第21話 精神魔法なら!(願望)
選抜戦運営本部テント。
そこには、これまでとは比にならないほどの重苦しい空気が漂っていた。
「……また負けたのか」
副会長キースが、頭を抱えて呻く。
モニターに映っているのは、氷漬けにされた闘技場と、敗北したガロンの姿。
物理攻撃は倍返しにされ、地形効果は凍結させられて無効化された。
ラギウスの使う『道具』の性能は、彼らの常識を遥かに超えていた。
「どうなっているんだ……あの扇子、国宝級の呪物だぞ? なんであんな、夏場のうちわ感覚で使えるんだ!?」
「一見、精神防壁の魔法も使っていないようでした。なのに、発狂する気配すらない……」
役員たちが悲鳴を上げる。
彼らにとってラギウスは、もはや「生意気な凡人」ではなく「理解不能な怪物」へと変わりつつあった。
「……だが、弱点はあるはずだ」
キースは血走った目でモニターを睨みつける。
「奴の道具は『物理』と『魔法』、そして『環境』に対しては無敵だ。……だが、あの強固な鎧の中にいる『人間』そのものはどうだ?」
ラギウス本人のスペックは平均的。精神力も人並みのはずだ。
ならば、道具で防げない領域──『心』を直接攻撃すればいい。
「精神干渉系の攻撃だ。精神防御のアイテムはレア度が高く、常時展開するのは魔力消費が激しい。そこを突く」
キースの言葉に、役員たちが顔を見合わせる。
精神攻撃。有効な手だが、それを使いこなせる生徒など、そうそういない。
「お困りのようね、副会長さん?」
その時、甘い香りと共に、テントの幕が開かれた。
鈴を転がすような声。
入ってきたのは、一人の女子生徒だった。
豪奢な金髪を縦ロールにし、制服を着崩して豊満な胸元を強調している。
その瞳は宝石のように輝き、見る者を吸い込むような魔力を帯びていた。
「マ、マリアベル……!?」
キースが息を飲む。
マリアベル・フォン・ローゼン。
その美貌と愛嬌で学園中の男子生徒を虜にし、裏では『傾国の薔薇』と恐れられる魔性の女。
彼女の固有魔法は『魅了の魔眼』。
視線を合わせるだけで異性の思考を奪い、意のままに操る傀儡にしてしまう精神干渉の極致だ。
……もちろん、彼女のその力はすでに知られているため、『彼女に会う予定がある』ならば、その人物は精神耐性を付与できるアイテムを持つことになる。
選抜戦のルール規定において、キースたち運営側は『中立性確保』のため、この手の精神魔法を遮断するアイテムを所持しているため、魔眼は効かない。
「あらあら、随分と憔悴しているじゃない。……あの生意気なカルゼラード君に、手を焼いているのかしら?」
マリアベルはキースの机に腰かけ、扇情的に脚を組む。
それだけで、周囲の役員たちが顔を赤らめ、視線を泳がせた。
魔眼は効かないが、そのビジュアルは圧倒的だ。
精神魔法が効かないことは彼女も承知だろうが、その上で、その体は男を魅了する。
「き、君が出てくれるのか? だが、君はまだ一回戦も……」
「シード権をちょうだい。ついでに、次の生徒会選挙での『推薦』もね」
マリアベルは妖艶に微笑む。
彼女にとって、この騒動は自分を高く売るための好機でしかなかった。
「任せておきなさいな。どんなに強力な道具を持っていても、使う本人が私の『下僕』になってしまえば、それまででしょう?」
彼女は自分の魅了に絶対の自信を持っていた。
これまで、彼女の瞳を見て正気を保てた男など、一人もいなかったのだから。
「あの生意気なボウヤを、公衆の面前で私の靴を舐める犬に変えてあげるわ♡」
★
一方、選手控室。
