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やっと書きたいシーンが書けました。


少し長めかもしれません。

日付が変わるころ、ナオは物音を立てないように自室から出てきた。


片手には小さな包みを持っている。この中には、村の生活で稼いだ少しの金と、リーザからもらった洋服が入っている。もう片方の手には、ランタン。

廊下の奥、グエン達の部屋がある方を向き、深く一礼する。

階段に向かおうと振り向くと、そこにはいるはずのない人影が浮かんでいた。


「ザントさん・・・」

「やっぱりな。勝手に出ていくんじゃねぇかと思った」

「どう・・・して?だって、今頃ぐっすり眠ってるはずで・・・」

「なんか入れやがったか。俺は飲んでねぇよ。飲まねぇ方がいい気がしてな」


ナオが食後に淹れたお茶。味も匂いもしない眠り薬を少量入れたのだが、野生の勘だろうか、見破られてしまった。


「ごめんなさい。体調には影響ありません。明日、グエンさんは寝坊するかもしれませんが」


グエンがお茶を飲んでいたのは、ナオも見ている。

ザントが飲んでいなかったとは。口をつけていたように見えたのに。


「お前、あの話、聞いてたな?」


『あの話』という曖昧な言い方だけで分かる。ナオは頷いた。


「やっぱり、あいつらが捜しているのは」

「私です。間違いなく」


きっぱりと言ったナオの声には、諦めと決意が混ざっていた。


「だから私は出ていきます。ここにいると迷惑がかかりますから」

「お前が狙われているのは・・・その目のせいか」

「・・・知っていたんですか」

「悪ぃな。毒消しをもらった時に見えた」

「ああ・・・」


あの時は夢中で、薬草を探したり走ったりを薄暗がりの中していた。

そういえば、髪を上げてしまったかもしれない。

あんな容態のザントが、見ているとは気づきもしなかったが。


「・・・オッディスと言います。この目」

「オッディス?」

「オッディスは元々、1つの部族の名前でした。他の人たちと何も変わらないオッディス族の唯一の特徴が、この目・・・特殊な色を持った虹彩でした」


オッディス族は全員、複雑な色彩の目をしている。ある者は上から下にかけて色が変わっていく、ある者は両目とも同じ色であるが見る者の角度によって色が変わって見える、ある者は片方の目に3色が見て取れる。

その美しさはまさに、『生きる宝石』と呼ばれていた。しかし、それが悲劇を引き起こした。


「貴族が、その目を欲したんです」


生きる宝石を手に入れようとする貴族が現れ、それを相手に商売をする輩が現れた。

オッディス族は次々襲われ、攫われた。

抵抗するものは殺され、目玉をくりぬかれた。

目玉さえあれば、欲しがる貴族はいくらでもいるからだ。


「生き延びたオッディス族が考えたのは、一族の特徴を捨て、命をつなげること。他の部族との婚姻を積極的に進め、オッディスの血をひたすら薄めました。そうして、オッディス族はなくなりました」


ナオは淡々と語った。そこには、感情が感じられない。

感情を、あえて乗せないようにしているように、ザントは感じた。


「でも、なんででしょうかね。何代かに1人、必ず現れるんです。オッディスの目を持つ者が。私の前は、曽祖父の妹だったそうです。・・・まるで、オッディスの血が入っていることを、忘れるなとでも言うように・・・」


ナオは知らず知らずのうちに、自分の前髪を掴んでいた。


「私を追っている貴族は、手段を選ばないことで有名です。私を逃がすため、父も母も殺されました。・・・もう、私のせいで誰かが死ぬのは嫌なんです。本当は、自ら命を絶とうと考えました。でも、それでは私をかばって殺された両親に顔向けできません。約束したんです。生き延びると。だから、私はここを出ていきます」

「出ていって、捕まったらどうするんだ」

「捕まらないように逃げます。捕まったら・・・分かりません。どんなことを強要されるか知りませんから」

「・・・だめだ。行かせない」

「ザントさん!」

「行くな!」


突然視界が暗くなった。代わりに感じるのは、全身を包む暖かさ。

耳にどくどくと響くのは、ザントの鼓動か自分の鼓動か。


「・・・そばにいろ。俺が守るから」

「・・・だめです、そんなの、ザントさんも死んじゃう・・・」


涙声になり訴えるナオをザントは強く抱きしめた。


「死なねぇ。俺は、山に捨てられても、獣に襲われても、毒矢を受けても、死ななかった。そう簡単には死なねぇよ」

「でも、でも・・・」

「もう嫌なんだよ!大切なやつと離れると、ろくなことがねぇ。どんなにつらいことが待っていても、そばにいれば、支えることができる。たとえ、自分が死ぬことになったって、俺にとっちゃそっちの方が後悔しねぇ生き方だ」


