ミミック、飛び立つ
ネズミから逃げ、そしてダンジョンを探索し、思い出したようにゴブリンやスケルトンを食べて行く。
そんな生活の中、ミミックは再びアレを目にした。
アレとは、扉の事である。
苦悶するゾンビの顔、スケルトンの頭部、武器を掲げるゴブリン、そして死に行くネズミの姿。
その中央では、剣らしき物を掲げる人間。
それは、扉に掘られた彫刻であった。
何の意味があるのかは不明ではあるが、人間とモンスター達の戦いを描いたような物語の装飾。
今まで見て来た扉にある模様ではなく、初めて目にする彫刻はミミックに衝撃を与えた。
胸の奥から溢れだす様な想い、言葉にすることが出来ない感情、目を離せない衝撃。
まるで自分が物語の中に出るモンスターの一部であるような存在感。
空間が、時の流れを止めて封じ込まれたようだった。
「ミミック……」
思わず、これは良い物だと言ってしまう程だ。
ミミックは初めて、彫刻と言う文化を知ったのだ。
感動に打ち震えるのも少しの間だった。
そのうち、飽きが来たのだ。
飽きという物を知らないミミックからしたら、それは満足しただけに過ぎない。
もう十分見た、そして素晴らしい物だと思った。
だからもう満足した、よし扉を開けよう。
そんな感じで、飽きると言う事を体験したミミックは好奇心の赴くままに扉を開けた。
扉を開けた先には、土の塊があった。
まるで曲がり角の様に尖った土の塊。
その土の中に、スケルトンが変な体勢で埋まっていた。
「ミミ?」
そして違和感を抱く、ないのだ。
ミミックが探し続けていた階段が、下へと繋がる階段が無いのだ。
あれ、と思わず疑問を口にするのは無理もなかった。
そんなミミックの目の前で、スケルトンの目が紅く光った。
「オォォ……オォォ……」
穴を吹き抜ける風の音、それがスケルトンから響く。
そして、スケルトンがゆっくりと動き出す。
土の塊から、ミミックの見慣れた立った体勢になったのだ。
「我が眠りを妨げる者よ、汝は何者か」
ミミックは椅子と言う物を知らなかったので土の塊だとしか思わなかったが、それは間違いである。
実の所それは土で出来た玉座であり、スケルトンは変な体勢で埋まっていた訳で無く座っていたに過ぎない。
しかし、ミミックはそんな事は知らない。
立っているスケルトンしか知らないのだから、変な体勢だとしか思っていなかった。
だから、それがヤバそうな物だと理解してなかったのだ。
「ミミック、ミー!」
だから、スケルトンが動いたー!なんて、間抜けなリアクションをしていた。
精巧に作られた土の玉座、その玉座に座して待つスケルトン、そのスケルトンも黒衣を纏い簡素ながら王冠を被っていた。
どうみてもスケルトンで無くリッチなのだが、ミミックの中では変なスケルトンと言う認識だった。
「我をスケルトンと侮辱するとは、モンスターであっても生かして置けん!」
「ミックミクー!」
リッチの手から魔法が飛び交った。
それは、黒い靄。
当たったら相手は死ぬ、即死の魔法だった。
スケルトンからの魔法の攻撃、ミミックは身構えながら何をするかー!と抗議した。
そして、それはミミックに着弾する。
「フッ、他愛無い」
「ミミ?」
ミミックは、自身の目の前が暗くなると思っていた。
しかしそれは類似しているだけで別の魔法であり、魔法である時点で宝石に吸い込まれるので仮にそうであってもあり得ないのだが。
ともあれ、目にしたのは座ろうとしていたリッチ、変な体勢に戻ろうとしているリッチだった。
あれ、暗くないぞと疑問の声を上げるミミック。
その言葉にリッチであり、変な体勢のスケルトンは中腰のまま止まった。
「あ、あれ!確かに当たったはずだぞ」
「ミーミミミー!」
「なるほど、魔法は効かないとな……えっ?」
中腰のまま、腕をカシャカシャ動かすスケルトンを見てミミックは何となく言わんとしている事を理解した。
