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第9話 “異人”の存在

 だんだんと辺りも暗くなり始めた。

 彼女が来た時には既に傾きかけていた太陽は、今ではもうその姿の半分程を地平線に沈めていた。


 陽が落ちる。


 街の中に街灯などという便利な物は無い。街のあちらこちらで篝火が焚かれ始めているが、所詮気休め程度でしかない。

 太陽が完全に沈めば、現代日本とは比較にならない程に圧倒的な闇が街を覆うだろう。


 俺とダンさんは、そうなる前に宿を取る事にした。


「ヘイル君、すまないがあまり予算は無い。泊まるだけの安宿になると思うが我慢してくれ」

「構いませんよ、気にしないで下さい」


 ダンさんは申し訳無さそうに謝ってくれるが、それは仕方ないと理解している。


 元々一泊はする予定だったので、一応お金を少しは使って良いと言われている。

 しかし今の予算では個室で休む事は出来ない。安宿の大部屋で雑魚寝せざるを得ないだろう。


 そして今来ているのが“風葉の音鳴(おとなり)”。看板に日本語で書いてあった。


 ちなみに見た目は酷い。壁の所々に穴が開いてるし、窓の殆どは割れている。

 たぶん“風葉の食事処”の隣にあるから、ってダジャレ的に付けた名前なんだろうけど、実際その名前に違わず、風が吹き抜ける音が鳴り響いてるからシャレにならない。


 まあそれと見合うぐらいの安さだったから文句は言えないけど。


 “風葉の食事処”で腹を満たした後、“音鳴”の方で入口から少し離れた場所に陣取る。

 通された大部屋はおよそ100人近くは入れそうなスペースがあったが、入っている人数は50人程だった。おかげで寝転べるだけの余裕が出来ている。


 背負っていた荷物を置き、編み目の荒い薄布を床に敷く。お世辞にも寝心地が良いとは言えないが辛うじて睡眠は取る事が出来るだろう。

 横を見れば、ダンさんも同じ様にして寝床を確保していた。



 さて、これで後は寝るだけになった。

 しかし本はどうしようか。明日行っても良いけど、今日の内に買っておきたい気もする。

 ダンさんを一人にするのは心配だが、今日商売をしている限りではバレてはいなかった。


 ならば大丈夫だろうか。少し聞いてみよう。


「ダンさん、少し良いですか?」

「どうしたんだい?」


 ちょうど座ろうとした瞬間の、中腰の形でダンさんは止まっていた。

 その体勢はキツいだろうと思い、手で座ってくれとジェスチャーをする。


「実は買いたい本があるのですが、少し行ってきても良いですか? すぐに戻って来ますので」

「本か。それは良いが……金はあるのかい?」


 その言葉に少しムッとする。ダンさんの視線は腰の部分に向いており、その声色はどこか(うたぐ)っている様に聞こえたからだ。


「大丈夫ですよ、ちゃんと自分のを使いますから。心配なら、これ持っておいて下さい」


 今日の売上を入れた袋を腰のベルトから取り外し、手渡す。


「すまない、念の為だ。……キノコの事もある」

「……キノコの件はすみませんでした。この街にはほんの少ししか居なかったから、そんな法があるとは知らなくて……」

「……そう、か。もう暗いから気をつけてな」


 やはりと言うか、ダンさんは俺の事を信じにくくなっているらしい。


 だけど――俺は悪くない。そしてダンさんが俺をあまり信用してくれない事も、そうだ、きっと悪くない。仕方ない事なんだ。

 人攫いに狙われるのを恐れて碌に街にも来れず、常に他人を疑って掛からなければならないのは、俺なら心苦しくて仕方ない。


 悪い者が居るとすれば、それはこの国そのものなんだと思う。


 酷く主観的な意見だけど――人を信用出来なくしてしまう国の在り方自体が、きっと“悪”なんだ。

 そう思うと、先ほど感じた不快感は、既に何処かへと霧散していたのだった。




 ◆ ◆ ◆




 裏通りにある“風葉の音鳴”を出て数分。表通りに出て少し行った所に求めていた場所はあった。

