表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

第15話 二学期

 二学期。


 夏の日差しが和らぎ、帝都に秋の気配が訪れる頃。

 帝国学校は、ある噂話で持ちきりになっていた。


「おい、聞いたか? カルゼラード領の『北の鉱山』が奪還されたらしいぞ」

「嘘だろ? あそこはアース・ドラゴンが巣食う魔境だぞ。ゼスタ将軍が動いたのか?」

「いや、将軍はずっと帝都にいた。指揮を執ったのは……息子のラギウスらしい」


 教室、食堂、中庭。

 至る所でラギウスの名前が囁かれる。

 だが、その大半は「疑念」と「困惑」に満ちていた。


「あの『平均的』なラギウスがか?」

「どうせ、ゼスタ将軍が裏で精鋭部隊を貸したんだろう。息子の箔付けのために」

「だよな。あいつの実力でドラゴンが倒せるわけがない」


 生徒たちは、自分たちの納得できる「解釈」に逃げ込んでいた。

 「平均的」な生徒が、ひと夏で英雄的な偉業を成し遂げたという事実を、彼らのプライドが許さなかった。


 そもそも、帝国の歴史は長く、『極端な問題を領内に抱えていない貴族』は多いのだ。


 もちろん、領内に『裏町』だとか『規制が緩い部分』を作った結果、犯罪組織が暗躍しているようなパターンもある。


 あまりにもガチガチに『犯罪が起こらないような町』を作ろうとすると、かえって反発を生む。

 現代日本のように、放っておいても夜道にほとんど問題がない『民度』とは違うため、あえてそういう場所を作る必要がある。


 いずれにせよ、『鉱山の奪還』といった、『英雄的な行動』を、そもそもとることができない貴族が多いということになる。

 嫉妬するのも無理はない。


 そんな喧騒の中。

 噂の当本人であるラギウスは、シライシを従えて廊下を歩いていた。


(……チッ。視線がうるさいな)


