飲み込む
暗闇の広がる無音の世界。
自らが出した魔法以外の灯りはない。
ミミックは、そんな小さな灯りを頼りに出口を探す。
奥へ奥へと進むにつれて、道は狭くなっていく。
そして、辿り着いた最奥には開閉する肉の壁。
なんだこれは、思わず驚いてミミックはその光景を焼き付ける。
そもそも、ここは巨大な何かの体内なのだ。
飲み込まれる直前の記憶と周囲の肉の壁から判断した。
ミミックは、食べた瞬間から物が何となく保管されることを知っている。
種族特性なのだが、全てのモンスターも出来るだろうと勘違いしているので、そういう知識を持っていた。
朝も夜もないその空間では、時折様々な物が飲み込まれてくる。
恐ろしい勢いで水が空間を満たせば、次の瞬間には水が勢いよく流れて行く。
流れて行く方向は肉壁の方だ。
後にその場所には様々なモンスターや岩や宝石、人間や船の残骸などが残っていた。
しかし、生きている者達は少なく動ける者はスケルトンやゾンビくらいだ。
だが、そんな彼らも時間が経つと溶けていつしか消え去っていた。
共通して残っていた物、鎧や剣などの金属や宝石などの鉱石。
それが、この場所に来てからのミミックの食料だった。
恐らくだが、食べられるものは消え去ってしまい食べれない物がこの空間に残されている。
そう、ミミックは判断していた。
どのくらいの時間が経ったのか、ミミックでも分からない程の時間が経った。
いつしか、山のようにあった金銀財宝はミミックによって食い尽くされてしまった。
それどころか、おいしくないからと放置していたガラクタの山、時折手に入るスケルトンの装備などのゴミ。
目に映る全ての物を食い尽くしていた。
そうなると、ミミックは強烈な飢えに苦しむようになった。
「ミミィー!」
周囲の壁に当たり散らし、魔法を当てて行く。
しかし、肉の壁に傷はない。
魔法による攻撃が効いていないのだ。
もはや、不定期に行われる食事を待って食料を奪い取るしかないとミミックは考えていた。
そして、それから無限にも思われる時間が流れる。
ミミックは動かず、ただ思考する。
それだけで時間を潰し、運命の日を待っていた。
「オォォォォォォン!」
来た、高らかに歌う様に響く声が空間を揺らす。
そして、後を追う様に聞こえてくる水流の音。
食事が、遂にやって来たのだ。
「ミィィィィィィ!」
蓋を開け、ミミックは叫ぶ。
それは水流ごと飲み込み、食事を取ろうという気合の声だ。
恐ろしい吸引力は、迫りくる激流を飲み込まんと唸る。
しかし、余りにも量は多く吸収速度が追い付かない。
もっと、もっとだ。
出来るだけ多く、大量に摂取するんだ。
ミミックの渇望にも思える決意は奇跡を起こす。
それは、今までの食事と今回の食事によって溜まった魂の輝き。
進化が起きたのだ。
身体の中に溜まっていた熱、経験値が消えていく。
冷えるように抜けていく、進化の為に消費されたのだ。
進化、それは喰らった魂を用いて限界を超える現象。
階級突破とも呼ばれるそれは、ミミックの願いに沿って進化を果たす。
もっと多くの物を吸収する身体になりたい。
その願望はミミックの肉体を変化させる。
まず、肉体が数倍近く大きくなっていた。
今までのが箱だとすれば、それは船のような大きさだ。
そして、緩やかに山のように飛びだしていた前面が凹んでいく。
船の先端ともいうべき場所に巨大な穴が開いたのだ。
その穴は、ギザギザの刃が重なり蓋のようになっていた。
それが、進化を終えると同時に動き出す。
左回転、右回転、一層目、二層目、重なる刃は交互に回転していく。
穴の奥からは轟音が響き、周囲の物を強烈な吸引力で引き寄せる。
引き寄せられ、穴の中へと入っていく多くの物が無残にも刃の餌食となってバラバラになっていく。
それは、まさにミキサーのように吸い寄せた物を切り刻む狂刃だ。
渦を描きながら吸い込むバキューム、そしてそれを補助するミキサー、それをミミックは同時に手に入れた。
「ミミィー!」
全てを飲み込んだミミックは今度は肉の壁へと向かって行く。
自らを閉じ込め探求の旅を邪魔した、よってギルティー!
