゆるカスリを持っていく事にした。 高い出費ではあるが、自由と安全を手に入れる為には仕方のない出費だ。 それでも次郎の取り分は一日に百万以上である。 笑いが止まらない状態とはこのことである。
「おう、淳。 兄貴の奴ゲレンデバーゲン買うたらしいぞ。」
「え?、あのベンツのっすか?」
「そうよ、まるで芸能人気取りで乗り回しよるわい。」
「マジっすか、ええ気なもんっすね。 自分では何もせんで。」
「毎日電話掛かって来るぞ、猫なで声で。」
「ははは、亡者っすね、金の。」
「おう、亡者や、金の。」
金が貯まると使い方も変わる、次郎も多分に漏れずにそうなった。 まずカジノを覚えた。 闇カジノだ。 日本ではギャンブルは違法なのである。 しかしパチンコ屋が成立するのは 国にカスリを治めているからだ。 競輪、競馬、競艇にオートレースに関しては国が経営しているから合法だという。 何とも不条理な理論ではあるが、ギャンブルは違法だが、公営ギャンブルなら良しなのである。 競馬は農林水産省、競艇は国土交通省、競輪とオートレースは経済産業省、サッカーくじのtotoは文部科学省の経営、宝くじなどは総務省が経営しているのである。 しかしカジノは違法だ。 ラスベガスやマカオなど、国外でカジノをするのは その国の法律に則って行うので、日本の法律は適用されない。 必然的に日本でカジノをしようと思えば、当然闇になってくる。 闇なので、レートもパチンコなどの比ではない。 日に数百万の負けなど ざらである。
高レートの為、客層も何処かの会社社長であったり、医者であったり、宝石店店主などの高額収入者が多く、雰囲気もオシャレで落ち着いている。 そんな中、何者でもない次郎は人生の成功者たちと卓を囲むのだ。 何だか自分が特別な存在になったような気になるのである。
次郎が特にハマったのは、バカラだ。 よく付けたもので、日本語の意味は破滅だとか。 まさしくその通りで、バカラにハマり破滅した者など星の数であろう。
今日負けても、どうせまた明日になれば数百万の金が入って来る。 面白いもので、そう言った強気の考えで勝負に挑めば、勝つのである。 因みにその頃 影山もバカラにハマっていた。
ある日 街の占い師に占ってもらったら、世界に九匹しか居ない竜の一匹が背中に付いていると言われ 次郎は やっぱりか と思った。 やはり自分は選ばれた存在であったかと思った。 何をやっても上手く行く、上り調子と言うやつだ。 その頃の次郎の手元には、もう少しで億に手が届くまでになっていた。