01
一月五日、夜の二十時すぎ──ベネフィット・アイランド市内のウェルス・パディという町の住宅街を、ギャヴィンは同じ高校の同級生であるマリーと一緒に歩いていた。
今日、同じ高校の悪友であるライアンたちに誘われ、彼らは市内南にあるデイ・ピーク・ブロードパークこども広場というところに行った。八人で散々遊んだあと、近くにあったダイナーで夕食をとり、そろそろ返ろうかとバスに乗った。センター街へと向かうバスを途中で降り、マリーをウェルス・パディにある彼女の自宅まで送っている。彼らはひと気のない二車線の通りにいた。
ギャヴィンの右隣を歩くマリーが言う。「でもよかった、ふたりがつきあうことになって」
「けっきょくかよって感じはするけどな」と彼。「っていうか、なんで帰りにあんなところでバス降りてんだって話なんだけど」
幼馴染みらしいライアンとレナは、よく一緒にいながらも、ずっと犬猿の仲といったふうな態度をとっていた。なのになぜか今日、それもデイ・ピークの公園で遊んでいるあいだに、つきあうことになったらしい。それはいいものの、みんなに隠れてイチャついていたふたりは、公園からの帰り、どちらの地元とも関係のないところで、揃ってバスを降りた。どこに行くのか、目的がばればれだ。早すぎる。
彼女が笑う。「でもあのふたり、お似合いだと思ってたから。嬉しい」
ギャヴィンは答えず、空を見上げた。昼間は晴れていたのに、今は曇っている。一月だから当然ではあるものの、寒い。今にも雪が降りそうだ。
彼女の言葉に、彼は違和感を感じた。「──肉まん、食べたい」
空を見上げたまま言ったので、自分の吐息が白くなっていることがすぐにわかった。それもすぐに消える。
「いいね。食べたい」
マリーの反応は微妙なものだった。こちらとしては誘ったつもりなのだが、どちらなのだろう。
わからず、彼は質問した。「コンビニ、ある?」
「そこの角を曲がれば」
これもまた、微妙な反応だ。やはりはっきり言わなければわからないか。「食べるの、つきあってくれる?」
彼女が笑顔を返す。「もちろん」
「よかった」彼は安心した。そこに意味があるのかはわからない。「断られたら、買った肉まんを家に帰ってレンジでチンして、ひとり寂しく食べるとこだった」なんという虚しい光景。
彼女は笑った。「わかる。どうしてかな、肉まんて、ひとりで食べるとおいしくない」
「ああ、わかる」そう思ったことがある。「どこか食べるとこ、ある?」
「あるわ、公園が」
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コンビニ肉まんをひとつずつ、それとホットドリンクを買うと、彼らはコンビニの向かいの狭い路地を入って少し歩いたところにある小さな公園に行った。並んでベンチに腰をおろす。ギャヴィンは袋から肉まんを出し、右隣にいるマリーに渡した。
「前にライアンとここで、肉まんを食べたの」彼女が言った。
また、“ライアン”。
「デート?」
「違う」
即否定のそれに、彼はなにも言葉を返さなかった。ひとまず肉まんを食べる。
彼女が説明する。「このあいだ別れた人とのことをね、電話で相談してて。やりなおしたばかりの時。それで、私が泣いたり怒ったりした時のことを考えてくれたみたいで、肉まんを口実に」
ギャヴィンは少々ショックを受けた。バカなはずのライアンは、なぜかやることがいちいちキザだ。考えなしの単純暴走タイプなはずなのに、おそらく彼女が話しているその時のことも、ただの思いつきに違いないのに、なぜ行動がそんなにクールになるのだろう。
肉まんを食べ、彼はまた質問を返した。「で、泣いたの?」
彼女も肉まんを一口食べた。「泣いた」
まさかの答えに、彼はさっそく後悔した。「ごめん」
マリーは笑った。「ううん。もう、終わったことだし。そのあと、もっと情けない姿見せてるし──」
おそらくクリスマスのことを言っている。「電話で泣いて助けを求めたっていう?」しかも深夜にホテルから。
「そう。友達に見せるあれ以上の恥、ない気がする」
“友達”。
「でもあいつは、恥だなんて思ってないよ」
ライアンは、マリーは自分の大事な友達だと、ギャヴィンにもはっきりと公言している。彼は基本的に裏表があまりない性格なので、本気でキライな人間と無理してつきあおうとはしないし、いい人間を振る舞うために愛想よくしたりもしない。思うことがあれはほとんどは本人にはっきりと言うし、誰のことをどう思っているかも、本人や周りに言うことがある。
「──うん。そうだと思う」マリーはベンチに両脚を立てた。「でも、みんないたわけだし。ジャックとか、ジェニーとかレナとか」
「それは確かに、ちょっとな。気まずい」肉まんを半分ほどまで食べたところで一度置き、ホットカフェオレの入ったペットボトルの蓋を開けて飲んだ。また蓋を閉める。「でももう、さすがに六人とか八人とかでは、遊びづらいかな」
「そうだね。なんか、悪いし」
彼は再び肉まんを食べはじめた。「やっと静かになる。最近は特に、しょっちゅうライアンと遊んでたから。ジャックがジェニーとつきあいはじめてからずっと」
今度は彼女が質問を返す。「ギャヴィンはあんまり、みんなで遊ぶの好きじゃないの?」
