香り袋
「起きてくださいませ!!!!名もなき君よ!!!!」
「あぎゃぁ!?」
麗らかな日の光がカーテンからこぼれ落ちるこの時に、不相応な叫び声がひとつ。
これが17歳の乙女の声であることは誰も信じないであろう。
「まぶしっ!?ぇ、何!?誰!?何処!?あれ!?痛いっ!!!?っえ、もしかしてやっぱり違くて殺すことにしたとかですか!!!?」
ギュッと傍にあった枕を抱き締めて 、震える体を何とか静める。
「し、失礼しました!!こほんっ…私の名前はポプリと申します。本日よりあなた様付きのメイドという名誉を頂きました。身の回りのお世話をさせていただきます。宜しくお願いいたします!!」
「え、ぇ?メイドさん、?」
「はい。私のことはポプリとお呼びください。」
寝起きで霞んだ視界が少しずつマシになっていくと、そこにはシックなメイド服を着こなすほんわかした可愛らしい女の子が微笑んでいた。
少し長いみつあみが彼女の真面目さを表すがごとく、しっかりと編み込まれている。
私と同じくらいの歳だろうか。
「今日は王に謁見するため支度がありますゆえ、起こさせていただきました。」
「ぁ……そっか、服……………」
…………シルクの寝着だと…?
「あのっ制服、私が元々来てた服はどこに!?」
「…申し訳ありません。私が来たときにはすでにそのお召し物でした。体の傷からも、衣服は相当汚れていたと推測いたします。おそらく、廃棄されたかと…。」
「そ、うですか。」
私と元の世界を繋ぐ唯一の物だったのに。
「……………ぁ、鞄。」
今思えば、学校の鞄を森に置き去りにしたままだ。恐怖で忘れてしまっていた。
「森に行ってもいいか王様に聞かなきゃかなぁ…。」
「森に!?いけません!!少なくなったとはいえ、魔物が出るかもしれませんのに。」
「あははは。魔物とかいるわけないじゃないですか~…………………いるの!?」
「騎士様が巡回していたのは魔物が出ると噂がたったかららしいです。」
私は人間と魔物、両方に命を握られていたのかっ!!
よよよよ良かった!!人間に先に見つかって!!
モップ頭でもピアス野郎でも人間で良かったー!!
私がワナワナしているのを、不思議そうに首をかしげるポプリさんはなんとも愛らしい。
「さぁ支度致しましょう。体は痛むとは思いますが、寝着では失礼にあたります。傷は魔法で隠しましょう。痛みは残りますが、見た目は痛々しくは映らないはずです。」
そういうとパンパンッと手を叩くポプリさん。
「?」
「これで傷は消えました。服を着ても擦れによる痛みはないはずです。うふふっキャロル様は消して差し上げるのを忘れたみたいですね。」
あの人らしいと笑うポプリさんは何食わぬ顔で、服を広げ始める。
当の私はというと、手足にあった沢山の擦り傷がきれいさっぱり無くなっていることに驚いて声も出ない。
「あの、ポプリさん。」
「ポプリと呼び捨てになさってくださいませ。それから敬語もお止めください。立場は私の方が下です。」
「いゃ、でもですね」
「そうしてくださると、私としても助かるのです。」
「うぅ……わかりま……分かった。じゃぁポプリ、質問があるのです、はぃ。」
「…うふふっなんでございましょう。」
「魔法って誰でも使えるものなの?」
「はい。簡単なものならメイドの私でも、子供でも使えます。」
「へぇ~。じゃぁ召喚ともなると誰でも出きる訳じゃないのね。」
「えぇ!!キャロル様は特別でございます。長きにわたり王族に仕えてきた魔術師です。魔法でキャロル様の右に出るものはおりません。」
「長きにわたりって…私とあんま年変わらないよね?」
「いいえ、キャロル様は私の祖母がここのメイドであったときもあの姿です。」
「……………………まぢで?」
「はい。」
なんと恐ろしい。不老長寿はここにあり。
賢者の石ってキャロルが持ってたんだ。
「…じゃぁ、王様ってどんな人?召喚って今までに何回かあったの?私は何で喚ばれたの?っていうか私、何で言葉分かるんだろ!?」
「それは、」
一度決壊した疑問の洪水は、止められなかった。
口が勝手に動き出す。
「それに私なんか喚んだってなんの役にもたたないと思うし、なに考えてるの?半年前に喚んだのに今ここに居るのはなんで?他にも沢山聞きたいことが、」
「名もなき君よ。」
ハッとした。だって凄く困った顔のポプリがそこにいたから。
「メイドの私に言えることには限りがございます。」
「ぁ、そっかごめん。大丈夫。王様に聞けば良いのか。」
「…うぅ…申し訳ありません。」
「へっ!?あぁぁ!!そんな顔しないで~っ!!ありがとう、教えてくれて!一つの疑問が減ったよ。」
私の下手くそなフォローに少し笑顔を見せたポプリは、よしっと気合いを入れ始めた。
「どしたの?」
「今の私にできる、唯一の敬愛の表しかたを今から行います!!さぁ!!痛むでしょうが、お立ちください!!」
「へ?う、うん。」
はいっと立ってはみたがやっぱり痛い。滲みるとかそういうのじゃなくて……こう筋肉痛みたいな肩凝りみたいな…とにかくバキバキだ。
「やはりお美しいです!!腕がなりますわ!!」
「ブッお美しいってナイナイ。ありえない。」
どうみたってポプリの方が美人でしょ~。嫌味とかじゃなく、素直にそう思う。
「漆黒の髪に白い肌…何色が似合うかしら…。」
「いや、ただの黒髪だし、日本人は黄色人種ですよ?」
「あのドレスも良いし…うーん着る方が素敵だと悩むわ。」
「ポプリ聞いてる?」
バッとこちらを向いたポプリの顔はこれでもかというほど晴れやかだ。
嫌な予感しかしない。
「服を脱ぎましょうか、わが君よ。」
「はぃ!?え、ちょ、まっぎゃーーーーっ!!くすぐったいっあひははは!!いい痛い、痛いーっ!?」
「少々我慢ください!!構想はもう出来上がりました!!私の手にかかれば完璧です!!」
「ひぇーーっ!!」
つ、疲れた。
痛みも忘れるくらい疲れた。
………だがしかし、
「ふぇ~……誰だこれ。」
「お似合いですよ!!お美しい!!完璧です。」
鏡の中の私は、いいとこのお嬢様に見えた。凄い。
濃い暗めの紫色のドレスは裾を黒のレースであしらってある。胸元には白い薔薇をモチーフにした大きなコサージュ。それがドレスの暗い印象を消してくれている。
耳にはキラキラと光るクリスタル型のイヤリングが揺めき、髪をアップにし、後れ毛が揺れる肩が出たデコルテにはコサージュのことを考えて敢えて小さめのペンダントが鎮座していた。
うっすら化粧もして、まるで別人。むしろ魔法で顔を変えたのではないだろうか。
それにしても化粧なんて初めてした。女子高生として私は失格だったよ。
私が呆けていると、今までせかせかと動いていたポプリが真面目な顔をして隣に立つ。
「これだけは、覚えておいてください。」
着飾った私の肩にそっと手を添えるポプリは、温かい眼差しで鏡に写る私を見つめる。
「私はどんなことがあっても、貴女の味方です。心は常にあなた様のお傍に。」
その言葉は、じんわりと染み渡ったって私の心を包み込む。
大丈夫…まだ私は頑張れる。
そう、思った。
香り袋っていいですよね。
ポプリ大好きです。