ひっくひっくとしゃくりあげるナオを安心させるように、ザントは背中をポンポンと叩いてくれた。

厚い胸板と力強い腕に守られ、ナオは久しぶりに涙を流す。

両親が死んだ日から、ずっとずっと、涙が出ていなかったことに、今になって気付いた。


ようやく泣き止んだナオを見て、ザントがおずおずと声をかける。


「その・・・目、見てもいいか?」


ナオは、1つ深呼吸して、返事をした。


「いいですよ」


腕を離し、ザントがそっと、ナオの前髪を横に流し、ランタンを持ち上げる。

じっとザントを見つめる目は、上の方が明るい水色で、下に行くにつれて濃い緑色になっている。


「綺麗だな」


ぽつりと漏らしたザントの言葉に、ナオは嬉しさを感じる。


「初めて見たときも思ったが、空と、森の色だな」

「父と母も、よくそう言って、褒めてくれました」


ナオが目を伏せ、両親の姿を思い描いていると、声が上から降ってきた。


「ナオ」


え?と聞き返す暇もなく、唇が塞がれた。

しばらくナオは茫然としていたが、状況をようやく飲み込み、そっと目を閉じた。

ザントがぺろりとナオの口角を舐め、驚いて体が跳ねる。

くすぐったさに開いた口から、ザントの舌が侵入する。ナオの舌を絡めとり、上あごや歯列をつつくように舐めていく。


「・・・ん・・・ぅ・・・」


漏れた声がどちらのものだったのか、ナオにはもう分からない。

何度も角度を変えながら重なる唇、絡む舌。

呼吸をするのも忘れ、ようやくザントから解放された時、ナオは酸欠状態になりかけていた。

はーはーと荒く息をするナオを見て、ザントはにやりと笑う。


「これくらいで息が上がってたら、この先もたねぇぞ」

「だ、だって・・・」

「初めてはお前からだったくせに」

「・・・え?」


ナオはしばらく固まった後、真っ赤になって弁解した。


「違っ!あれは、治療でっ!」

「そりゃあ分かってるが、初めてだったもんでな」

「私だって初めてでしたよ!」


叫んでから、はっと口を押さえる。今、なんだか、乗せられて言わされた感が・・・。

ザントはというとニヤニヤしながら、「そうか初めてか」と嬉しそうに言う。


「できれば、治療でも他のやつにはしてほしくないが」

「それしか方法がなかったらします。それで命が救えるなら」


ナオは思ったことをそのまま返事したが、ザントはあまり面白くない表情をしている。

独占欲が垣間見える言葉を聞いて、嬉しく思うのはおかしいだろうか。


「・・・・・・す・・・」

「ん?何だ?」


言わなくちゃと、一生懸命こぶしを握る。

この人の、気持ちに応えたい。


「・・・治療以外でするのはザントさんだけです・・・」


聞こえただろうか、ちゃんと届いただろうかと思っていると、頬を挟まれて顔の向きを変えられる。

先程と同じ、いやそれよりも濃厚なキス。

再び酸欠で赤くなったナオに、ザントは独り言のように言った。


「ジジイはぐっすり寝てるんだろ?こんなおあつらえ向きの夜はねぇな」


どういう意味か聞き返そうとしたが、ザントの肩に軽々担がれ、ナオは自分のベッドに下ろされる。


「ひゃっ」

「おっと、悪い」

「悪いと思ってるならそこからどいてください!」


ザントはナオの上に覆いかぶさるようにして、ベッドの上に乗っていた。


「い・や・だ」

「いやだって・・・」

「分かってんだろ。年頃の男と女。夜。ベッド。これでやることはたった1つだ」


そう言われて、ナオは首筋まで真っ赤になる。

知ってはいる。

ナオがいた村でも家畜を飼っている家はあったし、そうしたら当然そういう場面に出会うこともあるわけで、それを小さい頃、大人に尋ねて困らせたりもした。

しかし知ってはいるが、知っているだけで、しかもあまりよくは知らない。

そんなナオの心情を読み取ったのか、ザントは安心させるように優しく言う。


「大丈夫だ。俺に任せろ」

「ま、待ってください!」

「嫌か?」


ストレートに聞かれ、ナオは言葉に詰まる。

ザントの顔は真剣だ。

嫌?ザントと結ばれることが?


「・・・・・・嫌じゃ・・・ないです・・・」


顔を真っ赤にして、何とか小声で紡ぎだしたナオの精いっぱいの返答に、ザントは一瞬停止した。


「ザントさん?」


不安になり名を呼ぶと、ザントが自らの頭をポンポン叩いた。


「あー・・・悪い、手加減できねぇわ」

「え?」

「まあいっか。ジジイもどうせよく寝てるだろうし。多少無理しても」

「え?え?」

「もう俺のもんだ。勝手にどっか行くんじゃねぇぞ、ナオ」


荒い言葉なのに、名前を呼ぶ時だけは妙に甘くなるその声に、ナオはくらくらした。

ザントの目は、まさしく獲物を見つけたときの狩人そのものだ。

ただ一つ違うのは、その目の中に情欲の炎が見えているという点か。

深い口づけをしながら、ナオは思った。


ザントだけがナオを欲しがっているのではない。

ナオも、ザントが欲しかったのだと。

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