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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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足跡

岩壁へ刻まれた裂け目を後にしたサクは、一度だけ振り返り、暗闇へ吸い込まれるように続く通路の入口を静かに見つめると、先ほどまで胸を満たしていた高揚感はまだ冷め切っておらず、今すぐあの奥へ飛び込んでしまいたいという衝動すら覚えながらも、未知の場所ほど焦って進まない方が面白いという自分なりの経験則を思い出し、無理に奥へ挑むことはせず、「また準備してから来よう」と独り言を漏らして踵を返す。


 白銀草原は相変わらず静かだった。


 空を覆う薄い雲の隙間から柔らかな光が降り注ぎ、一面へ広がる白い穂先は風が吹くたび海原のような波を描き、その景色を眺めているだけで時間を忘れてしまいそうになるほど穏やかな世界が広がっている。


 歩き始めて間もなく、サクはある違和感へ気付く。


「……足跡がない」


 自分はここを歩いてきた。


 神殿へ向かい、丘を越え、谷を渡り、裂け目へ辿り着いた。


 それなのに、自分が歩いたはずの場所へは靴跡が一つも残っていない。


 風で消えたのだろうか。


 そう思って地面へしゃがみ込み、試しに踵で強く踏み込む。


 白銀色の土は柔らかく沈み、はっきりと靴跡が刻まれた。


「……残るじゃん」


 立ち上がり、数歩歩いて振り返る。


 今付けた足跡だけが並んでいる。


 だが、その先──神殿から続いていたはずの道には、やはり何もない。


 まるで今この瞬間から初めてこの草原へ足を踏み入れたかのように、世界は何事もなかった顔をして風へ揺れていた。


 少し不思議には思った。


 それでもサクは「特殊マップだからかな」と軽く考え、深追いはしない。


 ゲームには、理由が分からない演出もある。


 全部を理解しようとするより、「そういうものなんだ」と受け入れて歩く方が、この世界はずっと面白い。


 そんな性格だった。


 歩き続けるうち、草原の景色は少しずつ変わり始める。


 背丈ほどあった白銀草は腰の高さまで低くなり、その合間へ小さな白い花が咲き始めていた。


 花弁は六枚。


 中心だけが淡い金色に輝き、風が吹くたび花粉ではなく細かな光の粒を宙へ散らしている。


「綺麗だな」


 何気なく一輪だけ摘み取る。


⸻


《白暁花》


品質:一般


夜明けの近い土地でのみ咲く花。


乾燥させることで香料や薬の素材となる。


⸻


「こういうの、街で売れるのかな」


 インベントリへ収めながら歩く。


 強い武器を探すより、珍しい素材を集める方が今日は楽しい。


 そんな気分だった。


 やがて草原の先へ、小さな石橋が見えてくる。


 橋の下を流れる川は驚くほど透明で、川底には白や青、銀色の小石が敷き詰められ、流れに合わせてきらきらと光を反射している。


 しかし、その橋には誰もいない。


 誰も渡った形跡がない。


 それなのに欄干だけは最近磨かれたように美しく、苔一つ生えていなかった。


 サクは橋の中央で足を止める。


 川面を覗き込む。


 そこへ映っていたのは、自分の姿だけではなかった。


 もう一人。


 白い外套を羽織った人影が、自分のすぐ後ろへ立っていた。


 思わず振り返る。


 誰もいない。


 橋の上には風だけが吹いている。


 もう一度、水面を見る。


 今度は自分しか映っていなかった。


「……本当に演出が凝ってるな、このゲーム」


 サクは笑う。


 怖いとは思わない。


 むしろ「こういう雰囲気好きなんだよな」と、少し嬉しくなってしまう。


 その様子を、川底のさらに深く、光の届かない場所で何かが静かに見上げていたことを、彼はまだ知らない。

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