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March On  作者: awa
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 コンビニの前にある細い路地を入って公園へと歩きながら、ギャヴィンは携帯電話を取り出した。だが彼女の電話番号を表示したところで、またも躊躇した。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。発信ボタンを押せば、電話が繋がる。でも、なにを話せばいいのかがわからない。欲にまかせてこんなところまで来たはいいものの、あんなまぬけな話を聞かせられるわけがない。

 キャメロンに対してはもう、嫌悪や憎悪というマイナスな感情しかない。それでもその反面、思い出すたびに自信がなくなる。もともとライアンほど自信過剰なわけでもないけれど、そうではなく、ひとりの人間としての自信がなくなる。考えれば考えるほど、なにが悪かったのか、なにが間違っていたのか、さっぱりわからなくなる。

 気づける部分はあったはずなのに、決定的だと言える証言が出るまで気づかなかった。

 違う、気づこうとしなかった。信じたかったから。知りたくなかったから。見たくなかったから。

 それでも、頭の中ではわかっていた気がする。男にだって、直感くらいある。だがそれを直感だけで問い詰める力は、持っていなかった。けっきょく半端に疑って、うまくかわされていた。

 いつのまにか、ギャヴィンは公園に着いていた。ちょうど夕食の時間だからか、公園にもその周囲にも、誰もいない。

 公園に入ると、彼は以前マリーと一緒に座ったベンチに腰をおろした。携帯電話を手に持ったまま、立てた脚に両腕を乗せ、顔を伏せる。

 キャメロンのことは、本気で好きだった。顔立ち、笑顔も、声も、仕草も、話しかたも、考えかたも──ときどきくだらないことで言い合うことはあったけど、すぐにどちらかが折れ、喧嘩というほどのものには発展しなかった。そういった点でも、彼女のすべてが自分に合っていると思っていた。

 つきあって二ヶ月ほどが経った頃か、彼女が携帯電話を見せろと言ってきた。呆れはしたものの、そこまで気にはしなかった。やましいことなどなかったからだ。女友達にまでどうこうという嫉妬があれば話は変わっていたかもしれないけれど、キャメロンはそこまで嫉妬深いわけではなかった。

 だけどそのチェックが、自分の知らないところで──つまり盗み見として、それも頻繁に起こるようになったこともあり、ついに耐えかねて、彼女の携帯電話を勝手に見ようとした。だがロックがかかっていた。見せろと言っても、うまく理由をつけて断られた。それ以上追求はしなかったものの、小さいながらもその時には、自分の中に疑うという感情が生まれていたのだろう。それから少しずつ、それが大きくなっていった。それなのに、気づかないふりをしていた。

 そして、友人からの証言があった。ついにキャメロンを問い詰め、証拠とも言えるメールの宛先の履歴を掴んだ。彼女も認めた。

 本気で好きだった女を、あれほど毛嫌いするというのは、汚いとまで思うのは、よっぽどだ。キャメロンと別れたあとは、マシューにつきあってもらって、性病検査にまで行った。幸いどちらもシロだったが。

 だからといって、心の傷が、痛みが、嫌悪感が、喪失感が、絶望が、消えるわけではない。

 それどころか、別れてからしばらくは、自分の身体がとんでもなく穢れたように感じていた。自分の部屋までも汚く思え、部屋にあるものもすべてが汚く思えて、ゲストルームと自室を取り替えてもらった。両親に頼み込んでベッドやソファを買い替え、なにげに貯めていた貯金のほとんどを使って、キャメロンがよく触っていたものの多くを捨てて、買い替えたりした。かなり病的だった。

 周りのおかげで、どうにか立ち直ったけれど。

 こんな自分が、マリーを好きになどなってもよかったのかと疑問に思う。

 彼女のどこが好きかという理由に、今なら、いい子だとか、おもしろいとか、話が合うとか、そういったありきたりの、だが本当にそう思っている言葉を並べられる。けれどそもそものきっかけは、浮気されて傷ついた子だから、浮気はしないだろうという考えからだった。本当に、自分勝手でしかない。おそらくマリーはそんなことを自ら訊くタイプではないものの──きっかけはなんだったのかと訊かれれば正直、返事に困るような気もする。考えすぎかもしれないけれど、姉のジェイドの言っていた“誠実”というのが、いきなり貫けていない気もする。

