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医者が来たその日、ナオは倒れたまま昏々と眠ってしまったらしい。
翌日朝には、すっきり目覚めた。
誰かが運んでくれたのか、自分の部屋で寝ていることに気付いたが、結局それが誰かは分からなかった。
アロムの命をナオが助けたという話は、あっという間に村中に広まった。
村の子どもを救ったということでナオに対する壁はなくなり、ナオの薬を求めてグエン宅に足しげく通うものも増えた。
目的は、薬だけではない者もいたが。
「ナオ、ウージさんの薬を代わりに取りに来た」
「あ、イエゴさん、こんにちは。ちょっと待ってくださいね、えっと、ウージさんは肩こり・・・っと」
イエゴも狩人の1人だ。年も、ザントとそう変わらないように見える。
ストックしている瓶から袋に薬を移すナオを、イエゴは熱心に見ている。
ナオはその視線には気付かず、袋を縛ってイエゴに渡した。
「いつも届けていただき、ありがとうございますね、イエゴさん。ウージさんにもよろしくお伝えください」
「あ、ああ」
ウージは、畑仕事をしている高齢の男性で、万年肩こりに悩んでいる。
イエゴは家が近いからと、ナオから薬をもらって届けているが、その役目は自ら買って出た、いやむしろ奪い取ったものである。
「それで、ナオ、もしよかったら今度・・・」
「ナオねえちゃん!あーそーぼー!」
「アロム!」
突然の珍客に、イエゴの言葉はかき消された。
アロムはすっかり元気になり、今ではナオのもとによく出入りするようになったのだ。
「あ、イエゴさん、何か言いかけませんでした?」
「いや、いいんだ。じゃあまたな」
そう言うと、イエゴはくるりとナオに背を向けた。
その目は、少し潤んでいたらしい。
もちろん、ナオは気付かないが。
「アロム、オミットさんとエレンナさんは?」
「おしごと。だからあそんでー!」
オミットも狩人だ。
昨日は立派な獲物が獲れたから、今日は工芸品を作るエレンナも忙しいのだろう。
「ごめんね、アロム。私も今から、薬草採りに行かなきゃいけないの」
「えーつまんないー。いっしょにいっちゃダメ?」
「却下だ」
駄々をこねるアロムに、冷たい言葉が飛んでくる。
「あ、ザントさん」
「おい、今日は山1つ越えるんだ。お前にはまだ早いんだよ。出直せ、ガキ」
「ちぇっ。ザントのいじわる!」
「何とでも言うんだな。ガキのお守りなんかしてられるか」
さすがにアロムも、山越えと聞いて無理だと分かったのだろう。
「じゃあナオねえちゃん。あした!あしたあそぼうね!」
「うん、明日ならいいよ。気をつけて帰ってね」
「ばいばーい!」
元気よく出ていくアロムを見送り、ナオも荷物を背負った。
「さっさと出るぞ。日が暮れちまう」
「はい」
採集用の袋と水、非常食を持って、2人は西の山を一つ越えたところにある森を目指した。
ナオの見立てでは、そちら側は気候が違うため、タシバ村の周囲とはまた違う薬草が期待できそうなのだ。
「そこ、木の根。おら、しっかり周り見ろ」
山越えは不慣れなナオの足では大変だが、ザントが先を歩いて通りやすく道を作ってくれる。
文句ばかり言いながらも、動きやすいようにしてくれているのだ。
苦労して着いた先には、思った通り、今まで手に入っていなかった薬草がいくつもあった。
グエンの畑で育てられるかもしれないと、根っこごと採取する。毎回ここまで来ることは大変だからだ。
キシエさんが頭痛に悩まされてたっけ。エレンナさんは体がだるいって言ってたな・・・。
村人の顔を思い浮かべながら薬草を取っていると、何かが足に引っかかった。
「どけっ!」
どんっ!
