誕生
あるダンジョンの10階層、そこで魔力の塊からモンスターが誕生した。
その姿は宝箱、ミミックと呼ばれるモンスターだ。
そのミミックというモンスターは、ほんの少しだけ特別だった。
百匹に一匹程度の確率で現れるユニークモンスターという奴だ。
ユニークモンスターは特徴として、少しだけ何かが他と違う。
力が強かったり、魔法が使えたり、そんな風に少しだけ優れている。
そのミミックも少しだけ優れている物があった。
それは、知能だ。
他のミミックのように本能に従って動かず、考えて行動出来たのだ。
自分は何だろうか?
それが最初に考えたことだった。
視界に広がるのは石造りの通路、そして何かの一部である茶色の物体。
茶色い物体は自分の意志で少しだけ動かせることが出来た、そうそれは自分の身体だったのだ。
自分の身体、それを見ようとも写るのは二つの茶色い物体だけ、見える範囲は決まっているようだった。
二つの茶色い物体は繋がっていた。何もしなければ長方形のそれは、力を込めれば真ん中が曲線を描き端と端が盛り上がる。
ミミックはそれが宝箱の前部分であり足である箱の四隅と言う事には気付いていなかった。
しかし、何かが出来る事だけは分かっていた。
何が出来るか、長い時間の中でミミックはそれを見つける。
それは何の変哲もない徘徊型モンスターのスケルトンだった。
初めて自分と違う存在を見つけたミミックはソレが何かは分からず、観察する。
白いソレは自身の端、足を動かし歩いていた。
歩く、という方法を見つけた瞬間だった。
さっそく試そうとミミックは茶色い物体を前に伸ばす、身体が張った状態になった。
そこで自然に後ろ足が動いた、それは本能からの動きだろう。
楽な状態になろうと後ろ足が動いたのだ。
視界が少しだけ変わる。
それは衝撃、そして感動であった。
パカパカと口である宝箱の蓋を開閉して、楽しそうに一歩一歩踏み出す。
視界が前に動く、何も変わり映えしない景色だが確かに動いたのだ。
宝箱が四隅を動かし移動する、それは余りにも小さいがミミックにとって大きな一歩だった。
探索、移動する事を覚えたミミックは行動する。
時間が経ったせいか腹が減ったのだ。
飢え、という初めての経験だ。
ミミックには解決法が分からなかった、だが何かを口に入れれば問題ないと言う気はしていた。
本能が教えてくれるのだ、食べると言う行動について。
しかし、探しても石造りの通路が続くのみで変わらない景色。
食べれる物は見つからなかった。
悲しそうに、力なくゆっくりパカパカする蓋。
まるで自身の感情を表すようだった。
先程とは違う好ましくない感情を抱いた。
だが、歩み続ける。
飢えを癒したいが為に短い足を忙しなく動かす。
その時、視界が上を向いた。
そして訪れる浮遊感、視界は暴れて衝撃が体に襲いかかる。
いつもよりも早く前に動いたことを察知する。
今のは……
再びミミックは後ろ足に力を込める。
地面を両足でしっかりと蹴ったのだ。
次の瞬間、再び同じ光景が起きた。
ミミックはジャンプを覚えた瞬間だった。
ジャンプを覚えたミミックは、来る衝撃に耐えながら何度もジャンプを繰り返す。
速度は数倍、前進する画期的な方法だった。
這い寄る動きが跳ねる動きに変わっただけだったが、ミミックにとっては革命的な出来事だったのだ。
暫くするとミミックは驚くように勢いよく蓋が開いた。
緑色の、自分以外の存在をミミックは見つけたからだ。
それはゴブリンと呼ばれるモンスターなのだが、ミミックは知る由もない。
ただ、アレを口に入れるだけで飢えが癒される確信があった。
そして、ミミックは――
「ゴ、ゴブッ!?」
「ミミー!」
――自分の初めての声を聴きながら、狩猟本能に従って飛び掛かった。
蓋は完全に開き、箱はゴブリンの真上から飲み込んでいく。
頭、肩、胴、足。それは底なしの口へと入っていく。
すっぽりとゴブリンは収まり、地面には開き切って引っくり返った宝箱があった。
独りでに宝箱はガタゴト揺れて、元の宝箱が鎮座した状態に戻る。
ゴブリンの質量や体積を無視して飲み込んだ瞬間だった。
ミミックは自身が丸呑みしたことの異常性に気付いていない。
普通のモンスターが少しづつ飲み込む所を何の抵抗なく呑み込める事の異常さに気付いていなかったのだ。
ただ、捕食したことにより飢えが癒された事と温かい何かを得た事を感じた。
全身が喜びを感じているのは分かった、初めてもっと欲しいと思ったミミックは更に探索を続け手当たり次第に飲み込んでいく。
スケルトン、ゴブリン、ゾンビ、どれも全て餌としか見てなかった。
食べるという新しい行動は、ミミックに欲望と様々な物を教えた。
絶えず動く事による疲労、もういらないという満腹と言う状態。
そして、初めての睡眠と進化を教えたのだった。
身体の中に溜まっていた熱が消えていく。
