序文
ふと、思ったことは無いだろうか。『この話には、こんな道しか無かったのだろうか』、『もっと別の展開があったのではないか』などといったことが。しかし、思った通りに物語が変化してはいささか困る。そんな、小さな小さな可能性のもたらすお話
えーと、諸君。平凡な生活と言うものに、憧れを抱いたりはしたことが無いだろうか。
おっと失礼。面倒が嫌いなものだから色々と無視したな。因みに俺は、平凡な人間だと思っていた。黒髪、黒目。一般人に『私は典型的な日本人ですか』なんて街頭アンケートを取ったら全員が『はい』なんて答えることは目に見えている。
とまあ、そんなことは少し前までは当たり前のことだとばかり思っていた。だけど、そんな俺の常識は、ものの見事に覆された。何故そんなことを聞くかと言えば、
「ぬがぁぁぁ!」
絶賛、俺は現在進行形で命の危機だからである。背後に迫り来る巨体。その巨体は、見上げなければいけないほどであり、速度は全速力で走らなければすぐに追いつかれそうな程だ。少なくとも典型的な日本人には該当しないだろう。
「おーい不惑。生き延びられるー?」
妙に間延びした声でそんな声が正面の木の上の方から聞こえてきた。
「要!さぼってないで働け!」
首だけをそっちに向けて怒声を浴びせると、苦笑いをしてから大剣を手にようやく立ち上がった。
「不惑、そこでしゃがんで!」
声のままにその場でしゃがむ。するとそこに振り下ろされる拳。当たる少し手前でその拳が切断されてかき消える。切断したのは赤目、赤髪の親友だ。
「グガアアァ!」
相手が痛みに悶え絶叫したその瞬間、身を無理矢理反転させる。
「こんにゃろう…。散々に人を追い回したお礼だ、こん畜生!」
全体重を乗せて手に持った片刃剣で、残された腕を居合切りで切断する。
「グルァ…ガァアアァ!」
逆上したようなその声に思わず冷や汗が垂れる。
「ありゃ…これってちょいとヤバいかも?」
「三十六計逃げるに如かぁず!」
回れ右して方向転換。脇目も振らずに全速力でその場から逃げ出し、近くの林へと逃げる。
「ホント…敵さん本気でキレてるっぽいね」
「そんじゃ、そろそろこっちも本気で行くとしましょうか!」
森の中心辺りで振り返り、武器を構え直す。
『今だ!』
向こうが接近し、攻撃モーションに入ろうとした瞬間に同時に声を上げる。と同時、上空から何かが飛び、巨体の脳天を殴り飛ばして身体を沈めた。
「ナイス雪!」
雪と言うのは、俺たちと行動を一緒にしているほっそりとした体形に銀髪であり、その名の通り雪の様な女の子だ。そいつは褒められ慣れてないのか、ぷいと顔を背けた。
「ガアァァァァ!」
こっちのちょっとした隙を突いて巨体が蹴り飛ばそうとする。その刹那、どこからか風が吹いてきた。その風は鋭く、蹴り飛ばそうとしていた足が切断される。そのことにより重心が崩され、その場に転倒する。
「悪いけど、あたしたちの仲間に手を出さないでもらえない?」
「…あぁ、困るからな」
木の上に降り立ったのは、仮面で顔を隠した鼻の長い男女二人組だ。男の方はモスグリーン、女の方は淡い朱色の面を被っている。
「よし、これで終わり!」
気楽に近付き、一息にその首を切断するとその姿は露の様に消えていった。
「ホント…こんな面倒なこと、とっとと終わらせたいんだけどな」
溜息混じりにそう言うと、隣にいた赤髪の友人―要凌がニコニコ笑いながら言ってきた。
「ふふふ。面倒から逃げたかったら、要領良くやってこう?」
そう言い、隣にいた女の子―五十嵐雪はポツリと言った。
「何でもいいから、早く終わらせよ…?私もこんなの嫌なんだから…」
渋っていたのを咎めるように口を尖らせる。
「あたしは…その…不惑に会えたから…」
「…風花。頑張れよ」
小声でボソボソ呟く薄い朱色の面の少女に、同じく面―こちらは薄いモスグリーンだが―の少年が慰める。
「んじゃ、帰るか。そろそろ漆羽の奴も待ちくたびれているだろうからな」
不惑がそう言うと、視界がグニャリとひしゃげた。
―こんなことにも慣れたものだ。
そう胸中で呟き、ねじれる視界から目を閉じた。そして、こんなことに巻き込まれた時のことを、何となく思い出してみた。