 『絶対自我』で感情のノイズは遮断できるが、物理的に集まる視線までは消せない。

 彼は無視を決め込み、教室へと向かう。


 その時だ。


「──お待ちなさい、カルゼラード」


 凛とした声が、喧騒を切り裂いた。

 廊下の向こうから歩いてくるのは、燃えるような赤髪の皇女。

 生徒会長、イリスディーナ・フォン・ニュートグニスだ。


 彼女の登場に、周囲の生徒たちが一斉に道を空ける。

 だが、ラギウスは足を止めず、すれ違いざまに軽く手を上げた。


「……おはよう、会長。朝から精が出るな」

「挨拶だけで済ませる気ですか? 夏休みの間、随分と『派手』に動いたようですね」


 イリスディーナが、ラギウスの前に立ちはだかる。

 その金色の瞳は、以前のような冷徹なものではなく、獲物を値踏みするような、熱っぽい光を宿していた。


「北の鉱山の奪還。公式発表では『カルゼラード軍の奮闘』とされていますが……私の調べでは、貴方が前線に出ていたという目撃情報もあります」

「……見間違いだろう。俺は平均的な学生だ。ドラゴン相手に前線に出れば死ぬ」


 北の鉱山の奪還は偉業だが、別にラギウスは名声が欲しいわけではない。

 もちろん、辺境。言い換えると『国境』を任される貴族として、隣国から舐められない程度の裏付けは必要になる。


 しかし、『偉業を成す』ことが目的になったとき、リソースの配分がおかしくなるのはよくある話だ。


 北の鉱山を取り返した次期当主。という評価は、現状、人が周りに集まりすぎる原因となり、非常に邪魔だ。

 そのため、カルゼラード軍や、ゼスタに投げられそうな部分は全て投げているが……人の口に、戸は立てられない。


「嘘ですね」


 イリスディーナは断言した。


「貴方は、私の『王火』を前にしても眉一つ動かさなかった。……貴方が隠している『爪』、いつまで隠し通せると思っていますか?」


 周囲の生徒たちがざわめく。

 あの「蒼柩」の皇女が、ラギウスに対してこれほど執着を見せているのだ。

 それだけで、噂の信憑性が増していく。


 だが、ラギウスは溜息をついた。


「過大評価だ。……それで? 俺の進路を塞いでまで、何の用だ」

「……告知です。貴方も参加しなさい」


 イリスディーナは、一枚の羊皮紙をラギウスの胸に押し付けた。


 『帝国学校・秋季選抜トーナメント』。


 帝国の「武の未来」を内外に示すために開催される、全学年合同の武闘大会だ。

 優勝者には皇帝陛下からの直々の称賛と、豪華な賞品が与えられる。


「私は出場します。貴方も出なさい。……そこで、貴方の『本当の実力』を暴いてあげます」


 宣戦布告。

 だが、ラギウスの反応は冷ややかだった。


「断る。非合理的だ」


 彼は羊皮紙を一瞥もしない。


「学生同士のじゃれ合いで怪我をするのも馬鹿らしいし、時間の無駄だ。俺は領地経営の勉強で忙しい」

「怪我ならしませんよ。今回の舞台は『幻影の決闘場ファントム・コロシアム』ですから」


 『幻影の決闘場』。

 古代のアーティファクトを用いた特殊な結界内で行われる試合形式だ。

 ダメージを受けると精神的な「痛み」はあるが、肉体的な損傷は一切残らない。

 HPがゼロになった判定が出た時点で、強制的に結界外へ転送される。


 つまり、死なない殺し合いができる場所だ。

 要するに……『めっちゃゲームみたいなステージ』ということだ。


 まぁゲームの世界なのでそれはそうなのだが。


「安全は保障されています。……逃げるのですか?」

「逃げるも何も、興味がないと言っている」


 ラギウスは、挑発に乗るつもりなど毛頭なかった。

 『絶対自我』を持つ彼にとって、他者からの評価や名声など、無価値なノイズに過ぎない。

 帝都で「俺TUEEE」をする暇があったら、領地でミリアと新兵器の開発をしていた方が、よほど建設的だ。


「……そうですか。残念です」


 イリスディーナは、フッと笑みを浮かべた。

 それは、あらかじめ用意していた「切り札」を切る時の顔だった。


「優勝賞品には、貴方の好きそうな『ガラクタ』も含まれています」

「……ガラクタ?」

「ええ。古代の遺跡から発掘された、用途不明の石板です。魔力を吸うだけで何も起きない。学園長は『歴史的な価値はある』と言っていましたが、実用性は皆無……」


 イリスディーナが羊皮紙を裏返し、賞品リストを見せる。

 その一番上に記されたアイテム名を見た瞬間。


 ラギウスの目が、わずかに細められた。


 『転移の座標石テレポート・キーストーン』。


 一般的には、魔力を食うだけのただの石板だ。

 だが、『原作知識』を持つラギウスには分かる。

 これは、対となる石と共鳴させることで、二点間を瞬時に繋ぐ『固定転移門ワープゲート』を形成する、失われた古代技術のコアだ。


(……!!)


 ラギウスの脳内で、瞬時に計算式が走る。


 現在、領地で量産された『ジュラルナ合金盾』や、今後開発される新兵器を帝都や他の戦線へ輸送するには、シライシや馬車を使って数日のタイムラグが発生する。


 山道は険しく、天候にも左右される。

 「物流」の遅れは、統治における最大のボトルネックだ。


 だが、この『座標石』があれば。

 帝都の別邸と、領地の地下工房を『門』で繋ぐことができる。


(物流革命だ。資材の搬入、製品の出荷、人材の移動……すべてが『ゼロ秒』になる。これが手に入れば、俺の産業革命は『完成』する)


 ラギウスの『目的合理主義』の天秤が、ガタンと傾いた。

 「時間の無駄」だったトーナメントが、一瞬で「必須の業務」へと書き換わる。


「……気が変わった」


 ラギウスは羊皮紙を奪い取るように受け取った。


「参加する。そのガラクタ、俺が引き取ろう」

「……ふふっ。やはり、貴方は『そういう』人間ですね」


 イリスディーナは満足げに微笑む。

 彼女は勘づいていたのだ。この男が、「名誉」には興味を示さないが、「実利(特に誰も見向きもしない道具)」には異常な執着を見せることを。


 もちろん、『転移の座標石』と言う名前からも、紙を見せている彼女自身、『使いこなせば転移が可能となるアイテム』であることはわかる。


 その上で、誰も使い方がわからないはずのアイテムなのだ。

 それを、名前を聞いただけでここまでラギウスが反応するとなると、『本当の使い方があるのだ』ということを示している。


 ある意味、この時点で……彼女の目的の一つは達成されたといえる。

 まだまだ『禁書保管庫』には、彼女が読めていない本もあるし、それらの中に使用方法が書かれている可能性もある。


 端的に言えば、アイテムの名前から、ラギウスがどのように反応するのかが見たかったのだ。


「楽しみですね、カルゼラード。決勝で会いましょう」

「……善処する」


 ラギウスは、ヒラヒラと手を振って去っていく皇女の背中を見送った。


 周囲の生徒たちが「おい、ラギウスが出るってよ」「ボコボコにしてやろうぜ」「平均的な奴が調子に乗るからだ」と囁き合っている。


 だが、ラギウスには聞こえていない。

 彼の頭の中はすでに、優勝賞品をどう運用し、領地の物流をどう最適化するかという、建築計画で埋め尽くされていた。


「シライシ。スケジュールを調整しろ。トーナメント期間中、他の予定はキャンセルだ」

「御意。……して、マスター。戦闘スタイルはいかがなさいますか?」

「決まっている」


 ラギウスはニヤリと笑った。


「俺は『平均的』な生徒だ。だから、『道具』を使って勝つ。……ルール上、アイテムの使用は禁止されていないな?」

「はい。自身の所有物であれば、武器防具の制限はありません」


 それはつまり。

 あの『妖刀村正・血桜総大将』も。

 夏休みの間に調達した『新型の狂騒具』も。

 全て持ち込み可能ということだ。


「教育してやろう。精神論だけの温室育ち共に、本当の戦い……いや、『アイテム課金』というものを」


 こうして、ラギウスの二学期は、波乱と共に幕を開けた。

 帝国の武の未来を示す神聖なトーナメントは、間もなく、一人の帝王による「新兵器見本市」へと変貌することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