冷えるように、何かが抜けていくのだ。
進化、それは喰らった魂を用いて限界を超える現象。
階級突破とも呼ばれるそれは、ミミックの願いに沿って進化を果たす。
もっと早く移動したいという欲望に従い、肉体を変化させモンスターとしての格を一段階上昇させた。
「ミミィ?」
自身の身体の違和感に気付いたミミックは、自身の足を見る。
前足、それは宝箱の四隅だった。
しかし、今は角ばった先に丸い黒い球体が付いていた。
これが違和感の正体であるとミミックはすぐに気付いた。
試しに力を込めると、擦る様な音と共に球は回転する。
徐に持ち上げていた前足を地面に着けると――
「ミ、ミィ!?」
――右前足は直進し、合わせるように視界が回転した。
世界が回る、右前足を推進力にミミックはその場を回転していたのだ。
これにはたまらんと、慌てて力を抜く。
すると球は速度を落とす。
「ミィ……」
思わずため息が出た、自身の身体に何が起きたのだろうか。
新たな問題が発生した瞬間だった。
ミミックは少しずつ体に慣れていく。
ローラーを付けた宝箱、自身がミミックからローラーミミックに進化した事で変わった移動方法を身に着けて行ったのだ。
今では、最初と違って滑走する事が出来るようになった。
ダンジョン内を縦横無尽にシャーともシューとも聞こえる音を出しながらミミックは移動していく。
気分は風だった、ミミックは念願の速さを手に入れたのである。
「ミミッーク!」
どけどけ、とミミックは言いながらダンジョンを滑走していた。
途中で邪魔な徘徊型モンスターは口を開けた状態でぶつかっていく。
ぶつかる傍から箱の中へ落ちて行き、捕食されるのだから楽な物だ。
端的に言って、調子に乗っていた。
ダンジョン内を移動する速度は比べるまでもなく上がっており、ミミックはある物を二つ見つけた。
対極の位置にある、階段と大きな扉だ。
その二つが何なのか、生まれたばかりのミミックは検討が着かなかったが何となく大きな扉の方が気になった。
それは滲み出る気配、何かがいる予感がしたからだ。
今までのミミック人生の中で負けたことのないミミックは、恐らく扉の先にいる何かがモンスターであり自身の餌だと推測した。
勝てる、そう確信したミミックは扉に体を押し付けて開けて行く。
石が引き摺られるような音を出しながら開く扉、視界の先にはモンスターがやはりいた。
ソイツは斧を持った牛、ミノタウロスと呼ばれる10階層のフロアボスだ。
しかし、ミミックには強そう程度にしか分からない。取り敢えず飛び掛かった。
「ミミィー!」
「うわ!」
空気が震える音がした。
側面に生じる衝撃、刹那のことだ。
ミミックの身体は地面にバウンドしながら壁に叩き付けられた。
何だこれは、何が起きた。
訳が分からず、身体が勝手に声を出していた。
「ミィーン、ミミーン」
「えっ、泣いてる!?」
自分でも分からない感情が体を支配する。
宝箱の表面には水滴が浮かんできて、地面へと垂れていた。
その間、自分の声が扉を開けた先の部屋で響いた。
身体がジンジンする、初めての痛みだった。
ミミックが初めて号泣してる間、その部屋にいたミノタウロスは困惑しながら取り敢えず食べ物を持ってきた。
少し前にやって来た、冒険者の右腕だ。
おやつに残していたが自分より小さいモンスターが泣いているので仕方ない。
渋々ながら、それを差し出す。
すると、どうだろう。ミミックは泣き止み、それを注目する。
地面にミノタウロスが投げると、ミミックは右腕とミノタウロスを交互に見ていた。
まるで食べていいの、と聞いてくるような仕草にミノタウロスは頷く。
「ミミィー!」
地面に落ちていた右腕を丸呑みしたミミックを見てミノタウロスは元気になった事を確信した。
ミノタウロスとの出会いはミミックの探していた答えの終着点でもあった。
ミノタウロスがミミックに色々と教えたのだ。
「ミミィー!ミミッ!ミックミーク!」
「自分が何か?お前はミミックて言うモンスターだ」
「ミ、ミミック?ミミック?」
「そう、ミミックだ。どうやら進化してるみたいだからミミック亜種みたいだがな」
ミノタウロスはミミックの質問に答えた。
ここがダンジョンと呼ばれる場所であり、獄界ゲヘナと呼ばれる巨大地下ダンジョンだという事。
ミノタウロスがフロアボスと呼ばれるダンジョンの一部である事。
そして、自身がミミックと呼ばれるモンスターであり進化する可能性を秘めたユニークモンスターである事だ。
「ミミーミミッ?」
「何で生きてるのか?難しい事を聞いてくるな……」
「ミミッ!クッ、クッ!」
「俺が生きてる理由?考えたことないな……まぁ、やりたいようにすることかな」
ミミックはそれを聞いて、悩みだした。
自分がやりたい事とはなんだろうか。
生きるとはどういう事か。
答えは暫く出てこなかった。