飲まれる
ミミックは大海を進んでいた。
見渡すばかりの海、束縛された環境からの解放は再び刺激を齎した。
腹が空けば、海水を無尽蔵な倉庫の中へと入れる事で食事をする。
そんな風に行動しながら、進んでいく。
目指すは深き者どもと呼ばれる奴らがいる場所だ。
マーメイド達は海と言う場所のあらゆる場所を知っていた。
それは長い歴史の為せる情報だ。
しかし、遥か古代から彼らが近付こうとしない場所があった。
そう、深海と呼ばれる光射さぬ魔境。
深き者どもと呼ばれる奴らが住む場所である。
「ミ、ミミッ!?」
あ、あれは!?とミミックは視界の先に暗闇を見た。
深い渓谷、入り口を見つけたのだ。
おぉ、何と深く暗い場所だろうか。
ミミックの好奇心が振りきれる。
「ミッミィー!」
奇声を発しながら思わず潜っていくのは仕方ない事だった。
深海、そこは暗闇に染まる深淵。
夜とは違う闇に包まれたそこに一切の光はない。
「ミッ!?」
ミミックは突如、暗闇から現れるモンスターに驚きながら進んでいく。
視界の悪いその場ではいきなり、目の前にモンスターが現れる事など多くあったからだ。
「ミミィ……ミミック!」
しかし、困ったな。
そう思い悩んだ末にミミックは良い事を思いついたとばかりに魔法を発動した。
すると、ミミックの身体に付いている筒から直線状の光が伸びる。
「ミィーミッミッ!」
大成功である。
それは、深海を照らす光の線であった。
気分を良くしたミミックはどんどん潜っていく。
光に照らされた斜面を、崖のような岩肌を、とにかく周囲を照らしては何だこれと驚く。
「ミミックゥー!」
何だこれー!そう、ミミックが思わず言ってしまうような物が其処にはあった。
それは大きな箱、巨大なミミックである。
「ミッ、ミミック……」
し、死んでやがる。
慄きながらミミックはそれに近付いた。
巨大なミミック、真ん中から切断され頭には何かが刺さっている。
中には大量のスケルトン、そして小さなミミック。
ミミックはここで自身の勘違いに気付く。
もしかしてだけど、もしかしてだけどこれって……
「ミミク!」
船か!
その時ミミックに衝撃が走る。
これはミミックではない、コイツは人造のミミック……船って奴であると。
「ミミミミミミ……」
あわわわわ、と驚愕しながら中を探索していく。
スゴイ、知っていたけど見るのは初めてだ。
そんな感動にミミックは小刻みに震える。
水中に、ブブブブブと奇妙な音が響いていた。
船、それは人間が移動するために作った人造の箱。
ミミックに似せられた木の集まりだ。
人間はミミックの崇高な肉体を羨み、似て非なる物を作り上げた。
家、城、船、飛空艇、それは多岐に渡る。
そして、その一部がこれだ。
この船と言う物は人を乗せて別の場所へと運ぶ、いわば水の上を動く箱なのだ。
恐ろしい事に人間はミミックを作ると言う神も畏れぬ所業を己が欲望の為にしてしまうのだ。
これが、人に作られしミミックの末路か……
「ミーン……」
生まれは違えど同じ箱、ミミックは船の冥福を祈った。
その後、ミミックは見つけた船について考える。
沈没船、という状態の船だ。
確か、マーメイドが歌う事で舵を誤らせ船を沈没させて積荷を奪う話に出て来ていた。
あれ、ってことはマーメイドがこれをやったのか?
「ミミック!クッ、クゥー!」
おのれマーメイド、許すまじ!
まぁ、中々美味しいので許してやろう。
この時、ミミックは知らなかった。
それが沈没船でありながら幽霊船と呼ばれるモンスター化した物であり、海中で怪我を負って休んでいたことについて。
そして、そんな満身創痍の船を守ろうとするミミックとスケルトンを物ともせずモンスターであると知らずに食べていたことを知らなかった。
「ミクッ……」
数時間かけて、ミミックは沈没船を食べ終えていた。
自分の中で保存しようと思っていたのだが、意外とおいしくて思わず消化してしまった。
やってしまったことはしょうがない、ミミックは過去には囚われないのだった。
深海を進むうちに、ミミックは痛みを感じた。
何だか身体が重く感じるのだ。
これは、マーメイド達の話しで聞いたことがある。
古き神の力だ。
暗い海の底で、自分の眷族以外が来ることを良しとしない神の怒り。
近付けば近付くほど、その力は強くなる。
「クッ……」
神なんて信じていないミミックであったが、しかし力の存在は感じている。
誰も見た事の無い神、そんな誰も見た事の無い神ならば存在しないのではないか。
存在しない可能性だってある、だがこれ以上は進む事は出来ない。
認めたくないが神の力を前にミミックは断念する事になった。
深海に住み着いてからミミックは不満が溜まっていた。
そこに道があるのに進む事が出来ないのだ。
我慢、そう言った経験を初めてしているのだ。
ミミックはそんな状況に戸惑い、ある秘策を思いつく。
眷族どもを駆逐して、神を此方まで呼び寄せてやる。
深海を泳ぎ、出会った端から戦いを挑む。
偶に強い奴はいるが、ミミックの相手ではない。
大体のモンスターが雷の魔法で一発である。
つまり、調子に乗っていた。
「ミクミクミクミク!」
「コポォォォォォ!?」
自分も痺れるが、それ以上に周囲のモンスターが倒れて行く。
深海にいる深き者どもと呼ばれる、魚の頭に人間の足を持ったマーメイドと真逆の存在は苦しみながら倒れる。
連続で放たれる雷の砲弾は周囲の深き者どもを打ち抜き、心臓を止めて行く。
「ミクゥ!」
オラァ!と最後の一体に止めを刺し、回収していく。
今日も余裕だったな、そう思っていた瞬間。
その油断が命取りとなる。
「オォォォォォォン!」
「ミ、ミミック……」
こ、コイツは……
慄くミミック、その目の前には巨大な口。
大きなモンスターの口が迫っていた。
「ミミィー!」
全速前進で逃げ出す、しかし奴は口の中へと海水を飲み込んでいく。
吸引力の変わらない恐ろしい巨大モンスターの攻撃だ。
「クゥ~!」
目の前がグルグル回転する。
荒々しい海流は、ミミックの抵抗も無下にして口の中へと運んで行く。
ミミックは目の前が真っ暗になった。
押し寄せる波、ジャラジャラという音がする宝の山。
そこでミミックは目を開ける。
「ミ、ミミック……」
こ、ここは一体……
ミミックが周囲を見渡す、そこは赤い壁に囲まれた洞窟の中だった。
いや、違う……この壁、動く。
「ミミク、ミミック……」
そうか、私は……
自分がモンスターの体内にいると理解したミミックはこれから先の事を想像してどうするか悩む。
幸い、空気があって深海のような神の怒りに肉体は晒されてはいない。
しかし、あのモンスターは何だったのだろうか。
巨大な魚のようだったが、まったく全体が見えない程の大きさだった。
「ミミック!」
取り敢えず、出口を求めてミミックは体内を探索する事にした。