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第16話 『トーナメント式』→『リドロー式』

 二学期が始まって数日後。

 帝国学校の大講堂に、全校生徒が集められていた。


 壇上に立つのは、生徒会副会長のキース。

 彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、よく通る声で宣言する。


「──以上の理由により、今年の『秋季選抜トーナメント』は、従来のトーナメント方式を廃止し、『完全抽選方式』を採用する!」


 講堂内がざわめく。

 従来の方式であれば、事前にトーナメント表が張り出され、対戦相手の対策を練る時間があった。

 だが、今回の変更はそれを根底から覆すものだ。


「対戦カードは、一回戦ごとに、この『魔法の抽選箱』によって決定される。誰と当たるかは直前まで分からない。これこそが、実戦における臨機応変さを測る、最も公平なシステムである!」


 キースが高らかに掲げたのは、黒塗りの木箱だった。


 表向きは、公平性を謳う改革。

 生徒たちの多くは、「なるほど、実戦的だ」「強豪同士がいきなり潰し合う可能性もあるのか」と、そのスリルに興奮している。


 だが。

 その光景を、講堂の最後列で腕を組んで眺めていたラギウスだけは、冷ややかな視線を送っていた。


(……公平? 笑わせる)


 ラギウスの脳内にある『原作知識』では、このイベントは通常のトーナメント形式で行われるはずだった。


 それが変更された。

 つまり、「人為的な介入」が発生している。


(運営の手間が増え、選手の準備時間を奪う。大会運営としては非効率極まりない。だが、あえてその『手間』をかけるということは……『手間をかけてでもやりたいこと』があるということだ)


 ラギウスの視線が、キースの背後に控える数名の男子生徒たちに向けられる。


 彼らは、あの日、試練のダンジョンでイリスディーナの腰巾着として同行していた連中だ。

 彼らは一様に、ラギウスの方を見て、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべている。


(なるほど。ターゲットは俺か)


 ラギウスは一瞬で結論に達した。

 抽選箱には仕掛けがある。


 彼らは、自分たちの手でラギウスを公開処刑するために、マッチングを自在に操作できるシステムを導入したのだ。


 ★


 放課後。生徒会室。

 そこには、キースと数名の側近たちが集まり、祝杯を挙げるかのような空気が流れていた。


「上手くいきましたね、副会長。生徒たちは『公平な改革』だと信じ込んでいます」

「ククク……愚民どもめ。これで準備は整った」


 キースは窓辺に立ち、ワイングラスを揺らす。


「ターゲットは、ラギウス・フォン・カルゼラード。あの身の程知らずの凡人だ」


 彼らの動機は、単純な嫉妬や憎悪ではない。

 彼らなりの「正義」に基づいていた。


「あいつは、金に物を言わせた『マジックアイテム』で虚勢を張っているだけだ。北の鉱山奪還? 笑わせる。どうせ親のゼスタ将軍から借りた精鋭部隊の手柄を、自分のものだと吹聴しているに過ぎない」


 彼らは「実力主義」の帝国学校におけるエリートだ。

 努力し、才能を磨き、試練のダンジョンで戦えるだけの実力を身につけたという自負がある。


 だからこそ、許せないのだ。


 「平均的」な能力しかないくせに、強力なアイテムと親の七光りで「英雄気取り」をしているラギウスが。


 そして何より、自分たちが崇拝するイリスディーナに対し、不敬な態度を取り続けていることが。


「今回の大会は、アイテムの使用が無制限だ。あいつは喜んで強力な武器を持ち込むだろう」


 側近の一人、ダンジョンでラギウスに腰を抜かした男──ガイルが、歪んだ笑みを浮かべる。


「だが、道具は所詮道具。使い手が三流なら、その真価は発揮されない。我々のような『本物』が、技術と魔法で叩き潰せば、あいつはただの『金持ちの道楽』として恥をさらすことになる」


