栄枯必衰
砂漠の国から王が消えた。
王の崩御に、貴族たちは大いに荒れた。
次の王を誰にするかだ。
しかし、ミミックの近くで争う事は王の二の舞となる、そう判断した貴族たちは家財一式を持って一族揃って別の国へと逃げるように去って行った。
後に、砂漠の国には平民と奴隷が残る事となる。
平民である彼らは他国にて生活を整えられる基盤も後ろ盾もなく、そして出ても途方に暮れると分かっていた者達だ。
奴隷は所有権を破棄され残された者達である。
別に持って行っても良かったが、維持管理費の難しさやミミックの怒りを恐れて残された者達である。
最初、戸惑っていた平民達だったがそれも数日で何事も無かったかのように日常を取り戻す。
寧ろ、今まで以上に活気に満ち溢れていた。
そもそも、砂漠という過酷な環境下で彼らが生活しているのは旨みがあるからだ。
砂漠の国、そこは世界でも類を見ない交易の国。
様々な国の中継点であり危険でありながら商人達が儲ける為に必要なルートとして通る国だ。
ある者は物々交換の為に、ある者はオアシスから水を補給するために、珍しい物を遠くの国へと運ぶ為に横断する者、そう言った商人の国と言う側面も持っていた。
税を取り、仕事の邪魔しかしない貴族がいなくなったことにより街は活気に満ち溢れる。
今までの上から指示を仰ぐ体制は崩壊し、商人達の組合が元になった組合が話し合いで街を回していく。
金が集まれば犯罪が増えるのがこの世の常ではあるが、この国に限ってはミミックの御膝元ということで罪を犯す者はいない。
解放された形となった奴隷達はミミックを崇拝し、神の如く崇め奉り知識を得ようとした。
平民と解放奴隷、それは身分で言えば対等であり偏見もあったが他の街よりも周囲の視線は厳しくなく、精力的に彼らは働いた。
商人達は元々、利益に従順だ。
故に、彼らに対する偏見は無く柔軟に対応していく。
彼らの金は街を潤し、それは商人を潤し、廻りまわって国を潤した。
貴族による関税がなくなったと言う事実も大きく、今まで以上に商人達の往来が増えた。
ミミックは眠るように動かなかった。
殆どを精霊と呼ばれる、対知的生命体コンタクト用装置に意識を移していた為だ。
その姿は半透明の隠者、砂漠の民に真似して日差しを遮るようにローブを被った子供の姿だった。
砂漠と言う環境は、昼は熱く夜は寒いという場所だ。
故に日差しを遮り日陰を作り寒さを凌ぐローブを着る文化が形成された。
ミミックはその文化を愛し、周囲の人間と同じ姿を取ったのだ。
砂漠の国に来てから、ミミックの生活はモンスターというより人間に近い生活となった。
朝は交易品を漁り、本を漁っては読み耽る。
人間は本をタダで与えようとするが、ミミックはそれを怒り財宝の一部を押し付ける。
タダでは知識に対する冒涜であり、相応の対価を払う事が知識に対する礼儀であると考えていたからだ。
地中から集めた土を合成すれば宝石など容易く作れるミミックは、商人が求める金になる物で本を買いとっていた。
昼になるとミミックは散策する。
様々な物が溢れる市場を調査し、コレクション集めをするのだ。
時には大人が下らないと言う子供の疑問を、子供達と一緒に考えてみたり。
労働力にならず邪険にされる老人たちと歓談に興じたりしていた。
夜では吟遊詩人や商人達の話を聞いて他の国、見たこともない場所を知る。
実際に見に行っても良いが、明日知らないことが聞けるかも知れないと思うと中々国から出て行く決心は付かなかった。
人が集まれば情報が集まる。
そして、ミミックは様々な事を知った。
まず、この世界に魔王と勇者なる者がおり戦争をしている事だ。
長く続いた戦争は海が干上がり、魔族と人族は疲弊の末に冷戦状態になったらしい。
海、思い当たる節があった。
どうやら意図せず自分は戦争を止めたようだった。
他にも、ミミックの評価も聞く事が出来た。
ある者は神と言い、ある者は化け物と言う。
視線が変われば情報も変わる、面白い評価だ。
今や砂漠の国は商人や学者が集まる国となっていた。
どうも、知らない知識を教える者に戯れに対価を払っていたら我こそは知恵者という奴らが集まっていたらしい。
それに、この国は王も貴族もいない唯一の国で商売がしやすいそうだ。
月と太陽が幾度と交差し、人間の赤ん坊が老人となり死ぬほどの長い年月が過ぎた。
今では学問と商売の国と呼ばれるそこで、ミミックは人間達の陳情に困り果てていた。
それは周囲の情勢についての問題だ。
ある宗教から魔物に支配された国だと圧力を掛けられているらしい。
ある地域では奪われし土地の奪還を掲げる貴族の子孫達による侵攻で被害が出ているらしい。
「コンキリオ・ドクトゥス、どうか我らを御救い下さい」
「知らぬ、貴様らでどうにかしろ」
「神でありながら、我らを見捨てると言うのですか!それは我らの信仰に対する冒涜でございますぞ!」
「貴様らが神と崇めているだけだ、私は神ではない」
目の前で罵倒する議会長と呼ばれる存在に面倒だとミミックは思った。
いつしか呼び名は往々しくなり、今では対等に接する者はいなくなった。
それどころか、国は腐敗し名を変えただけの王と貴族のような地位が生まれていた。
形式上、代表者であるらしいが議会長などと言うのは権力を持った王のような物だ。
そもそも国を発展させ、外交を行い、失敗したツケを私に払わせるなど愚かしい。
聞けば、私の名を使って強硬的な姿勢で好き放題していたそうじゃないか。
宗教で争い、利権で争い、最後は私と言う武力に訴えかける。
実に愚かだ、歴史から何を学んだのか。
「分かった、もういい」
「おぉ、遂に我らが願いを叶えてくれる気になりましたか!そうでしょう、貴方様も我らを惜しいと思っている。それでこそ神でございます」
「私は愚者が嫌いだ、貴様らには愛想が尽きた。私を神と言うならば、神らしいことをしてやろう。祈れ、それが貴様らの贖罪だ」
青年となっていた半透明の隠者は議会長の前から霧散した。
そして、その意識は本体へと戻る。
本体へ戻った瞬間、ミミックは国を見渡し失望した。
活気に溢れ人々が知識を育んだその場所は、今では犯罪が蔓延り、酒や薬が溢れ豪商と貧民の国となっていた。
もはや彼らから得る物は無かった、故に彼らの存在は無益な物、無価値であった。
だからこそ彼らの願いを叶える形で処分する事にした。
「煩わしい国の問題を無くしてやろう。国が消えれば全て解決だ」
支配された国は消え、奪われた土地は無人となる。
それはミミックが神として最後に与える慈悲だ。
その日、一夜にして世界から一つの大国が消え去った。
「次はどこへ行こうか、久しぶりの自由であるな」
半透明の隠者が、翼の付いた船の上でそう嘯いた。
夜空を巨大な銀の船が飛んで行く、新たな未知を求めてそれは彷徨うのだった。