7
日が暮れても、ナオとザントが帰ってこないため、村から捜索隊が出たらしい。
おかげで2人とも、大事には至らずに済んだ。
体内の毒が消えたようだと医者に確認してもらったが、矢の傷が消えるまでは外出禁止をグエンに言い渡されている。
ナオは、丸1日休んだことですっかり回復した。
元々、怪我は何もしていないのだ。
ザントが休養中なので、家の中のことや庭の畑仕事などをして過ごした。
そんなナオを、ザントは自室の窓から見ていた。
今日もいつも通りに、ナオの前髪は下がり、その奥にあるであろう目は見えない。
あの日見たものは、幻だったのだろうか。
顔に傷なんかなかった。
その代わりにあった・・・あの両目は。
「ザントー元気ー?」
ノックと同時に入ってきたのは、リーザとトマだった。
「元気なわけねぇだろバカ」
「それだけ言えれば元気だね。立てるようになったんだ」
「一応な」
ようやく今日になって、ザントはベッドから出ることができた。
歩くとまだ足は痛むが、そこまで傷は深くない。すぐに治るだろう。
ベッドわきのイスに座ったリーザは、いつもは見せないような真剣な顔をしていった。
「ザントが見た罠について、詳しく聞かせて」
ザントはああ、と言い、ベッドに腰かける。
「ナオが、気付かずにかかっちゃったって言ってたんだけど」
「まあな。でもあれは、狩り用の罠じゃないかもしれねぇ。罠があるって印もなかったし、ここいらの村の連中じゃ、あの手の毒は使わないからな」
狩猟をする村はタシバ村の周りにもいくつかあるが、間違って人間が掛からないように、罠があるところには印をつける共通の習わしがある。
それがなかったということは。
「習わしを知らない外の者か、狩り用ではないか・・・」
トマのつぶやきに、ザントが頷く。
敵か、味方か。こちらに害がなければいいが。
「危なかったねーザント!ナオが毒を消してなかったら、死んでたかもよ?」
リーザのその言葉に、毒消しの処方の仕方を思い出してしまった。
いくらなんでも、あんな方法を取らなくたって。嫁入り前のくせに。
「ザント?おーいザントー?」
突然仏頂面で押し黙ったザントの目の前で、リーザが手をひらひら振る。
「何でもねぇよ。・・・それ、あいつから聞いたのか?」
「うん、ナオが言ってたよ。自分のせいでザントが死ぬかと思ったって」
ザントが自分の部屋で目覚めてから、一度もナオと顔を合わせていない。
寝ている間には、何度か怪我の具合やザントの顔色を見に来たという話だが。
どうやら、リーザにこぼしたことが原因らしい。
(・・・ったく)
そんなこと、気にされても迷惑だ。
こっちは命を助けてもらったんだから、何を気に病む必要がある?
リーザとトマが帰った後、ザントはゆっくり階段を降りた。
食堂を見ると、ナオがイスに座って、ぼうっと窓の外を眺めている。
「おい」
「ひゃいっ!」
急に声をかけたためだろう。ナオが返事とも叫びとも言えないような声を上げた。
「あ、ざ、ザントさん・・・あの、お体は・・・」
ザントから微妙に目線を逸らしつつ尋ねてくるナオに、ザントは苛立ちを覚える。
「気にしてんじゃねぇよ」
「え?」
「罠に引っかかったのはお前だが、お前がいなかったら俺は死んでた。お前が毒矢を食らってたってお前は死んでただろう。俺は毒消しなんてできねぇからな。結果的に2人とも死ななかった。それはお前のおかげだ。だから、気にすんじゃねぇよ」
「でも、そもそも、罠にかからなければ・・・」
弱弱しく反論するナオの言葉にかぶせるように、ザントは言い重ねる。
「仕方ねぇって言ったろ。あれは、見つけられる罠じゃねぇ。発見するのは難しい。遅かれ早かれ、どちらかがかかっていた」
いいから普通にしろよ、とザントが言うと、ナオは頷いた。
顔を上げ、今度はきちんとザントの顔を見て、にっこりと笑う。
「ザントさんが、無事でよかったです」
その口元を見て、また例の処置を思い出してしまい、ザントは赤くなった。
(こいつは何も思わねぇのか?)
ナオはというと、「ザントさん?どうしました?」と平然と聞いてくる。
(くそ、俺だけかよ!)
イラッとしつつ、「何でもねぇよ」と言い残し、ザントは食堂を後にした。
階段を慎重に上がりながら、イライラする気持ちを持て余す。
ここ数日、ザントは家にこもりっきりだったため、ナオを訪ねてくる客の多さに気付いていた。
それも、若い独身男性がやたらに。
ザントはおもしろくなかった。
そして、なぜおもしろくないと思うのか分からず、余計にむしゃくしゃするのだった。