容赦はなかった、慈悲もなくミミックの先端が壁に張り付く。
壁は恐ろしい吸引力によって先端へと入っていく。
そして、入って行った肉の壁は切り刻まれ飲み込まれていく。
大量の血が溢れ、空間が暴れ狂う様に脈動する。
しかし、ミミックは離さない。
吸引力の変わらない恐るべき兵器は壁を刻み続ける。
そして、いつしかミミックは暗闇の世界へと旅立った。
肉の壁を抜けて外へと出たのだ。
「オォォォォォォン!」
「ミミッ!?」
背後で叫び声が響いた。
そこにいるのは腹に大きな穴を開けた巨大な魚。
怒り狂ったそれは、ミミックを叩き潰さんと正面から恐るべき速度で迫ってくる。
だが……
「ミミッ!」
望む所だぜ、とミミックは敢えて逃げなかった。
お前の体当たりと俺の自慢の吸引力、どちらが強いか試してみようぜ。
そんな雰囲気を醸し出していた。
このミミック、イケメンである。
唸る吸引力、新搭載されたバキューム機関は周囲の海水を飲み込んでいく。
遮るように、吸われて近づいてしまった海に生息するモンスター達を細切れにしてどんどん飲み込んでいく。
「ミミッ、ミミック!」
もっと、もっとだ。
ミミックの吸引力が加速度的に上がっていく、そして迫りくる巨大モンスターと遂にぶつかった。
巨大な質量による攻撃は、ミミックを後退させる。
衝撃にミミックは、身体がバラバラになるような錯覚をしてしまった。
それほどの衝撃、もしかしてら罅が入っていたかもしれない。
だが、それでもミミックは吸いこんでいく。
肉によって詰まっていた機関が、負荷に耐えながら動き出す。
根性だ、抵抗が強すぎて動かなかった刃を無理矢理動かしたのだ。
ゆっくりと、しかし確実に動く刃は肉を削いで行く。
溢れる血潮、海水混じりのそれを飲み込んでいく。
一度、刃が肉に侵入したことにより攻撃は進んでいく。
固い皮膚を打ち破り、柔らかい肉と脂肪に侵入したのだ。
「ミミッィィィィィ!」
ウオォォォォ、ミミックは雄叫びを上げながら巨大生物の顔を正面から貫いて行く。
固い骨のような物に当たった、しかし関係ないと言わんばかりに粉砕。
道のように広がる巨大な空洞にぶち当たった、しかし関係ないと言わんばかりに穴だらけにする。
いつしか尻尾に到達していた、しかし関係ないとUターンして再び突撃した。
体中を穴だらけにされ、いつしか巨大モンスターは動かなくなっていた。
しかし、関係ないとミミックはモンスターを飲み込んでいく。
それほどの飢えだ、だが収まらない。
海水と一緒に周囲の物を飲み込んでいく。
様々な海洋植物、色々な海に住むモンスター、半漁人に人魚。
巨大で足を複数持つモンスター、巨大な海蛇、巨大な人間。
食欲を満たしつつ、知識欲も得て、そして抑圧された欲望を解放していく。
いつしか、光射さない海底に太陽が見えた。
しかし、関係ないと吸い込み邪魔する者は蹴散らした。
「ミミ!?」
驚愕するミミック、何故なら頭の部分が海水から出ていたのだ。
そう、ミミックの吸引力は海水の九割を飲み込んでしまったのだ。
その日、世界から海が姿を消した。
大地が広がり、深い渓谷の奥底のような場所にだけ海が残っていた。