3 夏夜 ―Summer and night―
学校に持っていっていたリュックサックの中身を全て空っぽにして、必要なものだけを詰める。
サンドイッチとペットボトル。
お財布に携帯。
それから一冊の文庫本に、一枚のハガキ。
いつもより明るい月が、虚ろな光であたしを照らす。
音を立てないように、忍び足で階段を降りていくと、玄関には先客がいた。
「…」
「京、どいて」
隣の家だろうか。くぐもった洗い物の音がしている。
珍しく虫の声も遠く聞こえる夜で。
あたしと京だけがガラス玉の中の別世界に閉じ込められた気分がした。
「…ん」
京は無表情で道をあける。
「じゃあね。二三日で帰れるから。義母さんにもメモは残したし」
あたしはいまだに義母さんに遠慮をしてる。
余命宣告の日にも、あたしの性格を考慮して、一人でいかせてくれたのに。
母さんが死んでから、あたしを笑顔で迎えてくれた唯一の人なのに。
あたしを引き取った所為で、父さんは姿を消した。
つまり、あたしは義母さんから父さんを奪ったのだ。
なのに…。
――バタン。
俯きかけた気持ちをしまい込むように、玄関の扉が閉まった。
まとわりつく夏の夜の空気の中、月を見上げながら駅まで歩く。
終電まであと15分だ。
ゆっくり歩いていても間に合う時間。良かった。
「やっぱり…」
ぴたりと足を止める。
「オレも行く」
くるりと振り向くと、案の定、京がいた。
「…」
京はやっぱり意地悪なのかも知れない。
不意にそんなことを思った。
「ご勝手に」
ふいっと前を向いて歩き出すけど、すぐに京に追いつかれてしまって、結局並んで駅まで向かった。