表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/16

第12話 設備作成

 カルゼラード家の屋敷の地下。


 かつてはワインセラーや食糧庫として使われていた広大な空間は今、異様な熱気と、常人なら即座に発狂するほどの「瘴気」に満ちていた。


 ラギウスの産業革命、その心臓部となる『地下第一工房』である。


「……すごい。本当に石ころが、宝玉みたいに変わっていく……」


 工房の入り口付近。

 比較的「空気」が綺麗なエリアで、ミリアが感嘆の声を漏らしていた。


 彼女の目の前にあるのは、先日競り落とした『月光圧縮レンズ』だ。


 彼女はレンズの焦点を調整し、そこら辺の河原で拾ってきたただの石ころに、収束させた魔力光を照射している。


 ジジジ……という音と共に、無価値な石が、青白く輝く『ルナストーン』へと変質していく。


「魔力制御も安定しています。これなら、私一人でも一日に50個は生成できます!」

「上出来だ。次はそれを『カルゼラード軽絽』と混ぜ合わせろ。比率は設計図通りにな」

「はいっ!」


 ミリアは嬉々として作業を続ける。

 『ルナストーン』と『軽絽アルミニウム』を溶解し、混ぜ合わせる。

 ここまでの工程には、呪われたアイテムは介在しない。


 必要なのは「正確な手順」と「根気」だけだ。

 だからこそ、ラギウスは手を出さず、技術のあるミリアに一任している。


 問題は、そこからだ。


「……ッ、グ、ゥ……」


 工房の入口で、筆頭家老のヴォルグが脂汗を流して膝をついていた。

 歴戦の老人である彼ですら、これ以上奥へ進むことはできない。


 なぜなら、工房の奥──ラギウスが立っているエリアから、濃密な「殺意」と「狂気」が垂れ流されているからだ。


「わ、若様……本当に、それを……?」


 ヴォルグの視線の先。

 ラギウスの前には、二つの禍々しい『呪具』が鎮座していた。


 一つは、煮えたぎるマグマを湛え、周囲に「飛び込め」「死ね」と囁き続ける『|ヘパイストスの嘔吐炉』。


 もう一つは、柄を握るだけで「壊せ」「全てを無に帰せ」という破壊衝動を脳内に流し込む『ドワーフ王の嫉妬槌』。


 どちらも、近づくだけで精神を汚染し、作業者を自滅させる最悪の道具だ。


「当然だ。ミリアが作った『ジュラルナ合金』は、既存の設備では加工できん」


 ラギウスは、シライシに運ばせた巨大な鉄塊──加工前の『金床』の原型を、炉の前にセットさせる。


 『ジュラルナ合金』は、完成すれば鉄より硬く、羽より軽い。


 だが、その加工難易度は極めて高い。

 普通の炉では温度が足りず、普通のハンマーでは弾かれる。


 だからこそ、「加工するための道具」を先に作らなければならない。


「始めるぞ」


 ラギウスは、躊躇なく『嫉妬槌』を握った。


『……壊セ……壊セェェェッ! ソンナ駄作、叩キ潰シテシマエェェェッ!』


 脳内に、ドワーフ王の怨嗟が響き渡る。

 同時に、『嘔吐炉』からは、炉内のマグマに顔を突っ込みたいという強烈な自傷衝動が、熱波と共に襲い掛かる。


 家老のヴォルグなら、一秒で発狂し、ミリアなら泣き叫んで逃げ出すレベルの精神負荷。


 だが。


「……チッ。相変わらず注文の多い道具だ」


 ラギウスは、眉一つ動かさなかった。


 彼の『絶対自我』にとって、それらは「隣の部屋で騒いでいる酔っ払い」程度のノイズでしかない。

 彼は衝動を完全に無視し、淡々と、しかし正確無比に槌を振り下ろした。


 ガンッ!!


