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第5話 ある日、マレロの森の中(前編)

 目覚めてから一日経った。


 昨日はあの後、村長の家に挨拶に行く事になった。

 どうやら俺の事は村中に広まっているらしく、途中見かけた人達は皆探るような視線を向けてきていた。

 ヴェスタさん達が隣を歩いているのを見て幾らか安堵した様子だったが、それでもあまり信用されては居ない雰囲気だった。


 村長はムームと名乗る老人の男性だった。

 ヴェスタさんの話を聞いて、俺が人攫いではないと知ると心底安心した様だった。


 だがやはりと言うか『この村に居る間は武器は預けてくれないか』と頼まれ、事前に用意しておいた短剣を渡した。


 これはヴェスタさんにも事前に言われていた事なので素直に従った。

 アイテムウィンドウから直接取り出すと驚かれるので、俺を発見した時に近くに落ちていたと言う麻袋に入れていた事にした。



 それとなく聞くと、どうやら俺以外の人にはアイテムウィンドウは見えないらしかった。

 皆、物を運ぶ時は袋に入れて持ち運びしている。



 レベル概念はあるが、ウィンドウは見えない。


 レベルに関しても、レベルは魔力を自分の体に流して調べるらしく、それは歩くことや寝ることと同じ位当たり前に出来る事らしい。


 ただし他人のレベルを一方的に知ることは出来ない。

 レベルを調べるには繊細な操作が必要な上に、無理に調べようとすると相手の体がそれを拒絶するからだ。

 他人のレベルをちゃんと知るには専用の魔法具(アイテム)が必要らしく、それに関しても自分の意志でレベルを誤魔化す事が出来るらしい。


 ただし、レベルを低い様には誤魔化せるが、高い様には誤魔化せない。

 力を抑える事は出来るが、自分の限界以上の力を出す事は出来ないからだ。



 ゲームとは違って面倒なものだ。

 しかしそれはある意味、こちらにとっては都合が良かった。


 あまりにも大きな力は要らない恐怖と誤解を生み出す。

 “ヘイル”の記憶にあった時代と、今の時代の“普通”は全く異なっている。


 だから俺は力を隠す事にした。

 ヴェスタさん達には自分は30レベルだと伝え、念の為“戒めの指輪”と言う装備を着けている。


 随分前にケフィアから貰った装備だが、自分のレベルとステータスを一時的に30%に抑える代わりに、取得経験値が1.5倍になる。

 つまり実際は90レベルになる訳だが、何かあっても30レベル相当に力を加減すれば大丈夫だろう。


 ――昔はこれを装備して、皆に半寄生状態でレベル上げてたな。

 思い出すと、長い間さ迷っていた“ヘイル”の影響か、ほんの一年ほど前の事なのに酷く懐かしい。

 現実での1年が“キングダム”での12年に相当するので、“ヘイル”の記憶ではそれも随分前の事だ。



 ……しかしそんなにも時間が経っているのにも拘わらず。



「うーん、やっぱ“キングダム”のヘイルだよなあ……」


 宛がわれた村の空き家の一室で、姿見の前で自分の金髪を弄る。

 170センチ台半ば、見た目18歳程度の彼。こちらを見つめる金色の瞳を宿す優男は、確かに“キングダム”のヘイルだ。

 元々身に着けていた服はボロボロになっていたので、今はヴェスタさんに貸して貰った麻で出来た物を着ている。


 しかし“18歳の見た目”とはどういう事だ。

 “キングダム”のサービス開始は5年前。つまり、“ヘイル”は少なくとも60年の時間を生きている筈で、それ相応に老けていてもおかしくない。


 もしかしたら異次元をさ迷っていたのが原因かも知れないが、今は何も分からない。


「……疲れる」


 見た目が“ヘイル”であった以上、自分が立てた仮説が段々と真実になりつつある。

 しかし同時に疑問は増える一方だ。


 ふう、と一度溜め息を吐く。


「……とりあえず、今はヴェスタさんに頼まれた仕事をしよう」


 靴の紐を締め、忘れ物が無いことを確認する。

 籠を背負って家の入口に向かう足取りは重かった。




 ◆ ◆ ◆




「これも食べれるのかな?」

「そ、それは食べれます、が、あとで、み、三日間寝込む事に、なります」

「……うん、ダメだよねそれ」


 キイちゃんに聞くと恐ろしい言葉が返ってきた。“アンリヴァル”の効果で毒は殆ど効かないのだが、進んで食べたくはない。

 手に持っていた椎茸のような物を横に投げ捨てる。

 よく見れば、笠の裏には青い胞子が付着していた。うわあ。


 隣に生えている小さいキノコは先ほども採った物と同じ種類だ。味が濃くて美味しいらしい。

 その周りに生える細長い野草は昨日飲んだお茶にも入っているらしい。


