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第14話 ゼスタ・フォン・カルゼラード

 カルゼラード領の北端に位置する『北の鉱山』。


 かつては豊富な鉱脈を誇りながらも、強力な魔物の巣窟となり、長らく放棄されていたその場所は今、銀色の鉄壁によって制圧されていた。


「進めェッ! 我らが盾は砕けぬ!」

「若様のために! カルゼラードのために!」


 轟音と共に、重装歩兵の列が前進する。


 彼らが構えるのは、『ジュラルナ合金』製のタワーシールド。

 鉱山に跋扈するアース・ドラゴンの突進すら、その銀色の壁は揺らぐことなく受け止める。


 そして、その壁の後ろから、ラギウスが歩み出た。


「……チッ。相変わらず騒々しい刀だ」


 彼の手には、赤黒いオーラを放つ『妖刀村正(ようとうむらまさ)血桜総大将ちざくらそうだいしょう』が握られている。


『斬レェェッ! 血ヲ! 肉ヲ! 全テヲ捧ゲヨォォォッ!』


 鍔飾りの呪いと刀の呪いが共鳴し、所有者に無差別な殺戮を強いる。

 だが、ラギウスはあくびを噛み殺しながら、切っ先をドラゴンに向けた。


「死ね」


 一閃。

 振るわれたのは、達人の剣技ではない。平均的な速度の、ただの斬撃だ。


 だが、『血桜総大将』の呪い──『斬撃威力増幅』と『範囲攻撃化』が、その平凡な一振りを、戦略兵器へと変貌させる。


 ズオオオオォォォッ!!


 刀身から放たれた赤い斬撃が、桜吹雪のように拡散し、ドラゴンの巨体を飲み込んだ。

 硬い鱗ごと肉が裂け、絶命した巨獣が地響きと共に倒れ伏す。


『マダダ……マダ足リヌ……殺セ、殺セェェェッ!』


 刀はまだ血を求め、ラギウスの腕を強引に動かして、周囲の兵士にも斬りかかろうとする。

 強制戦闘継続の呪いだ。


「仕事は終わりだ」


 パチン。

 ラギウスは真顔で、暴れる刀を鞘に納めた。

 物理的な腕力ではなく、『絶対自我』による精神的な拒絶で、呪いの機能を強制停止させたのだ。


「鉱山の制圧完了だ。ヴォルグ、採掘部隊を入れろ。軽絽けいりょの在庫が減っている」

「は、はっ! 直ちに!」


 兵士たちの歓声が上がる。

 数十年もの間、奪われたままだった鉱山の奪還。


 それは、現当主ゼスタでさえ「犠牲が大きすぎる」として後回しにしていた難事業だった。


 それを、ラギウスは「死者ゼロ」で成し遂げた。

 もはや誰も、彼を「平均的な若様」とは呼ばない。

 彼らの目には、新たな時代の統治者としての敬意が宿っていた。


 ★


 数日後。

 鉱山奪還の熱気も冷めやらぬカルゼラード本邸に、緊張が走っていた。


 正門が開かれ、重厚な足音が響く。

 現れたのは、一人の巨漢。


 鋼のような筋肉に、獅子のような金髪。

 全身から放たれるのは、歴戦の猛者だけが持つ、肌を刺すような威圧感。


 帝国将軍にして、カルゼラード家当主。

 ゼスタ・フォン・カルゼラードが、帝都から帰還したのだ。


「……親父殿。お早いお着きで」


 エントランスで出迎えたラギウスに対し、ゼスタは無言で歩み寄る。

 その巨体が、ラギウスの前に立ちはだかる。

 平均的な体格のラギウスに対し、ゼスタの威圧感は山のように巨大だ。


 常人なら、その覇気に当てられて萎縮し、言葉も出なくなるだろう。

 だが、ラギウスは涼しい顔で父を見上げていた。


「……ふむ」


 ゼスタは短く鼻を鳴らし、息子の目を覗き込む。

 そこにあるのは、恐怖でも卑屈さでもない。


 絶対的な「自分」を持つ者だけが宿す、静謐な光だ。


「鉱山を取り戻したそうだな。ヴォルグから報告は聞いている」

「ああ。遊ばせておくには惜しい資源だ。有効活用させてもらう」

「『黒の商会』を使ったとも聞いているが?」


 ゼスタの声のトーンが下がる。

 空気が凍り付くようなプレッシャー。

 だが、ラギウスは肩をすくめた。


「必要経費だ。正規ルートでは間に合わなかった」

「……法を犯すリスクを背負ってまでか?」

「法を犯して得られる利益が、リスクを上回るならな。それに、俺はまだ学生だ。世間知らずの若造が、悪い大人に騙されて変な店に入ってしまった……世間にはそう言い訳が立つ」


