襲われ墜ちる
車輪の役割を果たす二つの球体、それは底の部分に左右連なる形で存在した。
それが前へと動き、速度を上げて行く。
助走をつけたそれに呼応する様に、箱の後ろにあるプロペラが回転を始める。
風が、箱を包み込み翼がそれを受け流す。
「ミミーン!」
そして、その箱は……
ミミックである宝石の付いた箱は飛び立った。
あの階段の向こう側へと飛び立ったのだ。
ぶーん、とも聞こえる騒音を巻き散らしながらミミックはダンジョンを逆走していく。
途中人間の群れにあったが、驚いている間に横を通り過ぎた。
最早、誰も追いつけなかった。
そう、自分は風になったのだ。
そんな風にミミックは思っていた。
出口までのルートを無駄なく進行していく。
生まれてから生活していた場所だ、ミミックは完璧にダンジョン内を把握していた。
そして、ミミックは十階層に到達し懐かしきモンスターの背を見つける。
「ミミィー!」
「うん?」
ミミックの声に気付き、ゆっくりと振り向くモンスター。
二つの角を持ち、垂れた耳、筋骨隆々な肉体に巨大な斧、牛の顔と人間の身体を持つモンスター。
フロアのボスであるミノタウロスだ。
「誰だお前?」
「ミミィ!?」
目が合い、第一声は疑問の声だった。
一瞬ミミックは悲しくなったが、よく考えたら進化して銅から銀の縁になっていたりボロイ木だった身体が綺麗な材質になっているのだ。
頭にはでっかい赤い石が付いているので、別ミミックだと思われても仕方ない。
「ミミー!ミミー!」
「僕だよって、誰だよ?」
「ミー!ミッミッ!」
「うー、あー、そういうことか」
どっしりと、目の前でミノタウロスは胡坐を組んで座った。
ミミックは目の前のミノタウロスの反応にやっと分かってくれたのかと思ったが、しかしミノタウロスから信じられない言葉が返ってくる。
「俺はお前が知るミノタウロスじゃない」
「ミィー?」
「どういうことって、要するに違うミノタウロスだ。生まれた頃から俺はここにいるが、別のミノタウロスは見たことがない。もしかしたら、お前の知っているミノタウロスは別の場所に行ったんじゃないか?」
「ミ、ミミックー!?」
衝撃の事実である。
なんと、ミノタウロスは別ミノタウロスだったのだ。
まさかのミノタウロス違いしていたことに何とも言えない気持ちになる。
恥かしいという奴だ。
しかし、そう考えるならばミノタウロスはダンジョン内にいるのだろうか。
自分は下から来たが、会う事が無かった。
下の階層にいるのか?
ミミックは階段とミノタウロスを見比べて、そしてある事に気付く。
ミノタウロスの身体では、階段を降りれないのだ。
腕が引っ掛かる、つまり下に行く事は出来なさそうな大きさだ。
ならば、きっとミノタウロスは外に行ったに違いない。
強くなって外に出れるようになったんだ、だからいないのだ。
強くなると、お腹がいっぱいになるモンスターとならないモンスターが出て来る。
下の階層に行けば行くほどにお腹がいっぱいになるモンスターはいるが、ミノタウロスは降りれない。
だから、きっと外に餌を探しに行ったのだ。
完璧な推理だった、やはり自分は頭が良い。
他のミミックではこんな推理できないだろう、ゴブリン並みに頭が良いに違いない。
「行くのか?」
「ミィ!」
「そうか、初めての友達だから寂しくなるな」
「ミッ?」
思わず、ミミックはえっと聞き返してしまった。
一瞬だけ、目の前のミノタウロスが友達のミノタウロスに見えたのだ。
同じ種族で同じ見た目だから当然か、とミミックは自分の間違いに気付く。
「友達……友達ってなんだ?俺は何を言ってるんだろうな」
「ミミィー!クッ!」
「えっ?お、おう!それが友達なのか?何だろうな、どこか懐かしい響きだ……」
そして、目の前で友達が分かってないミノタウロスにミミックは友達が何か説明してあげた。