 彼らの計画はこうだ。

 不正な抽選で、一回戦からラギウスを、実力者である自分たち(生徒会役員)とぶつける。

 そして、公衆の面前で、完膚なきまでに叩きのめす。


 そうすれば、ラギウスの虚像は崩れ去り、イリスディーナも目を覚ますはずだ。


「……随分と楽しそうですね」


 ふと、部屋の奥から声がかかった。

 書類仕事の手を止めず、冷ややかな視線を送るイリスディーナだ。


「か、会長……! これはその、大会の運営についての最終確認を……」

「白々しい嘘は結構です。貴方たちが『抽選箱』に細工をしたことくらい、気づいていますよ」


 キースたちの顔が凍り付く。

 だが、イリスディーナは彼らを断罪しなかった。


「……好きになさい。止めはしません」

「えっ? よ、よろしいのですか?」

「ええ。もし彼が……ラギウスが、貴方たち程度の小細工や実力に屈するような男なら、私の『買い被り』だったというだけのこと」


 イリスディーナは、ペンを走らせながら独り言のように呟く。


「それに、貴方たちは勘違いしていますよ。彼は『道具に頼っている』のではありません。『道具を支配している』のです」


 その本質的な違いを理解できない時点で、勝負は見えている。


 彼女は止めるどころか、ラギウスがこの「逆境(という名の茶番)」をどう料理するのか、特等席で見物するつもりだった。


 ★


 一方、学生寮。

 ラギウスは、ミリアとシライシを前に、明日の「出陣準備」を整えていた。


「ラギウス様。情報の裏が取れました」


 シライシ(執事モード)が、紅茶を淹れながら報告する。


「抽選箱のギミックは、魔力感応式の誘導装置です。特定の魔力波長を持つカードを、意図的に排出することが可能です。操作するのは副会長のキース」

「やはりな。分かりやすい馬鹿どもだ」


 ラギウスは呆れたように肩をすくめる。


「彼らは俺を『平均的』だと見下し、自分たちこそが『実力者』だと信じている。だからこそ、正面から叩き潰して恥をかかせようという算段だ」


 ただ、彼なりに、思うところはある。


「しかし、親父の精鋭部隊を使って北野鉱山を取り返し、それを自分の功績を吹聴しているだけ……そんな『噂』も聞こえるし、実際吹聴しているのは生徒会だろうが……おかしな話だ」

「おかしな話。ですか?」

「ああ」


 シライシの疑問にラギウスは頷く。


「そもそも精鋭部隊の力だけで鉱山を取り戻せるなら、時間を作って行動するべきだ。そこから得られる金属は、生活を豊かにできる」


 カルゼラード軽絽……要するに『アルミニウム』だ。


 現代日本に生きている者からすれば、その活用の幅は語るまでもない。


 もちろん、この世界は化学が発展した現代ではなく、異世界ファンタジーではあるが、純粋なそれではなく『ゲームの世界』である。

 時代錯誤な技術レベルを要求する製品がこの世界には存在し、その中の一つとして、カルゼラード領では『アルミ缶』の製造が可能なレベルとなっている。


 それを活用する技術基盤があり、鉱山を取り戻せる兵力がありながら、動かない理由はない。


「親父がそれをしていなかったという状況そのものが、兵力が足りなかった証拠だ」


 それほど経済活動に直結する物質なのだ。

 取り戻せるなら、それをしない理由はない。


「まぁ、アイツらの話は良いか。考えるべきは選抜戦だ」


 ミリアが、整備中の『呪具』の手を止めて、心配そうに顔を上げる。


「でも、大丈夫なんですか? 生徒会の役員って、成績上位のエリートたちですよね? ラギウス様の実力は……その、平均的ですし……」

「ああ。まともに剣を交えれば、俺は十回中十回負けるだろうな」


 ラギウスはあっさりと認めた。

 魔力量、身体能力、剣技のキレ。

 どれをとっても、キースたちの方が「スペック」は上だ。それは否定しようのない事実。


 ──だが。


「それは『スポーツ』としての勝負ならの話だ」


 ラギウスは、テーブルの上に置かれた一本の刀──『血桜総大将』を手に取る。

 さらに、夏休みの間に黒の商会や地下工房で揃えた、数々の『新兵器』を並べていく。


「奴らは、俺が『強力なアイテムを持っているだけの素人』だと思っている。アイテムの性能を引き出せず、自滅するか、隙を突かれて負けるとな」


 それが、凡人の思考だ。

 強力な武器ほど、扱いが難しく、反動が大きいと知っているからこその油断。


 だが、彼らは知らない。

 ラギウスには『絶対自我』があることを。

 反動も、精神汚染も、使用条件さえも、すべて踏み倒して「スペック通りの性能」を100%発揮できることを。


「不正な抽選? 構わん。むしろ好都合だ」


 ラギウスはニヤリと笑う。


「俺がいちいち予選で雑魚と戦う手間が省ける。向こうから『倒すべき害虫』が順番に並んでくれるというのなら、これほど効率的な話はない」


 彼にとって、このトーナメントは「試合」ではない。

 『転移の座標石』を手に入れるための「業務」であり、

 自身を侮る者たちを排除する「清掃活動」であり、

 そして何より──。


「ミリア、シライシ。明日は特等席で見ていろ」


 ラギウスは、帝王の瞳で二人を見据えた。


「俺たちが作り上げた『産業革命』の成果……その破壊力を、世界にプレゼンしてやる」


 策謀など、圧倒的な「暴力リソース」の前では意味を成さない。

 ラギウスは静かに闘志を燃やす。

 怒りではない。

 自身の「合理性」を証明するための、冷徹な使命感だった。

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