10
幸福感と、初めて感じる種類の疲労感に包まれナオがうとうとしていると、背中から腕が回り、そっと抱きしめられた。
「悪ぃ、やっぱり加減できなかった」
そう言うザントに答えたいが、半分夢の中にいるせいか、口が動かない。
大丈夫と言う代わりに、ザントの腕をキュッと握る。
苦しかったし痛かったし恥ずかしかったけれど、嬉しかった。
好きな人と結ばれたのだから。
素肌の背中にザントを感じる。先程までは自分の心臓が壊れるんじゃないかというほど鳴っていたが、今はその温かさに落ち着きを取り戻している。
「ザントさん・・・」
やっと声が出た。
「何だ?」
「ザントさんの、小さい頃の、話が聞きたいです・・・ダメですか・・・?」
捨てられていたとあっさり言っていた。育ての親が亡くなったとも聞いた。
それに、先程ザントが思わずこぼした言葉がずっと気になっていたのだ。
『大切なやつと離れると、ろくなことがねぇ』
「ああ・・・面白くない話だぞ?」
「でも、聞きたいです。ザントさんのこと、知りたいです」
ザントが、ナオの首筋に顔を埋める。
息がかかってくすぐったい。
ザントはそこから動かない。
あまり話したくない内容だろう。
やっぱりいいですとナオが言おうとしたときに、顔を少し上げて、ザントが話し始めた。
「俺は、この村の西側の山で発見された。見つけたのは、カイドって狩人だ。ジジイと住んでたが、血縁じゃないって聞いた。俺を見つけたのは、カイドが18の時だったらしい。・・・寒くないか?」
ザントが聞いてきたので、「ザントさん、寒いですか?服着ましょう。風邪ひいちゃいます」とナオが至極まじめに返したら、正面向きにされて、素肌が密着するように抱きしめられた。
「温いな。どこまで話したか?ああ、そう、俺は布にぐるぐる巻きにされて見つかったそうだ。寒さ避けのためなのか、歩けないようにかは分かんねぇ。カイドに聞かれて、名前と歳を自分で答えたらしい。ザント、2歳だと」
「そんな小さいときに、その・・・?」
置いて行かれた、と言っていいのか分からず、ナオが言葉を探している間に、ザントは話を続ける。
「口減らしなのかもな。俺には分かんねぇよ。親の記憶なんてねぇしな。物心ついたときには、カイドがいて、ジジイがいて、村には年の近いリーザたちがいた。カイドは狩りが得意だった。人の2倍や3倍も獲れるんだ。必要がねぇとやらないけどな」
そう話すザントの声は、少し誇らしそうだ。
「俺はカイドに狩りを習った。リーザも何故か一緒だったが。後からトマも加わった。カイドはあまり口数が多いやつじゃなかったけど、ちゃんとできたときには褒めてくれた。間違えると拳骨が飛んできたな。命を賭けて命を獲るんだから、ミスは許されないっつって」
懐かしさに、無意識だろうか、ザントは目を細めている。
「俺が13の時、ふらりと家を出たカイドが帰ってこなかった。俺は嫌な予感しかしなかった。そんな風に、何も言わずに出ていくことはなかったから。ジジイに言って、捜索隊を出してもらった。俺も隊に加わって、必死で探した。・・・死んでるのが見つかったのは、カイドが出て行って3日後だった」
ナオは思わずザントの顔を見た。苦しそうな表情に、胸が詰まる。
「カイドは、病気だったらしい。人にうつるもんじゃねぇ。ただ、己の死期を悟り、それを俺に見せまいとして、家を出ていったんだ。・・・ずりぃよなぁ、家族だと思ってたのに・・・どうして頼ってくれねぇ?確かに、まだガキだったけど・・・助からない病なら、せめて、最期の最期まで一緒にいたかったのに・・・看取らせてももらえねぇなんて・・・」
ザントの声が震えている。
自分と共通しているのだ。ザントはせっかく新たに手に入れた家族を、ナオは自分のせいで家族を、失った。
(ザントさんは・・・)
失った瞬間もそばにいられなかったという後悔をずっと抱えている。
ナオがザントの頭をなでると、その手を掴まれてしまった。
「ガキじゃねぇんだから」
「歳は関係ありませんよ。す、好きな人が傷ついていたら、慰めたいです」
すんなり言いたかったが、まだ照れが抜けきれなかったらしい。変なところでつっかえてしまった。
そのことには触れず、ザントがナオの手を離したので、なでることを再開する。
ザントの髪は短くて立っているので、手のひらに当たってくすぐったい。
「ナオ」
「はい?」
「俺の前から、勝手にいなくなんなよ。生きるんでも死ぬんでも、一緒にいさせろ。1人で、行くな」
切羽詰まった声に、胸が苦しくなる。
それと同時に、そこまで想われていることが嬉しい。
「分かってます。ザントさんも、勝手にいなくならないでくださいね?私も、大切な人をなくすのは、もう嫌です・・・」
お互いの心に空いた穴が、少しでもお互いで満ちればいいと、ナオはザントをぎゅっと抱きしめた。
ザントも強く抱きしめる。
「明日、ジジイに話すぞ。これからどうするか」
「・・・」
「大丈夫だ。ジジイは自分の歳が分かんねぇくらい長く生きてる。きっと、うまいこと考える。どうしてもだめなら、2人で逃げるだけだ」
不安が伝わったのだろう。ザントが安心させるように、背中をポンポン叩く。
もう寝るぞと言って、ザントが目をつぶった。
ナオもそれに倣う。
そのまま2人は、まるでひとつになるかのように、ぴったりと抱き合って眠った。




