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March On  作者: awa
8/12

08

 来た道を戻りながら携帯電話を取り出し、ギャヴィンはジャックに電話した。

 頼む。早く。

 心の中でそう祈った。呼び出し音はいつもと変わらないはずなのに、今日、今この時に限って、妙に長く感じた。

 ジャックが電話に応じる。「はいはい」

 ──嫌悪。

 「今どこ?」

 「今? 家だけど」

 ──厭忌。

 「他の部屋行ける? 一人で」

 「うん。ちょっと待って」

 早く。早く。早く。

 少しすると、電話口に彼の声が戻った。

 「──来た。大丈夫。どうした?」

 ──憎悪。

 「今、マシューに誘われて合コンの待ち合わせ場所に行った。グラフラ広場」

 「うん」

 ギャヴィンの心臓はやけに速く動いている。

 「キャメロンが、いた」

 「──まえにつきあってた子? ほんとに?」

 「マシューも確かめた。しかもたぶん、見つかった。どうすりゃいい? 会いたくない」

 この一年、いくらセンター街に来ても、あの女に会うことはなかった。

 「そこらにタクシーは?」

 ジャックにそう言われ、彼はあたりを見まわした。

 「走ってない」

 会うことはなかったがキャメロンは、家や学校にこそ来なかったものの、別れてから約半年ほどは、マシューや他の数人の友人たちに電話やメールをし、どうにかしてギャヴィンに会おうとしていた。

 ジャックが言う。「タクシー見つけたら、それに乗ってうちにきて。バスがあったらバスでも──」

 「ギャヴィン!」

 大声と共に、背後から彼の腕が掴まれた。はっとして振り返る。キャメロンが目に涙を浮かべ、睨むように自分を見ていた。その顔を目の当たりにした瞬間、彼の心臓は止まりそうになった。

 「もしもし? ギャヴィン?」衝動で耳から数センチ離れた電話から、ジャックの声が聞こえた。

 彼の背中に手をまわし、キャメロンは彼の肩に頬を寄せる。

 「会いたかった──」

 ギャヴィンは動けずにいた。振りほどいてしまいたいのに、恐怖に近いものを感じていたせいか、なにもできなかった。

 汚い。

 どうにかして口を開く。「──離せ」

 汚い。

 「やだ!」

 「離せ」

 汚い。

 「お願い! もう、浮気なんかしない。絶対しない。全員切った。もうやめたから──」

 全員とは、なんなのだろう。何人の男のことをまとめて全員と言っているのだろう。

 彼の身体はやっと、抵抗できる状態になった。

 「お前と話すことなんかない」ギャヴィンは携帯電話を持ったまま、腕をほどこうとした。「お前とやりなおす気なんてない」

 キャメロンに対してはもう、汚いという言葉しかない。

 だが彼女は腕を離さない。「約束するから! お願い──」

 女を殴るなどというのは最低だ。だが──。

 「はい、終了」いつのまにか彼女のうしろにいたマシューが、背後からキャメロンの両腕をほどいた。「お前、しつこすぎ」

 彼女は泣きながら彼を見上げる。「離して!」腕を振りほどこうともがいた。「私はギャヴィンと──」

 だが彼は彼女の腕をしっかりと掴んでいる。「黙れ。お前、こいつや俺らにどんだけ迷惑かければ気が済むわけ? 他の奴にはどうか知らないけど、いまだに俺に連絡してくるよな。拒否してるけど履歴は残ってる。非通知もどうせお前だろ」

 ギャヴィンは愕然とした。話に聞かなかったので、もう終わっていると思っていた。

 マシューが続けて彼女に言う。「しつこさには正直、感服する。尊敬もんだ。けどな、わかんねえの? こいつがお前みたいな変態とつきあうと思ってんの?」

 彼を睨みつけ、キャメロンは口ごたえした。「──変態は、あんたのほうじゃ──」

 それでも彼は笑う。「言うな。んじゃどっちが変態か試すか? お前を俺の兄貴のダチのとこ連れてって、そこでお前はマワされる。お前が一度もイかなかったら、お前が変態じゃないってことにしてやる。俺は変態でいいよ、実際そうだし。けどな、さすがの俺でも、お前みたいな女は願い下げ。億もらってもヤらねえ」

 彼女の表情に恐怖が滲む。「──そん──な、の──」

 マシューは冷酷に微笑んでいる。「どっちがいいか選べよ変態。ひとつは、ギャヴィンにも俺にも他のダチにも、今後一切関わらねえほう。プラスお前は、合コンにも行かない。そういう類のもんは一切やらない。このセンター街を歩くこともしない。できるんなら市外に引っ越せ。マジで俺ら、お前の顔見たくねえんだわ。もうひとつはさっき言ったように、お前の大好きな男たちにマワされるほう。言っとくけど、お前ひとりをボロボロにしてそこらの山に埋めるくらいのこと、簡単にやってのける人間だっているぞ。どっちにする?」

 キャメロンは弱々しく首を振る。

 「──や───」

 「想像できるか? 何時間も何日も薄暗い倉庫の中、デカい木箱の上で、布団もなくあれこれお前の好きそうなオモチャ突っ込まれて、見ず知らずの男たちに代わる代わるイかされるんだ。疲れても休ませてもらえないし、腹減ってもなにも食わせてもらえない。口にはテープ貼り付けられて、叫びもできない。ただ涙を流せるだけ。終わった頃には死にかけてるかもな。いや、終わるとは限らねえけど。ってゆーかそれが終わる前に命がなくなってるかもしれねーけど」

 もしかすると、彼女は本当に想像した。そして、小さく声を押し出した。

 「──め──さ──」

 「あ? 聞こえねえよ」

 「も──しま──」

 「聞こえねえっつってんじゃん」

 「──もう──しません───」

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