ラギウスは、次の対戦相手がマリアベルに決定したという知らせを受け、静かに目を閉じていた。
(……マリアベルか)
脳内の『原作知識』が、彼女の情報を引き出す。
原作ゲームにおけるビジュアル人気投票1位。
あざとい言動、露出の多い衣装、そして主人公にベタ惚れするチョロさで、一部のプレイヤー層から熱狂的な支持を得ていたキャラクターだ。
(武器は『魅了』。精神干渉攻撃か)
ラギウスは分析する。
物理的な攻撃力は皆無だが、一度術中にハマれば、どんな強者でも無力化される厄介な相手だ。
「ラギウス様、大丈夫ですか?」
ミリアが不安げに声をかける。
彼女もマリアベルの噂は知っているようだ。
「精神攻撃を防ぐアイテムなんて、手持ちにはありませんよ!? 今から工房に戻って、何か作りますか? それとも黒の商会に……」
「必要ない」
ラギウスは短く切り捨てた。
「対策アイテムなど用意するだけ無駄だ。コストに見合わん」
彼は、『この世界がゲームである』という事実を、ミリアたちには伝えていない。
「自分たちが創作物の登場人物である」という事実は、常人の精神を崩壊させる猛毒だ。
それに耐えられるのは、『絶対自我』を持つ自分だけだと理解しているからだ。
そう、『絶対自我』は、『この世界がゲームの世界である』という事実があっても、自身が揺らぐことはない。
単なる『色仕掛け』で、彼の心を動かすことはできない。
とはいえ、『絶対自我』という力を明かすべきではない。
「俺の精神は、他人の干渉を受け付けない。魅了だろうが洗脳だろうが、俺にとっては『雑音』と同じだ」
それは虚勢ではない。
事実、彼は呪い装備の「殺戮衝動」や「自殺衝動」といった、脳を焼き切るレベルの精神汚染を、呼吸をするように遮断し続けている。
「行くぞ。……掃除の時間だ」
ラギウスは立ち上がる。
何の対策もせず、いつもの装備のままで。
★
試合直前の通路。
入場ゲートへ向かうラギウスの前に、一人の女子生徒が立ちはだかった。
「ごきげんよう、ラギウス君♡」
マリアベルだ。
彼女はここでも、その魅力を振りまいていた。
甘い声、上目遣い、そして魔力を込めた『魅了の魔眼』。
「ふふっ、次の試合……手加減してあげるから、仲良くしましょうね?」
彼女がウィンクを飛ばすと、周囲にいた警備の男子生徒たちが、鼻血を出して膝から崩れ落ちた。
効果は絶大。
視界に入っただけで理性を溶かす、凶悪な魔性。
だが。
「……おい」
ラギウスは足を止めず、真っ直ぐに彼女へと歩み寄った。
その瞳は、彼女の『魔眼』とガッチリ合っている。
なのに、その瞳には好意の欠片も、欲情の色も浮かんでいない。
あるのは、道端の石を見るような「無関心」だけ。
「そこをどけ。通行の邪魔だ」
冷淡な声。
マリアベルの笑顔が、ピクリと引きつる。
「え……?」
「聞こえなかったか? 邪魔だと言っている。退かないなら踏んでいくぞ」
ラギウスは、彼女を「人間」としてすら認識していなかった。
ただの「障害物」。
彼はマリアベルの横を、肩が触れそうなほどの距離ですり抜けていく。
「な、なんで……!?」
マリアベルは呆然と立ち尽くす。
魔眼は発動していた。魔力も込めた。
なのに、なぜ効かない?
彼女の「絶対的な自信」に、ヒビが入る音がした。
(……うるさい女だ。香水の匂いがキツすぎる)
ラギウスは心の中で毒づきながら、ゲートをくぐる。
彼にとってのマリアベルは、「精神攻撃の使い手」ですらなく、「臭いがキツイ障害物」でしかなかった。
帝王の精神は、傾国の美貌ごときでは揺らがない。
次なるショーの幕が、上がろうとしていた。




