楽しき悪夢の始まり
「…眠い…」
教室の机に突っ伏しながら、私はぼそりと呟いた。
今日は此処、水上学園の入学式だ。
新入生の私―宮野璃成は今日、柄にもなく新しいクラスを楽しみにしていた為、無駄に早起きをしてしまった。
その所為で寝不足気味である。
「ん…」
眠たい目を擦りつつも上体を起こし、知り合いは居ないかと教室中をゆっくり見回す。
(あ、翔じゃん…また弄って遊べるな。千尋も居るな、やった)
そうぼんやりと考えながら観察していると、一人の女子に目が止まった。
「あ」
思わず声を漏らす。
私の苦手な女子―石田秋を発見してしまったからだ。
石田とは付き合いが長いのだが、どうも苦手である。
最近は誰が格好良いだとか、自分は誰を好きかも知れないだとか…そんな話題ばかりで、正直うんざりしているのだ。
これは面倒な事になりそうだ…と思いながら、目を細めて石田を凝視していると、教室の入り口の方から、足音と共に聞き慣れた声がして来た。
「あれっ、璃成じゃん!
久しぶりー!クラス一緒かぁ!やったね!」
そう捲し立てつつ目を輝かせ、屈託のないのない笑みを浮かべているのは、輪島陸だった。
裏表のない性格で、明るくて気配り上手な上接しやすく、男女共に人気がある人だ。
そんな彼とは、小学校生活六年間を同じクラスで過ごしていて、かなり…と言っても過言ではない程仲が良い。
「久しぶりー、まさかクラス一緒とはね…嬉しいよ
それにしても相変わらず可愛いね!」
「璃成も相変わらずだね…予想はついてたけどさ」
満面の笑みで言う私に苦笑いしつつも、私の一つ後ろの席に座る陸。
それを見ながら、私は椅子ごと陸の方へと向きを変える。
席も近いとは非常にラッキーだ。
そう思っていると、ふざけた声がすぐ近くから聞こえて来た。
「おやおや…陸君に璃成たんではないですかー」
璃成たん、何て言うのは一人しかいない為、顔を見る間でもなく誰かわかった。
西村雅紀だ。
馬鹿で馬鹿で馬鹿だが、意外と暗い話題を真面目に話したりも出来る、一番気の合う奴である。
普段は陸と雅紀と私で居る事が多いが、こちらも結構皆に慕われている。
「馬鹿、たん付けするなって!」
笑いつつも、雅紀と同じくふざけたノリで返す。
「ごめんごめん!
…にしても、まさか陸と璃成がいるとはなー」
「びっくりだよなー、本当に」
「だよねー」
何て他愛もない会話を交わす。
ああ、こうしてゆっくり三人で話すのも久々だ。
―そう思ったのも束の間、いつの間にか着席時間となった様で、チャイムが鳴り響く。
「うわ、もう時間かよ…んじゃ、また後でなー」
「またねー」
「またなっ!」
私と陸がほぼ同時に雅紀へ返すと、雅紀は軽く手を振りつつ自分の席へと戻って行った。
雅紀の背中を見送ると、私は椅子の向きを反転させ、黒板の方へと向き直し、頬杖を突く。
―このクラスで過ごすのが、余計楽しみになってきた。
思わずにやけてしまい、慌てて口元を押さえる。
久々にわくわくしている。楽しみで仕方がない。
だがこれは、悪夢の始まりでもあった。