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「落ち着いた?」

「はい・・・すみません・・・」

「ちっ。湿っぽくしやがって」


苛立ったザントの声に、ナオは縮こまる。


「泣いてる女の子を前に、何もできなかったでくのぼうバカが何言っても気にすることはないわよ。それで・・・何があったのか、聞いてもいいかな?」


優しく問われ、ナオはこくんと頷く。

ここまでお世話になった人たちに、何も話さないのは失礼だ。


「私、ここからずっと南にある、ミツルカ村と言うところに、両親と暮らしていました。でも、両親が急に亡くなってしまって。その、流行り病で。家族で暮らしていた家に1人でいるのがつらくなってしまい、飛び出してきてしまったんです。でも、行くあてもなくて」

「それでここに着いたと言うことじゃな。ご両親に親戚は?」

「いません。私にはもう、身内は1人もいません」

「そうか・・・。これからどうするか、決めておるのかのう?」

「いえ・・・」

「んじゃ、ここにいればいいよ!」


リーザの突然の提案に、ナオは驚いて彼女を見る。


「ね、グエンさん、それがいいよね!」

「うむ。ナオさんさえ良ければ、ここに住むといい。この村は元々、流れ着いた者でできた村じゃ。もちろん、ただとは言わんぞ。うちの村の掟は、『働かざる者、食うべからず』じゃからな」

「えっと、でも・・・」


(どうしよう。ありがたいけど、でも、ここにいて・・・大丈夫かな・・・)


ナオはしばらく考えて、1つ、確認することにした。


「あの、ここからミツルカ村までの距離って分かりますか?大体でいいんですけど」

「んー、私は初めて聞いた村の名前だからなぁ。グエンさんは知ってた?」

「わしも聞いたことはないのう。新しい村じゃないのなら、相当離れているってことじゃろうな」

「お前、何日歩いたんだよ。それで大体分かるだろうが」


それまでずっと黙っていたザントが、突然会話に入ってきた。


「えっと、たぶん・・・15日くらい・・・かな?途中から分からなくなっちゃって・・・」

「そんなに!?うー、頑張ったのねー!」


リーザが、ナオの頭をわしわしと撫でた。


(そっか、名前も知られてないくらい離れてるんだ)


それなら、やり直せるかもしれない。この新しい地で。


「では、こちらでお世話になってもよいでしょうか」

「うんうん、そうしよう!」

「ナオさんは、得意なことはあるかのう?家事とか」

「あ、家事なら一通りは。あと、両親が薬師だったので、簡単な薬草なら調合できます」

「それは助かるのう。この村には医者がいないから」

「山超えた隣町まで行かないといけないから、2日くらいかかるんだよねー」


グエンとリーザは、薬がすぐに手に入ることを、嬉しそうに話している。


(よかった。私でも、役に立てることがありそうだ)


ほっとして顔を上げると、ザントと一瞬目が合った気がした。


(あれ?こっち見てた?)


「ありゃ、日が暮れちゃう。じゃあ私帰るね!」

「ああ、トマにもよろしく伝えておくれ」


帰り支度をするリーザに、ナオは慌てて声をかける。


「え、リーザさんってここに住んでるんじゃ・・・?」

「ううん。私はあっち。2つ下の弟と暮らしてるの。また明日来るね、ナオ。あ、ナオって呼んでいいよね?私のことも呼び捨てでいいから。じゃね!」


一息にそういうと、あっという間に外に行ってしまった。


「この村に住む者は、みな家族じゃ。わしも、ナオと呼ばせてもらっていいかのう?」

「はい、もちろんです」

「では、ナオ。今日はもう休みなさい。ザント、2階の部屋の案内をするんじゃ」

「・・・なんで俺が」


心底嫌そうなザントの声を聞き、ナオも居心地が悪くなる。


「グエンさん、あの、言っていただければ分かりますから・・・」

「いやいや、他にも知らんといけない場所があるから。じゃあ頼んだぞ、ザント」

「・・・仕方ねぇな。ほら、さっさと行くぞ」


ザントは席を立ち、すたすたと歩いて行ってしまう。

ナオは慌てて、その背中を追いかけた。




「風呂場は知ってるな。手前が洗面所、隣が便所。お前がさっきいた部屋は客間だ。その隣が物置。狩りの道具が置いてあるから勝手に入るな」


必要最低限のことを話すザントの口調はぶっきらぼうだ。

ナオは黙って、おとなしく着いていく。


「2階は、一番手前がお前、真ん中が俺、奥がくそジジイの部屋だ」


ザントは階段を登りながら説明する。

ナオが頭の中で復習していると、危うくザントの背中にぶつかりそうになった。

ザントが急に止まったのだ。

しばらく動かないザントが心配になり、ナオは声をかける。


「ザントさん?」

「・・・さっき」

「え?」

「悪かったな」

「・・・何がですか?」


ナオとは目を合わさないザントは、ばつの悪そうな顔をしている。


「髪」

「気にしてたんですか?大丈夫ですよ。傷は生まれつきのものですから」


慣れてます、と続けたナオに、そうかと一言だけ返した。


(やっぱり、いい人なのかもしれない)


ナオは少し、ザントに対する考えを改めようと思った。

のだが。


「ここで暮らすのは勝手だが、俺の邪魔だけはするんじゃねぇぞ」


前言撤回。

こういう人なのだ、慣れるしかないと、ナオは自分に言い聞かせる。

話は終わりだとばかりに、ザントは自分の部屋のドアを開ける。


「ザントさん」

「あぁ?」

「おやすみなさい」


そう言うと、ザントは少し顔をゆがめて、無言でドアを閉めた。

ナオも、部屋に入る。

ドアのカギを閉めたことを確認し、窓のカーテンをきっちり閉めてから、胸元に閉まっていた、小さな手鏡を取り出す。

右手で前髪をかき上げると、傷ひとつない顔が現れる。

無言で自分を見つめると、鏡の中の自分の目は、後悔と懺悔の色をにじませていた。




「おい、くそジジイ」

「感心じゃな、片付けの手伝いか?で、首尾よく行ったのか?」


食堂で一人、後片付けをしていたグエンのもとに、ふらりとザントが現れた。

グエンの問いを無視して、ザントは言った。


「気付いてるんだろ。あいつ、何か隠してるぞ」

「そうじゃのう。人間だれしも、隠し事の1つや2つくらいあるからのう」


お前も、わしもなと続けるグエンに、ザントはふんと鼻を鳴らす。


「勝手にしろ。何があっても知らねぇぞ」


そう言い置いて、ザントは自分の部屋に戻っていった。


「心配性じゃのう」


グエンはそう呟くと、残りの片付けを進めるのだった。

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