 『嫉妬槌』が鉄塊を打つ。

 その能力は「不純物の強制排出」と「分子結合」。

 「壊したい」という呪いの力が、逆説的に鉄塊の密度を極限まで高め、鋼鉄以上の強度へと変質させていく。


(壊したいなら壊してみろ。ただし、俺が許可した形に『壊れる(変形する)』ならな)


 ラギウスは心の中で毒づきながら、槌を振るう。

 一打ごとに、鉄塊が形を変えていく。


 それは武器ではない。

 防具でもない。


 彼が作っているのは、ミリアや、領地の鍛冶師たちが使うための『作業台(金床)』と『調整された炉』だ。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 リズムは一定。狂いはない。

 汗一つかかず、呼吸も乱さない。


 その光景を、ヴォルグは信じられない思いで見つめていた。


(な、なぜだ……!?)


 ヴォルグは知っている。ラギウスの魔力も、体力も、全てが「平均的」であることを。

 特別な加護も、聖なる守りも持っていないはずだ。


 なのに、なぜ彼は、歴戦の騎士すら忌避する『呪い』の奔流の中で、あのように平然と作業ができるのか?


(我慢しているのか? いや、あのような顔色は、苦痛に耐えている者のそれではない。まるで……『何も感じていない』かのような……)


 ヴォルグにとって、それは恐怖に近い感情だった。

 理解不能。

 論理的説明がつかない。


 だが、目の前の事実は一つ。

 「平均的」な若様が、「狂気」を飼いならし、何かとてつもないものを生み出そうとしているということだけ。


「……よし。焼き入れだ」


 数時間の作業の末。

 ラギウスは槌を置き、『嘔吐炉』で熱した完成品を、冷却水へと沈めた。


 ジュウウウウッ……!


 大量の蒸気と共に、一つの『設備』が産声を上げた。


 それは、銀色に輝く金床と、それにセットされた小型の炉だった。

 一見すれば、ただの美しい鍛冶道具。

 だが、その表面には目に見えない『加工補正』のタグが焼き付けられている。


「完成だ。『生産ライン1号』」


 ラギウスは、組み上がった金床をポンと叩いた。


「この金床の上でなら、素人の鍛冶師でも『ジュラルナ合金』を紙粘土のように加工できる。炉の温度管理も自動だ」


 呪われたアイテム(嫉妬槌)で作られたというだけで、この金床自体には呪いはない。

 あるのは、「不純物がなく、絶対に歪まない」という異常な性能だけ。


 『汚い道具』で、『綺麗な設備』を作る。

 ラギウスの計画通りだ。


「……ミリア。試してみろ」

「は、はいっ!」


 呼ばれたミリアがおそるおそる近づき、完成したばかりの金床の上に、生成した合金のインゴットを置く。

 そして、普通のハンマーで軽く叩いた。


 カァン!


 澄んだ音が響く。

 硬いはずの合金が、ミリアの意図通りに素直に変形した。

 力を入れたわけではない。金床が、衝撃を完璧に制御し、加工をサポートしたのだ。


「す、すごいです……! これなら、私じゃなくても……見習いの職人でも、最高級の盾が作れます!」

「だろうな。そのための『施設』だ」


 ラギウスは満足げに頷き、汗を拭った。


 彼が作ったのは「最強の剣」ではない。

 「誰でも最強の装備が作れる環境」だ。


 ヴォルグは震える声で尋ねた。


「若様……これを、領内の鍛冶場に配備するおつもりで?」

「そうだ。今作ったのは試作機だ。夏休みの間に、あと50台は作る」


 ラギウスは、地獄のような熱気を放つ『嘔吐炉』と『嫉妬槌』を振り返り、ニヤリと笑った。


「材料は揃っている。労働力シライシもある。技術者ミリアもいる。……そして、この騒がしい道具どもを黙らせる『俺』がいる」


 その言葉に、ヴォルグは言葉を失い、ただ深く頭を下げた。


 彼は理解したのだ。

 この若き主人は、父ゼスタのような「個の英雄」ではない。


 狂気すらもリソースとして管理し、組織全体を底上げする、冷徹なる「統治者」なのだと。


 こうして、カルゼラード領の地下で、世界のパワーバランスを覆すための「工場」が稼働し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