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第2話 見知らぬ天井

「……は?」


 素っ頓狂な声が部屋に響く。声の主は間違いなく自分。


「いや、待て待て。昨日……え?」


 分からない。一体全体どうなってやがる。



 自分が寝ていたベッドは確か黒く塗装されていて、青いシーツと薄いグリーンの枕があったはずだ。

 少しくすんではいるが、白いタオルと茶色い何かの毛皮を体に掛けて寝ていた記憶は無い。


 壁は見慣れた白い壁紙ではなく、切り出した跡の残る丸太。天井も同じような物で、決してここが毎日寝起きしている自分の部屋では無い事を確信させる。


 まるでよくキャンプ地にあるような木製のロッジ。いや、それよりも何段も前時代的な作りだ。


 申し訳程度に壁に空けられた窓のような複数の大きな穴には、虫除けだろうか、目の細かい網が張られていた。

 その窓から見える外の景色は決して現代の住宅街ではなく、恐らくこの部屋のある家とほぼ同様に作られたであろう木製の家々と、その向こうに広がる森林地帯だけだった。



「はあ……」


 思わず溜め息を吐いてしまう。

 一欠片の希望をこめて頬を抓るが、その行動の結果として導き出された答えは“これが夢ではない”と言う非情なものだった。


 しかし“夢ではない”だけで“いつもの日常ではない”可能性も否定は出来ない。

 馬鹿馬鹿しいが、もしかすると“闇の組織に連れ去られて人里離れた場所に監禁されて人体実験をされた”可能性もある。



 少なくとも“いつもプレイしてしていたMMORPGの世界に転移した”という可能性よりは。



 そう思う、いやそう思いたいが、この目の前に浮かぶウィンドウは何なんだろう。

 そのアイテムウィンドウに並ぶ数々の装備品や消費アイテム、大量のポーション。そしてアイテム欄の半分を埋める大量の“良質なオーク材”と来たもんだ。

 これは寝る直前までプレイしていた“キングダム”の状態と一致する。


 ものは試しと、ポーションを一つアイテム欄から“取り出した”。

 するとフラスコのような形の入れ物に入っている、赤い色をしたHPポーションが手のひらに現れる。透明なキャップで閉じられた口は少し広く、飲みやすいように先は丸まっていた。


 少々勇気は要ったが、飲んでみると意外と喉越しは良く、味も悪くは無かった。

 飲んですぐに効果は現れ始め、少々だるかった体からは違和感が無くなり、思考も急にハッキリしてきた。



「……ちょっと待てよ。ポーションを“取り出した”? 一体どうやって……」


 ふと頭に浮かんだ疑問。

 アイテムウィンドウがそこにあるのは間違いない。目に見えているのだから。


 問題は一体どうやったか。

 さっきはごく自然にポーションを取り出すように念じたが、何故その取り出し方を知っていたのか。

 空中のアイテム欄を手で触ってみるが何も起きない。



「……まるで、元から“知っていた”かのような――――っ!」


 瞬間、頭に走る鋭い痛み。その痛みはまるで脳を掻き乱すかのように頭全体を駆け巡る。

 とっさに頭を抑えつけるが痛みが止むことはない。

 あまりの痛みに瞬きすら出来ず、身体を動かす事などなお出来ない。


 身体が震える。呼吸が乱れる。


 脳裏に浮かぶのは“誰か”の記憶。

 映像が次々と頭に流れ込んで――いや、違う。どこからか“湧き出てくる”。


 “誰か”は魔物を狩っていた。

 “誰か”は仲間と冒険をしていた。

 “誰か”は談笑しながら酒を飲んでいた。

 “誰か”は強大な敵と戦っていた。

 “誰か”は仲間と、国を――――



「――――! ――! ねえ! 大丈夫!? ねえ!」


 その声にハッと顔を上げる。


 痛みは止んでいた。

 さっきの名残か、今だに鈍い痛みはあるが身体を動かす事は出来るようになっていた。


「あ、ああ……。何とか……」


 険しい表情をしていた目の前の彼女の顔が、安堵した様に緩む。


「そう、良かった……。様子を見に来たら、凄く苦しんでるみたいで心配したよ」


 そう言って微笑む赤眼の少女。くりっとした大きな目に小さな顔。そのあどけなさの残る可愛らしい容貌と150から160センチ程度の身長からすると、まだ成人はしてないだろうが16歳程度だと推測出来る。

 ミディアムぐらいの茶色い髪は毛先がほんの少しカールしており、その小さい顔に良く似合っていた。


 しかし頭の髪の中からは、おおよそ地球では“コスプレ”をしている人にしか見かけない物がピョコンと生えていた。


「犬耳……」


 そう呟いた自分の声には、確かな驚愕の色が混じっていた。

 その声が聞こえたのか、少女はピクリとその犬耳を動かす。


「あのさ、一つ……聞いていい?」

「え、あ、はい」

「……君は獣人族?」

「! え、あ、その……」


 何故かその少女の表情が僅かに曇る。どこか心細げに、そして不安げに見える。


「……はい」

「そっか……」


 ふう、と溜息を吐く。


 俺が何かの(まやか)しに掛かっていたり、何か思い違いをしていなければ、どうやら先ほどの湧き出てきた記憶は本物のようだ。

 そして目の前の少女が、地球ならば現代人の妄想の産物に過ぎなかった“獣人”という存在であることも、どうやら現実。



 そして、俺が“ヘイル”で、ここが“キングダム”の舞台である“アスガイア”だということも、きっと本当の事なのだろう。

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