02
マリーを送ったあと、ギャヴィンはバスを乗り継いでケイネル・エイジにある自宅へと戻った。
自室に入ると、明かりもつけずに上着だけ脱ぎ、ベッドに倒れこんだ。目を閉じる。
疲れた。楽しかったが、疲れた。
やっと、一年。やっと、この子ならと思える女の子を見つけた。だがその子は、男友達の話ばかりする。なにもないのはわかっている。ライアンたちと遊ぶ時、自分とセットのようになっていることを嫌がってはいないのだろうというのもわかる。肉まんにもつきあってくれる。ライアンのほうが先だったわけだが。
ライアンに聞いた話だと、マリーは中学の時、少しのあいだ、彼のことが好きだったのだという。彼女からではなく、彼から聞いた話だったので、最初は自信過剰からくる考えすぎではないのかと思った。しかし見ていてなんとなく、あながち間違いではない気がした。おかげで嫉妬して、早くも彼女のことを好きになっているのだと実感した。
同級生ということもあり、存在はなんとなく知っていたものの、まともに知り合い話したのは冬休みに入るまえだった。なので、言ってみればまだ知り合ったばかりだ。
クリスマス、ベネフィット・アイランド・シティのショッピングの中心地であるセンター街でイベントがあった。いくつかの場所で、センター街を流れる川からボートに乗った数人のサンタクロースたちが、地上に向かってクリスマスプレゼントを投げ配るというものだ。ふたつのプレゼントがワンセットになっているのだがそれには、カップルもしくは友達が受け取ると、ずっと仲良く一緒にいられるだとかいう伝説がある。
そのイベントに、マリーやライアンたち、六人で行った。運よくプレゼントみっつを受け取れ、そのうちワンセットをマリーとふたりで開けた。中身はブルーとピンクの勾玉ストラップだった。高確率でカップル用だ。おかげでどうすることもできず、箱にしまったままだ。
こちらとしてはつけてもいいものの、マリーに悪い気がした。開けた時に反応に困り、とりあえず置いておこうという話になったこともあってか、彼女も携帯電話にはつけていない。
こちらは、やっと一年経った。だがマリーは、つきあっていた男と別れてからまだ、二週間ほどしか経っていない。さすがに、告白には早すぎる気がする。別れた男のことは気にしていないようだが──もしかするとまた、ライアンに気持ちが戻ったかもしれない。ライアンにはレナがいるし、マリーはタイプではないと彼もはっきり言っているので、どうにもならないだろうが──仮に自分がマリーとつきあえるとしても、早すぎる気がする。
テーブルの上で携帯電話が鳴った。着信だ。ギャヴィンは身体を起こした。着信ランプを頼りに携帯電話をとる。電話をかけてきたのは地元の同級生で同じ高校に通うマシューだった。
彼は唐突だった。「よ。お前、明日暇?」
「なに?」
「合コンあんだけど、行かねえかなと思って。予定してた奴が一人ダメになって」
ギャヴィンは返事に困った。「──いらない、かな」好きな女の子がいる。
「あれ、オンナできた?」
「できてない。いない。まっさらフリー」意味不明。
マシューが笑う。「じゃあいいじゃん。最近カップル増えすぎて、誘える男がいないんだよ。ライアンに電話したんだけど、今取り込み中とか言って切られたし」
おそらく今頃、よろしくやっている。「あいつ、レナとつきあうって」
「は? あのレナ? マジで? なにがどうなってんの?」
「さあ。俺もよくわかんないけど」
「へえ。まあいいや。微妙だったらすぐに帰っていいから。一応人数合わせといたほうがいいだろって話」
そんなことを言われても。「それ、顔見て即座に帰るのもアリ? ごめん、急用がーとか言って」
「どんなだよ。まあ一応顔見せてくれれば、あとはいいけど。どうせ最終目標はふたりっきりだし。んじゃ明後日の夕方五時半、いつものとこでな」
まさかの即日デザートコースらしい。「はいはい。じゃな」
電話を終えると、ギャヴィンはまたベッドに寝転んだ。
顔を見て即帰ってやる、と決意する。そしてはっとした。またもライアンの後釜として誘われた。自分はまたライアンの影武者なのか。彼を中心に世界がまわっている気がする。そんなわけはないはずなのに。
ノックされ、部屋のドアが開いた。
「あれ、ギャヴィン?」彼の姉であるジェイドだ。
「なに」
「ああ、びっくりした。いないのかと思った。電気もつけないでなにしてんのよ。あんたの姿、よく見えないんだけど」
「そっちのシルエットも怖いっつの」彼女の姿は、廊下からの明かりの逆光のせいでよく見えない。「で?」
「ママが、シャンプー買ってきたから取りに来いって」
「なんで持ってきてくれねんだよ」
「めんどくさい」
衝撃だ。一階から二階にきたのだろうに、なぜそこにシャンプー約四百グラムを持ってあがるのが面倒になるのだ。
「もういいよ、俺もめんどくさい。姉貴の部屋のシャワー使うから」
「それしたらぶっ殺す」
彼は素直だった。「嘘ですゴメンナサイ」
「んじゃねー」
ギャヴィンは身体を起こし、部屋のドアを閉めかけたジェイドを呼び止めた。
「なあ」
彼女が振り返る。「なに?」
「好きな子がいるのに合コン行くのって、変じゃね?」
「変」即答だった。
「それは、ダメなの?」
そう訊くと、彼女は戸口にもたれて腕を組んだ。
「べつに、ダメってわけじゃないでしょ。つきあってないわけだし。でもその好きな子に対しては、誠実とは言えない」
そのとおりだ。「んじゃその好きな子が、他の男を好きだったりしたら?」
「んー。相手が誰を好きだろうと、関係ないと思うけど。いちばん大事なのは、相手への気持ちが誠実かどうか。相手が他の男を好きで、その子のことを忘れるためにとか、そういうのならしかたないとも思う。でも、仮に自分を気に入ってくれた合コン相手がいたとしたら、その子からすれば、それは嫌な話。しかも他の男を好きだっていうのが勘違いだったとしたら、好きな子が自分のことを好きだったとしたら、信頼は一気になくなる」
訊いてもいないことまですらすらと言われたので、ギャヴィンの心は折れそうになった。
「んじゃ、頼まれた合コンだったら? どうしてもって」
「ああ。女からすれば、頼まれたとかなんとかっていうのは、言い訳でしかないんだけどね。まあけっきょく、自分にできるのは、合コン相手をその気にさせないことかな。その好きな子に、“こういう合コンだった”って話せるくらいなら、べつにいいんじゃない?」
その場合、話すほうにも勇気がいるような。「さすが、合コン女王は意見が素晴らしい」
「殴るわよ。さっさとシャワー浴びて寝ろ、ガキ」
四歳しか変わらない。