第6話 ジュラルナ合金
帝国学校の地下深くに存在する『禁書保管庫』。
そこは、帝国が数百年にわたって収集した、歴史の闇に葬られた文献や、危険すぎて封印された禁忌の技術書が眠る場所だ。
空気そのものが淀み、書架からは「読むな」「触れるな」という無数の怨嗟──精神干渉系の防衛術式が放たれている。
本来なら、ゲームのストーリーをクリアした後に用意された『高難易度要素』……いわゆる『エンドコンテンツ』で立ち寄る場所であり、ゲーム主人公のラスターもイリスディーナから許可証にサインをもらって入っている。
雰囲気こそ怨嗟が渦巻くが、ラスターは『冒険で培った精神力』で耐えているといった感じだ。
「……騒がしい場所だ」
だが、ラギウスにとっては、少し空調の音がうるさい図書館程度の認識だった。
彼は『絶対自我』によって、それらの精神干渉を「環境音」として処理し、目的の棚へと足を運ぶ。
「あったな。これだ」
手に取ったのは、『月光の冶金術』と題された、古びた技術書だ。
ラギウスはページをめくり、そこに記された理論と、自身の脳内にある『原作知識』を照合していく。
「やはり、間違いない」
彼が目をつけていたのは、とある合金の製法だ。
その名は──『ジュラルナ合金』。
この世界における錬金術の基本プロセスは、以下の通りだ。
1.『ベース』となる物質を用意する。
2.『素材』から、欲しい特性を抽出する。
3.ベースにタグを注入し、『再構成』を行うことで、新たな性質を持つ物質へと変化させる。
例として、『炎の剣』を作りたいとしよう。
その場合、『鉄の剣』と『炎の魔石』を用意して、魔石から『炎』のタグを抜き取り、『鉄の剣』に入れて、『再構成』を実行することで、『炎の剣』になる。
これが、この世界の錬金術である。
厳密に言えば、『炎』のタグが含まれているなら『炎の魔石』でなくてもいいのだが、詳しいルールはここでは割愛。
ラギウスが計画している『ジュラルナ合金』のレシピはこうだ。
【ベース】:『カルゼラード軽絽』
【素材】:『ルナストーン』
【抽出タグ】:[月光]+[衝撃拡散]+[重量軽減]
「『カルゼラード軽絽』……俺の領地にある鉱山から大量に産出される、銀色で軽量な鉱石。加工はしやすいが、強度が低く、武器や防具には向かないとされてきた」
だが、それは「混ぜ物」を知らない凡人たちの評価だ。
この軽絽をベースに、『ルナストーン』から抽出した三つのタグを組み込み、『再構成』する。
すると、鉄をも凌駕する強度と、羽根のような軽さを併せ持つ、奇跡の合金『ジュラルナ合金』が完成する。
「[衝撃拡散]のタグが物理攻撃を散らし、[重量軽減]が兵士の機動力を上げる。そして[月光]のタグは、微弱な魔力耐性を付与する」
これを装甲板や盾に加工し、全軍に配備する。
それが実現すれば、カルゼラード領の軍隊の生存率は劇的に跳ね上がるはずだ。
「問題は……『素材』の方だな」
ラギウスは本のページをめくる手を止める。
『ルナストーン』。
月の光を数百年浴び続けた岩石や、特定の魔物からしか採取できない、希少素材だ。
全軍に配備する量を確保するには、市場に出回っている数では到底足りない。
「普通に集めれば、数十年はかかる……だが」
ラギウスは、本の「背表紙」の裏に指をかけた。
隠しポケットになっているそこから、一枚の薄い金属プレートを引き抜く。
黒塗りの表面に、金色の奇妙な刻印が施されたカード。
「『黒の商会』への紹介状。これこそが、俺がここに来た真の目的だ」
原作ゲームにおいて、クリア後のエンドコンテンツに関わるような、規格外のアイテムを取り扱う闇の商会。
一見さんお断り。超高額取引限定。
そんな裏社会のフィクサーにアクセスするための権利が、この禁書には隠されていた。
「この商会なら売っているはずだ。『月光圧縮レンズ』が」
『月光圧縮レンズ』。
月の光を極限まで収束させ、ただの石ころに照射することで、短期間で『ルナストーン』を人工的に生成できる魔導具だ。
本来は、伝説級の武器を作るために一つか二つ、素材を作るためのアイテムだ。
だが、ラギウスの計画は違う。
「『月光圧縮レンズ』を買い占め、領地の荒野に並べる。石などそこら辺に転がっているものでいい。それを『工場』化すれば、ルナストーンの量産が可能になる」
希少素材を量産し、無尽蔵に採れるベース素材と掛け合わせる。
そして、その加工には、自分が集めた『呪われたアイテム』を元に製造した『生産設備』を使う。
完璧だ。
コスト、効率、性能。すべてにおいて合理的だ。
「……フン。七割が死ぬ運命だと? 笑わせるな」
ラギウスは紹介状を懐にしまい、技術書を閉じた。
「俺が支配する領地だ。俺の計算通りに、生存率を『再構成』してやる」
禁書庫の闇の中で、ラギウスは不敵に笑う。
手に入れたのは、単なる知識ではない。
運命を覆すための、明確な設計図だった。
目的の物は手に入れた。
ラギウスは禁書庫を後にする。
その背中には、これから始まる「産業革命」への確信があった。




