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第8話 錬金術師ミリア

 帝都にあるカルゼラード家の別邸。

 ラギウスは自室で、机の上に置かれた『月光の冶金術』の設計図と、手元にある実験器具を見比べて、小さく溜息をついた。


「……無理だな」


 結論は早かった。


 『ジュラルナ合金』の理論は理解できた。

 製造に必要な設備の構想もできている。


 呪われたアイテムたちを駆使すれば、『普通の鍛冶師でも扱える設備』を作れるのだ。


 端的に言えば、『汚いけど凄いアイテムで、綺麗な高品質の設備を作る』というもの。


 絶対自我を持つラギウスにとっての合理性であり、モンスターから身を守る盾を用意するために必要な作業だ。


 だが、肝心の製造工程を指揮する人間がいない。


「タグの抽出、注入、再構成。合金の製造には、高い精度の魔力制御と、かなりの根気が必要だ」


 ラギウスの錬金術の成績は平均的だ。


 簡単なポーションや、既製品の修理程度ならできるが、国を変えるレベルの新素材の量産など、彼の手腕では到底不可能。


 『絶対自我』で集中力は保てても、肝心のスペックが足りていない。


「俺は『領主《経営者》』だ。現場の作業員まで俺がやっていては組織が回らん」


 別に全てを一人でする必要はない。

 というか、できない。


 そもそも、絶対自我があるゆえに他人を軟弱者と誤解し、一人ですべてをやろうとして、呪われたアイテムをかき集めて。

 その結果、『哀れまれて倒された』のが、ゲーム本編のラギウスだ。


 絶対自我という体質を自身が持っている。

 この自覚がある今、『他人が呪われたアイテムに耐えられないのは当然のこと』という認識もある。


 他人が、軟弱者ではないという認識もある。


(まぁ、あの時、皇女の傍にいた三人組が軟弱かどうかは保留だが)


 試練のダンジョンに行った時に遭遇した、皇女イリスディーナの取り巻き三人。

 皇女の威圧にビビりまくっていたが、それは割愛。


「思えば、『本来の俺』は、ただ闇雲に、呪われたアイテムを集めていただけだったな」


 ゲーム本編で自身が集めていたアイテムを思い出し、ラギウスは呟く。


「何の計画性もなく、何が必要で、何が重要で、何が緊急なのかもわかっていなかった。ただ、平均的な素質を埋めるために、何もかも求めた結果だった」


 ただ、今、彼の手元には『計画書』がある。


 ゲーム本編において七割の人間が領地から消え去った屈辱を覆すための、計画書がある。


「……正論を、『もっともらしいだけの言い訳』にするのか、『主義』にするのか、その境目は、『計画性の有無』によって決まるということか。耳の痛い話だ」


 計画を立てるからこそ、必要な物がわかる。

 必要な物がありながら、それを今の自分では揃えられないこともわかる。


 彼の素質は平均的だ。


 ならば、現場を任せられる「腕のいい職人」が必要だ。

 それも、軍事機密レベルの技術を扱える、信頼できる……いや、囲い込める人間が。


「原作知識によれば……帝都の下町に、うってつけの人材が埋もれているはず」


 ★


 帝都の裏通り。

 華やかな大通りとは無縁の、煤けた路地裏に、その小さな工房はあった。


 『ミリア錬金工房』。

 看板は傾き、客が入っている様子はない。


 カランコロン、とドアベルが鳴る。


「……いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から現れたのは、ボサボサの茶髪を束ね、分厚い眼鏡をかけた少女。

 彼女は客の姿を確認した瞬間、露骨に顔をしかめた。


 仕立てのいい制服。大貴族の紋章。

 そして背後に控える、異様な威圧感を放つ執事。


「……貴族様が、こんな貧乏な店に何の御用ですか。冷やかしならお断りです」


 敵意。

 彼女が貴族を嫌うのには理由がある。


 数ヶ月前。


 彼女は、両親の形見である『銀のペンダント』を素材採取中に失くしてしまった。


 当時、彼女は経営難から護衛を雇えず、帝国学校の下級貴族の生徒が実習として行う『護衛クエスト』を利用していた。


 だが、その貴族生徒は、モンスターが現れると悲鳴を上げて逃げ出したのだ。

 結果、ミリアは負傷し、逃げる最中にペンダントを落とした。

 さらに最悪なことに、その貴族は保身のために「クエストは成功した」と虚偽の報告をし、ミリアに口止め料代わりのわずかな金を投げつけて去っていった。


(貴族なんて、みんな口先だけ。自分の体裁しか守らない、卑怯者だわ)


 ミリアは作業着のポケットの中で、拳を握りしめる。

 だが、目の前の貴族──ラギウスは、彼女の敵意など『ノイズ』として無視し、カウンターにコツンと『何か』を置いた。


「……え?」


 ミリアの目が点になる。

 置かれたのは、古びた銀のペンダントだった。


 本来、モンスターの血や錆でボロボロになってもおかしくはないが、磨いたのか、かなり綺麗だ。


「こ、これ……どうして……!?」

「帝都周辺の森。オークの巣の近くに落ちていた」


 ラギウスは淡々と告げる。

 『原作知識』で場所を知っていた彼は、ここに来る前にシライシを走らせ、回収してきたのだ。


(まぁ、地獄だったがな)


