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言葉を学ぶ

食事を終えたミミックは後悔していた。

それは酒に酔ってやらかした次の日の心境に似ている。

進化した自分に酔い、欲望のままに活動した。

結果、自分の腹を満たす存在以外も呑み込んでしまったのだ。

考えてみれば、食べても糧にならないのならば飲み込むだけ無駄だったのだ。

もっと、自分の腹を満たす存在だけ選んで食べるべきだった。

自分と同じくらい、もしくはそれ以上に進化したモンスターだけを食べるべきだったのだ。

なのに、自分よりも弱い存在を無駄にしてしまった。

別に食べてしまった事に後悔はない、ただ自分が知らない事を聞いてから食べるべきだった。

無駄に知識や文化を喪失してしまった、実に残念だ。


「ミィ……」


深い溜息と共に、ミミックは移動する事にした。

周囲に広がる景色はどこも同じでつまらないからだ。

とにかく東へ、ひたすら東へ、ミミックは空を飛んだ。




いつしか大地が見えた。

煌めく黄金、砂の大地だ。

空を旅して、時たま出会う飛行モンスターを飲み込む事で保管する事に飽きてきたミミックは大地へと降り立つ。


「ミミッ!?」


肉体が、ズシンと沈んだ。

未知なる感覚、知識欲が満たされる。

ミミックの底部に付いた二つの球体は砂に滑って、前に進む事が出来ていなかった。

普通なら煩わしいと思う所だが、ミミックにとっては楽しいひと時だ。

軌跡を描きながら、大地を進んでいく。

傍から見れば、変な先端の翼のある船が独りでに動いているように見えただろう。


砂の大地から飛び出る虫のモンスターを一体だけ飲み込み、それ以降はバラバラに切り刻んで食べて行く。

違った種類のモンスターを見つけては丸呑みして、保管しているモンスターはバラバラにして飲み込む。

新種の保管と露払いだ。


ミミックはイタズラにそう言う事をしている訳ではない。

放っておけばいつまでも襲ってくるからバラバラにするので、別によって来ないなら新種以外襲わない。

またちゃんと、文化がありそうであれば見逃そうと思っているのだ。

マーメイドしかり、知的生命体は文化の形成と言う大事な役割がある。

育てればそれだけ多くの知識を得られるから、バラバラにするのは愚かなモンスターだけだ。


いつしか、砂の大地に湖を見つけた。

そこだけ植物の生えた、緑あふれる場所だ。

そこには棘を生やした植物や、毛深い木の実を付ける不思議な樹木があった。

勿論、保管である。


時折、野生のモンスターが飲み水を得るためにやってきた。

コブのあるモンスター、死体を漁る犬、トカゲのしっぽを持つ鶏。

取り敢えず保管である、コレクションが増えてミミックはホクホクしていた。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」

