新たな邂逅の予感
短くてすみません!次は文量もどします!
《失われた灯火の村》が歴史侵食の黒い波へ静かに飲み込まれていった後も、サクの胸の奥には最後まで笑顔を失わなかった人々の表情と、次の旅人へ灯火を託そうとしていたルシアの穏やかな声が鮮明な記憶として残り続けており、それらは単なるゲームイベントを見届けたという感覚とは明らかに異なる重みを伴っていたため、巡歴記録庫へ戻ってきた今なお、彼はしばらくの間、何も言わず静かな空間を見上げていた。
誰かが生きた証。
誰かが守ろうとした日常。
誰かが未来へ託した願い。
それらを知った上で歩き続けることは、以前までの探索とは確実に意味が変わっている。
強くなる。
もっと奥へ進む。
未知を知る。
その目的自体は変わらない。
けれど、その過程で出会ったものを置き去りにしないという、新しい価値観が静かに芽生え始めていた。
「……なんか、不思議だな」
サクが小さく呟く。
「強くなった感じはするのに、レベルが上がった時みたいな感覚とは全然違う」
リルは少し考えるように視線を伏せ、それから静かな声で答える。
「当然です。《灯火の記憶》とは戦闘技能ではなく、継承した歴史そのものを個人の存在基盤へ組み込む特殊特性ですので、能力値として即座に表れるものではありません。しかし、今後貴方が何らかの選択を迫られた際、この経験が判断基準そのものへ影響を及ぼす可能性は極めて高いでしょう」
「経験値っていうより、人生経験みたいな感じか」
「……恐らく、その認識が最も近いと思われます」
すると、これまで静かに佇んでいた人影が穏やかな笑みを浮かべる。
「昔の旅人達も似たようなことを言ってたよ。剣の腕は数年で身に付くけど、人の想いを受け取る力だけは、長い旅をしないと育たないってね」
その言葉を聞きながら、サクは少しだけ笑う。
「だったら、まだまだだな」
「うん。まだ始まったばかりだ」
その瞬間。
巡歴記録庫全体へ低い振動が走る。
ゴォォォ……。
第一試練の間がゆっくりと閉鎖され、代わりに記録庫最深部へ存在していた巨大な円環機構が再び回転を始めると、無数の光粒子が空中へ舞い上がり、新たな映像を形成していく。
燃える大地。
赤黒い空。
巨大な溶岩河川。
そして。
炎の海を見下ろすように建てられた、常識外れの規模を持つ古代都市。
石ではない。
金属でもない。
赤く輝く結晶と、龍脈そのものを加工して作られた建造物群が階層状に積み上げられ、遥か上空まで伸びているその光景は、地下遺跡とも巡歴回廊とも全く異なる文明圏の存在を明確に示していた。
サクは思わず息を呑む。
「……これ、どこだ」
リルの演算速度が一気に上昇する。
「地形情報照合……失敗。文明様式照合……部分一致。龍脈利用技術、超高熱適応建築、火属性循環機構……」
一拍。
「——灼熱深層文明圏の可能性が九十二パーセントを超えました」
火山。
掲示板で語られていた、もう一つの始まり。
原初巡歴図で点灯していた赤い光。
そこへ繋がる映像だった。
⸻
【巡歴記録:断片閲覧を開始】
【対象:《灼熱深層》】
【承認権限:限定解放】
⸻
視界が切り替わる。
次の瞬間。
⸻
轟音。
熱風。
赤く染まる世界。
巨大な溶岩瀑布が流れ落ちる断崖の上を、一人の少女が駆け抜けていた。
黒髪。
赤銅色の瞳。
年齢はサクと同じくらい。
しかし、その身体には無数の火傷跡が刻まれている。
彼女は軽装だった。
防具らしい防具は身に付けていない。
それでも、数千度を超える灼熱環境の中を平然と走り続けている。
「遅い」
短い言葉。
独り言。
しかし、その声には確かな意志が宿っていた。
「もっと強くならないと、皆を守れない」
直後。
大地が震える。
溶岩海の中から、巨大な影が姿を現す。
龍。
否。
通常種とは比較にならない。
山脈ほどの巨体を持つ炎龍が、ゆっくりと黄金色の瞳を開く。
普通のプレイヤーなら絶望する光景。
しかし。
少女は逃げない。
剣を抜く。
そして、静かに呼吸を整える。
「——《熾天巡火》」
瞬間。
周囲の熱量が逆流する。
炎が少女へ集まり、身体そのものが白熱化していく。
次の一歩。
音を置き去りにする速度。
視界が閃光で埋め尽くされる。
⸻
映像が途切れる。
⸻
【記録断片終了】
⸻
静寂。
誰も言葉を発しない。
最初に口を開いたのはサクだった。
「……めちゃくちゃ強そうだったな」
「ええ」
リルは珍しく即答する。
「少なくとも、通常の成長曲線上には存在しない戦闘能力です。あの年齢、あの装備、あの環境下で古龍種と交戦している時点で、特殊開始個体として極めて高い適応進化を遂げていると考えられます」
「でも」
サクは少し考える。
「なんか、似てる気もする」
「似ている?」
「うん。強くなりたい理由が、自分のためじゃなさそうだった」
守りたい。
誰かのために。
その在り方だけは、確かに共通していた。
すると、人影が静かに笑う。
「やっぱり、いずれ出会う運命なんだろうね」
「会えるかな」
「必ず会うよ」
穏やかな断言。
「異なる始まりを持つ旅人達は、最後には同じ道へ辿り着く。それが、この世界が最初から決めていた約束だから」
その時。
巡歴記録庫最奥部。
新たな扉がゆっくりと開き始める。
今度は暖かな光ではない。
赤い炎のような輝き。
そして、扉の表面へ古代文字が浮かび上がる。
⸻
《第二巡歴試練》
──燃え尽きぬ意志を知れ。
推奨人数:二名以上
現在人数:一名
特例処理:実行中……
⸻
リルが息を呑む。
「また、例外処理ですか……」
サクは苦笑する。
「もう慣れたな」
「本機は慣れたくありません」
珍しい返答だった。
しかし、その直後。
システムログの最下部へ、誰にも気付かれないほど小さな文字列が追加される。
⸻
【未観測旅人との共鳴可能性を確認】
【黄昏再会率:0.8%→1.3%】
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まだ遠い。
けれど。
確実に、七つの旅路は互いへ近付き始めていた。
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