1 花消 ―Flower and put out―
その時、世界はぐわんって――――歪んだ。
傾いた身体を慌てて支えようとすると、パイプ椅子の軋む音がした。
途端に世界の音が戻って、あたしは、とてつもなく気持ち悪いんだってことを思い出す。
口を抑えて顔をこわばらせるあたしに気づいて、白い服の彼女らは銀の皿を差し出した。
抑えていたものが溢れ出す。
吐き出せるだけ吐き出した吐瀉物をちらりと眺めて、あたしはただ「汚い」と小さく呟いた。
自分がこんなにも「生」に執着があったなんて、思いもしなかったから。
こんなあたしが「生」に執着していることも含めて、「汚い」と思う。
改めて告げられる必要なんてないほどに理解してたのに。
消毒液の匂いがあたしを落ち着けてくれる。
心地のよいそれに頼って、小さな深呼吸をすると、あたしはまた前を向いた。
「…すみませんでした。入院とかはどのくらいですか?」
白衣の彼は、何か言いたいことがあるようにこちらを眺めて、口を噤んでいた。
三秒。
あたしの顔を見つめていたけれど。…なれているのだろう、なにもなかったように書類に目を移して、喋り始めた。
「そうですね…」
・ ・ ・
病院は嫌い。
嫌いだけれど、嫌いになれるほど、よく過ごした場所だ。
母さんが陶器のように冷たくなったのもこの場所だった。
あたしが知っている母さんの匂いは「消毒液の匂い」だ。
きっと、あたしにもまとわりついている。
心地よく感じてしまうこの匂いは、「病院」の中で唯一好きなものだった。
「汚い」あたしを綺麗にしてくれるから。きっと、だけど。
花火は、はじけて、消える。
――だからあたしも、消える前に、はじけてしまおう。