突然背中に衝撃が走り、ナオは転がった。起き上がると、ナオが今までいた場所には、ザントがいる。
「ザントさん・・・?」
動かないザントに、ナオは不安を覚える。
「ザントさん?ザントさん!」
駆け寄って肩を軽くたたくと、弱弱しく返事が返ってきた。
「・・・大丈夫だ。でけぇ声出すんじゃねぇ」
「何が?今、どうして・・・」
要領を得ないナオの言葉の、意味を汲んでくれたらしい。
ザントは自らの足あたりに手をやると、ぐっと力を入れた。
痛みに、顔がゆがむ。
「これ・・・」
ザントが持っていたものは、矢だ。
「うそ・・・私、狩りの罠に気付かずに・・・?」
「いや、これはここら辺の奴らの罠じゃねぇ・・・気付かなくても、仕方な・・・」
話しながら、ザントの息が荒くなっていく。
「ザントさん?」
ナオが矢をよく見ると、血とは別に、何か別のどろりとした液体が見て取れた。
(これって・・・まさか・・・)
「ザントさん、矢を受けたんですよね?どこに?」
「右足・・・」
袖をまくって右足を見ると、傷跡がある。
そこまで深く刺さったわけではなさそうだが、問題はこの液体。
ナオは、矢についた液体を指で取り、ほんの少しだけ舐める。
「やっぱり、神経毒・・・」
血液に入り、体中をめぐる毒。この量ならば、すぐにどうにかなることはないが、長く放置しておくと命にかかわる。
「ほっとけ。何とかなる」
「そんなわけないでしょう!」
声にいつもの強さがなくなってきたザントを叱り飛ばし、ナオは自らの服を裂いてザントの足を縛る。
傷口から血を吸い出す。少しでも、毒を体外へ出した方がいい。
ザントは最初こそ抵抗していたが、次第にその力も無くなってきたのか、ナオにされるがままになっていた。
ザントの上体を木に預け、傷口を水で洗う。今できる処置は、他には。
その時、脳裏に一つの薬草の姿が浮かんだ。
先程通ってきた道に見かけた、珍しい草。
(毒消し草!)
摘んですぐに使わないと効果がなくなるため、収穫はしていない。
しかし、確かにその草を見た。
(あれがあれば、きっと助かる)
しかし、草があった場所からは距離が離れている。
ザントの様子では、今は歩けないだろう。
(1人で採って来れる・・・?罠がどこにあるかも、分からないのに)
しかし、迷っている暇はない。
「ザントさん、少しだけ、ここで待っていてください」
ナオの言葉に、ザントはうっすらと目を開ける。
「必ず、戻りますから」
ザントは口を開けたが、言葉を成さずにそのまま閉じた。
ナオは防寒対策にと持って来ていたストールをほどき、端の毛糸をザントの手首に結びつけた。
これで、ストールをほどき切る距離までは行けるはずだ。
それで足りなかったら・・・服などをほどいて、紐を作るしかない。
枯れ枝を拾い、注意深く足元の草をかき分けながら、道を進む。
先程のような罠があるかもしれない。ここでナオが罠にかかったら、2人ともおしまいだ。
気は急くのに、少しも歩き進められない。
歯がゆい思いをしながらも、先程通ったと思われる道をひたすら進んだ。
あたりは暗くなってきた。
完全に日が暮れてしまうと、薬草探しはできない。
ナオは前髪を上げ、先程よりはよく見えるようになった視界で必死に毒消し草を探す。
ストールが残りわずかとなったとき、ようやく目的の草を見つけた。
根っこごと採り、水筒の中に入れる。
ストールだったものを手繰り、ザントの元へ戻る。
帰りは罠の心配をしなくていいだろうと、できるだけ大急ぎで戻った。
「ザントさん、ナオです。分かりますか?」
ザントは荒い息をつき、玉のような汗を額に浮かべている。
「これ、飲んでください」
声をかけても、目を薄く開けるだけ。
このままではいけない。
ナオは毒消し草の葉をちぎり、口に含んだ。
数回噛んでから、さらに水を含む。
そして、それらを、口移しで与えた。
あまりの苦さのためだろうか。何とか飲み込んだザントは、目を見開き、何か言おうとしたが、結局はまた、何も言えなかった。
「大丈夫です、ザントさん。絶対に、助けますから」
日が暮れた。ここでは冷えすぎてしまう。
ナオはザントの体を引きずり、近くの洞穴まで連れて行った。
持っていた布類をすべてかける。
火を起こしたかったが、ナオにはその用意はない。
ザントならば現地調達できそうだが、ナオには知識がなかった。
ナオは少しでも温めようと、ザントにくっついた。
毒消し草が効いたのか、先程よりは容態が安定してきたように思う。
しかし、このままでは別の病気を引き起こしかねない。
ザントが死んでしまったら。
また、私の前から、人がいなくなる。
父さんや母さんみたいに・・・。
どれくらいじっとしていたのだろうか。
不意に、人の声がして、ナオは顔を上げた。
助けが来たのか、罠を張った奴らが来たのか。
「ナオ!ナオー!いたら返事してー!」
必死に探す声に、ナオは安堵し、息を思い切り吸った。
「リーザ!ここ!ここにいるの!」