 採り過ぎない様に注意しながら少しずつ摘んでいく。

 キノコは腰の麻布袋へ。野草は背中の籠へ。


 そうして暫く木の実やらキノコやらを採っていると、後ろで警戒していたヴェスタさんとラキさんが近寄ってくる気配がした。


「や、ご苦労様。ちょうど良い時間だしお昼にしないかい?」


 後ろを振り返れば、そこには簡素な槍を持ったヴェスタさんと二本の短剣を腰に差したラキさんが居た。


 そう、今日はマレロの森の中に食料を採りに来ていたのだ。

 あの獣人族の村は、その国柄の為に外との交流が極端に少なかった。

 その為基本的に自給自足の生活で、食料は畑で穫れる穀物や森で採れる野草や獣肉が主だった。


 その野草採りを俺とキイちゃんが行い、魔物や獣の警戒をヴェスタさんとラキさんが行っている。

 勿論俺に武器は渡されていない。ヴェスタさん達は俺を信用してくれている様だが、念の為だろう。


「そうですね、流石に少し疲れてきましたし」

「決まりだ。南に綺麗な湧き水があるからそこで食べよう」

「ほら、キイも」

「はーい」


 キイちゃんはラキさんに呼ばれるとすっくと立ち上がり、茶色い髪をふわふわと揺らしながら小走りでこちらに近づいてくる。


「あ、キイちゃんもうそんなに集めたんだ」

「え? あ、な、慣れてますから……」

「そっかあ。俺も結構頑張ったつもりなんだけどなあ……」


 キイちゃんの籠を一瞥し、自分の籠に目をやる。

 自分の籠は半分ほどしか埋まっていないが、キイちゃんの物は野草や木の実で溢れていた。

 腰に着けた麻袋も外から見ただけで分かるくらい、キノコで一杯になっている。


「だ、大丈夫ですよ! 私なんか、初めての時は殆ど空だったんですから……」


 そんなに暗い顔をしていたのだろうか。

 必死に慰めてくれようとする様子がおかしくて、つい笑ってしまう。


「あ、何笑ってるんですか! せっかく人が心配してるのに……」


 むう、と頬を膨らませてむくれる彼女。

 昨日からぎこちなかった話し方が、幾らか(ほぐ)れてきたようだ。


「ごめんごめん、でも俺がこんなに集めれたのはキイちゃんが丁寧に教えてくれたからだよ。ありがとう」


 ニッと笑ってみせる。

 すると彼女は一瞬目を大きく開いたかと思うと、すぐにプイッと横を向いてしまう。


「ど、どういたしまして……」

「うん」

「……あの」

「うん?」


 急に目を逸らした彼女が、今度は少しだけ顔をこちらに向けて何か言いたそうにしている。


「あの、ですね……。……名前……」

「名前?」


 すうっと一呼吸。


「…………キイ、って呼んでくれませんか?」


 小さな声だった。集中してなければ聞き逃してしまうほどの。

 だけど、彼女は一字一句をハッキリと声に出していた。


 恥ずかしかったのだろうか。しかしそれは重要な事なんだと、彼女の表情から十分に理解出来た。


「うん、分かった。……キイ。よろしく」

「……うん!」


 昨日と同じ様に差し出した右手を、しかし今度はしっかりと握られる。

 その右手は女の子特有の柔い感触に包まれていた。


 ふとキイの顔を見てみれば、そこには花のような笑顔が――――


「んっ、んんっ! あーあーあー。んー!」


 あからさまな声が聞こえてくる。

 見れば、ラキさんは何かニヤニヤとこちらを見ているし、先ほどの声の主であるヴェスタさんは明後日の方向を不機嫌そうに見つめている。


「あー、仲が良くなるのは結構だがー、今から飯を食べるんでなー。早く移動したいんだがー」


 棒読みだった。

 思わずキイと顔を合わせると、同時にクスリと笑う。


「じゃ、行こっか」

「ふふっ、そうですね」


 不機嫌そうなヴェスタさんを宥めるのは大変そうだ。




 ◆ ◆ ◆




 昼食はラキさんが作って来てくれていた干し肉と野菜のサンドイッチだった。

 ソースなんかは無いので少々味気無いが、それでも十分美味しい。


「おいしかったです。ごちそうさまでした」

「はい。お粗末様でした」


 恐らくだが、元々が国産のMMORPGなので、こういう礼儀は同じの様だ。


「私、お水飲んでくるね」


 キイがそう言って立ち上がると、ラキさんもそれに続くように腰を上げる。


「じゃあ私も行ってこようかしら。ヴェス、ヘイルさん、荷物の番お願いね」

「おう」

「分かりました」


 ひらひらと手を振って見送る。二人の姿はすぐに木の陰に隠れて見えなくなった。

 二人の気配が離れていったのを確認し、ふとヴェスタさんの方を見ると、何故か赤い瞳がこちらの顔をじっと捉えていた。


「……どうかしたんですか?」


 顔をしかめているが、何か顔に付いているのだろうか。