 無論、それはそれで、『貴族としての自覚』だの、いろいろ突かれるのが貴族社会と言うものだ。

 とはいえ、それらが表に堂々と広まらなければ、どうということはない。


 ラギウスのあまりにも白々しい、しかし論理的な言い分。

 ゼスタは太い眉をピクリと動かし、大きな掌を差し出した。


「出せ」

「……」


 ラギウスは懐から、例の『黒塗りのプレート』──始祖の刻印が入った紹介状を取り出し、父の手のひらに乗せた。


「没収だ。学生風情が持ち歩いていい代物ではない」

「だろうな。予想通りだ」


 ラギウスはあっさりと引き下がる。

 以前、商会主に言った通りだ。


 必要な機材と契約は既に済ませた。この紹介状はもう「出涸らし」であり、これ以上持っていれば、父や帝国中枢に目をつけられるリスクになる。

 父に没収させること自体が、最も「合理的」な処分方法だった。


 ゼスタはプレートを懐にしまうと、再びラギウスを見た。


「それと……地下の工房についても見たぞ」

「ほう。ミリアの腕はいいだろう」

「腕はな。だが……ラギウス」


 ゼスタの瞳が、鋭く細められる。


「あそこに満ちている瘴気。お前が腰に差している刀。……『呪物』だな?」


 英雄ゼスタは、呪いを嫌う。

 それは恐怖からではない。

 「己の力ではなく、安易な力に頼る者は、いずれその代償に食い殺される」という信念からだ。


「力なき者が禁忌に触れれば、破滅する。……お前は、自分が何を使っているのか理解しているのか?」


 父の問いかけ。

 それは、平均的な息子への警告であり、親としての憂慮でもあった。


 だが、ラギウスはニヤリと笑った。


「理解しているさ。性能はいいが、性格の悪い『道具』だ」

「道具、だと?」

「あぁ。使うのは俺だ。俺が使い、俺が捨て、俺が結果を出す。それ以外に何がある?」


 その言葉には、一点の曇りもなかった。

 呪いに飲まれる? 代償?

 そんなものは「軟弱者」の理屈だと言わんばかりの傲慢さ。


 もちろん、それは『絶対自我』という力を自覚しているが故の発言ではある。

 だが、『根拠』は言わずとも、『自身』というのは、顔に、態度に出る。

 ゼスタと言う将軍は、それが読み取れない男ではない。


 ゼスタは数秒間、息子を凝視し──やがて、大きく息を吐いた。


「……フン。口だけは達者になったものだ」


 ゼスタは、ラギウスの横を通り過ぎ、屋敷の奥へと歩き出す。


「結果は出した。鉱山奪還は評価する。……だが、忘れるな。道具に使われるなよ、ラギウス」

「ご忠告、痛み入る」


 ラギウスは父の背中に向かって、慇懃に一礼した。


 すれ違いざま。

 ゼスタの口元が、わずかに緩んでいたことに、ラギウスは気づかなかった。


(……平均的、か。誰だ、俺の息子を凡才などと言った奴は)


 英雄ゼスタは、肌で感じていた。

 以前までの息子にあった、コンプレックス特有の卑屈さが消え失せていることを。

 そして、あの禍々しい妖刀を、まるで身体の一部のように従えている異常性を。


(あれは、俺とは違う怪物になるかもしれん)


 将軍と言う立場であり、貴族として英才教育を受けて、今も戦略について学ぶゼスタだが、『後ろから指示を出す』のと、『前線で剣を振る』のであれば、後者の方を得意とするのがゼスタだ。


 そういう意味では、自ら強力な剣を我が物とし、前線で振るうラギウスは、似ているといえる。


(自分がいるから最終的に何とかなる。という俺の傲慢に、説教でもしているかのようだ)


 明らかに帝国の宮廷に仕える技術者たちですら作れないような盾を配備するその情報力と行動力。


 それは紛れもなく、領地を守る責任を背負った、貴族の姿に他ならない。

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