07
一月七日、夜のような夕方。
マシューと合流すると、ギャヴィンは彼と一緒にバスに乗り、センター街へと向かった。ムーン・コート・ヴィレッジ前のバス・ステーションで降り、合コンメンバーとの待ち合わせ場所まで歩いていく。
彼らの地元はケイネル・エイジという、センター街の西隣に位置する町なので、行こうと思えば自転車でも行ける距離だ。だがマシューは、中学に入学してしばらくしてから、自分で自転車を運転しなくなった。ダサいという考えと自分には似合わないという考えかららしい。ベネフィット・アイランドではIDカードを提示すればバス料金が無料になるので、自転車に乗って自由に動きまわりたいというのでなければ、移動手段はバスでかまわないのだが。
合コンは四対四だという。男は彼とマシューで二人、あとは同じ高校の同級生二人が来る。ただ、ギャヴィン的に気に入らない問題があった。待ち合わせ場所が十代の遊び場、グランド・フラックスの広場だということだ。簡単に予想できたことではあったが、なぜよりによって、と彼は思った。あの場所で去年の大晦日、マリーと(友人のタイラー、アニタも一緒にいたが)一緒に年越しをした。同じグランド・フラックス・エリアでも他の場所ならまだ許せたものの、なぜあの広場なのだろう。彼の中には後悔が積み重なっていくだけだった。
「今日のこと、ライアンに言った?」歩道を歩きながら、ギャヴィンはマシューに訊いた。
「いや、言ってねえけど。なんで?」
自分がマリーのことを好きになっていることに、ライアンは感づいている。こんなことを知られれば、彼女になにを言われるかわからない。
「頼むから言うな」と、彼は人になにかを頼むではない態度で頼んだ。
「べつにいいけど」とマシュー。
「ごめん」
ギャヴィンは不思議に思っていた。ライアンはどれだけ勘がいいのだろう。最近はそれを前提で会話をされるようになっているが、それまではなにも言っていなかったはずだ。態度に出した覚えもない。冬休み前にマリーと知り合って、いい子だなと思っていて、数日後のクリスマスは、失恋したばかりの彼女とライアンを含め数人で遊んだ。そこでもやはりいい子だな、という程度だったはずだ。確かに自分の求める条件──のようなものをクリアしているという点は、大きく働いたが。
クリスマスのあとふたりきりで会おうと彼女を誘った。その時点では、恋愛対象として好きだというより、もっと知りたい欲のほうが勝っていた。大げさに、少々イヤな言いかたをしてみれば、口説いていい相手なのかを見極めようとしていたのだろう。友達としてという言い訳も、なんの躊躇もなく自分から言えた。
もうひとつ理由があるとすれば、浮気されるとか、相手の自分への気持ちがわからない恋愛をして傷ついたという点が自分と同じだったので、慰めや気分転換になればと思っていた。ただこれについては、マリーはこちらが思っていたよりも気にしていないらしかったので、失敗というか、意味がなかったというか、自分などいらない状態だったのだが。
そしてそのあと、そのふたりきりで会うというのを、たった三時間程度で終わらせてしまったことを後悔した。あとそのその時、よくライアンのことを話すな、と思った。その時はほとんど気にならなかったが。
数日後の大晦日、彼女に会った。その時はカウントダウンイベントというだけでなく、ライアンからの紹介で知り合いメールと電話だけをしていた友人のタイラーとアニタの初顔合わせも兼ねていたので、ほぼ当然のように二人に話をさせるというのが目的のひとつになり、なので自分はマリーと話すことになった。そこでどんどん、彼女の口から出てくるライアンの名前に反応するようになった。おかげで、もう好きになりかけているのだと気づいた。それでもまだ、抑制できる状態だった。
嫉妬が本格的になったのは年明けからだ。ライアンが言っていた、マリーは昔彼のことを好きだったという話を考えはじめたこともあり、年明けでお互い親戚の集まりに参加している時でも、それなりに連絡をとっていたので、彼女の口からライアンの名前が出るたび、苛立つようになっていた。気づけば次はどうやってふたりきりで会えるよう誘おうかと考えている。彼女の気持ちがよくわからないので、あまり強引にはいけないのだが。
ギャヴィンが再びマシューに訊く。「お前寒いの嫌いなのに、なぜか合コンとデートには出かけるよな」
「デートっつっても家かホテルだし。そしたら温もるし。アホみたいに買い物とか映画とかはめったに行かねえけどな」
「買い物がアホって。どんなだよ。たまには普通のデートしろよ」
「無理。無駄に金使うだけだし。あれ買えだのこれ買えだの、十七歳になに言ってんだっていう」
「お前の経験年齢、すでに二十三くらいだろ」どれだけの女をたらし込んでいるんだか。「っていうか相手、誰?」
「冬休み前にナンパした女。自称十七歳。高校行ってないらしいけど。暇だし合コンでもするかっつって」
まさかナンパだとは思わなかった。それよりも自称というのが気になる。実は十八歳だったりするのか? 三十二歳だったり?
「そういやお前、姉貴をナンパしたことあったよな。高校入ってすぐの頃だっけ」
マシューが笑う。「あったあった。たまには年上いくかとか思ったら、ジェイドなんだもん。マジでビビッた。すげえ説教されたし」
「俺も家ですげえキレられた。十六にもなってないケツの青いガキがナンパとかすんなとか言ってた。その場にいなかったのに、なんで俺がキレられるのか意味わかんないんだけど」
「だから、悪かったって」
広場の外側の歩道、マシューは足を止めた。柵の内側にある木の陰から広場の中を見まわす。ベンチに座っている四人の女を見つけた。
「あ、あれじゃね? 女四人がベンチに座ってる」
ギャヴィンは彼に半分隠れるようにして、彼が示す先を見た。顔がよく見えないのだが、おそらくそうだろうというグループは見つけた。だが。
「──なんか、半端なくイヤな予感がする」彼はつぶやいた。
「あ?」
「右から二番目。横向いて喋ってる。コートに見覚えがある」自分が知る中で、いちばんイヤな女。というか、汚い女。「キャメロンのような気がする」
一歩踏み出し、マシューは目を細めてその顔を確認しようとした。
「──まさか。コートなんていくらでも──」
女がふいに、彼らのほうを見た。
「やべえ」マシューが一歩退く。「今、目合った。気がする。奴だ、たぶん。ちょっと待て、立った。こっち来る」
すでに彼に隠れていたが、ギャヴィンにとっては最悪だった。「とりあえず、俺、帰っていい?」
記憶が、蘇る。
「いい。とりあえず、できるだけ引き止める。俺も狙った女だけ連れて帰る。あとで電話する」
本来ならいろいろつっこむべきとろだが、彼にはそれすらどうでもよかった。
「頼む」
向きなおり、ギャヴィンは来た道を、来た時よりも早足で戻った。
イヤな感覚が、蘇る。