「なんだこれは、鉄の船だ!」


ピーピーと叫び声がした。

小鳥が餌を催促する鳴き声のようで煩わしい。

視線を向ければ、小さな人間がたくさんいた。


「コイツはデカイ、城なんか目じゃない大きさだ」

「遠くから見た時はびっくりしたぜ」


ワイワイガヤガヤ、騒ぐ小さな人達。

言葉が分からないのは悔しい。

恐らく彼らもマーメイドのように会話という手段で意志の相互理解を行っている。

とっても気になる、実に悔しい。


暫く好きにさせて、太陽と月が何度も交差した頃の事だ。

多くの人間が自分の周囲に溢れていた。


「これが数か月前に発見された物体か」

「急げ、王はこれを献上しろと言っているんだ」

「ほら、納期が迫ってるよ!奴隷の皆さん、がんばって!」


小さな糸が体の至る所に巻きつけられる。

ロープに似たそれ、わざわざ似せたのかと疑問に思いミミックはようやく気付いた。

人間が小さいのは自分が大きくなっていたのだと。

小さな人間は、あの頃自分が見上げていた人間と同じ。

糸だと思ったそれは、冒険者が持つ荒縄なのだ。

そうかそうか、そう感心していたミミックはいつの間にか人間達に引っ張られて移動していた。




どのくらいの距離を進んだだろうか。

人間達にしては数年という膨大な期間、彼らは毎日ミミックを引いた。

飽きもせず、倒れてもどこかへと引いていた。

奴隷と言う者らが引っ張り、兵士と呼ばれる者が奴隷を鞭で叩く。

どちらも大した違いはないが、何を持って奴隷と兵士を分けているのか実に興味深い事案だ。


それから、良く聞く単語を覚えた。

水と暑いと寒いだ。

倒れた人間が何かを呟き、寝るなと戯れに水を与えた。

これをきっかけに人間達が水という単語を連呼して、ようやくそれがミミックの知る水を表す単語と知った。

他にも状況を推察する事で、彼らの単語を当てた。

日中、よく聞く暑いという単語。

これは火を出せば多く出て、氷を出せば言わなくなることから理解した。

その逆で、夜に氷を出せば寒いと言う単語が出て来る。


いつしか人間は、朝に水と言い、昼に暑いといい、夜に寒いと言うようになった。

彼らの求める物に答え、水を与え、暑さを和らげ、寒さを防いでやるとミミックに名前が付いた。

知らない単語だ、どういう意味か分からなかった。

しかし、自分の中で何かが変わった気がした。


名を与えられた瞬間、身体が進化しようとしたのだ。

全身が光に包まれ、願いを叶えようと進化する。

言葉を知り、言葉を覚え、彼らの持つ知識を得たいという願いが叶えられる。

ミミックの視点、それが変わっていた。

巨大な箱舟と周囲を囲む多くの同じ大きさの人間。

この箱舟が自分であると、ミミックは何となく本能的に理解していた。


「な、何者だぁー!?」

「…………」


武器を突きつけて、兵士の一人が叫んだ。

しかし、何を言っているのかは分からない。

進化した筈なのに、聞き取れなかった。

ミミックは何だか悲しくなって、いつの間にか元の視点に戻っていた。

ただ視界の端には半透明の小さな人間が武器を突きつけられており、先程までアレの中に自分がいたと言う事だけは理解した。


触れず、ただそこにいるだけの存在。

それはミミックの身体の上に座って周囲を観察する。

いつしか人々は無関心になった、何も干渉できないから諦めたのだ。


だが、ミミックはそれが何の為に存在しているか理解していた。

周囲から情報を集め、ミミックにそれを送り出す装置のような物だ。

そして、人間に近い発声器官を使って彼らと意思疎通を行う装置である。

ミミックが言葉を喋ろうとすると、ミミックという鳴き声が基準となる音の羅列になってしまう。

だからこそ、同じ発声器官を持つ者を作ったのだろう。

姿形は意志によって変わり、どのような存在とも言葉を理解すれば意思疎通が出来る。

そう言う代物だ。


いつしか人間は、ソレのことを精霊と呼ぶようになった。

そして、いつしか拝む人間が現れる。

戯れに水を与えた奴隷だった。

それを皮切りに、何人もの人間が祈りを捧げる。

それは人間の街に辿り付き、彼らが兵士に逆らい皆殺しにされるまで続いた。

王の命令に逆らったからだ。何故か悲しい。


「おぉ、これが魔法の箱舟か!」


それから、多くの人間に囲まれている中でミミックは王と呼ばれる存在を見た。

煌びやかな姿をしており、人間として個別化されていた。

ミミックは、対知的生命体コンタクト用装置である精霊を使って意思疎通を行った。


「王よ、お前に問う。何故、奴隷たちを殺した」

「しゃ、喋った!?王よ、お下がりください!」


ざわつく人間達、しかし王は黙ったまま此方を見据えていた。

動揺せず、ミミックを見ていた。


「精霊よ、それは王に逆らったからだ。気に喰わないから殺して何が悪い」

「そうか、わかった」


満足そうに佇む王、ミミックはそんな奴を精霊で掴んで先端の穴へと放り投げた。

恐るべき速さで刃が動き、王をバラバラにして飲み込んだ。

叫ぶ人間達、何故殺したか問われてミミックは言った。


「それは知識を無駄にしたからだ。気に喰わないから殺して何が悪い」


その日、砂漠の国から一人の王が消え去った。

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