 辛うじて空は赤みを帯びているが、もう夜と呼んでも差し支え無い時間帯だ。

 まだ店が閉まっていなかったのは僥倖だった。


 描かれた本の絵が剥げ掛けており、年季を感じさせる色褪せた看板。それの掛かった建物の扉を開け、上半身を中に入れて呼び掛けてみる。


「すいませーん、まだお店やってますよねー?」

「はいはい、待って下さいね」


 声がして、やや髪に白みを帯びた男性が奥から出てくる。男性は頬が痩けており、衣服も随分と傷んでいた。

 この人がこの店の主人だろうか。


「どうぞお入り下さい。して、何をお求めですかな?」

「あ、えっと、歴史書と、この大陸の地図というか国の勢力図というか、そういう物が欲しいんですが……ありますか?」

「分かりました、少々お待ち下さい」


 壮年の男性は再び奥へ引っ込む。


 ぐるりと店を見渡す。客の入れるスペースはあまり大きくなく、精々が縦横5メートル程。

 商品の類も置かれていない。恐らく盗難を防ぐ為だろう。


 木製のカウンターは所々が傷んでおり、記帳の際に使用さているであろう羽ペンは、沈着したインクによって汚く黒ずんでいた。

 床の木は軽く腐っており、壁紙は破れていない箇所が無い。


 酷い。それが率直な感想だった。


 それらを補修する余裕も無いのかも知れない。この様子じゃ満足に食べる事も出来ないんじゃないかと思う。


 単に客が入らないだけか、それとも税が酷いのか。


 そう言えば“風葉の音鳴”もかなり酷い状態だったが、同様の理由だろうか。

 しかし客はそれなりに入っていたので、たぶん理由としては後者だろう。



「お待たせしました」


 声がして、見れば再び男性がカウンターへ姿を現していた。今度は二冊の本と丸めた大判の紙を腕に抱えている。

 腕に抱えたそれらをカウンターの上に置くと、男性は疲れたように一息。


 二冊の内一冊は青い表紙。そこそこの分厚さがあり、比較的新しいようで傷が少ない。

 もう一冊は茶色い表紙で、かなり分厚い。青い方の二倍はあるだろう。しかもそれなりに年季の入った物らしく、表紙の所々が破れていた。

 そして丸められた一枚の大判紙。恐らくあれが地図だろう。


「さて、先にお断りしておかなければならない事があります」


 男性は済まなそうな表情をする。


「この青い書が最近100年間程を纏めた物、茶色い書にはそれ以前の事が書かれています。……ただ茶色い書の方は在庫が無いんです。これは私物で、お売りする事が出来ません」

「そんな……」


 絶望的な言葉に、思わず声が漏れる。

 俺が知りたいのはここ300年の出来事なのだ。特に“ヘイル”が居なくなってからの事を。

 でなければ、一体何があったのか、手掛かりさえ掴めない。


 そんな思いを読み取ってくれたのか、男性は救いの手を差し伸べてくれた。


「しかし、この場でお見せする事は出来ます。この青い書を購入して頂けるなら、私が内容を要約してご説明しましょう」

「! 買います買います!」


 その言葉に思わずカウンターに身を乗り出してしまう。インク瓶がガタリと音を立てて揺れる。


 男性は少し驚いていた。すみません。


「それは良かった。では小銀貨5枚でよろしいですかな?」

「はい、ちょっと待って下さいね」


 そう言って(おもむろ)に懐へ手を突っ込み、中からジャラジャラと音のする小さな袋を取り出す。

 そこには店に入る前にインベントリから取り出しておいたお金、銀貨5枚と小銀貨10枚が入っていた。

 誰かの目の前で取り出したりすれば驚かれるだろうし、確実に面倒な事になる為だ。


 しかしインベントリから取り出したお金が、昼間に見た硬貨と同じ物だと分かった時は安堵した。

 建国中は湯水の如く金を使わなければならなかったし、残りの資産の大部分は銀行に預けていたから手持ちは30万ジェルしか無いが、それでも無いよりは大分マシだ。食うだけなら当分は困らないだろう。

 


