第2話 二つの屈辱
「……前世の記憶。となるわけか。いろんな知識や情報が頭の中に溢れてくる」
真夜中の寝室。
懐中時計を引き出しに突っ込んで、ベッドで横になるラギウスだが……。
「この世界で再現できるもの。できないもの。いろいろあるが、まず間違いないのは、全く寝付けないということだな」
一度の膨大な情報を獲得する。
それが自発的にやったことだろうと、義務的にやったことだろうと、『その後に寝付けない』のは事実だ。
「そして、俺がいるのは、ゲーム『オールライト・オーバーライド』……通称『オルオバ』というゲームか」
オールライト・オーバーライド。
異世界ファンタジーRPGであり、前世ではそこそこ売れたらしい。
「ゲームのストーリーラインは……まぁ、『シンプル』と言えるか」
ラギウスは思い出す、
「すごく端的に言えば、
『大魔王を倒せる剣を手にするために、六つのオーブを探す旅に出る。剣を手に入れた後、世界に出現した六魔将を倒して裏側の世界に入り、本拠地にいる大魔王を倒す』
……まとめるとそんなところか」
RPGとしてはかなりシンプルだ。
もう少し詳しく言うと、
① 本編の一年前、ラスターの手に『紋章』が出現。
② 大魔王の出現が近い証明であり、主人公は一年でしっかり鍛えた。
③ 一年で修行した主人公の旅が始まる。
④ 魔王は『特別な剣』で倒さなければならず、剣が納められている神殿は、『特別な紋章と、六つのオーブを手にした者』しか入れないため、オーブを集める。
⑤ いろんな国、いろんな場所に行って、オーブを集め、剣を手に入れる。
⑥ 同時期、『裏側の世界』から『大魔王』が出現。大魔王軍が各地に出現し、世界に進軍を開始。
⑦ 普通の人間が裏側の世界に行くためには、『六魔将』を打ち破り、『裏世界の扉』の封印を解除する必要がある。
⑧ 世界各国がモンスターに襲われる中、世界をもう一度回って『六大将軍』を倒し、『裏側の世界』に侵入できるようになる。
⑨ 裏側の世界に侵入し、『本拠地』に攻め込む。
⑩ 最奥にいる大魔王を倒し、表世界から大魔王軍のモンスターが消滅。これでゲームクリア。
と言った形になる。
「だが、ここに、二つの『屈辱』がある」
オーブを集めている段階の話を思い出す。
「俺がいる国、ニュートグニス帝国に寄ったラスターは、『カルゼラード家が管理するオーブ』を求めてやってくる」
五大国家とも称されるニュートグニス帝国。
その辺境の地を任されているのが、カルゼラード家だ。
そもそも辺境とは国境であり、他国からの干渉を最低限にとどめつつ、しっかり話をまとめる必要がある。
それだけの権限が与えられるからこその、責任と権限がある。
そんな、『大貴族』だ。
ラスターはオーブを集める旅の中で、カルゼラード領にやってくる。
「俺の素質は『平均的』。ラスターが来る頃には、俺は呪われたアイテムを集めていて、領民からは『大貴族の責任に押しつぶされ、呪われたアイテムに憑りつかれて狂った、哀れな悲しい人』に見えるわけだ」
呪われたアイテムを全身に身に着けた人を見て、人は『正気』だとは思わない。
そして、呪い装備に手を出してでも、成果を出そうとする動機がある。
大貴族であるカルゼラード家に生まれた、『平均的』な素質の次期当主。
呪われたアイテムは性能が高いことも多く、デメリットに目をつむれば、手を出さない理由はない。
そして、『絶対自我』を持つラギウスは、言い換えれば、『他人に共感する』ことが非常に難しい。
そんな人物が、『普通』を演じるのは無理なわけで。
その結果、彼の行動は、『狂気』として領民に映る。
「だからこそ、魔物になった俺を倒したラスターに、『呪いから解放してくれたお礼』としてオーブが渡される。なるほど、非常に納得のいく筋書きだ。とても屈辱的であるという前提を除けばだが」
だが、ラギウスには、『絶対自我』という体質が備わっている。
これはゲーム本編でも同様だ。
「貴族は、哀れみを向けられる存在であってはならない。それは貴族が、『下位の存在だ』と思われていることに他ならない」
ゲーム主人公のラスターは、『助けよう』という意思で、ラギウスに剣を向けた。
ラギウスもラスターに剣を向けた。
だが、貴族に取って『剣を向けあう』とは、『決闘』であり、『互いの誇りを掛ける』ことを意味する。
向けられた剣に、あなたは助けられる存在だという思いが詰まっているのは、貴族として、絶対的な『敗北』なのだ。
「哀れまれるという屈辱。もう一つ」
それは、大魔王軍が表世界に現れてからの話。
上記の『⑧』だ。
世界各国がモンスターに襲われる中、世界をもう一度回って『六大将軍』を倒し、『裏側の世界』に侵入できるようになる。
この世界各国がモンスターに襲われるという部分は、ニュートグニス帝国のカルゼラード領も同様だ。
「大魔王を倒し、軍が表世界から消滅した時……カルゼラード領は『生存率三割』だ。七割の民が、モンスターに虐殺されたことになる」
それだけ、大魔王軍は強かった。
ただし。
「単なる貴族と言うだけなら、より上位の貴族の傘下に入ることもある。だが、『カルゼラード家』は、領主だ。カルゼラード領を守る責任がある」
七割の民がモンスターに蹂躙された。
「モンスターの蹂躙を防げないことは、『統治者としての敗北』を意味する。これが屈辱以外の何になる」
よって、ラギウスの行動原理は、こうなるのだ。
「哀れまれて倒されるという『惨めな最期』と、七割の民が殺されるという『領地崩壊』……この二つの未来を砕くために、俺は、必要な物を集めていく必要がある」
惨めな最期。
領地崩壊。
どちらも、『貴族という統治者』にとって、『最大の屈辱』なのだ。
「揃えなければならないものはたくさんある。ただ……」
情報を思い出し、最初の結論を出す。
「あの『皇女殿下』には、俺の役に立ってもらう必要があるな」
ラギウスはそう言って、窓の外の、星空を見上げた。