 そんなことをいつまでも考え続けるギャヴィンの手の中で、携帯電話が鳴った。突然だったので少々驚いた。顔を上げ、開いたままのそれを確認する。

 マリーからだ。

 さすがに焦った。なぜこのタイミングなのだ。応じるべきなのか。なにを話せばいいのだ。こんな状態なのに。

 それでも無視するわけにいかず、彼は電話に応じた。

 「もしもし? ギャヴィン?」

 いつものマリーの声に、彼は心底安心した。彼女の声が好きだ。「うん」

 「なんか、ジャックから電話があって。電話がないなら電話してって」

 口元が少々引きつる。あのやろう。「うん。ごめん」

 「どうしたの? 近くにいるの?」

 そこまで言ったのか。「うん。このあいだ来た公園」

 「じゃあ、行ってもいい?」

 マリーはやさしい。「うん」

 「わかった。すぐに行く」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「ギャヴィン」

 マリーに呼ばれ、彼は顔を上げた。本当にすぐだ。おそらく、電話を切ってからほんの二、三分しか経っていない。

 彼は今もベンチに座ったままだったが、すでに脚をおろしている。「ごめん、なんか」

 「ううん」マリーは彼の右隣に座った。「大丈夫?」

 「うん」

 いきなり嘘だった。大丈夫なはずが、平気なはずがない。誰かをありえないほど嫌いになると、自分までも嫌いになる。その人間を好きだった自分を、受け入れていた自分を、嫌い、怒り、憎みたくなる。

 そんな現実から逃げたい願望のほうが勝っているからか、彼は彼女に切りだした。

 「ちょっと、肩、借りていい?」

 瞬間、マリーの顔が真っ赤になる。「ええ? ──いい、けど」

 「ごめん」

 彼女の肩に頭をあずけ、ギャヴィンは目を閉じた。落ち着く。電話でもそうだが、マリーの存在を身近に感じられる時は、とても穏やかな気持ちになれる。安心していられる。──さすがに先日の雪は、少々きつかったけれど。それでも一緒にいると、心臓がドキドキする。特にふたりきりの時。

 少しの沈黙のあと、ギャヴィンは半端な言葉でマリーに訊いた。

 「──今、つきあう気、ある?」

 「え」

 「CD買いに行くとかじゃなくて、肉まんにつきあうとかでもなくて、ランチにつきあうとかでもなくて。男とつきあう気、ある?」

 「──あ、る」

 少々驚いた。「早すぎとか、思わない?」

 彼女は少々口ごもった。「ん──思ったけど、ライアンが、人を好きになる気持ちはどうしようもないものだし、条件とか理由とか、つけなくていって言ってくれて」

 ライアンらしい言葉だ。納得もできる。一年経っても自分のように、ぐちゃぐちゃな気持ちが戻ってくることもあるのだから、けっきょく恋愛には、というより人間の感情には、理屈では語れないものがある。

 「そっか」

 「ん。──あ、また、雪」

 ギャヴィンは目を開けた。目の前を、小粒の雪がまた、空からひらひらと舞い降りてくる。

 昔は、雪が好きだった。

 「──訊きたいんだけど」

 「うん」

 なのに雪が、嫌いになった。

 「センター街、嫌な思い出がいっぱいだと思ってたのに、そうでもなさそうだよね。なんで?」

 マリーが答える。「ああ──だってクリスマス、みんなのおかげで、楽しい思い出がいっぱいできたもん」

 なるほど、と納得した。

 彼女が続ける。「私にとってセンター街はもともと、友達と遊ぶ場所だった。それが、ひとりのアホ男のせいで、ものすごく嫌な場所になった。──でも、みんながクリスマスとか、一緒に遊んでくれたおかげで、そんなのもう、どうでもよくなった。もちろん、あなたもそう。記憶の上書き。思い出さないって言ったら嘘になるけど、でも、楽しい思い出のほうが圧倒的に多い」

 記憶の、上書き。

 雪の思い出を、楽しい思い出に。幸せな、思い出に。

 ギャヴィンの頭の中に、あの歌の歌詞が浮かんだ。

 “今こそ前を見て進むんだ”

 そして、彼の口元はゆるんだ。「──マリー。好き」

 「──え?」

 身体を起こし、彼女の視線を受け止めた。

 「早すぎる気はするけど、そう思ってたけど、でも、好きだ」

 一瞬にして、マリーの目に涙が浮かんだ。

 ギャヴィンはぽかんとした。「なんで、泣く?」

 視線をそらすと、今度は口元を手で覆って笑った。

 「ごめんなさい、驚いて。最近、感激屋なの」

 意味がわからない。でも感激というのは、いい言葉だ。

 彼女は涙を拭き、改めて彼に微笑んだ。

 「私も、あなたのことが好き。すごく」

 ジャックの言ったとおりだ。ライアンは鋭い。あの推しは、どちらか一方のためではなく、自分たち両方のためだった。

 ギャヴィンは右手でそっと、マリーの頬に触れた。寒いのに彼女の頬は温かく、思わず泣きそうになった。

 「──キス、していい?」

 彼女はずっと頬が赤いままだったが、彼に笑顔を返した。「うん」

 そして互いに引き寄せられるように、ふたりはキスをした。

 ギャヴィンにはなぜか、なんの音も聞こえなかった。遠くで走る車の音も、近所の家から聞こえてきてもおかしくない笑い声も、なにも聞こえなかった。

 ただ自分の頬や手に落ちては溶ける雪が少し冷たくて、自分の心臓がかなり速く、大きく動いていて、その音が、マリーにまで聞こえてしまっているのではないかと思った。

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