08
来た道を戻りながら携帯電話を取り出し、ギャヴィンはジャックに電話した。
頼む。早く。
心の中でそう祈った。呼び出し音はいつもと変わらないはずなのに、今日、今この時に限って、妙に長く感じた。
ジャックが電話に応じる。「はいはい」
──嫌悪。
「今どこ?」
「今? 家だけど」
──厭忌。
「他の部屋行ける? 一人で」
「うん。ちょっと待って」
早く。早く。早く。
少しすると、電話口に彼の声が戻った。
「──来た。大丈夫。どうした?」
──憎悪。
「今、マシューに誘われて合コンの待ち合わせ場所に行った。グラフラ広場」
「うん」
ギャヴィンの心臓はやけに速く動いている。
「キャメロンが、いた」
「──まえにつきあってた子? ほんとに?」
「マシューも確かめた。しかもたぶん、見つかった。どうすりゃいい? 会いたくない」
この一年、いくらセンター街に来ても、あの女に会うことはなかった。
「そこらにタクシーは?」
ジャックにそう言われ、彼はあたりを見まわした。
「走ってない」
会うことはなかったがキャメロンは、家や学校にこそ来なかったものの、別れてから約半年ほどは、マシューや他の数人の友人たちに電話やメールをし、どうにかしてギャヴィンに会おうとしていた。
ジャックが言う。「タクシー見つけたら、それに乗ってうちにきて。バスがあったらバスでも──」
「ギャヴィン!」
大声と共に、背後から彼の腕が掴まれた。はっとして振り返る。キャメロンが目に涙を浮かべ、睨むように自分を見ていた。その顔を目の当たりにした瞬間、彼の心臓は止まりそうになった。
「もしもし? ギャヴィン?」衝動で耳から数センチ離れた電話から、ジャックの声が聞こえた。
彼の背中に手をまわし、キャメロンは彼の肩に頬を寄せる。
「会いたかった──」
ギャヴィンは動けずにいた。振りほどいてしまいたいのに、恐怖に近いものを感じていたせいか、なにもできなかった。
汚い。
どうにかして口を開く。「──離せ」
汚い。
「やだ!」
「離せ」
汚い。
「お願い! もう、浮気なんかしない。絶対しない。全員切った。もうやめたから──」
全員とは、なんなのだろう。何人の男のことをまとめて全員と言っているのだろう。
彼の身体はやっと、抵抗できる状態になった。
「お前と話すことなんかない」ギャヴィンは携帯電話を持ったまま、腕をほどこうとした。「お前とやりなおす気なんてない」
キャメロンに対してはもう、汚いという言葉しかない。
だが彼女は腕を離さない。「約束するから! お願い──」
女を殴るなどというのは最低だ。だが──。
「はい、終了」いつのまにか彼女のうしろにいたマシューが、背後からキャメロンの両腕をほどいた。「お前、しつこすぎ」
彼女は泣きながら彼を見上げる。「離して!」腕を振りほどこうともがいた。「私はギャヴィンと──」
だが彼は彼女の腕をしっかりと掴んでいる。「黙れ。お前、こいつや俺らにどんだけ迷惑かければ気が済むわけ? 他の奴にはどうか知らないけど、いまだに俺に連絡してくるよな。拒否してるけど履歴は残ってる。非通知もどうせお前だろ」
ギャヴィンは愕然とした。話に聞かなかったので、もう終わっていると思っていた。
マシューが続けて彼女に言う。「しつこさには正直、感服する。尊敬もんだ。けどな、わかんねえの? こいつがお前みたいな変態とつきあうと思ってんの?」
彼を睨みつけ、キャメロンは口ごたえした。「──変態は、あんたのほうじゃ──」
それでも彼は笑う。「言うな。んじゃどっちが変態か試すか? お前を俺の兄貴のダチのとこ連れてって、そこでお前はマワされる。お前が一度もイかなかったら、お前が変態じゃないってことにしてやる。俺は変態でいいよ、実際そうだし。けどな、さすがの俺でも、お前みたいな女は願い下げ。億もらってもヤらねえ」
彼女の表情に恐怖が滲む。「──そん──な、の──」
マシューは冷酷に微笑んでいる。「どっちがいいか選べよ変態。ひとつは、ギャヴィンにも俺にも他のダチにも、今後一切関わらねえほう。プラスお前は、合コンにも行かない。そういう類のもんは一切やらない。このセンター街を歩くこともしない。できるんなら市外に引っ越せ。マジで俺ら、お前の顔見たくねえんだわ。もうひとつはさっき言ったように、お前の大好きな男たちにマワされるほう。言っとくけど、お前ひとりをボロボロにしてそこらの山に埋めるくらいのこと、簡単にやってのける人間だっているぞ。どっちにする?」
キャメロンは弱々しく首を振る。
「──や───」
「想像できるか? 何時間も何日も薄暗い倉庫の中、デカい木箱の上で、布団もなくあれこれお前の好きそうなオモチャ突っ込まれて、見ず知らずの男たちに代わる代わるイかされるんだ。疲れても休ませてもらえないし、腹減ってもなにも食わせてもらえない。口にはテープ貼り付けられて、叫びもできない。ただ涙を流せるだけ。終わった頃には死にかけてるかもな。いや、終わるとは限らねえけど。ってゆーかそれが終わる前に命がなくなってるかもしれねーけど」
もしかすると、彼女は本当に想像した。そして、小さく声を押し出した。
「──め──さ──」
「あ? 聞こえねえよ」
「も──しま──」
「聞こえねえっつってんじゃん」
「──もう──しません───」