「んー、キライなわけじゃない。っていうか、どっちかって言うと好きだけど。たださ、ライアンといると、どうしても騒ぐ感じになるんだ。ほら、終業式の日とか、あんな感じ」
思い出したらしく、彼女は笑いながら納得した。「ああ」
「あれさ、その時はその時で楽しいんだけど。終わったあとはすごい疲れるの」しかも最近は、チビだチビだとさらに言われる。
「じゃあジャックとは? 普通に話す?」
彼は肉まんを食べ終えた。「うん。ジャックと二人ならああはならない。タイラーとはたまにふざけるけど、ライアンといる時がいちばんうるさくなる」
「でも二人の会話、すごくおもしろい。スイッチが入ったら止まらない感じ」
周りからもよく、そう言われる。「あいつはともかく、あいつがいなかったらわりと普通なんだけどな、俺。なんなんだろ」
曖昧な返事をし、ギャヴィンはまたカフェオレを飲んだ。ライアンとは、高校一年のこの時期、一時期的にではあるものの、仲が悪かった。よく覚えていないが、それをあからさまに態度に出していた気がする。彼といてうるさくなるのは、その延長ともとれる。
「魅力? ライアンの力?」
マリーが言い、彼は苦笑った。「だろうな」魅力というかたを自分が認めてしまうのはなんだか不気味な気もするが、確かになにかある。
肉まんを食べ終えたようで、彼女も笑ってココアを飲んだ。
ギャヴィンは右肘をベンチの背につき、自分の頬を手に乗せた。彼女に訊く。
「っていうか、肉まんにココアって、どうなの? すごい組み合わせなんだけど。」
蓋を閉めながら彼女が笑う。「そうよね。でもココア、好きなの。で、肉まんも好き。どっちかのためにどっちかを捨てるなんて、できない」
彼は笑った。「大げさ」やはり彼女はおもしろい。
「ああ、でもね」脚をおろして身体を彼のほうに向ける。「まえ、ライアンとここにきた時。ピザまんと肉まんをひとつずつ買って、その時もやっぱり、ココアだったの。で、アイス食べたいって彼が言って。そこからカキ氷の話になったのね。しかもメロン味がおいしいって、私が言って。肉まん食べてピザまん食べてメロン味のカキ氷の話したあとだったから、そのココアがすごくまずかった」
ギャヴィンは顔をそむけて笑った。「絶対まずい。絶対だめ」それでもやはり、またライアンかと思ってしまう。
「それでね、まだ続きがあるの」
「うん」
彼女は楽しそうだ。ライアンの話をしている時が、いちばん楽しそうな気がする。
「次の日学校でアニタに聞いたんだけど、その日の夜、ライアンが彼女に電話したらしいの。それでアニタが、メールが止まってたあいだ、なにしてたのって訊いたら、“カキ氷みたいに上半身がメロン色した宇宙人に遭遇して、ピザまんと肉まん取られて、深刻な恋愛相談されて、アイス奢らされた”って言ったらしいの。しかもその宇宙人、手にココア持ってたって」
「マジで? つまり君ってこと?」
彼は笑いながら、その宇宙人の姿を想像した。ライアンの笑いのセンスは好きだ。
マリーも笑う。「そう。私なの。メロン色した宇宙人」
「ひどいな」
「しかもね、アニタがその宇宙人の姿を想像して、紙に絵を描いたの。それを授業中にまわしてくるのよ。二人で必死に笑いをこらえて、その紙をクラスの他の子にもまわして、みんなで授業中、クスクス笑ってたの」
笑いが止まらず、ギャヴィンは身をよじった。
「わかった、もうわかった。笑いすぎて苦しい。やめて」
「三時限目だったかな? その時には、先生に呆れた目で見られてた」
「わかった。わかったって」
彼はどうにか笑いを落ち着かせた。ライアンは、そこにいなくても笑わせてくれるので、なんだかんだで憎めない。
「あ、そうだ」マリーは脇に置いていたバッグからなにかを取り出し、彼に差し出した。「おすすめ」
彼は受け取った。CDだ。どうやら朝からずっと、持っていてくれたらしい。
「ありがと」
「これは男の人のバンドだから、まえのより訊きやすいと思う。パンク・ロックだし」
「へえ。楽しみ」
ギャヴィンが知っている曲といえばほとんどは、ときどき観る音楽番組で流れるものか、テレビCMで期用されているものだけだ。だがマリーは、けっこうマニアックな、彼女いわくインディーズバンドの曲を知っている。
彼はCDをジャケットのポケットに入れた。隣でマリーが空を見上げる。
「あ、雪」
彼も空を見上げた。少しだが、雪が舞い降りてくる。
「ほんとだ」
緊張と肉まん、それに大笑いしたおかげで、身体は温まっている。でも、今夜は冷える。昔は好きだったが、今の彼は、雪が好きではない。
「レナとライアン、まだ一緒にいるかな」彼女が言った。
「さあ」どうせホテルにいるのだろうから、気づいている可能性は低い。「あいつらに雪は似合わないけど。特にライアン」
「そう? 恋人同士はたいてい、雪が似合うと思うけど。私はともかく」
──恋人。「でも、雪が降る中、別れるカップルもいるからね」彼自身が、そうだった。
「──ん。でも、クリスマスに別れるのも、どうなんだろう」
「そりゃ──」どうなのだろう。「ホワイトクリスマスじゃなくて、よかったわけで」
マリーは笑った。「それは言えてる。そうね、よかった」
「うん」やっと、一年経った。「──帰ろっか」