アレは、驚いているのだ。
よく、魔法が効かないと知ったゴブリンがやる動きだった。
だから、ミミックは自分に魔法が効かないと言う事を教えてやった。
親切とかでなく、言うと自分から食べられに来るからである。
まぁ実際の所、ゴブリンがやけになって突っ込んでいるのだがミミックは自分から食べられに来てるとしか思ってない。
対するスケルトンはゴブリンの様に特攻はしなかった。
ただ、中腰のまま制止した。
人間であったら、そのまま冷や汗でも出していそうだが骨なのでそれはない。
ただ、雰囲気的にマジかよといった絶望感が溢れ出ていた。
「カ、カカカカカ!」
「ミィ?」
顎をカチ鳴らす骸骨、それは現実逃避により笑った姿だった。
リッチはその頭脳により来たるべき未来を予期してしまったのだ。
リッチであるが為に魔法特化であり、魔法しか攻撃手段がない事に気付いていたのだ。
そう、まさに目の前のミミックは格下でありながら相性の悪いモンスターだったのだ。
「う、うぉぉぉぉ!」
だから、一抹の望みに掛けてリッチは走った。
ただ目前の敵を己が拳で打ち砕かんと、物理攻撃に訴えかけた。
そして、目の前に飛び掛かる箱を目前に悟った。
あ、やっぱ無理。
ミミックは不思議なスケルトンと戦い、食べてしまった。
実は格上との戦いだったのだが、本人はゴブリンの様によく動くスケルトンだったとしか思っていなかった。
棒立ちのスケルトンと違って、自分から食べられに来るスケルトンだったから珍しいなとしか思ってなかったのである。
しかし、食べ終えてからミミックは自身の考えを改める。
不思議なスケルトンは、普通のスケルトンより強かったのだ。
なぜなら、満腹感が普通のスケルトンよりたくさんあったからだ。
そう、まるでゴブリンをいっぱい食べても足りないくらいだ。
自分の内側で、燻っていた熱が熱く感じるほどに肥大したのを感じた。
だが、まだ足りなかった。
あと少しで自分が進化する、そう確信していた。
だが、少しだけ足りない。
そう思っていたミミックの目の前で、世界が揺れた。
世界が揺れ、頭上から今まで見た事の無い程の光る石が落ちてきた。
ゆっくりと落ちる球状の光る石、人間達が集める光る石だ。
ミミックは知らないが、それは最下層のボスであるリッチが倒された事により現れたダンジョンのコアだった。
モンスターを生み出し、周囲から魔力を集める装置であるそれは、リッチを復活させようと姿を現したのだ。
だが、そんな事は知らないし無くなった後の事なんか分からないミミックはそれに向かって飛びついた。
本能で、コイツを食べれば進化できる確信があったからだ。
そして、ミミックは進化の吉兆に意識を飲み込まれていく。
身体の中に溜まっていた熱、経験値が消えていく。
冷えるように抜けていく、進化の為に消費されたのだ。
進化、それは喰らった魂を用いて限界を超える現象。
階級突破とも呼ばれるそれは、ミミックの願いに沿って進化を果たす。
ここはダンジョンの最下層、階段は見つからず進む事は出来ない。
ならばどうするか、階段を戻り外に行くしかない。
ならばどうするか、登れるようにならないといけない。
階段を登れる身体になりたい願望に従い、肉体を変化させモンスターとしての格を一段階上昇させる。
「ミミィー!」
そして、ミミックは光り輝き進化を果たす。
銅から磨き抜かれた銀の縁へと変わり、明るい色に変化した木材、どこか歪だったフォルムはある程度見える出来栄えになり、中央には赤く輝く宝石があった。
そして、底の部分の黒い球体は四つから二つになっており、側面には膨らみを帯びた出っ張り、背面には付いた謎のプロペラがあった。
だが、ミミックは自然と身体の動かし方を分かっていた。
そして――
「ミミッ!?」
――ミミックは空を飛ぶことが出来るようになっていた。
ミミック界で初の空飛ぶミミックの誕生である。