「はい、確かに受け取りました」


 小袋から5枚の小銀貨を取り出し、代金を支払う。

 男性はそれをカウンターの下に仕舞うと、何やら二脚の椅子を持ってカウンターの外へと出て来た。


「立ちながら話すのも何ですから。どうぞお座り下さい」

「あ、どうも」


 簡素な作りの木で出来た椅子はお世話にも座り心地が良いとは言えないが、その心遣いに感謝をする。


 男性は俺と向かい合うように椅子に座り、例の茶色い本を手に取る。


「さて、早速ですがどのあたりをお知りになりたいのですかな? ……失礼、私はアーケンです。お名前を伺っても?」

「あ、俺はヘイルです。大体300年前からの事をお願いします」


 すると、男性――アーケンさんは何かに興味を引かれたように「ほう」と声を出す。

 アーケンさんの目が爛と光った、ような気がする。


「“ヘイル”さんですか……それに、300年前……」

「何か……?」

「……いえ、何でもありません。では早速ご説明致しましょう」


 アーケンさんはパラパラとページを捲る。その中ほどより少し前の所で手を止めると、二人に見えやすい様に本を横にし、とある部分を指差す。

 そこには『第57章――“異人”の消失』とあった。


「“異人”……?」

「ご存じありませんか?」


 一切聞いた事の無い言葉だ。“ヘイル”の記憶にも無い。

 ふるふると首を横に振る。


「そうですか、ではまず“異人”とは何なのか。そこからご説明致しましょう」


 アーケンさんは軽く咳払いをする。


「“異人”とは、今から約360年前に突如として現れた者達の総称です。“異人”は私たちと同様の様々な種族が混在しており、さらに私たちと殆ど違わない外見を持っていました。違っていたのはただ一つ――強さです」

「強さ、ですか」

「はい。彼らは私達とは比べ物にならないほどの、とても強大な力を持っていたようです。……とは言っても、彼らは現れた直後は大したことは無かったようですが」


 ふむふむと相槌を打ちながら“異人”についての説明を聞く。


「彼らの強さの原因は、その潜在能力にありました。――どんな生物にも成長限界と言うものが存在します。個々の差はありますが、人種(ひとしゅ)の中でも最も才ある者で、150レベルが成長限界だと言われています」

「それは聞いた事があります。確か今確認されている最高レベルが150なんですよね?」


 ヴェスタさんとの話でも聞いた内容だ。

 それに、その150レベルの目星も付いている。


 たぶん“アレ”だろう。


「はい。現在150レベルは世界に十数人確認されています。そしてその者達はエルフ族、竜人族、半精霊族の三種族に限られます」

「三種族だけ、とは?」

「エルフ、竜人、半精霊。この三種に共通してるのは寿命です。彼らは平均寿命が長く、竜人は500年、エルフは1000年、半精霊に至っては3000年近くになるとも言われています。そして確認されている150レベルは、その全員が“異人”の配偶者であった事が確認されています」


 やっぱりか、と思う。


 “異人”とは、十中八九プレイヤー達の事だ。

 そして150レベルの“異人”の配偶者と言うのは、課金サービスによるものだろう。


 “キングダム”では村や街を造る事が出来た。当然、その中には自分の家を持つことが出来る。

 しかし例えどれだけ大きな豪邸を造ったとしても無人では物淋しい、と言うことで実装されたのが家人アイテム。自分の家に妻あるいは夫、子や執事、召使いなどというNPCを配置する事が出来た。


 そしてその家人アイテムの中でも、妻(夫)と子の一人ずつにだけキャラステータスを付与し、フィールドに連れて行く事が出来たのだ。


 ただし、配偶者の方は自分のレベルの1/2、子の方が自分のレベルの1/3という制限付きだった。

 これでは回復と補助程度にしか役に立たない上に、他のプレイヤーとパーティーを組む場合は連れて行く事が出来なかった。


 つまりソロプレイヤー以外には全く必要の無い機能だったのだ。


 “英雄の右腕”のメンバーはある時にノリでこの機能を購入していたが、“キングダム”ではこの機能は酷く不人気だった。

 故に300レベルの中でもこの機能を保持していた者は少数で、その中でも成長速度の遅い三種族に限れば、先ほどの十数人という人数にも納得がいく。


 アーケンさんの説明は続く。


「再び“異人”についてですが、彼らの成長限界は我々のそれとは明らかに違いました。書に依れば、彼らの成長限界は300レベルであったとの事です」


 それを聞いて、さらに“異人”の正体についての確信を深める。

 300レベルはプレイヤーキャラクターのレベルキャップだ。まず間違いないだろう。


「なるほど、“異人”と言うのは完全に規格外だった訳ですね。……しかし“異人”の消失、とは一体?」


 先を促す自分の声が、酷く白々しい。


 俺は“異人”の正体を知っている――というか、自分自身が“異人”そのものなのに、こうして“異人”について説明を受けていると言う状況が何となく居た堪れなかったのだ。

 まるでアーケンさんを騙しているかのような、変な心地がした。


「――そのままの意味です。世界中の“異人”が、ある時忽然と姿を消してしまったのです」


 そうして促した結果アーケンさんから発された言葉は、俺の、“ヘイル”の孤独を意味していたのだった。

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