 淡々としているラギウスだが、それは絶対自我の影響だ。


(ゲーム本編だと、『生い茂った草の中にある光っている場所の前に立ってAボタンを押すと見つかる』わけだが、現実でそんな便利機能はない。本当に『生い茂った草むら』から一個のペンダントを見つけるのはマジで地獄だったぞ)


 ゲームだったらAボタン一回で終わるが、現実だとそんなことはないのである。


 絶対自我の影響で、別に心は折れないし、顔には出ないけど。


「私が失くした場所……でも、あそこはモンスターの巣窟で……」

「掃除は済ませた。ついでに、依頼を放棄して逃げ出した貴族の生徒についても調べがついている」


 ラギウスは、懐から一枚の書類を取り出す。

 それは、その下級貴族に対する『告発状』の写しだった。


「学籍番号402番。ギムリー家の三男だな。彼には学校側を通じて、クエスト放棄と虚偽報告による処罰が下される手筈になっている」

「な……」


 ミリアは言葉を失う。

 泣き寝入りするしかなかった「不正」が、目の前の男の一言で裁かれたのだ。

 だが、彼女はすぐに警戒心を強める。


「……何のつもりですか? 貴族様が、わざわざ平民のために」

「勘違いするな」


 ラギウスは冷たく切り捨てた。


「俺は貴族だ。貴族とは、民を統治し、守護する『システム』であるべきだ。そのシステムの一端を担う者が、保身のために義務を放棄し、虚偽の報告をした。……これは、貴族社会全体の『品質』に関わる重大なバグだ」


 彼はミリアのために怒っているのではない。


 貴族というシステムが不完全な運用をされたこと、その非合理性と恥に対して、ラギウスは腹を立てているのだ。


 ラギウスは、汚れたペンダントを指さし、大貴族の嫡男として深く頭を下げた。


「同じ帝国の貴族として、恥じ入るばかりだ。管理不行き届きを謝罪する。……すまなかった」

「っ……!?」


 ミリアは息を飲んだ。

 プライドの塊であるはずの大貴族が、薄汚れた工房で、平民である自分に頭を下げている。

 そこに「媚び」や「偽善」はない。

 ただ、自らの責務に誠実であろうとする、圧倒的な「在り方」だけがあった。


「受取ってくれ。それは君の大切なものだろう」

「あ……ありがとう、ございます……」


 ミリアは震える手でペンダントを握りしめる。

 両親の形見。

 この店を守らなきゃいけないという義務感よりも、ずっと大切だった思い出。


 それが戻ってきた今、彼女の心にあった「意地」のようなものが、氷解していくのを感じた。


「さて。謝罪と返却は済んだ。ここからは『商談』だ」


 ラギウスは頭を上げ、店の中を見回した。

 客のいない店内。古い設備。


「この店を畳んで、俺の下に来い」

「……え?」

「俺の領地で、錬金術師のチームリーダーをやれ。報酬は高額を約束する。設備も最新のものを用意する」


 唐突な引き抜き。

 だが、ミリアは迷った。


「で、でも……ここは両親が残した店で……」

「両親は、店を残したかったのか? それとも、お前の才能を活かしてほしかったのか?」


 ラギウスの言葉が、図星を突く。

 亡くなる前、両親は言っていた。『ミリア、無理に店を継ぐことはない。お前の好きなように生きなさい』と。

 店に縛り付けていたのは、失くしたペンダントへの未練と、貴族社会への反発心だった。


 その両方が、今、目の前の男によって解消された。


「お前には才能がある。だが、環境がない。俺には環境があるが、才能がない」


 ラギウスは、ミリアを正面から見る。


「俺は、俺の目的のために、最高品質の『量産品』を作りたい。そのためには、お前のその『異常なまでの器用さ』が必要だ。……俺に力を貸せ」


 それは、貴族からの命令ではなく、対等な技術者への「依頼」だった。


 ミリアはペンダントを胸に抱き、ラギウスを見る。

 平均的と言われる男。

 だが、その瞳には、誰も見たことのない野望と、揺るがない信念が宿っている。


(この人は、私を『平民』として見てない。『必要な機能』として、正当に評価してくれている)


 それは、職人にとって最高の口説き文句だった。


「……一つだけ、条件があります」

「言ってみろ」

「その執事さんが持ってる、バカみたいにデカイ『錬金釜』……あれ、私に弄らせてくれますか?」


 ミリアが指さしたのは、シライシが軽々と担いでいる、最新鋭(に見えるが実は呪われている)巨大釜だった。

 彼女の眼鏡の奥の瞳が、オタク特有の輝きを放っている。


 ラギウスは、ニヤリと笑った。


「好きにしろ。あれだけじゃない。俺の屋敷には、お前が涎を垂らして喜ぶような『生産設備』が山ほどある」

「行きます! 今日中に店畳みます!」


 即答だった。

 こうしてラギウスは、カルゼラード領の産業革命を支える「心臓部」──天才錬金術師ミリアを手に入れた。


 本来なら、ゲーム主人公ラスターのために働くはずだった彼女は今、ラギウスという「帝王」のために、その才能を遺憾なく発揮することになる。

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