「……いや、キイの事なんだがな」


 一言、そう呟いた。

 そのままヴェスタさんは唸りながら考え込んでいたが、何かを決めた様に頷く。


「ヘイル、お前は昨日村の人を見たよな?」

「ええ」

「どう思った?」

「……あまり良くは思われてないみたいでしたね」

「あー、まあそれもあるんだが……。まあ、何となくは気づいてるとは思うが、村には……若い連中が居ないんだ」


 そう言われれば確かに。

 村で見かけた人たちは、皆50歳かそこら、またはそれ以上の人達だった。


 あれ、でも。


「ヴェスタさんたちは何歳ですか?」

「よく気付いたな。俺とラキは35歳だよ。キイは16だな。……実はな、村で一番若いのがキイで、その次が俺達なんだよ」


 なるほど、少し読めてきた。


「……そうなんですか。他の若い人達は何処へ?」

「他の連中はみんな出て行ったよ。この国がおかしくなり始めた頃にな。唯一若い組で残ったのが俺達なのさ」


 例の愚王ブリード・クリステインの所為だろう。

 王が変わり、人間以外の種族――いや、自分以外の者を省みないその政治は、この地に住む多くの者に不幸を(もたら)した。

 あの村も例に漏れずその煽りを受け、耐えきれなかった者達が村を出た。そういう事だ。


 そして、他に若い人達が居ないという事は――


「じゃあ、キイは今まで……」

「……友達が居なかったんだ。6歳の頃までは大勢居たが、皆出て行ってしまった。……それまで仲が良かった分、今までの10年は辛かったと思う」


 その事を話すヴェスタさんは、悲痛な表情をしていた。


「キイの事を考えれば俺達も村を出て行くべきだったのかも知れないが、どうにも他の年上の人達を見捨てる様な気がしてなあ……結局出来なかったよ」

「……それは、間違っていないと思います。正しかったのかは分かりませんが、少なくとも間違ってはいないと思います」


 部外者の自分が口を出すべき事ではないのかも知れない。

 しかし、何故か黙っては居られなかった。彼が自分を責めているように見えたから。


 ヴェスタさんは少し驚いたような顔をしていたが、すぐに顔を緩めて照れくさそうに頭を掻く。


「いや、ありがとう。まあ、俺の事は良いんだ。同じような事をラキにも言われたしね」


 照れくさそうにしていたヴェスタさんが、すぐに真剣な表情に変わる。


「それでキイの事なんだが……キイは、嬉しいみたいなんだ」

「俺が来た事が、ですか」

「うん、長い間同年代の友達が居なかったからね。……良ければ村から出るまでの間だけでも、キイに外の世界の話をしたり、一緒に遊んでやってほしい。キイは今まで寂しかっただろうから」


 外の世界、という単語に頬が引き攣る。

 何せ持っているのは295年前の世界の記憶だ。これを今の世界の事として話すのは気が引ける。


 ただまあ、ここで無下に断る気は全く無かったが。

 内容を選べば話せる事は幾らでもあるし、それを彼女が望むなら断る理由は無い。


「ええ、分かりました。その程度で良ければいくらでも」

「……ありがとう。キイも喜ぶと思う」


 ヴェスタさんはふっと微笑む。

 それに釣られて俺も表情を緩める。


 やっぱりこの家族は良い人達なんだと実感する。

 娘の事を良く考えて、あんなに真剣に人に頼むことが出来る。話すだけで彼らが喜んでくれるなら、進んでそうしよう。


 この世界で最初に出会ったのがこの人達で本当に良かった。



「しかし遅いなあいつら」

「ほんとですね。そろそろ帰ってきても良い頃ですが……」


 ヴェスタさんはクックックと笑いながら、本当に女ってのは……とかぼやいている。

 そういや元の世界の女友達も服を買う時は最低30分は掛けるとか言ってたな。



 そうして二人を待ちながら、ヴェスタさんと話し込んでいる時だった。




「きゃあああああ!」

「!」


 唐突に聞こえた悲鳴。それは間違いなくキイの声だった。


「ヴェスタさん!」

「ああ! 行くぞ!」


 ヴェスタさんは瞬時に立ち上がり、槍を持って勢いよくその声の方向へ駆け出す。俺もそれに追従する。

 当然籠や荷物は放置。そんな物は後で取りに来ればいい。


「魔物か……!」


 ヴェスタさんがそう呟いて舌を打つ。

 そう、ここはマレロの森。獣や魔物が数多く生息している。むしろ今まで出会わなかったのが不思議なくらいだ。

 キイの近くには武器を持ったラキさんが居るはずだ。まだ悲鳴が聞こえて数秒、大事には至っていないはずだ。



 祈るような気持ちで、木々の間を全力で駆けていった。

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