それは、あの時ミノタウロスがミミックに教えた場面の再現みたいだった。
「ミイミイ!」
「あぁ、また会おう」
ミミックは、自身の箱である身体の隅を曲げて動かす。
それは、ゴブリンが別れる時の挨拶だ。
他にも身体を曲げたり腹を見せたり様々な挨拶があるが、別れの挨拶は身体の一部を左右に動かすと言う物だ。
人間もたまにする動きである。
ミノタウロスは困惑した表情で手を挙げて同じ行動を取った。
それは、人間の子供がするバイバイという動きなのだがミミックはそんな事は知らない。
ただ、カッコいい別れの挨拶だと思っていた。
なんてったってゴブリンの流行の最先端だからだ。
そして、ミミックは生まれて初めてダンジョンの外へと出て行く。
自分の生まれた場所を通過し、目の前にある初めて見た強い光の場所へと飛びだした。
「うわっ、何か出た!?」
「ミィーン!」
目の前が光に包まれる。
そして、ゆっくりとそれは違う物へと変わる。
それは一面の青と白だ。
かつて、ミノタウロスが教えてくれた空という奴だ。
上にある青は空で下にある青は海と言っていた。
自分は今、上を向いているからこれは空だった。
ミミックは暫く堪能した後に、目線を下に向ける。
そこには茶色いミミックがいた。
大小様々なミミック、そしてその中から人間が出て来る。
人間を飲み込む程の大きなミミックは、なんと襲われる事なくそこにいる。
恐らく自分よりも圧倒的な格上の存在なのだ、格上ってのはすごく強いってことだ。
ミミックは知らなかったが、それは家と呼ばれる木造の建物だった。
ただ、変な形の箱にしか見えずミミックだと勘違いしていたのだ。
それに気付くことなく、ミミックは空を飛んで行く。
街の上を飛んで、行く当てもなく好奇心の赴くままに進んでいた。
「いたぞ、アレだ!」
「よし、よく狙って撃ち落すんだ!」
ミミックは下から鳴き声が聞こえると思って下を見た。
すると、そこには自分に向かって攻撃しようとしている人間達がいたのだ。
「ミミィ!?」
「アイツ、魔法を避けやがったぞ!」
「ミィー!?」
「あっ、待て!新種が逃げたぞ、追えー!」
ミミックは無我夢中に動いた。
迫りくる魔法の攻撃から逃げる為だ。
ぶつかっても無効化出来るのだが、何個かビリビリしたりアチチだったりする。
そう、人間の攻撃はゴブリンと違って無効化出来ないのが混じってるのだ。
このままでは落ちてしまう、落ちたら多分攻撃される、それはまずい。
だから、ミミックはひたすら逃げた。
街を越え、平野を越え、いつしか森の上まで逃げた。
気付けば人間はいなかった、逃げ切ったのである。
「ミィ……」
「ピギョォォォォ!」
だが、ミミックの災難は続いて行く。
突如、モンスターの鳴き声が背後から聞こえたのだ。
そして、その鳴き声と同時に頭に痛みが走る。
「ミミミミミ!?」
「ピギョォォォ!ピギョォォォ!」
尖った口、平べったい腕、黒い身体のそれが自分の頭の赤い石を食べようとしていた。
痛たたたた、と思わず苦痛に悲鳴を上げながらミミックは振り払おうと暴れ狂う。
しかし、その謎のモンスターも負けじと足でミミックを掴んでいた。
執拗な攻撃、ミミックの頭の石を何度も口で攻撃する。
そして、バランスが崩れたのかミミックは飛ぶことが出来なくなってしまう。
落ちる時の感覚に包まれて、ミミックは空を見ながら謎のモンスターから離れて行く。
謎のモンスターはどんどん小さくなっていき、そして……
凄まじい音と共にミミックは目の前が滲んだ。
身体が重くなっていく、冷たい感覚が周囲から押し寄せる。
「ミミィ!?」
ミミックは自身より小さなモンスター達が漂う不思議な空間に気付いたらいた。
見渡す限りの青、全てが青く動きにくい場所だった。
それはミミックが知らない、水と言う物だ。
水がたくさんあり生態系のある場所、海と呼ばれる場所だったのだ。